『追手』
「今日は街に買い物に行こう」
朝食を済ませたヒナ様が、突然そんなことをおっしゃいました。
「オリジンに行くつもりですか」
「うん、街が今どうなっているのか、見に行きたいんだ」
未だ賊共の襲撃が続く中、無闇に敵の懐に飛び込むのは私としては控えて頂きたいですが。
「駄目、かな」
「構いませんよ。早速準備に取り掛かります」
普段から、自分のしてほしい事を口にしないヒナ様の為です。多少の無茶は問題はありません。
「では、参りましょうか」
食器の片づけを済ませ、そう声をかけた私をヒナ様がじっと見つめています。
「どうかなさいましたか」
「レッカの格好は街だと少し目立つから着替えた方がいいかも」
「私はこれ以外の服は持ち合わせていませんよ」
「え、メイド服だけ」
「だけです。ですがバリエーションは沢山ございますよ。スカートの丈が短いものや肌の露出の多いもの。ヒナ様の好みがあれば普段からそちらを着用しますが、如何なさいます?」
「メイド服は、い、今のままでいいからね。主様の服とかは残ってないのかな」
ヒナ様の提案を受け、クローゼットを漁ってみると私でも着れそうなものが何着か見つかりました。
「ヒナ様、こちらとこちらではが似合うと思いますか」
「右の服の方が似合うかも……その前に服を着てから聞いてよ!」
最初は更衣室で着替えていましたが、途中から面倒になり下着姿のままで質問した私。
そんな私を何故か真っ赤な顔で抗議の声を上げるヒナ様。私は不思議に思いながらも選んでいただいた服に袖を通します。……多少、胸のあたりが苦しいですが問題はないでしょう。
「お待たせいたしました」
ブラウスとシャツという簡素な服ですが、この姿ならば街に溶け込めるでしょう。ついでにクローゼットの中にあった金髪のかつらをかぶり、赤髪を隠すことにしました。
「似合ってるよ」
「ありがとうございます。では参りましょうか」
「でも、僕達がでかけると、この城に誰もいなくなるよね。やっぱり止めた方がいいかな」
「ご心配には及びません。今までの経験上、賊達は夜にならないと来ませんし。それに城門を閉めてしまえば、城壁を飛び越えない限り進入は不可能でございます。それに、森には度々出かけているじゃありませんか」
「そうだけど、いつも気になるよ。もし、僕たちが出かけている間に、賊が塀を飛び越えて侵入していたらと思うと」
「そのときは、相応の罰を受けていただきましょう」
「ここが、オリジン。ヒナ様が生まれ育った街ですか」
正直な話、この街を訪れるとは思いもよりませんでした。
ヒナ様にとっても私にとっても、因縁のある街。生け贄の御子、そして赤髪鬼。行き交う人々は、そんな異名を持つ二人が、街の入り口に立っているとは思いもしないでしょう。
「不思議な感じがしますね」
「どういう意味?」
「いえ、なんでもありません。ところでヒナ、今日の目的は」
街の中では様をつけず、友達のように話しかけるようにと、ヒナ様に言われましたが呼び捨てで呼ぶのは少し抵抗があります。
「えーと食材の買い出しとか、あとは人に会いに行くかな」
行きかう人々は、私とヒナ様も微塵も気にもかけていない様子。ですが、何者かにじっと見られているようなまとわりつくような視線を感じます。
「そう、人に会うのなら早めに買い物をすませましょう」
「会えるかな」
「大丈夫よ、何かあれば私が力になるから頼りにしなさい」
さて頼りにしてと、言った側から待ちぼうけでございます。まさか私をおいてヒナ様が単独行動するとは思いも寄りませんでした。私の不安をよそに、ヒナ様はそそくさと行ってしまわれました。黒のローブの連中に襲われたらでもしたらと、忠告をしましたが昼の時間に襲われたことはないと、一点張り。念のため、主の道具を持たせているので万一のことが起きても問題はありませんが、どうしたものか。
あたりの市場は既に見て回り、ヒナ様に似合いそうな柄の反物をいくつか買いました。
それにしても、先ほどから殿方に話しかけられてばかりで、うんざりしてきました。愛想笑いを浮かべ、首を横に振っているだけですが、少々つかれます。
立ち止まっているのは、彼らの良い的になっているようす。折角です。待ち合わせの時間まで、気晴らしに街を歩くことにしましょう。
活気に溢れている街。第一印象としてはそんな感じでしょうか。賑わう声に、笑顔をたやさず行き交う人々。みなさま生き生きとしています。こんな笑顔を浮かべる方達が、本当に生け贄の御子などという、言葉に踊らされ、ヒナ様を狙っているのでしょうか。
にわかには信じがたい話です。
石造りの建物が立ち並ぶ通りを抜けると、一際大きな建物がありました。その前に置かれていたのは木製の掲示板。何人もの人相書きが張られている中、見覚えのある絵に目が留まりました。
赤髪鬼。
高額な懸賞金については今まで殺してきた賊達の数に関係有ると見て、間違いないでしょう。私としては、城に進入する輩を撃退してきただけだというのに。
あまりまじまじと見ていると怪しまれるかもしれません。人目につかないうちに離れるとしましょう。
