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廃城のメイド  作者: 北都
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『犯人』

 早朝。

 日課である主への挨拶を済ませ、中庭へと足を運ぶ。

 これから一緒に過ごすヒナ様の為、荒れ放題となっている、この場所を片付けます。掃除を初めて数時間。伸び放題だった雑草を抜いただけでも随分と様変わりしました。


「レッカ、おはよう」 

「おはようございます。昨晩はよく眠れましたか」

「うん、おかげさまで。掃除してるの?」

「ええ、今し方終えたところです。あとは、花壇の整理と噴水を直せば、庭の面影を取り戻せるかと」

「そうなんだ」

 

 ヒナ様は何かを気にするように、ちらちらと城門を見ています。


「昨晩の賊の事が気になりますか?」

「……うん」

「では、見に行きましょう」

「いいの?」

「構いませんよ。ただし私の傍から離れないでください」

 

 気になることは、早めに済ませておくに限る。じゃないといつまでも気になって面倒。

 以前に主もそう言っていました。


 ヒナ様の手を引き、荒野を少し歩くと二人の賊が倒れた場所へと着きました。

 剣の破片と服の切れ端。遺体の部位は何一つ残されていません。ただ何が引きずられたような跡が地面に残されています。


「なにもないね」

「ですが、ここだけ地面の色が黒ずんでおります。場所はここで間違いないかと」

 

 私が指をさした先は、ちょうどヒナ様が立っている場所。


「まだ生きていて、どこかに逃げたのかな」

「恐らくそれはないかと。見てください。ここに引きずったようなあとが残されているでしょう」

「もしかして……」

「ええ、恐らく昨日襲いかかってきた狼が犯人かと。あの獣は、この周辺を縄張りにしていますから」

「ここにいても平気?」

「心配はいりませんよ。私がついています」

「レッカ一緒に来てくれて、ありがとう」

「礼には及びません。まずは、ゆっくりと体を休めてください。朝食も腕によりをかけてお作りします」


 ご用意した朝食もヒナ様は残すことなく召し上がりました。

 ただ新たな問題が出てきました。


「あれ、レッカ。眼鏡をかけてるの」

 城内にある部屋の一角。そこには、部屋を埋め尽くすほどの蔵書が所狭しと棚に並べられています。いくつかの本をテーブルの上に置きながら、読み漁っていたところをヒナ様に見つかってしまいました。

 

「はい。私、近くの物をみるのが苦手なので」


 この部屋には多くの蔵書が眠っています。以前は主がよく足を運んでいましたが、今となっては、ここに来ること自体が稀となりました。

 なぜ今になって、ここに来たのか。理由は一つしかありません。目的は、料理の本。様々な嗜好を凝らしたレシピの本には、私が書き加えた文字が余白を埋め尽くしています。


「凄い。なんか色々書いてある。これレッカが書いたの?」


 ヒナ様は本を覗き込み、感心したような声をあげました。


「ええ、主人は好き嫌いが多くて、忘れないように事細かに書いておりました」

「書いていた、っていうことは最近、作ってないの?」

「主は寝てばかりなので作る必要がないのです。ご飯を食べて頂いたのはいつだったか……覚えておりません」


 そういうとヒナ様は、笑いをかみ殺していました。


「もう、レッカってば冗談ばっかり、人はご飯食べないと死んじゃうよ。そんな訳ないよ」

「いえ、本当に食べていないのです」

「それでこんなに沢山の本を机の上に載せて料理の研究?」


 話を流されてしまいました。

 本を積み上げるのは主の癖が移ったせいです。ヒナ様の食の好みを分析しているうちに夢中になってしまったようです。


「研究と言うよりも、ヒナ様のお口にあう料理を探していました。魚は裏手の川で。肉は鳥やウサギを近くの森で狩りをすれば問題ありません。しかし野菜と果物となると、手に入る食材の種類にも限りがあります。昨晩も言いましたが、一度街に行こうと考えています」


