クレトの検討 虫除けの策 1
本編四章ドロレス達が来る前。
宝庫「ヘンリーのデート」「ヘンリーの幸運」「ヘンリーの初恋」の後のお話です。
その日、クレト・ムヒカはラウルと議論をするために仕立て屋を訪れていた。
最近の議題は『イリスはどんなドレスが似合うか』だったが、見事に意見が分かれて収拾がつかなくなっていた。
クレトとしては、絶対に清楚で上品なドレスのイリスが最高だと思っている。
ラウルは残念なドレスこそ、イリスの魅力を引き立てると言って譲らない。
だが、先日変装のために商家のお嬢様風のワンピースを着たイリスを見たことで、呆気なく結論が出た。
――イリスなら、何を着ても可愛い。
非常に単純な答えだが、ここに行きつくのに数週間を要したのだから、イリスは奥が深い。
ようやくスッキリとした二人がお茶を飲んでいるところに、イリスとヘンリーがやって来たのだ。
「イリスに虫がつかないようにするには、どうするのが効果的だろうな」
イリスとラウルが店の奥で生地を見ている間、クレトの向かいで紅茶を飲んでいたヘンリーがぽつりと呟く。
その言葉を聞いて、クレトは少しばかり驚いた。
「……何だ? じっと見て」
「いえ。ヘンリーさんは、そういうことを気にするように見えなかったので」
「減らせる手間は減らしたいだろう。現状、虫退治に使う時間が惜しい。婚約披露パーティーを開くつもりだが、それで撲滅できるとも思えない」
虫というのは、イリスに付きまとう男性のことだろう。
そうすると、虫退治はその男性に対応するということだが。
果たして何をどうしているのかわからないが、何となく聞かない方が良い気がした。
「残念なドレスよりも、虫除けのドレスでもあれば良いんだが」
誰に聞かせるでもないその言葉に、店の奥から戻ったイリスが反応した。
「――虫除けのドレスって、何?」
「どうにか、イリスに虫が寄らないようにできないかと思ってな」
何のことかわかっていないらしく、イリスは首を傾げながらヘンリーの隣に座る。
「それはまた、難題ですね」
遅れてやって来たラウルは生地の見本を机に置くと、腕を組んで考え始めた。
「結局のところ、顔のせいです。顔が悪いのだから、ベールか何かで隠してしまうというのはどうですか」
「顔が悪いって……」
言いたいことはわかるが、表現がおかしい。
それではまるで、イリスが不美人のような言い草だ。
正確に言えば、麗しすぎて男性が寄ってくる、ではないのか。
意味をはき違えたらしいイリスが、少しショックを受けている。
「そう。私、隠した方が良い顔なのね。残念が顔にも出ているのね」
よくわからない理由で納得しているが、絶対違うので訂正した方が良い気がする。
「でも、顔全体を覆われたら苦しいし、前が見えないわ」
クレトが口を開くよりも先に、イリスが注文をつけている。
既に顔を隠される気満々なのは、何故だろう。
そういうところが、残念と言われる所以なのかもしれない。
「確かにそうですね。では、目を出す形にしてはどうですか」
ラウルは手元にあった青い生地を、イリスの顔に当ててみる。
「……いや、瞳が際立つ。駄目だ」
ヘンリーの言う通り、いつもよりも瞳に注視してしまうし、輝く金の瞳に吸い込まれそうだ。
「確かに、却って可愛らしい上に、見えない部分の想像が膨らみますね」
人は見えない部分を、想像で勝手に補う。
それは大抵自分の中の理想が形作る幻なのだが、イリスの場合は布を外しても可愛い。
というか、想像以上に可愛い。
確かに、これではまったく虫除けにならない。
「想像って、何? それよりも、息苦しいから、薄い布にしてくれない?」
「確かにそうですね。イリスさんの着け心地も大切です」
そう言ってラウルは透ける黒い生地を取り出し、イリスに当ててみる。
「目が際立つ上に、口元が微かに見えて、却って駄目だ」
「確かに、少し見える口元が色っぽいですね」
クレトはうなずき、ヘンリーは首を振る。
「隠そうとするから、余計に目立つんだ。そうじゃなくて、寄り付かなくしたい」
「虫が寄りつかない。……虫除けの香水でもあれば良いんでしょうか?」
ハーブの中には虫が嫌うものもあるというし、それを使えば。
……いや、それは本当の虫除けだから違うか。
「人が近付けない香水となると、相当匂いがきついですよね」
ラウルの指摘に、イリスは薄手の布をたたむ手を止めて首を振る。
「香水は酔うから、やめて。苦手なの」
そう言われれば、確かにイリスはいつも香水をつけていない。
微かに石鹸が香るくらいだ。
それがまた、たまらないと言えばたまらないのだが。
「虫より先にイリスが退治されそうだから、香水は却下だな」
どうしたものかと考える男性陣を見て、イリスが首を傾げている。
「何? 虫を避けたいの? なら、古来からの虫除けと言えば――蚊帳よ!」









