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廃城のメイド  作者: 北都
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『レッカ』

 お客様に一礼し、先導するように前を歩く。考えてみれば、お客様を城へと案内するのは初めてです。多少の緊張はありますが、頑張らせていただきます。

 意気揚々と城門を抜けたものの目の前に広がるのは荒れ果てた中庭。雑草が生い茂る花壇に、水が枯れた噴水という手入れの形跡が一切見られない惨状。

 だからあれほど……。いえ今言ったところでどうにもなりません。


「申し訳ございません。見苦しいものをお見せしてしまいました」

「いえ、大丈夫、です」


 その可憐な瞳に、この景色がどう見えているのか、気になるところですが、聞く勇気を持ち合わせておりませんし、何が大丈夫なのかもわかりませんが、まずはお部屋にお連れしましょう。


「とりあえず、主にお客様がいらっしゃったことを伝えて参ります。それまでこちらの部屋でおくつろぎください」


 お客様が腰を落ち着けている内に、主の部屋へと向かいます。足取りがいつもより軽く感じるのは気のせいでしょうか。それともお客様をお部屋にお通しした際に、口から漏れた感嘆の声のおかげでしょうか。


「きれいなお部屋」


 主も以前はよく、誉めてくれましたが最近は無言で、感想すら口にしてくれません。

寂しいですが、部屋をきれいするのは私にとっては当然のこと。ですが率直な感想を頂けると、とても嬉しいものです。


「失礼いたします」


 扉を開けると、主はいつものようにベッドへ横たわっています。城門での出来事を一通り説明しましたが、やはり返答が得られません。


 ……仕方がありません。私もメイドとしての意地があります。ご主人様のお言葉を頂けないのであれば、お客様の対応は私に任せていただくほかありません。

 そうと決まった以上、こうしてはいられません。これからのご予定をお客様に伺いましょう。


「お客様、お待たせいたしました」


 扉越しに声をかけましたが……返事がありません。勝手に開けるのは気が引けますが致し方ありません。

 一声かけて扉を開けましたが、もぬけの殻です。紅茶も手つかずのまま残されています。気を利かせたつもりで少々ブレンドした生姜がまずかったでしょうか。

 部屋をくまなく探しましたが、やはりお客様の姿はありません。出歩くのは構いませんが、万一怪我をされては大変です。そう、例えば地下に通じる階段を踏み外してしまうとか。……こうしてはいられません。


