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廃城のメイド  作者: 北都
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『お客様』

 太陽が真上に昇る時間にも関わらず、主は一向に起きる気配がありません。いつものことと言ってしまえば、それで終わりですが、昨晩の賊について報告したいというのにもどかしいです。

 城の二階にある書物庫の窓から見える寂れた中庭の景色に、ついため息がでてしまいそうになるのをこらえ、手にした書物を棚にしまう。


 あら、珍しいこともあるものですね。こんな時間からお客様がいらっしゃるとは。

 視線は中庭を通り過ぎ、城門、荒野へと移る。その広大な荒野の中を一人で走る人影が城へ近づいている。

 あの方もお客様と見て間違いないでしょう。それにしても慌ただしい足取りでこちらへと向かっているようです。日課である掃除は終わりました。時間を持て余していたことですし、いつもより早めにお迎えにすることができそうです。


 城門に立ち、お客様を待っていると見えてきたのは年端もいかない少年でした。


「ようこそ、いらっしゃいました」


 声をかけてみたものの、少年は見るからに怯えた様子で狼狽えています。


「本日はどのようなご用件でしょうか」


 できるだけ優しい声音で語りかけたおかげで、小さなお客様にわずかなゆとりが生まれたようです。ですが、なにかをためらっているご様子ですが、促すような真似はせず、自ら話してくれるまで待つことにします。

 ただ一つ気にかかるのは、彼の視線は私よりも城の方に興味があるように見える事。

 連日連夜、城を訪れる賊と、可愛らしい少年の目的が同じと思うと、私も落胆を隠せません。


「申し訳ございません。主人の命により、禁忌の扉は誰にも開けさせるわけにはいかないのです」


 私の言葉に落胆した少年はきつく口を結ぶと、私の横を通り抜け、城へと走り出しました。

 残念ですが、相手が子供であろうと私のすべきことに変わりはありません。聞き分けていただけないのであれば、賊と見なす他ありません。

 手入れの終わった剣は昨夜のことがなかったように、新品同然の輝きを放っています。

 

 遠ざかっていく少年の背中。ですが子供の歩幅に追いつくなど造作もありません。音もなく背後に立ち、小さな肩に手をかけ私の方へと向かせる。

 振り上げた刃を突き刺そうとしたその時。聞こえた悲鳴になぜか私の手が止まりました。刃を途中で止めてしまうなど今までなかったことです。刃の下で身を縮め、おびえる少年がそうさせたのか。

 今にも泣きだしそうな顔で、目を閉じ恐怖をこらえる姿がとても痛々しく、可哀そうに思えて仕方がないこの感情が私の手を止めたのでしょうか。


「殺さないの」


 その問いに、即答することが出来ない。


「あなたは何をしに主の城を訪れたのですか」


 質問に質問で返す無様な私を主が見たら何を思うのでしょう。考えたくもありません。

 私の問いに少年は口をもごもごとさせていましたが、あっと声を上げると、私を見つめてきました。悲しみに満ちていた瞳が、今はらんらんとした輝きに満ちている。


「遊びに、遊びに来たの!」


「遊びに、でございますか……」


 なんとまあ、想定外の言葉でした。


「私の予定にはございませんし、貴方様のお顔を見たのも初めてでございます。となると、もしかして主との約束でしょうか」


 何度も首を縦に振っていますが、一度で十分でございます。

 困りました。そんな予定は主人から伺っておりません。何も教えてくれないのはいつものこととはいえ、そんな大事な予定があるならば教えてください。と愚痴のひとつでも言いたくなります。


 少年の言葉が真実であるかは確かめようがありません。ですが嘘だと決めつける理由もない。 

 それにしても、この少年が主と遊びの約束ですか。こんな少女のように可愛らしい友人がいたのは初耳です。とりあえず主の元へとご案内し、丁重にもてなすことにいたしましょう。


 そんな物思いにふけっているうちに、お客様は城門へと駆け出していました。

 城までのエスコートに城内の案内。自分の勤めをきちんと果たさなければ、メイドとして名折れでございます。主のメイドとして恥ずかしくない立ち振る舞いを、初めて訪れたお客様にお見せすることにいたしましょう。