「……賞金首のこともあるし、止めた方がいいと思うけど」

「後れをとるつもりはありませんよ」

「そういう問題じゃなくて……。そうだ、散歩に行こうよ。今、森があるって言ったよね。行ってみたい」

「森を散歩ですか」


 思いつかないので有れば、身体を動かせ。ということでしょうか。

 名案でございます。


 街とは正反対にある森。ここに来るのは狩りが目的で、こうして主以外の人と歩くのは初めてのことです。


「ねえ、レッカ。あそこの樹に実った果実。あれって食べれる?」

「確か食べれたはずですが、まだ熟れていないようですね」


 何気ない会話を続けながら、ふと空を見上げると、視界は緑樹に覆われ、時折風に揺れた木々から差し込む木漏れ日が私達をきらきらと照らす。相変わらず平穏な森です。

 人の手が入っていない頃の森が主は大好きでした。ある時、街道がつくられたときは、盗賊共の温床になるだけだと憤っていました。懐かしい思い出が一つよみがえりました。


「ヒナ様、少し下がっていただけますか」

「どうしたの」


 近場の森とはいえ油断をせずに剣を携帯して正解だったようです。

 数は一人、こちらに向かって歩いています。足音を派手にたてる間抜けな歩き方から察するに。敵意はないようですが、足取りは正確にこちらへと近づいています。


「こんにちは」


 わざわざ街道を歩かず、藪を描き分けながらの中から現れたのは女性。十代後半から、二十代前半といったところでしょうか。人なつっこい笑顔を浮かべた彼女の様子を見る限り、剣を抜く必要はなさそうです。


「驚かせてすみません。話し声が聞こえたので、辺鄙な森に誰かいるのか気になってしまって。あ、自己紹介が遅れました。私、モニカといいます」

「私はレッカと申します。こちらはヒナ様。ちなみに覚えていただかなくても構いません」

「ちょっとレッカ」

 なにやらヒナ様がお怒りの様子。ついつい口を滑らせてしまいましたが、名前を覚えて頂かなくていいというのは、本音でございます。

 なぜなら、大切な人に頂いた名前は、大切な人にだけ覚えていただきたい。これは、私のわがままと言うものでしょうか。


「すいません、失礼なこといってしまって」

「構いません。お二人の身なりは見るからに高貴な人って感じですから。私も気安く声をかけてしまい、すみませんでした」


 私はともかく、ヒナ様の衣服に目を留めるとは、なかなか良い目をお持ちのようです。城のクローゼットに偶然あった衣装。ヒナ様は着ることを恥ずかしがっていましたが、必死に説得したかいがありました。


「実は私、冒険者を生業としていて、今は仕事の真っ最中なんですよ」

「そんな若い身で冒険者とは、随分と苦労されているんですね。こんな人気の少ない場所で仕事とは、なにをしていたんですか」

「この付近で誘拐が相次いで起きています。それもここ連日、毎日のようにです。この街道は人通りが少ないですが、被害がでているのは事実。これは、冒険者として放ってはおけません」


 勇猛果敢な方ですね。誘拐を行う賊は恐らく複数、群をなして行動していると見て良いでしょう。それに対してモニカ様は一人。腕が立つようにも見えません。少々無謀ではありませんか。


「強盗の数は把握しているのでしょうか?」

「大勢居るみたいですよ」


 なんとも大雑把な答えですね。多勢に無勢という言葉があるように、モニカ様も仲間を連れてきているのでしょうか。


「お仲間はどちらに?」

「私、駆け出しなので、まだ独り身です」


 でしょうね。あたりに人の気配はありません。少々どころではありません。無謀過ぎます。


「さっさと街に帰ってはいかがでしょうか」


 背中に衝撃が走りました。振り返ればヒナ様が口をぱくぱくさせながら私に訴えています。えーと、言い過ぎだよ、怒られるよ。と言っているのでしょうか。怒った顔も魅力が溢れていますね、ヒナ様。

 遠慮のない物言い。その関係性こそ、主とメイドというもの。良い兆候です。


「いえ、私。このままでは帰れません」

 

