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【残念令嬢・書籍化&コミカライズ】残念の宝庫 〜残念令嬢 短編集〜  作者: 西根羽南
「残念令嬢」アイリスneoファンタジー大賞受賞&書籍化感謝リクエスト

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ミランダの感謝  ミランダ&ラウルの打ち合わせ

「残念令嬢」本編第四章の頃のお話です。

「困ったわね」

「困りましたね」


 ミランダと甥のラウルは同じように腕を組んで悩んでいた。

 テーブルを挟んで向かいには、イリス・アラーナ伯爵令嬢が座っている。

 残念の先駆者(パイオニア)と呼ばれる彼女は、ミランダにとってただの顧客ではない。

 残念ラインという、新しい世界の扉を開いてくれた恩人だ。


 イリスには返しきれないほどの、残念の恩がある。

 だからこそ彼女の注文には、全身全霊で応えたい。

 だが、そんな熱意もイリスの一言で暗礁に乗り上げていた。



「イリスお嬢様。大変申し上げにくいのですが」

「何? このドレスは難しい?」

「いえ。そういうことではありません」

 イリスは不思議そうに目を瞬かせながら、ミランダの言葉を待っている。

 少しだけ首を傾げる様は愛らしく、ミランダの隣に座るラウルは幸せそうに見つめていた。


「その。先程から説明されている『あけび』とは、何のことでしょうか?」

 恐る恐る尋ねると、イリスはぽかんとしたまま動かない。

「……それ、実物を見たことがないってこと? それとも、存在を知らないの?」

「失礼ながら、私は今まで一度も見たことも聞いたこともございません」


 仕立て屋としてそれなりに経験を積んできたつもりだが、まだまだ勉強が足りない。

 ミランダには、イリスの言う『あけび』が何なのか、皆目見当もつかなかった。

 イリスの説明によると、どうやらそれは蔓性植物の果実らしい。


「その反応からして、やっぱりあけび自体が存在しないのね、きっと。ごめんなさい。説明不足だったわ」

「いえ。私が無知なせいでご迷惑を」

「いいのよ。でも、あけびドレスは捨てがたいから、私のスケッチと説明で作ってもらえる?」

 イリスの微笑みに、ミランダは大きくうなずいた。




「……肉の女神(イリスさん)は、今日も麗しかったですね」

 ほう、とラウルがため息をつく。

「本当に。まさに残念のために生まれたような美貌だわ」


 絹のように艶やかな黒髪、星の光を閉じ込めたかのように輝く金の瞳。

 小柄で華奢な肢体は、それでいて主張するべきところは主張していて、バランスが良い。

 元々どんなドレスでも着こなせる美少女ではあったが、最近は更に残念まで身に着けた無敵状態。


 何年もイリスを見てきたミランダでさえ、その奇想天外な残念ぶりにうっかり見惚れてしまう。

 暫し二人でイリスの余韻を堪能すると、お茶でのどを潤し、気合を入れ直した。



「さて。あけびとやらのドレスだけど、お嬢様のスケッチだと基本は紫色系の布ね。赤紫から青紫の間と書いてあるけれど、うちにある布だとどんな感じかしら」

 早速ラウルと二人で店にある生地を調べてみる。

 伯爵令嬢にして残念の先駆者(パイオニア)であるイリスに相応しいように質の良い物を選ぶと、青紫と赤紫の二択になった。


「これは、赤紫ね」

「いえ、青紫ですね」

 ラウルのまさかの判断に驚くが、彼はまだ見習い。

 顧客に合わせた色選びも勉強中なのだから、仕方がない。


「イリスお嬢様の肌には、この赤みが入った紫の方が映えるわ。より残念が引き立つでしょう」

「いえ、肉の女神(イリスさん)の白い肌を更に白く見せ、その上で更に残念な方が魅力的です」

「肌色が馴染んだ方が、ドレス自体は美しいのに装飾が残念で素敵でしょう」

「いっそ具合が悪そうなところもまた、残念で麗しいです」


 これは困った。

 どうにも意見が合わない。



「……とりあえずは保留して、髪飾りを考えましょうか」

「そうですね」

 気を取り直すと、イリスの描いたスケッチを確認する。

 楕円に近い形の中央に割れ目が入っており、そこに矢印が引かれている。


「中にもこもこ。その中に黒い粒」

 読み上げてはみたものの、さっぱり意味がわからない。

「……もこもこって、何かしらね」

「何でしょうね」


 二人で揃って首を傾げて、暫し考える。

 イリスは残念の先駆者(パイオニア)と呼ばれるだけあって、ミランダの数歩先を進んでいる。

 おかげで理解に苦しむことも多いが、これもまた他の客では味わえない残念の醍醐味だった。


「もこもこというくらいだから、綿を詰め込めば良いんじゃないかしら。はみ出るほどの綿を」

「いえ、残念なんですよ? もっと気持ち悪さも必要です。黒い粒の入った半透明の大粒ビーズを入れましょう」

「それじゃあ、もこもこじゃないでしょう」

「そちらこそ、残念が弱いです」

 二人はスケッチを手にしながら、じっと睨みあう。



「……前から気になっていたけれど。ラウル、あなたイリスお嬢様の残念をどう考えているの?」

