クレトの苦笑 虫除けの策 2
「かや?」
「……そうか。蚊帳がないのね。ええと、こんな感じで」
そう言って、スラスラと何やら描き始めた。
イリスは自身のドレスをデザインして描いているというだけあって、なかなか絵が上手だ。
出来上がった絵を見る限り、要は細かい目の網で囲むということらしい。
「でも、網で囲った状態では、イリスさんの生活に支障が出ますよ?」
「それなら、蚊帳をドレスにすれば良いわ」
イリスは再びペンを走らせた。
見れば、スカート部分は傘の骨組みのようなもので囲まれていて、スカート自体は網の生地でできている。
「これなら涼しいし、虫除けになるわよ」
確かにそうなのだが、虫除けの意味が変わってしまっている。
それにスケッチをよく見ると、スカートは網の生地のせいで透けている。
「イリスさん、これじゃ脚が丸見えです」
指摘するクレトも恥ずかしい。
だが、ドレスとしても、淑女としても、虫除けとしても良くないので、意を決して伝える。
しかし、イリスは何やら不服そうだ。
「でも、透けてないと、風も通らなくて暑いじゃないの」
「――脚は出すな。頼むから」
ヘンリーが頭を抱えている。
確かに、この美少女が脚まで出し始めたら、もう虫を避けるという段階ではない。
完全に虫を呼び込もうとしているし、虫の大群に囲まれかねない。
だが、当の本人はまったく気にする様子がない。
「大丈夫。中に短いスカートを穿けば良いのよ」
ペンを走らせた後には、膝上丈のスカートが描かれていた。
これはまた、刺激が強い。
このスカートをイリスが穿くと想像して、クレトの顔が赤らんだ。
「……これは、ちょっと」
「そうか。短い丈はないのよね」
クレトの指摘に、何やらブツブツと呟いている。
「じゃあ、長ければ良いかしら。スリットを入れれば動きやすいし」
今度はぴったりと脚に沿う形の長いスカートで、側面に深いスリットが入っていた。
これでは、歩くたびに脚が見え隠れするではないか。
「これも、ちょっと……」
「駄目なの?」
「――最高です。さすが、肉の女神はわかっていますね。肉の女神を名乗るだけあります。……丸見えよりも、チラ見えの方が、より価値が高いのです」
ラウルの心の声が正直すぎて、酷い。
「私は肉の女神なんて、名乗っていないわよ。肉違いよ。……じゃあ、これなら良いの?」
「駄目だ」
間髪を入れずに却下すると、ヘンリーは頭を抱えた。
「……もう、地道に虫退治する。だから、虫除けのドレスはやめてくれ」
「せっかく考えたのに」
「そのドレスじゃ、虫寄せになる。やめてくれ」
「虫寄せ?」
確かに当初の目的に反して、虫を引き寄せるドレス案ばかり出てくる。
「虫が引き寄せられるのは、自然の摂理です。肉には寄生虫がいることもありますし、腐敗すれば虫だらけです」
「気持ち悪い話をしないで。寄生された覚えはないし、まだ腐っていないわよ」
「大丈夫です。僕の肉の女神は腐るどころか、輝いていますから。光るものにも虫は寄ってきます」
「おまえのじゃない」
ヘンリーが聞き逃さずに、すかさず訂正を入れる。
「結局、虫だらけなの?」
「仕方ありません。すべては肉の女神の美しさのせいです」
「美しい肉って何なの。霜降り? ……肉なら、せめて美味しい肉じゃないの?」
「……まあ。ある意味、美味しそうです」
「やめろ」
ラウルの酷い心の声が漏れると、再び間髪を入れずに制止が入った。
なるほど。
こういうことに時間を取られるから、虫除けなんて言い出したのか。
ヘンリーの日頃の苦労が偲ばれる。
イリスと婚約したヘンリーが羨ましい限りだったが、こうして考えるとなかなか大変そうだった。
「蚊帳の網の目は細かいから、虫は入らないわよ。虫除けには良いと思うけど」
まだ虫除け網ドレスに未練があるのか、イリスがスケッチを見直している。
「そもそも入れないし、近付けない。俺がイリスを虫から守るから、ドレスは普通で良い」
なかなか凄いことを言っているが、言われた本人は真意に気付く様子もなく首を傾げている。
「そんなに虫刺されに困っていないから、大丈夫よ? 面倒見の鬼には困ったものね」
そう言って笑っているが、その笑顔が既に虫寄せだ。
どっちが困ったものか。
クレトも思わず苦笑いしてしまう。
イリスのことは好きだが、この残念な鈍感ぶりをフォローするのは並大抵のことではない。
やはり、ヘンリーにならイリスを任せられる。
というか、ヘンリーくらいしか対応できない気がしてきた。
失恋しているはずなのに、何だか応援してしまう。
クレトもどうやら、残念な思考とやらなのかもしれない。









