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ヘンリーのデート  イリス&ヘンリーのデート 1

本編第四章でドロレス達が来る前のお話です。

「なくなった?」


「はい。予定の調査は延期です。他の仕事は終えているので、今日は特に予定がありませんね」

 ビクトルはそう言ってヘンリーの目の前の書類を取り上げる。


「何かあればご連絡します。……たまには、イリス様と過ごされてはいかがですか?」

「なんだ、突然」

「どうせろくにデートもしていないのでしょう。イリス様を放っておいて、心変わりされても知りませんよー」

 書類を持って扉を閉めるビクトルの声がこだまする。


「どうせ、って。仕事を持ってくるのは誰だよ」

 来た仕事をこなすだけでも、あっという間に一日なんて終わる。

 それでもどうにか合間を縫ってイリスに会いに行っているのだが、確かにここ最近はろくに会えていなかった。


「心変わりって……なあ」

 机の上のカップに手を伸ばし、紅茶を口にする。

 そう言えば、イリスと最後に紅茶を飲んだのはいつだっただろう。


「まさか、な?」

 ヘンリーの問いは湯気と共に霞んで消えた。




「あら、ヘンリー君。イリスならちょうどすれ違いよ。仕立て屋に行くとか言っていたけど」

「……そうか」


 アラーナ邸にイリスに会いに行くと、ダニエラに会いに行ったと告げられ。

 コルテス邸に来てみれば、仕立て屋に行ったという。

 これは、今日は縁がないということなのだろうか。


「何? 約束してなかったの?」

「ああ。急に予定が空いたからな」

「ふうん」


 ダニエラもイリスと同じ黒髪に金の瞳だが、印象はだいぶ違う。

 そう言えばあの色彩も、ここしばらくは目にしていない。


「ヘンリー君さ、ちゃんと見ていないと。イリスはモテるし、警戒心ないからホイホイ誰かについて行きかねないわよ」


 確かに、イリスは警戒心が薄い。

 ぺらっぺらの紙くらい、薄い。

 ホイホイついていく光景が簡単に思い浮かぶのだから、恐ろしい。


「……気を付ける」

「うん。よろしくね」




「あれ、ヘンリーどうしたの?」

 ヘンリーの姿を見つけたイリスが不思議そうに問いかけてきた。


 ミランダという有名な仕立て屋が、イリスの行きつけだ。

 その甥であるラウルは、手伝いをしている。

 それは、情報として知っている。

 だが、何でこんなことになっているのか。


 仕立て屋の商談スペースには、イリスとクレトとラウルが座っている。

 テーブルには紅茶とお菓子があり、布地の見本もいくつか転がっている。

 普通に考えれば、何か仕立てる相談なのだろう。


 だが、クレトもラウルもイリスに好意を持っているのは明らかだ。

 手を出すかと言われれば違うような気はするが、保証はない。



「ヘンリーさん、毎日忙しいんですよね? 大丈夫ですよ。俺がイリスさんの散歩について行っていますから、安心してください」

「そうそう。最近では、三人で巷で人気のカフェに行ったんですよ。肉の女神(イリスさん)が行きたがっていたので」


「その呼び方、やめてって言ってるのに。……でも、人気のケーキが売り切れだったのよ。残念だわ」

「そうですね。でも、イリスさんとお出かけ、楽しかったです」

「確かに。ドレス姿を堪能できました」


 この三人、どれだけ仲良しなのだ。

 まだ仮とはいえ、一応イリスは婚約者がいるというのに、何を他の男性と楽しくお出かけしているのだ。

 いや、ヘンリーが忙しくて会いにすら行けていないのが悪いと言われれば、それまでだが。


 クレトもラウルも好意はあるだろうが、あくまでも善意でイリスと出掛けているはずだ。

 少なくともイリスの嫌がることをするとは思えない。

 だが、聞いているヘンリーとしては、モヤモヤしてしまう。


「凄いって言うから、見たかったわ。チョコレートケーキ」

「――なら、一緒に行こう」

「……え?」

 思わず口にした言葉に、イリスが驚きの表情でヘンリーを見る。


「今日は仕事がないんだ。せっかくだから、一緒に行こう」



 ビクトルとダニエラの言葉が脳裏を駆け巡る。


 心変わり。

 誰かについて行く。


 ……冗談じゃない。

 誰かとカフェに行くというのなら、ヘンリーが一緒に行く。



「いいですね、それ。せっかくだから、貴族だとばれないように変装しましょう」

 ラウルが楽しげに手を叩いて提案すると、クレトもうなずいた。

「確かに、前回は貴族三人だったので、注目されまくって長居できませんでしたからね」

「最近商家の娘さんに人気のワンピースがあるんです。あれを着れば、平民気分でのんびり楽しめるのでは」


「――まあ。それは素敵な話ですね。イリスお嬢様の変装、腕が鳴ります」

 いつの間にかやって来た女性が、あっという間にイリスを連れて店の奥へ行ってしまう。


「ミランダ伯母さん、あのワンピースの新作を出すって言ってたから、たぶん肉の女神(イリスさん)に着せると思いますよ。何と言っても、土台が良いから宣伝効果が凄いんですよね」




