ベロニカの対面 残念な平民女子 2
「ここが、仕立て屋の『ミランダ』ね」
あの日見たワンピースが忘れられなかったベロニカと友人達は、件の店にやって来た。
店頭に飾られているワンピースは少しお高いが、頑張れば何とか手が出る価格帯。
平民達の憧れのワンピースだった。
「このお店って、本業は貴族向けの仕立て屋らしいの。でも、このワンピースのシリーズは平民でも買える価格でしょう? ……お店で素敵な出会いがあるかもしれないわよね」
「お忍びの王子様と出会ったりしたら、どうしよう!」
それはさすがに夢を見過ぎだろうと思ったが、言わないでおく。
可愛い服に囲まれて気分が高揚しているのは、ベロニカも同じだった。
「いらっしゃいませ。何をお探しですか?」
店員らしき灰色の髪と瞳の少年は、人のよさそうな笑顔で声をかけてきた。
ベロニカなら、住む世界が違いすぎる王子様よりも、この店員の方が良いと思う。
接客業で愛想が良いのは重要だし、明らかにお金のなさそうなベロニカ達にもにこやかな対応なのは好感が持てた。
「あ、あの! ワンピースなんですけど、この間着ている子を見て。凄く可愛らしくて」
「……ああ。あなた方もですか。カフェでうちのワンピースを着た美少女を見かけたのでしょう?」
「――そう! そうなんです!」
思わず乗り出すベロニカ達を見て微笑むと、店員はワンピースを何点か持って来た。
「今売り出しているのは、このピンクと黄色の二種類です。あの黄緑色のワンピースは新作で、まだ売っていないんですよ」
どちらのワンピースも可愛いが、やはり脳裏に浮かぶあのワンピースが忘れられない。
知らずため息をつくベロニカ達に、店員は苦笑する。
「でも、発売前なら、何故あの子は着ていたんですか?」
「あちらは、特別なお客様でして。商家風の装いでしたが、貴族の御令嬢です。店としても大変に恩のある、大切な方なんです」
店員の表情は柔らかく、その御令嬢のことを愛し気に語る姿に、ベロニカまで何だか胸が苦しくなる。
やはり、絶世の美少女というのは、影響力が凄まじいのだろう。
同じ貴族令嬢でも、ベロニカが働くハイメス家の御令嬢はだいぶ違う。
黒髪に藍色の瞳で、容姿は中の中。
とりたてて良くもないが、ひどく悪いわけでもない、普通の御令嬢だ。
だがいつも捨てられた、失恋した、振られたと言って、友人の家に泣きに行っているのを知っている。
堂々としていれば、それなりにもてそうだと思うのだが。
彼女が高望みしているのか、何なのか。
あるいは、平民と貴族では求める価値観が違うのかもしれない。
ところが、少し前からお嬢様の様子が変わった。
恋人からの連絡に一喜一憂することもなく、友人のポルセル伯爵邸へ泣きに行くこともない。
何となく自信を持って楽しそうにしている。
もしかすると、理想の男性と巡り合ったのかもしれない。
ようやく落ち着いてくれるのかと、勝手ながら何となく嬉しく思っていた。
「ああベロニカ、あなたもお嬢様の支度を手伝ってちょうだい」
お嬢様の侍女にそう声をかけられて、ベロニカが向かうと部屋の中には青い塊があった。
「……これ、何ですか?」
思わずそう呟くと、青い塊が動いてこちらを向いた。
「あなた、背中のボタンを見つけてくれない? フリルに埋もれて見つからないのよ」
「は、はい。かしこまりました」
侍女に命じられて近付いてみると、青い塊はお嬢様とそのドレスだとわかった。
何の呪いだと言いたいほどのフリルに囲まれたお嬢様は、フリルの多さゆえに上手く座ることもできないらしい。
椅子の上で姿勢が定まらずにゆらゆら動くお嬢様に合わせて、侍女も揺れているのが滑稽だ。
どうやらこの呪いのフリルを着ているところらしく、ボタンをとめたいのに見つからないのだという。
「このドレス、ボタンが多いのよね」
お嬢様はそう言っているが、問題はそこではないと思う。
ベロニカも懸命にフリルをかき分けてボタンを探しているのだが、どかしてもどかしてもフリルがやってくる。
「……何で、こんなにフリルだらけなんですか?」
侍女に小声でそっと尋ねてみると、げんなりとした様子で首を振った。
「残念ラインとかいうドレスで。流行らしいのよ」
このフリルの呪いが、流行。
……貴族って、わからない。
「あら、あなたは残念ラインを見るのは初めて?」
「は、はい。お嬢様」
思いがけず話しかけられ、ベロニカの声が上擦る。
「素敵でしょう? 残念の先駆者と呼ばれる御令嬢が作り上げた、残念という概念よ」
「は、はあ。はい」
「本当に暑くて重いけれど……これでこそ、残念よね」
「う。は、はい」
何と返事をすれば良いのかわからず、おかしな相槌になっているが、お嬢様は気にしていないようだ。
「いつか、残念の先駆者にお会いしたいわ。きっと、素敵な残念なのでしょうね」
もはや、お嬢様が何を言っているのかよくわからないので、無言でフリルをかき分ける。
本当に、貴族ってわからない。
あのワンピースの美少女ならば、こんなわけのわからない格好なんてしないだろうに。
自分の質を下げてどうするのだろう。
だから、お嬢様は振られてしまうのかもしれない。









