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廃城のメイド  作者: 北都
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『掃除』

 モニカ様は賊の前に飛び出し威勢の良い声をあげました。

 丸腰のままで。


「あなたの似顔絵は描かせていただきました」


 賊は、女性を人質に取りながら刃物をモニカ様へと向ける。


「おっと、私を殺しても意味はありませんよ。私の仲間がすでに、貴方の似顔絵をもって街へと向かっていますから」


 男は黙ったまま、モニカ様を睨みつけ、じりじりと距離を詰めていきます。


「私が生きて戻らないので有れば、あなたはめでたく賞金首の仲間入りです。四六時中、冒険者に狙われる恐怖。味わってみますか」

「ちっ」


 舌打ちした賊は、捕まえていた女性をモニカ様の方へ突き飛ばしました。


「もう大丈夫ですよ」


 女性は安堵した表情で駆け寄り、賊から姿を隠すようにモニカ様の背後へと隠れる。


「本当にありがとうございます」

「私達がここに居たのは偶然ですが、待っていた甲斐がありました」

「ああ、おかげで助かったよ」


 女性のしおらしい声が一転し、乱暴な口調になると、モニカ様を押さえつけました。


「冒険者は単純だね。女性を見ればか弱いものだと決めつけて、どんな無茶でもしてくれる。まあ、こいつの不細工な顔に迫られている女性をみれば、大半の奴は助けてくれるよ。どこからどうみても盗賊って面をしてるからね」

「不細工って酷い言われ様だな」

「だって、その通りだろ。髪も髭も生えっぱなしで、焼けた肌を油をテカらせてさ。そんな面。どこをどう見ても不細工だろうが」

「違いない」


 二人の下品な笑い声が森の中に響き渡る。


「見た感じ金はもってなさそうだけど、あんた中々良い身体をしているじゃないか」

「私をどうするつもりですか」

「何、ちょっと私たちに付いてきてくれればいいんだよ。世の中には色々な人間が居てね。おまえの様に胸の大きい女性なんか、特に人気があるんだよ」

「人の売買は、重罪ですよ」

「馬鹿か。だからこそ金になるんだよ。無駄な事はやめときなよ。商品に傷つける訳にはいかないからね。足掻いたって無駄だよ。相手は私たち二人だけじゃないんだからさ」


 女の口笛で姿を現したのは三人。

 どれもこれも無精ひげを生やし、似たような顔をしていて、正直見分けがつきません。


「そういや、さっき私たちって言ったよね」


 言ってましたね。馬鹿正直にも程があります。


「黙っていたところで何にらないよ。あんたの仲間は、そこの藪に隠れている二人のことだろ」

「な、なんのことでしょう」

「本当にバカだね、あんた。こんな状況で仲間を守る心意気は買うけどさ。バレバレだよ。森を根城にしてる私達から見れば、あんた達の場所なんてお見通しなんだよ」

「おい、そこの二人。こいつを助けたかったら出てきな」


 私としては見捨てるのもありですが、ヒナ様は覚悟を決めたようです。きっと賊達が何も言わなくても姿を現すつもりだったのでしょう。真面目な方です。

 私にご命令いただければ、無傷でこの場から離れることができるというのに。


「こっちの方が上玉だね」

「それに子供までいる。ついてるぞ」

「随分と上等な服を着ているじゃないか。それに見た目も従順そうで、受けも良さそうだ」

「メイドもセットで、いや、あれも言い値で買い取ってもらえるほどの上玉だ」


 帰りたい。

 せっかくヒナ様とお出かけしたというのに、なぜこんな理不尽な目に合わなければならないのでしょうか。モニカ様はともかく、賊共に品定めされるこの屈辱。正直に申し上げると。


「耐え難い」

「あ? どうしたメイドさんよ。あんたの坊ちゃんは、俺たちが大事に扱ってやるからそんな不安そうな顔をするなって」

「そうだよ。それに、この冒険者は仲間だろう。まさか見捨てて逃げるのかい?」

「僕は逃げたりなんかしない!」

「あらまあ、坊ちゃんは少し気が強そうだね。大人の言うことは素直に聞いた方が良いのに」

「なに子供に言うことを聞かせるなんて簡単だ。数発殴ってやれば、すぐに謝りだす」


 賊Aは、私達に見せつけるかのように拳を握りしめました。、


「そういや、そういう奴もいたな。従順になるまでの過程を楽しむとか言ってた、あの坊主頭」


 賊Bは賊Cと、頷きあいながら軽口をたたいています。


「そういえば、あいつ、がぁっ!」


 賊Dが話している途中でしたが、それよりも私の手が先に出てしまいました。これも足下にあった、ちょうど良い大きさの石のせいです。投げた石は見事、男の上顎に命中しました。


