シルビオの宣言 カロリーナとシーロの出会い 3
襲撃という言葉に、久しぶりに緊張が走る。
隣国に来てから一度も危険な目に遭っていないので、すっかり油断していた。
モレノが匿ってくれているとはいえ、情報が漏れないとも限らない。
「シルビオ、窓から離れて。ただの賊かもしれないけれど、あなたを狙っている可能性もある。馬車から出てはいけないわ」
窓から外を覗いてみれば、御者二人が十人ほどの男と交戦している。
だが人数の差がある以上、このままでは不利だろう。
シルビオも一応護身用として剣を佩いているし、王城で剣を習ってはいる。
少しでも戦力は多い方が良いはずだ。
「やはり、助けに出――」
突然何かで視界が遮られて、言葉が途切れる。
布のような物を取り除いてみてみると、さっきまで目の前のカロリーナが着ていたドレスと同じ生地だ。
「カロリーナ、これ」
困惑しながら見てみると、カロリーナはズボン姿で肘掛から剣を取り出していた。
呆気に取られて見ているシルビオに気が付くと、ため息をつく。
「モレノは諜報活動が家業よ。でも、あなたを引き受けたのだから、その存在を隠して守るのも仕事。のこのこと顔を晒されては、こちらが困るの。大人しくしていて」
「何をするつもりだい? 君は女性だろう」
すると、黒髪の美女は冷たい笑みを浮かべた。
「私を女性ではないと言ったのは、シルビオよ。安心して。モレノの女は、やわな王子様よりは強いわ」
そう言うなり、馬車から飛び出した。
呆然とそれを見ていたシルビオは、慌てて窓から外を覗く。
御者二人も結構な手練れだったが、カロリーナも女性でありながら引けを取らない腕前だ。
何より、剣を振るう姿が美しく、もっと見たいと思った。
劣勢になった男達が撤退すると、カロリーナは御者に何やら指示を出し、馬車に戻ってきた。
「統制もとれていないし、様子からしてただの賊ね。安心して良いわ」
そう言って、剣を肘掛の中に戻す。
手慣れた動作からして、初めてのことではないのだろう。
「カロリーナは、剣を使えるんだね」
「モレノの女の嗜みよ。剣とは限らないけれど、身を守る術は叩き込まれるわ」
「君は、いつまでこの国にいるんだい?」
シルビオの問いに、一瞬眉を顰める。
「……もうしばらくは」
「俺と同じだね。では、俺に剣の稽古をつけてくれないか?」
「は?」
外した肘掛を直しながら、カロリーナは怪訝な表情になった。
「王城で多少は習っていたが、実戦経験はないしね。何せ暇なんだ。俺の状況からして、身を守る術を磨くのは無駄にならないし」
「……わかったわ。なら、手配をするわ」
「いや。君が良い」
「は?」
「君の剣は綺麗だった。あれを、習いたい」
面食らった様子のカロリーナは、しばらく瞬きをしている。
「き、綺麗って。……私よりも技量の高い者はいくらでもいるわ」
「例えば?」
「ヘンリーの剣は、綺麗よ。本当に、いかれている」
「いかれている?」
聞き慣れない表現に思わず問い返すと、カロリーナが慌てた。
「ああ、その。――一流というやつよ、ヘンリーは。私なんて、足元にも及ばないの」
「でも、ヘンリーはナリスにいるんだろう?」
「まあ、そうね」
「だったら、やっぱり君が教えてくれ、カロリーナ。これも、俺を隠して守るのに役立つと思うけど?」
「……わかったわ。お父様に報告した上で良ければ」
カロリーナは外していたスカート部分を手に取ると、それを横に置いて腰を下ろした。
「それ、戻さないのかい?」
疑問だったので聞いてみると、何やら気まずそうにしている。
「……リボンを通して結ぶのが、細かくて苦手なのよ」
なるほど、スカート部分はリボンで固定されていたのか。
普段は装飾であり、有事にはそれを解けば良いのだから、よく考えられている。
それにしても、剣を持って颯爽と飛び出したというのに、リボンを通すのが苦手とは。
随分と可愛らしい一面もあったものだ。
思わず口元に笑みが浮かぶ。
「なら、俺が手伝うよ」
「そう? ありがとう」
カロリーナは立ち上がると、スカート部分を腰に巻き付ける。
シルビオがリボンを通していると、ふと目の前にカロリーナの顔があることに気付く。
その金の瞳を見て、美しいと思った。
「――あ」
「どうかしたの?」
「俺、君のこと好きだな」
「は?」
もうすぐナリス王国に戻れると知って、何故かすっきりしない理由がわかった。
カロリーナと離れるのが惜しかったからだ。
「うん。間違いない。君が好きみたいだ」
「……何の冗談なの? 悪質な」
心底嫌そうな顔をされて、シルビオもちょっと傷付いた。
「悪質って、酷いな」
「大体、私は女性じゃないんでしょう?」
出会った時の、気配の無い胸部事件のことを言っているのだろう。
謝ろうにも一切話題にせず、受け流されていたわけだが。
やはり、怒っていたようだ。
「あれは俺が悪かったよ。君に対して失礼だった」
「……もう、いいわよ」
「胸なんてなくても、俺はカロリーナが好きだ」
「結局、失礼よ! それに、こんな場所で、こんな時に言う言葉じゃないわ」
「いつなら、良いんだい?」
「身を隠す王子様を守る間は、あなたは男性ではないの。仕事の対象よ」
呆れたと言わんばかりの様子に、シルビオは微笑む。
「そう。じゃあ、フィデル兄上には早く勝ってもらわないと」
「え?」
「兄上が次期国王になれば、俺は隠れる必要がなくなる。シルビオから、シーロに戻る。――その時には、覚悟してくれる?」
一瞬何を言われたのか理解できなかったらしいが、すぐにカロリーナの頬が赤くなっていく。
それを恥じるかのように、咳ばらいをするとシルビオを睨みつけてきた。
「私にだって選ぶ権利と言うものがあるわ」
「そうだね。それじゃ、兄上が王になるまでの間に、君に好きになってもらえるよう、頑張るよ」
シルビオの笑みに、今度こそカロリーナは真っ赤になって言葉を失った。