 ですが、その前にやらなければならないことが一つできました。


「お客様」


 私の大きな声に、少年がこちらを振り返りました。良かった。そのまま行かれてしまっては少々困ったことになっていたでしょうから。まずはお客様との距離を一足で縮める。


「失礼いたします」


 そして一言断りをいれ、お客様の体を抱き抱えます。これで準備ができました。


「あ、あの……!」


 恥ずかしそうにする少年が立っていた位置に飛び込んできたのは一匹の狼。間一髪のところでした。

 最近、城の周りをうろつく狼。茶色の毛は、荒野に溶け込む保護色のようです。食欲は旺盛。獲物を求める姿が、やたらと目につき、ずっと気になっていました。


 獣の目は少年から離れることはなく、私の周りをぐるぐると円を描くように歩いております。時折聞こえるうなり声から察するに、数多くの仲間が隠れているのでしょう。

 狼は元々集団で狩りをする獣。隠れていることに別段驚きもしませんし、口の周りの鮮血。それが何方のものなのか興味もありませんが、大事なお客様に襲いかかるならば、話は別です。

 

 獲物を狙う執着心。つまりはお客様の命を狙っているということ。見逃すわけにはまいりません。私の両手は塞がっていますが獣程度、両足で事足ります。

 突如、走り出した狼は、岩場の陰は器用に走り抜け、私の死角をつくように背後から飛びかかってきました。


「隙があるように見えましたか?」


 頭をめがけ、突くように蹴りを一撃。右足に伝わるのは頭蓋を砕く感触と小さなうめき声。その声に反応したのか、もしくは仲間が殺されたことよる怒りの現れでしょうか。姿を隠していた狼たちが続々と姿を見せ始めた。そのどれもが低い唸り声をあげ、毛を逆立たせては牙を剥き出しにしています。十数匹の狼が私たちを取り囲んでいる。


 お客様の手が私の首もとをぎゅっと掴んでいます。震えているのも、仕方のない事でしょう。これだけの数を目の当たりにしたのは私も初めてです。まして私がいなければ、お客様は確実に死んでいるのですから。

 ですが、この私がそばにいる以上、そんなことはあり得ません。


「何も怯えることはありませんよ。貴方は主の大事なお客様。なれば私の主と同様、命をかけてお守りいたします」


「……本当に」


「私、言葉に出したことを違えるつもりはございません。ご安心ください。それと、これより少々動き回りますが、お手を私の首もとから離さぬよう、しっかりとつかまっていてくださいませ」


 獣程度を蹴散らせなくては、私の意義がございません。では、参ります。

 周りをうろつく獣をまずは一体。全力で振りぬいた足は狼の体を宙へと蹴り飛ばしました。荒野を勢いよく転がり、岩に叩きつけられた狼は破裂するような衝撃音を立て、おびただしい血痕を撒き散らしました。


 狼を蹴るというのは初めての経験でした。しかし、次からは少々手加減をしなければならないようです。今のような光景は子供には刺激が強すぎますから。

 残りの獣達は戸惑っているようですが、私の間合いの中で悠長なことをしている場合ではありませんよ。 


 距離を詰め、無防備な腹に一撃叩き込む。容易く蹴れた所を見ると、どうやら私の動きについてはこれないようです。所詮は獣。こちらの強さを見せつければ、勝てない相手だと言うことを本能で理解してくれるでしょう。

 お客様を城へとご案内しなればならないので、早くご理解頂きたいものです。

 そんな事を考えているうちに、痙攣をおこしていた狼がぐったりとした様子で動かなくなりました。これで三匹。


 足を高く掲げ地面を踏みつけると、残った獣達は散り散りに逃げていきました。こちらの意向が伝わったようで、喜ばしいことです。

 陰惨な光景を見せぬよう、強く抱き寄せていたせいか、お客様の顔が赤く染まっています。


「大丈夫でしたか」


 問いかけに返事はなく、顔を反らされてしまいました。未だに顔色が赤いところを見ると……もしや風邪でしょうか。顔を反らしたのも、風邪を移さぬ為の配慮と考えれば、納得がいきます。

 そのお心遣いから察するに、彼は少年でありながら紳士といったところでしょうか。

 彼は私の手からすり抜けるように地へと足をつけると、自分の足でしっかりと立ちました。震えもまだ収まらないというのに、幼い見た目とは裏腹に、気丈なお方なのですね。


「では、お城へと案内いたします」


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