「なあ、強気なのはいいが少しは状況をみたらどうだい。こいつの喉もとにあるナイフを突き刺してもいいんだよ」

「好きにすれば良いのでは」

「あんた仲間を見捨てるなんて、それでも冒険者?」

「私、冒険者ではありませんよ。見ての通りメイドでございます。これ以上騒ぐつもりなら全員、この場に埋めますよ」


 一瞬の間の後、賊共は私を嘲笑する様な目で見てきましたが、意にも介さず足元に落ちていた木の棒を拾い上げました。


「私達を埋めるって? そんな木の棒で?」


 貴方達を相手に、主より授かった剣を使いたくありません。道端に落ちている木で充分です。それと。


「埋めるのあとです」

「うぐぁっ!」


 まずは一人。一番近くにいた賊Aの肩を殴打すると、骨を砕く感触が手に伝わってきました。彼は苦悶の表情を浮かべながら転がりまわっています。


「まずは、下準備が先です」


 賊Bと賊Cが頭目である彼女の号令とともに私に襲い掛かってきました。各々の手にはナイフが握られていましたが、黒のローブを着た二人組と比べてしまうと格下であることは否めません。

 迫る刃をかわし、すれ違いざまに賊Bの腹部を棒で突き上げる。うめき声と共に倒れ込むと、体を痙攣させていました。その様子を見ていた賊Cから、ざわめく声があがる。

 今更、誰一人として逃がす気はありません。埋めてさしあげます。


 賊共を倒すのは、ものの数分で決着が付きました。人質になっていたモニカ様も、かすり傷程度の怪我ですみました。倒れた賊は森に生えていた蔦で縛り上げ、転がしておきました。モニカ様は気を失っている隙に着々と似顔絵を描き上げていました。

 しばらくして縛りあげた賊が一人、また一人と意識を取り戻し始めました。体に食い込む蔦を外そうと暴れていましたが、無駄だと悟ったのか諦めたようで、今は大人しく、こちらの様子を伺っています。


「ねえ、ちょっとあんた。姿が見えないけど何してんのさ」

「穴を掘っております」


 私は宣言通り、彼らを埋めるための準備を着々と進めています。


「本気だったんですね」

「もちろん、口に出したことは違えませんよ」

「レッカさん。彼らを私一人で連れてくのは無理なので、一旦街に戻って人を呼んでこようと思います。厚かましいのは重々承知の上なんですが、一つ協力をお願いしてもいいですか」

「戻ってくるまで見張っていてほしいという事でしょうか。構いませんよ。街に行く役目はモニカ様にお任せします」

「なにから何まですいません。森の外に馬を泊めてあるので、すぐに戻ってきます」

「かしこまりました。ただし」

「ただし?」


「貴方が戻ってきたときには、きちんと彼らを掘り起こしてあげてください」


 慌てながら森の外へかけていくモニカ様を見送ると、手にしていた棒を地面に捨てました。


「レッカ」

「私たちは家に戻りましょうか」

「うん」


 逃げられぬように賊共は穴に落としておきました。穴の中から罵詈雑言が聞こえましたが、聞こえなかったということにします。


 日は暮れ、木々の隙間から見える空には星が瞬きはじめました。


「すっかり暗くなってしまいましたね、帰ったら夕食にしましょう……ヒナ様どうかしましたか?」


 ヒナ様はうつ向いたまま黙っています。しばらく、そのままにしていると、ようやく口を開いてくれました。


「お父さん。酒場に行かない日なんてなかった。仲間が無事に帰ってきているのか、心配で仕方がないから毎晩毎晩出かけていたんだ。でもモニカさん、最近見てないって。……僕のせいなのかな」

 

 慰めの言葉をかけるのは容易いこと。大丈夫ですと、一言いえばヒナ様の顔に笑顔がもどるかもしれません。ですが、その言葉には何も根拠はありません。それ故、今のヒナ様にかけるべき言葉が私には見つからないのです。

 繋いだ手を離さぬよう、強く握りしめる事しか出来ませんでした。

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