「どうですか。男性陣! イリスお嬢様を、商家のお嬢さん風に仕上げてみました」


 ふんわりとしたシルエットのワンピースは、腰の大きなリボンが特徴的だ。

 白地に黄緑色の細いストライプの入った生地全体に、細かな花が散りばめられている。

 更に程よく白のレースと布が入ることで、華やかなのに清楚な印象である。

 艶やかな黒髪は二つに結い上げられて、それぞれ白のリボンと小さな花が飾られている。

 ちらりと覗く足は白い靴下で飾られ、黄緑色の靴で上品にまとめてある。


 自信満々のミランダに連れられて出て来たイリスは、控えめに言ってもかなり可愛らしかった。



肉の女神(イリスさん)が、肉の天使になりました!」

 ラウルが歓喜の声を上げ、クレトは頬を染めてじっとイリスを見ている。


「肉の天使って何よ? それに、降格してない?」

「――どちらも最高です!」


 肉はよくわからないが、最高という点においてはヘンリーも賛成だ。

 正直、可愛らしくて困る。



「可愛いワンピースだけど、この間ドレスを作ったばかりだし……」

「なら、俺がプレゼントするよ」

「え?」

「何だよ。婚約者にプレゼントくらい、珍しくもないだろう?」

「婚約者……そうか。もう婚約者になるのよね」


 どうやらイリスはヘンリーの婚約者になるという自覚が薄いらしい。

 まだ実感がないというだけかもしれないが、切ないことには変わりない。

 イリスは何かをおねだりするようなことはないが、ヘンリーもほとんどプレゼントをしていない。

 これは、ちょっと反省すべきかもしれなかった。




 ヘンリーも商家風に変装し、イリスと出掛けたのは例のカフェだ。

 噂のチョコレートケーキが注文できると聞いたイリスは、うきうきしながら紅茶を飲んでいる。


 確かに、服装的には貴族目立ちしていない。

 だが、人気のワンピースに身を包んだ美少女の登場に、店内は明らかに浮足立っていた。

 ワンピースや髪型を女性が、イリスそのものを男性が見ている。

 ――もう、滅茶苦茶見ている。


 これでは結局、夜会と変わらない。

 ヘンリーは小さくため息をついた。



 いざ念願のチョコレートケーキが来ると、イリスはじっと押し黙ってしまった。

 先程までの楽しげな様子から、急に真剣な眼差しでケーキを見つめている。

「……どうかしたのか?」

 ヘンリーが問いかけると、イリスは何やら唸っている。


「どんぐりの形が可愛いって噂だったのよ。……でも、クオリティに納得がいかない」

「どんぐり?」

「殻斗はスポンジに色違いのパウダーをかけるんじゃなくて、クッキーとかでしっかり作って欲しいわ」

 確か、どんぐりの帽子のような部分をそう呼んだはずだが、確かにこのケーキでは微妙にわかりづらい。


「いっそ、蓋みたいにして、何かを中に入れても良いし。本体も、もっと丸みと艶があった方が良いと思うの。どんぐりと殻斗は仲が良いと力が出るって言うし」

 どこかで聞いたような聞かないような妙な理屈に、ヘンリーは首を傾げる。

 イリスは一口ケーキを口にすると、「おいしい」と幸せそうに微笑んだ。


「……私はやるならとことんだけど、こういう時には面倒ね。素直じゃなくて、可愛くない」

「イリス?」

 もくもくとケーキを食べているが、何だか少し元気がない。

 気になって声をかけようとすると、人影がイリスのそばにやって来た。


「お嬢さんの意見は聞かせていただきました。大変参考になります。貴重な意見をありがとうございました」

 店長だという男はそう言って喜んでいる。



 ヘンリーとしては男性店長がずっとイリスの手を握っているのが気に入らない。

 勝手に触るなと言いたいが、イリスが嫌がっていないのでとりあえず我慢している。

 当のイリスは感謝されて嬉しかったらしく、曇っていた顔に笑みが戻った。


 それもまた、ヘンリーとしては気に入らない。

 思わずため息をつくと、残りの紅茶を飲み干した。

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