 ため息をつくと、スケッチをテーブルに戻してラウルに向き合う。

「お嬢様は普通のドレスすら一級品に見せる、素晴らしい土台なのよ。それを活かしてこその、珍妙な残念ドレスじゃない?」


 ミランダの訴えを聞くと、ラウルもまたため息をついた。

「いえ、伯母さんこそわかっていませんね。肉の女神(イリスさん)は、そこにいるだけで尊いんです。多少足を引っ張るくらいの残念が、より魅力を増すのです」


「合わないわね」

「合いませんね」


 見習いとして仕立て屋で働き出した甥は、基本的に真面目に頑張ってくれている。

 だが、どうにもミランダと残念の価値観がずれている気はしていた。

 それがどうだ。

 確認してみれば、やはりかなりのずれがある。


 これは、円滑な残念ライン運営の妨げとなりかねない。

 どうしたものかと悩むミランダが店の入り口に視線を移すと、小柄な人影が見えた。




「こんにちは。ラウルさん、いますか?」

 黒髪に赤い瞳の可愛らしい少年を見て、ラウルの顔に笑顔が戻る。

「クレト! ちょうど良いところに来てくれました」

 案内されてソファーに腰かけつつ、何か察したらしいクレトが不思議そうにしている。


 クレト・ムヒカ伯爵令息は、イリスの親類の少年だ。

 何でも、ラウルと共に肉の女神(イリス)を崇め守るために頑張る、という杯を交わしたらしい。

 そもそも肉の女神とは何なのだと思ったが、そこには触れていない。

 要はイリスの親衛隊のようなものだろうし、年頃の少年達の行動に意味を求めてはいけない。


「……何かあったんですか?」

「それがですね……」


 ラウルはことの経緯を説明し始めた。

 どうやら、第三者の意見を仰ぐらしい。

 残念ラインの顧客ではないクレトならば、客観的な判断を下せるだろう。

 ミランダとラウルの熱心な説明を聞き終わる頃には、クレトの眉は顰められていた。



「それで、どちらが肉の女神(イリスさん)に似合うと思いますか?」

 期待に満ちた眼差しで問いかけると、クレトは困ったように首を振った。



「……いえ。どちらもちょっと。……俺、残念じゃないイリスさんが好きです」



 たっぷりと、沈黙が流れた。


「――つまり、どちらも甲乙つけがたい残念だということですね!」

 クレトの判断に、ミランダは歓喜した。

 横を見れば、ラウルもまた笑顔でうなずいている。


「そうですね。残念に正解はない。伯母さん、僕が間違っていました。イリスさんの美しさを活かしつつ残念というのも、必要なことですね」

「いえ、ラウル。残念へのあくなき挑戦心も大切よ。守りに入ったら、それは残念ではない。かつてイリスお嬢様は言っていたわ。『限界を超えて、盛る。その先に、残念がある』と。あれはきっと、挑戦する心を忘れるなという戒めなのだわ」


 光明が差すとは、まさしくこのことだ。

 今までモヤモヤとしていた悩みが、すっと晴れていく。



「では、ドレスは赤紫色にしましょう。使用する量が多いので、肉の女神(イリスさん)の肌色を活かした方が良いはずです」

「髪飾りには、半透明の大粒ビーズを採用しましょう。もこもこにもバリエーションがあった方がより豊かな残念になるわ」

 ラウルと固く握手を交わす。

 今なら、ラウルと共に素晴らしい残念を表現できる気がした。


「クレト様、大切なことに気付かせていただきました。感謝いたします」

 ミランダが深々と頭を下げると、クレトは慌てている。

「え? いえ。……え?」


 何故か困惑した様子のクレトに構わず、ミランダは生地を持って立ち上がる。

 善は急げと言うが、残念も急げなのだ。


「ラウル。私は早速、型紙づくりに入るわ。クレト様をおもてなししつつ、半透明の大粒ビーズを押し込む方法を考えておいて」

「はい、伯母さん」


 やはり残念は奥が深い。

 イリスのおかげで、ミランダの仕立て屋人生はすっかり薔薇色の残念だ。

 ミランダは生地を抱えて微笑みながら、店の奥へと走って行った。


「残念令嬢 〜悪役令嬢に転生したので、残念な方向で応戦します〜」が、第五回アイリスNEOファンタジー大賞の銀賞を受賞しました。

書籍化予定です。


感謝をこめて募集したリクエストを連載開始します。

詳しくは活動報告をご覧ください。


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「残念令嬢」

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西根羽南のHP「残念令嬢」紹介ページ

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― 新着の感想 ―
[一言] ミランダさん、残念に出会わなけれ腕の良いデザイナーになったでしょうに残念な(ホロリ)
[良い点] 薔薇色の残念! [気になる点] 薔薇色の残念? [一言] 「薔薇色の残念」に全て持って行かれました。 あまりにもパワーワード過ぎて噴きました。(笑) 「薔薇色」と「残念」、対極の単語のく…
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