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廃城のメイド  作者: 北都
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『来訪者』

「ごちそうさまでした」

「お口にあいましたか」

「うん、凄くおいしかった」

「食後の紅茶をすぐにご用意いたしますね」

 差し出したティーカップに口を付けたヒナ様の顔が綻んでおります。苦労が、その笑顔一つで報われました。


 ヒナ様の為に用意した部屋。

 崩れた天井の隙間から月明かりが差し込み、雨が降れば水浸しになりそうな部屋だというのにヒナ様は気にする様子もありません。


「天井の隙間から星空が見られるだなんて、素敵だよ」


 ヒナ様の器の大きさには、感服するしかないありません。

 部屋を照らす蝋燭は、風に揺れながらもあたたかな光で部屋を包み込んでくれています。天井の隙間から見える、高く昇った満月。随分と夜が更けたようです。


「ヒナ様。そろそろお休みになってはいかがでしょうか」

「そうですね、少し疲れたな」


 ヒナ様は目をこすりながら、ベッドへと腰を下ろしました。


「食器はそのままでよろしいですよ。私が片付けますから」

「すみません。明日僕も手伝います」

「気にしないでください。まずは体を休めてください。おやすみなさいませ」

「おやすみなさい」


 空になった食器を片手に、客室の扉を閉めると、ベッドに倒れこむ音が聞こえてきました。だいぶお疲れだったようです。

 さて、時間もありますし、また掃除でもしようか考えているさなか。通りかかった窓の外に見えたのは人影。掃除は明日に回したほうが良さそうです。今日もお客様がいらっしゃったようですから。


「こんな夜遅くに、何かご用ですか」


 城門に迫った二人組。私が待ち構えていることに驚くこともせず、足を止めました。

 全身を黒いローブで覆い、深く被ったフードのせいで顔を確認できません。

体格を見るに男。お揃いの竜の刺繍が入ったローブの中に隠し持つのは武器。武器を持つ相手は珍しくありませんが、問題なのは、この身につき刺さるような殺意。彼らはお客様ではなく、冒険者でもない。

例えるなら命を狙いに来た暗殺者といったところでしょうか。


「貴方達の目的はわかりませんが、どうぞお引き取り下さい」


 私の拒絶の言葉も意に介さず、声を発することなく突如走り出す二人。手には、いつの間にか剣が握られています。ためらいなく振るう剣に迷いはなく、数の有利をいかした連携。

見事ですが、その程度では私を捉えることなど出来ません。


 右から迫る一つの斬撃を避け、私を追うように襲い掛かるもう一つの斬撃を手にした剣で弾き返す。

眼前にある無防備な身体。

 私が振り下ろした刃は、相手の肩から腰までを切り裂いていく。賊は、襲いかかってきた時と同様に、声一つ上げることなく立ったまま息絶えました。

 傷口からはおびただしいほどの血が流れ、服を濡らし、足をつたい、大地を黒く染めあげる。

 一刀で切り伏せられた様子を見ていて、狼狽する残された賊は降参のつもりなのか手にした武器を放り投げ、両手をあげました。


 私が近づいても、動こうとしません。さらに一歩、二歩近づきましたが様子に変わりはなく未だ手を挙げたまま、じっとこちらを見ています。

 そして互いが、手を伸ばせば触れられる距離まで近づいたとき、賊がかすかに手を握りしめた直後、ローブの袖から飛び出してきたのは、手のひらに隠れる程の小さなナイフ。

 それを空中で器用に掴み取ると、私を目掛け放ちました。


 なるほど、これを狙っていたのですね。

 飛び出すナイフを掴み、取り、放つ。一連の動作に慣れている動きではありましたが、正直言って遅い。

 投げたナイフは、私の顔に掠り傷をつけただけにすぎません。私が凪いだ刃は、賊の首と手を地面に落とす。一拍の後、支える力を失った身体も同様に地面へと倒れました。

 いつも通りの光景。私との実力差を読み誤り、命を散らしていった冒険者同様。今宵、訪れた賊たちも同じ道を歩んだだけに過ぎません。ですが、気がかりが一つ。

この男達の目は私でもなく、城でもなく何か別のものを捉えていました。

一度、確認する必要が出てきたようです。


 「失礼いたします」


 あけたのはヒナ様が居る客間の扉。先ほどまで室内を照らしていた蝋燭の火は消え、月明かりがほのかに部屋を照らしています。光が射し込む位置にちょうどおかれたベッドの上には身体をブランケットで覆ったふくらみがありました。