「お客様!」


「はい!?」


 地下室へと続くの階段。暗がりの中から聞こえたお客様の声は何故か上擦っています。


「メイドさん……?」


 勘に頼って、こちらに来ましたが、功を奏したようです。


「出歩かれるのはかまいませんが、この先にある扉にだけは触れぬようお願いします。それに灯りももたずに、このような場所を歩くのは危険ですよ」

「すみません。勝手に出歩いて」


 頭を下げ、素直に謝罪にするお客様。その真摯な態度から察するにきっとご両親に大切に育てられたのでしょう。


「……この扉の先には何があるの」

「私も知りません。ただ、主よりこの門を守るように仰せつかっているのです」

「そっか。メイドさんも知らないんだね」

「主に聞けば答えてくれると思いますが、最近の態度をみる限り、望みは薄いかと」

「ご主人様は、僕のことをなにか言っていましたか」


 また不安そうなお顔。そんなおそるおそる聞くのは何か心配なことでもあるのでしょうか……。


「ご安心下さいませ」

「え?」

「主は忙しい……忙しいと思われる身。ですので主が起きてくるまで、私がお客様の身の回りのお世話をさせて頂きます。宜しいでしょうか」

「……僕がここにいてもいいの」

「もちろんでございます。気が済むまでおくつろぎ下さい」

「ありがとうございます」


 そういえば、私は大事なことを聞き忘れていました。


「お客様。差し支えなければお名前を伺ってもよろしいでしょうか」

「すみません、自己紹介もせずに。僕、ヒナっていいます」

「ヒナ様、ですね。かしこまりました。何か用事がありましたら、お気軽にお声掛けください」

「あの、よかったらメイドさんのお名前も教えて下さい」


 ……困りました。私の名前、ですか。考えてみれば私、今まで一度も名前で呼ばれたことがありませんし、名前を聞かれたことなんて初めてです。


「あの、聞くのはまずかったですか」

「いえ。私、名前がないのです」


 主との記憶を思い起こしても、名前で呼ばれた覚えがありません。主からメイドと呼ばれてばかりです。

 そもそも、名前がないことを疑問に思わなかった私にも、問題があるのでしょうか。しかし、主に仕える身であるただのメイドが、名前を気にするのもおかしい話のような。


「あ、あの。大丈夫だよ」


 考え込んでしまった私に、ヒナ様はなにやら必死なご様子で話しかけています。


「名前がないなら、つければいいんだから」


 ……なるほど。その通りでございます。


「でしたら、ヒナ様が私の名前を決めてくれませんか」

「ええ」

「私、ヒナ様と会うまでメイドにとって名前が必要なものだとは気付いていませんでした。名前がなくて困るようであれば、好きに呼んでください」

「ちょっと、待って。名前って大事なものだよ。それを僕がいきなりつけるなんて」

「だからこそ、大切なお客様から大切な名前を頂きたいのです」

「え、あ、少し時間をください」


 ヒナ様は困りながらも、顎に手を当て、なにやら唸っております。ぼそぼそ何か口に出しながら考えること数分、閉じていた眼を開き、私を見ました。


「レッカって名前はどうでしょうか」

「レッカ。でございますか」

「そう、メイドさんの髪の色を見ていたら、そんな名前もいいかなって。燃えるように真っ赤で、夕日みたいに深い色をしている綺麗な髪をしてるから。……駄目ですか」


 レッカ。

 私の赤い髪色から取った名前。ヒナ様が一生懸命に考えてくれた名前。


「ヒナ様、素敵な名前をありがとうございます。今日から私は、レッカと名乗らせて頂きます」


 私に名前がつけられたことを主が知ったらどう思うでしょうか。独占欲の強いあの人のことですから、名前をつけ直そうとするかもしれませんが、この素敵な名前を変える気はございません。


「さあ、お客様。こんな場所にいては、体を冷やしてしまいすよ。お部屋へ戻りましょう。すぐにベッドの用意をしますので、今晩は体を暖めてお休みください」

「本当に、色々とありがとうございます」

「いえいえ、お客様の体調管理も私の務めでございます。風邪を長引かせては大変ですよ」

「風邪?ですか」

「風邪は早めの対策が大事といいます。十分な休息が一番の薬になりますから。ぐっすり眠れば体に溜まった疲労もなくなりますよ」

「僕、そんなに疲れた顔をしていますか」

 

 不思議そうにご自身の顔に触れるヒナ様。

 一流のメイドともなれば、顔色一つで色々とわかるものです。今晩のメニューは何か体が温まるものにしましょう。ああ、その前に色々と食事の好みを聞くのを忘れてはいけません。久々に忙しくなりそうです。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「竜殺し、ですか?」

「そう、僕のお父さんは冒険者で、仲間からはそう呼ばれているの」


 竜殺し。いかつい名前と思ってしまいましたが、ヒナ様はとても誇らしげにしております。無知な私は竜という名は創造の話の中でしか聞いたことがありません。竜を殺めることが、出来る。それが、どれほどのことなのか私にはわかりかねます。


「竜は全身が硬い鱗に覆われていて、剣や槍なんかじゃ傷すらつかないの。でもお父さんは弱点があるって教えてくれたよ。目と目の間にある鱗。そこを攻撃すれば倒せるって」


 興奮冷めやらぬ様子で身振り手振りを交えてお話ししてくださるヒナ様。

 ヒナ様が住む街の近辺に生息する獣から話は始まり、生態、そして狩り方。そこから段々と話の熱は帯びていき、とうとう生態系の頂点であるという竜の話にまで至りました。


「……もしかして、父さんの事、知らない?」

「申し訳ございません」

「そっか。……一応有名人なんだよ」


 私が至らぬばかりに、申し訳ないことをしてしまいました。嬉々として咲き誇っていた笑顔の花があっという間に萎んでしまいました。

 ヒナ様をこのままにしておく訳にはいきません。せっかくのお客様です。心から楽しんでいただけるよう嗜好をこらさねば。


「ヒナ様、よろしければ私に付き合ってもらえませんか」

「付き合うって、どこにいくの」

「川に魚をとりにいきましょう」


 漁に使う道具を触るのはいつぶりでしょうか。多少、埃はかぶっていますが問題はなさそうです。倉庫にしまっていた背負いの袋に道具を詰め込めば準備完了です。夕食の準備とまいりましょう。漁も料理も久しぶりですが、腕によりをかけて、ヒナ様の笑顔を取り戻してみせます。

