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廃城のメイド  作者: 北都
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『期待を裏切らない女』

 人目を避ける為、街道からそれた道を歩いていく。

 モニカ様を一人にはしておけないというヒナ様の意向を汲んだ結果、共に森を散策することになりました。

 人の手が付いていない獣道は、生い茂った草木によって陽が遮られ、昼間だというのに薄暗いです。


「二人とも知っていますか。この森にまつわる怪談を」


 先頭を歩いていたモニカ様は何かを企むような顔で、こちらを振り返りました。


「怪談、ですか」

「こういう人通りのない、くら~い場所を歩いていると、後ろからひたひたと足音が聞こえてくるんです。今では街道もできましたが、以前は獣や強盗に襲われ命を失った人が多くいました。そういう無念が残滓となって、生きている人の後を憑いてまわるのです」

「そう、なの?」

「霊は、ヒナ君のような子供の後をずっーとついてきて。ベッドに入ると、ふと視線を感じるんです。見てはいけないって思っても、だんだんと意識はそちらの方に!視線の先には、部屋を埋め尽くすほどの霊が!って痛い」

「そこまでです」


 この人、放っておくと調子に乗るタイプのようです。


「いたたた、額にチョップしなくてもいいじゃないですか。もしかして怖がらせ過ぎちゃいました」


 ヒナ様はかすかにふるえ、私の背中に隠れています。苦手なもの。それは誰しもありますから、私は笑いませんよ。少なくとも彼女のようには。


「この話、弟たちには鉄板の話なんです。それにヒナ君みたいな可愛い男の子を狙う霊がいても」

「モニカ様」

「は……い」

「もう、結構です」

 

 流石、冒険者。私の笑顔の裏に隠された感情を読みとって頂けたようです。

 おかげで無駄な手間を省くことができて、大変助かります。


「さ、さあ気を取り直して行きましょう」


 森をしばらく歩くと、池が見えてきました。小径の側にある池を背にした場合、逃げ道が制限されてしまう。人を襲うにはもってこいの道ではありませんか。

 私たちは小径から少し離れた、森の茂みに腰を下ろしました。


「目撃者の情報だと、この辺に現れたって話ですけど」


 陽が少し傾き始めています。今日はヒナ様と気兼ねなく散歩をする予定でしたが厄介なことに巻き込まれてしまいました。せっかく作ったお弁当もモニカ様の口に入ることになり、この状況に少しばかり悶々としています。


「あとは賊との根比べですね。こうして見張っていれば、いつか必ず現れるはずです」


  いつか、ですね。それが今日なのか明日なのかはわかりませんが、どれほどの時間をかけるつもりなのでしょう。私としては、そろそろお暇したいのですが。


「ヒナ様、疲れましたか」

「ううん、大丈夫」


 言葉とは裏腹に、今にも瞼が落ちてしまいそうです。


「少し、横になってはいかがでしょうか」


 お昼のご飯を食べ過ぎてしまったせいでしょう。食べ盛りの年ですから。作った甲斐がありました。


「でも」

「見張りは、私にお任せ下さい。膝をお貸ししますのでどうぞ、お休みください」


 多少強引ではありましたが、ヒナ様は今、私の膝枕に顔を埋め、安らかな寝息をたてています。なんという無防備なお顔。何故か私の胸の奥が、ほんのりと温かくなってきました。

 安らぎ。というのはこういう事を差すのでしょうか。ヒナ様の背中にそっと手を添えると、鼓動が私の手に伝わってきます。ああ、本当に可愛らしい寝顔でございます。


「ヒナ君、疲れが溜まっていたのかな」


 ヒナ様に夢中になるあまり、ひと時の間、モニカ様の存在を忘れておりました。


「ええ、それに今の時間はお昼寝の時間ですので、たんと休んでもらわなくては」

「そうですか。ヒナ君とは、長いこと一緒に暮らしているんですか」

「どういう意味でしょう」

「えっと、ヒナ君と仲良さそうだなって。側で見ていると本当のみたいです」


 本当の姉弟? 私とヒナ様がそう見えるとおっしゃいますか。

 ……いけませんね。ヒナ様はあくまでお客様。そして私はメイド。その一線は越えてはいけないというのに。喜んでいる場合ではありません


「私はいいと思いますよ」


 この方は時折、人の考えを見透かしたように喋りますね。計算なのか天然なのか。……おそらく天然でしょう。


「他人の価値観にあわせて大事なものを失ってしまうくらいなら、そんな価値観いりませんよ」

「ずいぶん簡単におっしゃいますね」

「すみません。私、思いついたことすぐ言葉にしてしまうんです。だけど今、ヒナ君が頼れるのはレッカさんしかいませんよ」

「オリジンにご家族がいらっしゃるのでしょう」

「いますが……。さっきの話の続きになりますが、姿が見えなくなったのは、アキトさんだけでなく、ヒナ君のお母さんも、ある日を境に見なくなりました」

「ある日というのは、ヒナ様が街から逃げ出した日で間違いないでしょうか」

「その通りです」


 モニカ様は微動だにせず、私を見つめている。

 私に刃を突きつけられた状態のままで。


「ヒナ様の事を最初から知っていましたね」

「もちろんです。私はオリジンで活動する冒険者ですから」

「こうして出会えたのは、偶然ですか」

「偶然、と言っても信じてはもらえませんよね。ヒナ君が街を出た時から、見慣れない人たちが多く街を訪れるようになりました。街中、いえ街の外にも出かけている姿も目撃されています。おそらくレッカさんの周りにも、近いうちに必ず現れるはずです。その時はヒナ君と一緒に逃げてもらえませんか」

