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廃城のメイド  作者: 北都
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『守るべきもの』

 ミソラ様は不意に足下の石を荒々しく蹴り上げました。あからさまに不機嫌な様子で、苛立ちを隠す素振りすらありません。


「おまえはそれを見ていて、何もしなかったのかよ」

「……違う」


 即座に否定したミズキ様の足がミソラ様の脛を再び蹴り上げました。非力な子供のけりですが、うずくまり苦悶の表情をしているミソラ様。


「レッカの姿、ぼろぼろなのに酷いこと言わないで」


 脛をさする彼女を見下ろすように立つミズキ様の姿を見ていると、どちらが年上なのかわかりませんね。


「謝って」

「……悪い」

「お気になさらずに」


 ミソラ様が素直に謝罪の言葉を口にするとは思いもしませんでした。ミズキ様はやはり侮れない方です。


「でもな、その様子だとまだ戦うつもりだったんだろ。その気になれば、全員バッサリいけたんじゃないの?」

「命令されましたから」

「命令って何? どういうことよ」

「ヒナ様です。ここに残るよう私に命じたのです」

「お前はそれでいいのかよ」

「いい? 善し悪しは私が決めることではありません。私はメイド。彼の言葉は絶対です」

「だからって、このままで良い訳ないだろ。あいつ、死ぬぞ。って痛えぇ」


 まったく、この方は一人で興奮した挙句、不吉なことを口走るなんて何を考えているのでしょう。ついつい頭にげんこつを落としてしまいました。

 ですが、そうなるのもきっと時間の問題でしょう。それをわかっていながら私にはどうすることもできません。ここに残れと命令された以上、私に選択肢はないのですから。


「おい、どこにいくつもりだ」

「掃除です」


 雨のおかげで火の手は大分収まりました。今のうちに、自分の仕事を済ませることにしましょう。

 私が最初に訪れたのは、ヒナ様が利用していた客室。いないことは分かっているのについ癖でノックをしてしまいました。


「失礼します」


 もぬけになったベッドと床に落ちている毛布はススで汚れている。室内は焦げた臭いが充満している。手入れをかかしたことのない自慢の掃除用具もすっかり焼け焦げています。

 念のため自室に戻ってみると、運良く火の手が回らなかったようで、裁縫途中の服が机の上に置かれたままになっていました。

 ですが、袖を通す主を失った服に、もはや価値はないでしょう。毎晩熱心に縫っていたはずなのに、今は色あせて見えます。


 次に訪れたのは食糧庫。部屋全体が黒く焼け焦げています。ヒナ様の為に買い揃えた食料や備蓄した食材、全てが無駄になりました。


 城内を一通り見回りましたが、大半の部屋は火事のせいで使い物にならなそうです。ヒナ様のもので唯一無事だったのは自室にあった服一着のみ。なぜ全てが燃えてしまわなかったのか。そんな思いが頭を過ります。

 部屋の扉を開け、火に包まれていた部屋を見るたびに、私が守れるものなどないという現実を突きつけられているかのようです。

 私に唯一残されたヒナ様との絆は、肌身はなさず持ち歩いていた一枚のハンカチだけになりました


「きれいに縫えているね」

「ヒナ様が一生懸命縫ってくれたおかげでございます」


 私が部屋を見回る間、ミズキ様とミソラ様は何も言わず付き添ってくれました。


「ねえ、本当にこのままでいいの」


 ミズキ様の問いかけに私は答えることができませんでした。ヒナ様が去ってから、何度も同じ質問を繰り返しているというのに答えが見つからないのです。


「……よくないと思います」


 これが、私の正直な答えです。


「何もしなかったらきっと後悔すると思うな」

「その通りだと思います。ですが、メイドは主の命令に従うべきです。そこに私の意見を挟む余地等はない。そうしなければ、いけないのです。そうしなければ、私は、私の価値はどこにあるのでしょうか」