「ヒナ様、少しお時間をよろしいでしょうか」


 返答は頂けないようです。質問を変えましょう。


「先ほど、後ろで見ていましたね」


 動いた身体。どうやら起きてはいるようです


「私の勘ですが、先ほどの賊の狙い。彼らはヒナ様をねらっていたようです。心当たりはございませんか」


 ブランケットから顔を出したヒナ様はとても悲しそうな顔をしています。


「なんで、そんなことがわかるの」

「私が彼らに問いかけた際、一瞬ではありましたが、視線が私ではなく、後方。城の方へと目が向いていました。もしや、その時。ヒナ様は窓際に立っていたのではないですか」


 ヒナ様は横たえていた体を起こすと、膝をかかえました。


「レッカの言うとおりだよ。僕、全部見ていたよ。レッカに襲い掛かった黒いローブを着ていた人にも見おぼえがあった。まさか、こんな場所まで追いかけてくるなんて」

「彼らはいったい何者ですか」

「わからないです。あの人達を見るようになったのは十歳の誕生日を迎えてからで。彼らは何故か僕のことを、生け贄とか御子って呼んでいて、どこかへ連れ去ろうとするんだ」


 こんな辺鄙な城まで追ってくるとは、ヒナ様に大層な執着心をお持ちのようです。

 

「ねえ、レッカ。これ見たことある」


 ヒナ様が見せてくれた一枚の紙。そこにかかれていたのは赤髪鬼の手配書でした。似顔絵と高額な賞金。そして生死を問わずという文字。毎晩現れる冒険者たちが手にしていた手配書です。


「あります。ここを訪れる方の大半は、それを手にしていましたから」

「じゃあ、この手配書がレッカのことを指している、ということは?」

「私のこと、ですか」


 まじまじと似顔絵を見てみますが……これが私なのでしょうか。この凶暴な目つきと人相の悪さ。似ても似つかないと顔だと思うのですが、他の人の目には、私の顔は、こんな風に見えているということでしょうか。

 そんな事を衝撃的な事実をヒナ様に面と向かって言われてしまっては。ショックが隠せません。そして、この高額な賞金額。本来、賞金額というのは、非道な行いによって上がっていくはず。生涯の大半を遊んで過ごせそうな額になるまで、非道な行為を行った続けた覚えなど、私にはありません。


「私が賞金首と知りながら、なぜヒナ様はこの城まで来たのでしょう。賞金首になるような危険人物がいる場所。本来なら避けるべき場所ではありませんか」 

「お父さんとお母さんが、ここまで逃げろって」

「理解できません。私は一度、ヒナ様に襲いかかった身。命を落とさなかったのは偶然でしかありません。ヒナ様の父上と母上は主に助けを求めるほど、気の置けない仲だったのでしょうか」

「わからないよ。でもここ以外に行く場所なんてなかった」


 震える声。シーツに皺が幾重にも刻まれるほどの強さで握りしめています。


「僕を逃がすために、お父さんもお母さんも友達も、みんな必死になってくれた。でも、きっとこれからも襲われるかもしれない。迷惑だよね。でも、逃げる場所なんてない。ここからでていけって言われたら僕は」

「失礼いたします」


 ヒナ様をそっと抱き寄せ肩をあやすように背中を優しくぽんぽんとたたき続けます。

 いつしか、ヒナ様は私の胸に顔を埋め、肩が震え始めました。


「ヒナ様は私の大事なお客様です。出ていけなど、言う訳がありません。初めてヒナ様を抱き上げたときに申し上げたとおり、何があろうと命をかけてお守りいたします」

「本当に」

「ええ、本当です。追っ手におびえる必要はありません。ヒナ様が望めばどこにでもお連れいたします。行きたい場所が家であろうとも必ず連れて行きます。私は、どこへでもお供いたしますよ」

「そんな事言ってくれたのはレッカが初めてだよ。でも、レッカが僕のせいで怪我したら悲しいな」

「有り難いお言葉、私も悲しませぬよう善処いたします」


 笑顔が戻ったヒナ様は、右手の小指を私に差し出しています。


「指切りできる?」

「指切りですか」


 ヒナ様曰く大事な約束をする時のおまじないとのこと。

約束を破った時のペナルティを歌いながら教えてくれました。


「もしもに備えて街に行かなければなりませんね」

「急にどうしたの」

「針を千本集めるのです」 

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