「どこの誰かもわからない私に、頼みごとですか」

「あなたにしか頼めないんです。だって、ヒナ君がそんな風に身体を預ける事が出来るのは、レッカさん。貴方だけですから」


 膝に伝わってくる寝息と重み。これを失うことを考えると……いえ、考えることはありません。私がそばにいれば、そのような事など万に一つもありえませんから。


「ちなみに見慣れない人というのは、何者ですか」

「私が見たのは、黒のローブに身を包んでいる人達でした。そのローブには金の刺繍で竜が描かれています。詳しい事までは分かりませんが、アキトさんと深い因縁があるのは間違いありません。正体も百戦錬磨の武人だとか様々な噂がります。そんな人たちを相手にしては身が持ちませんよ」

「黒いローブ、竜の刺繍……その姿なら見覚えがあります。確かに、あの二人組はヒナ様を狙っていました」


 ヒナ様と出会った晩に、城を訪れた彼らのことで間違いありません。


「それで」

「それでとは」

「その、出会った後のことです。戦いましたか、それとも無事に逃げ切ることができましたか」


 殺した、と正直に答えてもいいですが、変に警戒されるのも面倒ですね。


「撃退しました。手痛い傷を負わせたので、しばらくの間は姿を見ることモニカいでしょう」


 気を使いながら、言葉を選ぶのは手間がかかって仕方がありません。


「ほ、本当ですか」

「そんなに驚くようなことでしょうか」

「アキトさんが言っていました。黒ローブの連中は、俺より強くはない。だが、複数を相手にするなら話は別だと。正体不明の連中でしたが、腕前だけは認めていました。そんな相手を撃退するなんて、レッカさん、強いですね」


 私が誰より強いかなど、正直興味がありません。それよりも、どうすればヒナ様を守り切ることが出来るか、考える方が重要です。


「あの、ところで、さっきから気になっていたことが一つありまして」

「なんでしょうか」

「なぜ私と目を合わせてくれないんでしょうか」


 貴方よりもヒナ様の寝顔に興味があるからです。と伝えたら、どんな顔をするのでしょうか。今でさえ、モニカ様の声は若干涙声ですが、無視することにします。今はヒナ様の睡眠を守ることが何よりも大事。変に体の向きを変えて、お休みの時間を妨げるなどあってはなりません。


「あの、レッカさんってば~」


 懇願するような声を無視し、ヒナ様の睡眠を守り続けていましたが、どうやらそれもここまでのようです。


「モニカ様、前から一人、こちらに向かって歩いてきます」

「前、ですか。誰もいませんが」


 木々の合間から覗き込むように街道を見回すモニカ様でしたが、姿を確認することが出来なかったようで、疑いの眼差しをこちらへとむけてきました。


「焦らずとも、姿はすぐに確認できます」


 ヒナ様の肩を軽くゆすると、閉じていた瞼がゆっくりと開いていきます。

 無闇に喋らぬよう口元に人差し指を当てると、言葉を交わさずとも理解して頂けたようです。ただの通行人かもしれませんが、相手が誰かわからない以上、軽率な行動は控え、息を殺しながら様子をみることが得策ではないでしょう。


「あ、いました。向こうから誰かきます」


 声を出したら、私の気遣いが台無しではありませんか。

 モニカ様が指をさした先には一人の女性の姿がありました。身なりの良い服で着飾っていますが、歩き方が大股開きで少々下品です。馬子にも衣装といったところでしょうか。

 お二人とも固唾をのんで見守っているようで、私のような疑いの目を少しも持ち合わせていないようです。ヒナ様はともかく、モニカ様、貴方はそれでよろしいのでしょうか。


 あっ、という二人の重なり合う声。池のほとりを歩く女性の前に大男が躍り出てきました。


「あの男に間違いありません!」


 モニカ様は賊を何秒か凝視した後、すぐに手元の紙へと視線を移しました。手を休めることなく、勢いよく正確に似顔絵を書き上げていきます。その間にも響きわたる女性の悲鳴。その度に、モニカ様はびくりと肩を振るわせていました。


 どうしたことでしょう。

 似顔絵を仕上げていないにも関わらず、完全に手が止まってしまいました。まさかとは思いますが、賊の前に姿を現すという暴挙。いくらなんでもそんなことは。


「そこまでです!」


 やらかしてくれました。

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