 中庭から城の裏手へと周ると見えてくるのは城の裏門。ここから外に出れば、漁場はすぐそこです。

 裏門の鍵を外し、扉を開くと、視界に広がるのは地平線へと沈む夕日。

崖を背に建てられた城の裏手には視界を遮るものはなく、夕陽を浴びた城が赤く染まっています。


「こんなところに川なんてあるの?」

「ええ、ありますよ。行くのに少々手間がかかりますが、その分、釣果は期待できます」


 まずは主菜となる魚。これがなければ始まりません。崖下にある川。そこには丸々と身の肥えた魚が沢山生息しています。巨大な見た目とは裏腹に、繊細な味とひきまった身。召し上がっていただければ、きっとヒナ様も満足してもらえるはずです。


「レッカ、何、しているの」


 ヒナ様は何故そんな怯えた顔をしているのでしょう。ただ、崖の縁に立っているだけだというのに。

 崖から川まで高さは十数メートル程度。まあ、大した高さではありません。ここを降りていくのも久々です。崖からわずかにとびだした岩を足場にして、テンポよく降りていくとしましょう。


「ちょっと、待って!」


 崖から飛び降りた瞬間、悲鳴に似た叫び声が聞こえました。流れる景色に身を任せている途中でしたが、ひとまず元の場所へ戻ることにします。

 崖の岩を思い切り踏みつければ飛び上がるのは造作もないことです。


「どうかしましたか」

「どうかって、なんで、急に飛び降りるなんて」

「魚を捕りにいこうかと」


 ヒナ様は、おそるおそる私に近づくと崖をのぞき込みました。


「……もしかして、あんな所に魚を捕りにいくつもりなの」

「ええ、以前は主人に頼まれ毎日のように行っていました」


 ヒナ様は、なぜ私の服の裾をつかんでいるのでしょうか。ずいぶんと力を込めているところを見ると、もしや高い場所が怖い高所恐怖症という体質なのでしょうか。せっかくなので、一緒に漁でもと思いましたが、無理はさせられません。私一人で手早くすませることにしましょう。


「ヒナ様はここでお待ち下さい。早急に済ませますから」


 お客様を一人残していくのは気が引けますが、お待たせするわけにはいきません。一気に飛び降りてしまいましょう。崖から身を投げると、瞬く間に川が間近に迫る。まずは川辺の岩場へ着地します。

 着地の衝撃とともに、舞い上がる土煙。そして足の裏から膝上まで登ってくるこの痺れ。正直苦手です。

 さて川辺にたつのも久しぶりですが、相変わらず人の手がついてない漁場のようです。今までも私以外の人はここで見たことがありません。

 

 ふと上を見上げれば、心配そうに私を見るヒナ様の顔がありました。

 これ以上、大きな音を立てては魚に逃げられる可能性もあるので、軽く手を振り、無事であることをお知らせすると、同じように手を振り返してくれるヒナ様。健気な姿をこそばゆく感じます。

 誰かに見られながら漁をするのは主以外では初めてのことです。緊張してヘマをしないよう、準備を怠らないようにしましょう。


 背嚢から取り出したのは縄がくくりつけてある鉄の銛。銛と縄の結び目を強く引っ張り、結び目がきつく縛られていることを確認する。これならば万一魚が暴れたとしても、解けてしまうことはないでしょう。

 銛を手のひらで転がすたびに、手に馴染んでいくようなこの感覚。狙いを外す気がしません。右手に銛を構え、目を凝しながら、水面を見ると、自然と浮かび上がる魚影。私の読み通り、多数の肥えた魚影が確認できました。保存食をつくるつもりはないので一匹とらえれば夕食には足りるでしょう。

 穏やかな水流の中、佇む魚目掛け放った銛は、私の狙い通り頭へと命中しました。夕食のの主菜に相応しい大きさです。


「ねえレッカって実は凄い人?」


 崖上へと戻った私に、ヒナ様は言いました。


「そうでしょうか、竜殺しと呼ばれるヒナ様のお父様には叶いませんよ」


 私はメイド。得意とすることは身の回りのお世話なのですから。


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