 モニカ様の決意は固いようで私の言葉にも動じず、熱のこもったで眼でこちらを見ています。


「いきなりですが、赤髪鬼という賞金首をご存じですか」


 赤髪鬼。その言葉にヒナ様がぴくりと反応しました。その反応を見逃さず、鷹揚に頷くモニカ様。以外とめざといですね。


「最初はただの噂でした。しかし、その噂が真実味を帯び始めたのは、命辛々逃げ出した少数の冒険者達の存在があったからこそなんです」

「複数の目撃者がいたから、賞金首になったと?」

「その通りです。残虐非道の手口を事細かに説明したのも冒険者。だからこそあの莫大な懸賞金がついたのです。この事件も同様に、誘拐の被害を訴える人は少数。ですが、攫われている人がいるのも事実です。だからこそ冒険者である私が、真実を持ち帰ることで信ぴょう性を持たせることが出来るんです。だからこのまま帰るわけにはいきません」


 見た目とは裏腹に度胸が据わっていますね。それに冒険者という立場を利用するとは中々油断ならない思考の持ち主のようです。


「ねえ、モニカさんは赤髪鬼について、どこまで知っているの」


 ヒナ様の質問に、一瞬モニカ様の目が光ったように見えましたが、気のせいでしょうか。


「よくぞ聞いてくれました。私が今まで聞いた話ですが、冒険者曰く、赤髪鬼は凄い怪力の持ち主で、素手で人の頭を握りつぶすことができるとか」


 やろうと思えば、できなくはないと思いますがやりませんよ。


「人間を、雑巾のように絞り、捻り切るだとか」


 残虐非道にも程があります。


「その血肉を貪るように食べ続けた結果。髪が真っ赤に染まったという逸話もあります」


 血肉を食べ続けて、髪が赤く染まる? 色のついた食材を食べ続けたらその色に染まるというのですか。それに人の血肉を貪るなど、まるで食人鬼ではありませんか。

 私の冷めた目に気づく様子のないモニカ様の話は段々と熱を帯びていきます。彼女好きなことには饒舌になる性格のようです。


「ところでモニカ様。私が赤髪鬼だったらどうします」


 びくりと身体を振るわせるヒナ様。私の問いに、モニカ様は大きく頷きました。


「そういわれれば、レッカさんも赤い髪をしていますね。夕陽のように赤い髪。ですが、私は貴方が赤髪鬼とは思いません」

「それは、何故?」


 私の耳元にモニカ様は顔を寄せ、言いました。


「私が赤髪鬼を見たことがあるからです」


 それは、私にとって驚きの事実でございます。城に訪れる方の気配には敏感に察知していたつもりでしたが、今までモニカ様をみた記憶はございません。


「廃墟を背に門番のように立ちふさがるあの姿。月明かりに照らされながら刃を振るう出で立ち、そして人を切り捨てることに、ためらいなど微塵も感じさせない太刀筋。人間業じゃありませんでした」

「そうでしたか。あれだけの賞金額です。今も、多くの冒険者が赤髪鬼の首を求めているのでしょうか」

「そんなこと無いよ。冒険者が追い求めるのは金だけなんかじゃないって、お父さんがよく言っていた」

「ヒナ君のお父さんも冒険者ですか」

「そうだよ。モニカさんは冒険者だから、竜殺しって言えば誰のことかわかるよね」

「竜殺し、って、もしかしてアキト・キサラギのことですか」

「そう、僕はヒナ・キサラギ。竜殺しの息子だよ」


 目を見開いたモニカ様は、衝撃のあまり固まっています。それに比べてヒナ様の得意げなお顔。


「それほど有名な方ですか」

「有名なんてものじゃありませんよ。オリジンの街に住んでいる人で、彼の名前を知らない人なんていませんよ」


 オリジン、ヒナ様が住んでいた街の名前ですか。それにしても、モニカ様の顔が近い。力が入りすぎです。思わず身体を反らしてしまいました。


「十年以上語り継がれる冒険談。それに憧れて冒険者になる人もいるくらいです」


 なるほど、ヒナ様のお父上。アキト様は冒険者達の先駆者のようですね。


「実は、私もその話に憧れ、冒険者になった一人です」


 モニカ様は、恥ずかしそうに髪先を捻り、遊んでいます。人々を魅了する冒険者。その憧れは人の未来までも左右してしまう生き様。私が今まで出会った冒険者とは、違うようです。機会があれば一度お会いしてみたいものです。