「メイドとしてじゃなくて、レッカはどうしたいの?」

「私が、ですか?」

「そうだよ。今レッカが一番したいことって何?」


 ……すぐにでも、ヒナ様の傍へ行きたい。あなたのことをを守るために。

 そんな私の考えを見通すかのように、真剣な眼差しをしていたミズキ様から笑みが零れました。


「行けばいいよ」

「え」

「口に出さなくてもレッカがヒナの事、大事にしているのわかるよ。でも、思うだけじゃなくて、大切なことはきちんと言葉にして伝えなきゃ伝わらないよ」

「言葉に、ですか」

「きっと伝わるから」

「私はヒナ様の元へ行っても良いのでしょうか」

「もちろん」

「嫌われるかもしれません」

「そうなったら、私がレッカを守ってあげる。だから……お願い。ヒナの事助けて」 

「まぁ、あれだメイドを首になったらウチの店で雇ってやるよ」

「こき使えるからですか?」


 勘弁してくれとミソラ様は頭を抱え、ミズキ様はそんな彼女を見ては自業自得だと言っていました。

 私はとても大事なことを見落としていたようです。私にとってヒナ様が大切な存在であるように、ミズキ様にとってもヒナ様が大切な人であるということを。


 守らなければ。主の墓石の前で誓った約束を破るわけにはいきません。


「決まったみたいだね」

「ええ、決まりました」


 今すぐにでも駆け付けたいですが、このまま敵陣に向かうのは愚かというもの。ここは主に頂いた秘密兵器の出番でしょう。

 主の部屋にあるクローゼット。外側は火に当てられ大半が焦げていましたが、扉を開けると中にまで火が及んだ形跡はありません。原理はわかりませんが、主の技術で生み出された賜物といった所でしょう。主の知識によって生みだされた産物の一つをここへ仕舞っておいたのは正解でした。


 黒い布袋から取り出した一振りの剣。私が知りうる限り、これを越える業物はこの城には存在しない。この剣を頂いた時、主は持てる技術の全てを費やしたと言っていました。

 

 遠方の国で見かけた武器を参考にしてつくられた剣は、片方だけに刃がついた変わった形状をしています。私が愛用している剣と比べると、刃がとても薄く華奢に見えますが、主は何度も錬成を重ね強靭に仕上げたと言っていました。

 後ろで見ていたミソラ様が、先程から溜息を漏らし、武器に目を奪われているという事は彼女の目から見ても一級品ということでしょう。


「なあ」

「あげませんよ」

「違うわ。お前が居なくなるなら、鍵穴を壊してでも扉を開けるぞ」


 なにを言い出すかと思えば、そんなことでしたか。


「ご自由にどうぞ」

「そんな簡単に言っていいのかよ。おまえが長い間、ずっと守ってきたものだろ」


 開けると自分で言っておきながら、何故そんなにも慌てる必要があるのでしょうか。


「構いません。私が今、優先すべきことは扉を守ることではなく、ヒナ様を救い出すこと。それをおいて他にはありません。人ではない私とずっと一緒にいてくれたヒナ様。今は彼の事しか頭にありません」


 ここに残れというヒナ様の命令。それに背くのはいけないことだとわかっているのに、なぜか気持ちは高揚してくる。心なしか足取りも軽くなったようです。準備も整いました、あとは一刻も早く、ヒナ様の元へ行くだけです。


「ミソラ様、ちなみにですが地下の扉に鍵穴はありませんよ」

「ん? まさか、鍵がかかってないのか?!」

「ぬか喜びさせて申し訳ありませんが、鍵は必要です。以前、主は鍵を誰かに預けたと言っていましたから。ですが、それを誰に渡したのか私は知りませんし、それ以外の開け方を私は存じません」

「ちょっと待て、じゃあどうすりゃいいんだ」

「では、行って参ります」

「いってらっしゃい」


 ぎゃーぎゃーと騒ぐミソラ様をしり目に、手を振りながら見送ってくれるミズキ様に手を振り返し、私は走り出す。ヒナ様の元へと。


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