「でも、最近アキトさんの姿を見なくなりました。いつも酒場に顔を出していたのに、ここ数日前からめっきり見なくなって」

「そう、なんだ」 


 見るからにヒナ様の顔から笑顔がなくなりました。それを察したのか、モニカ様は口をつぐんでしまったようです。


「さきほど、冒険者は金だけを求めないとありましたが、その理由はなんでしょうか」

「大半の冒険者がお金を目的にしているのは間違いありません。危険に身をさらすことが多い仕事ですから。だからこそ見返りを求めるのは、自然な話だと思います。ですが、オリジンを根城にしている冒険者たちは別です。いくら高額な賞金がかけられようとも、城に足を運ぶ事はしませんよ」

「それはなぜですか」

「アキトさんに言われていますから。城には絶対に手を出すなと」


 以外、ですね。少なくともヒナ様から聞いた限り、アキト様は正義感に溢れたお方。そんな印象を受けました。人を殺める凶悪な賞金首に手を出さないとは。不思議です。


「竜殺しですら、手を出さない相手ですからね。周りも無謀な真似は出来ません。それに、さっきも言いましたが城の前で見た赤髪鬼から放たれる重圧感。人外な存在と、レッカさんでは比べるまでもありませんよ」


 モニカ様が取り出した一枚の紙。そこに書かれているのは見覚えのある似顔絵でした。


「この赤髪鬼の似顔絵は、私が描いた中でも傑作といっても過言ではありません」


 聞き逃すことが出来ない一言が、聞こえたのは気のせいでしょうか。モニカ様の手の中にある赤髪鬼の人相書き。相変わらず強烈な顔をしていているじゃありませんか。針のように刺々しく描かれた髪。私、そこまでくせっ毛ではありません。


「すごく上手。これモニカさんが描いたの」


 人相書きを受け取ったヒナ様は、じっくりと眺めています。それが私の人相書きであることは知っていますよね。そこまで熱心に見なくてもよいのではありませんか。


「冒険者といいましたが、私は戦いに向いてないので、専ら似顔絵ばかりを専門に描いています。冒険者のたまり場である酒場に飾られている賞金首の絵。その大半は私が描かせていただいています」

「ということは、今日この森を訪れたのは人相書きが目的ですか」


 ようやく合点がいきました。いきなり赤髪鬼の話をした時は、私の正体に気づいたのかと思いましたが、どうやらモニカ様の目的は戦いではなく、情報収集にあったという訳ですか。


「そうです。話によると誘拐犯の出現する場所は、大体似た場所が多いです。縄張りみたいなものでしょうか。そこから離れず犯行を行うのが、賊たちの鉄則になっています。そこを上手く利用することが出来ば、人相書きも難しいことではありません」

「随分と危険な真似をするんですね」

「命からがら逃げ出した人の情報を無駄にする訳にはいきませんから。遠目でもいいです。顔を一目でも確認できれば、こっちのものですよ」


 モニカ様は、一枚の紙と鉛筆を手にすると、じっとヒナ様を見つめています。その目の動き、獲物を逃さぬ獣のようです。手元の紙に、絶え間なく鉛筆を動かし始めました。時間にしてわずか数秒。


「こんな感じでどうでしょうか」


 わずかな時間で描かれたヒナさまの似顔絵。顔の特徴、いえそれだけではなく、人柄、雰囲気まで醸し出しています。おおまかな絵でありながら誰が見てもヒナ様と認識できるほどの写実の正確さ。お見事でございます。

 ヒナ様も手を叩きながら感心しています。

 ここで一つ疑問なのが、これほどの技術を持っていながら、何故私の顔はあそこまで凶悪に描いているのでしょうか。つり上がった目に、裂けた口、どこをどう見ても私とは似てもいません。なぜこのような似顔絵を描いたのかじっくりと問いだしてみたいところではありますが、今は我慢するべきでしょう。


「あ、あのレッカさん。なにかありましたか」


 いけません。どうやら私、感情が表にでやすい様です。


「なんでもありません。ええ、なんでもありませんとも」

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