歩いた先には、たくさんの露天が並んでいました。ある店は油で揚げた鶏肉を、皿の上に山のように積み上げています。その一つ隣の店では、香ばしく焼かれた魚を串にさし店先に並べていました。漂う香りは店によって異なりますが、その香りは人々の食欲を刺激するようで、どの店も人で溢れていました。
「新鮮な果物はいかがですか」
そんな中、大人の威勢の良い声に交じり、可愛らしい声が聞こえました。足を止め、声の方を見ると、ヒナ様と同い年くらいの男の子が果物を売っています。周りに負けじと懸命に働く健気な姿を眺めていると、ふと視線が合いました。
「なにかおススメはありますか」
「えっと今なら、こちらのオレンジがおすすめです!」
男の子は、オレンジが詰まった籠を持ち上げ、私の方へ差し出してくれました。勢いが強すぎたせいで絶妙なバランスで積み上げられたオレンジが一つ、また一つと転がり落ちていく、
「大丈夫?」
こぼれ落ちた三つのオレンジ位でしたら、掴むのは造作もありません。地面に落ちるよりも早く空中で掴み、少年に差し出しましたが、なにやら目を丸くしたまま、私を見ています。
「まったく何やってんだ」
野太い声に少年は慌てて振り返ると、声の主は少年の後ろに立ち、見下ろしていました。
「お客さん、すいませんね。どうやら美人のお客さんに緊張しているみたいで」
「いえ、私の方こそ驚かせてしまったみたい」
「今日は何をお探しで」
「そうね。おすすめの果物があれば、それを頂こうかと」
「そうだな。今ならお客さんが持っているオレンジがちょうど旬を迎えたよ。太陽をたっぷりと浴びて育った、この街の名産品だ」
確かに、店主の言うとおり、触ったときの張り。そして色の艶。申し分のない出来栄えです。
「それなら、こちらをくださいな」
「あいよ、ところでお姉さん。この街じゃ見ない顔だね。やっぱり冒険者かい」
「いえ、ただの街娘です」
「いいって、ただの街娘があんな素早く果実を掴めやしないよ。俺も長年、冒険者を見てきたが、女の冒険者っていうのは、腕っぷしに自信がある奴が多いんだ。その年で、見事なもんだ」
そう笑いかけてきた店主が、いきなり声を潜めました。
「でもな、ここだけの話。赤髪鬼の依頼だけは受けない方がいい」
冒険者に留まらず商人にまで知名度のある赤髪鬼。この分だと町中に知れ渡っているのでしょうか。
「この街の掲示板を見たなら知っていると思うが、一番目立つ所に赤髪鬼の人相書きが貼ってあっただろ。この街に着いたばかりの大抵の冒険者達は、賞金額に目を曇らせて受けちまうんだよ」
深いため息をもらしながら、どこか遠くを見るような目をしています。眉間に寄せた深く刻まれた皺。かすかに苛立っているみたいです。
「これまでに、多くの冒険者たちが依頼を受けたが、未だに帰ってきた奴はいない。だから悪いことは言わない。やめておけ。この街に住んでいる奴だって、滅多な事がない限り、まず近づかないよ」
「そうなの」
「あそこの城は昔、変わり者が住んでいてな。たまにふらっと街に降りてきては、大量の食料を買いこんでいくんだ。何しているのか聞いてみたら、良く喋るやつでな。話してみると悪い奴じゃないし、おもしろい奴だったよ。でも、ここ数年の間は姿を見ていないな。そういや、その頃からかな。赤髪鬼の話を聞くようになったのは。門番のように待ち構える一人の女。城を守る番人ってところか」
「その変わり者は何か言っていましたか」
「旅に出るのが楽しみだ、なんて言っていたな。門番を一人残して気ままに旅でもしているのかな。まあ、今となっては住処の城は廃墟になっちまったが、住んでいた人がいなくなろうが、勝手に荒らす真似なんか、俺たちはしないけどな」
変わり者。その感想には同意しかりません。
「まあ、忠告はしたよ。人の話を素直に聞いてくれそうなお客さんだったから、つい口が軽くなっちまった。……もう一つ、ここだけの話がある。この街の奥にある祭壇。そこには絶対に近づくな」
「祭壇、なぜそんなものがこの街に」
「以前は、街をあげての祭りごとに使われていたんだが、今となっては嫌な噂が絶えない場所になってな。神にささげる生贄だとかなんとか言って、攫ってきた人を祭壇の奥にある大穴へ放り込んでいるって話だ。そういえば、少し前に、あいつら生け贄の御子が逃げただなんて騒いでいたな」
「いろいろとありがとうございました」
頭を下げると、果物屋の主人は恥ずかしそうに手を振っていました。
買い物を終え、ヒナ様との待ち合わせの場所へ来ましたが、まだ姿はありません。迎えに行くべきか悩む私の耳に聞こえてきたのは、聞きなれた鈴の音でした。
雑踏にいながらも、聞き漏らすことのない音色がはっきりと聞こえました。いざというときに鳴らすようにと、ヒナ様に貸したのは主が使用していた特製のハンドベル。私だけに聞こえる音がヒナ様の元へといざなってくれる。
音色を辿った先にあったのは、町から離れた場所にある森。地面は随分と長い間放置されていたようで、荒れ放題となっていました。所々ぬかるんでいて、走ると泥がはねてしまいそうです。
そんな足場の悪い地面に残されていたのは複数の足跡。一つはヒナ様のもので間違いありません。そして、ヒナ様と並んで走る様に残されていた、もう一つの足跡。こちらはヒナ様よりも小さいですね。さらに足跡が三つ。そのいずれもヒナ様達の後を追うように、荒々しく地面を踏みつけている。急ぐ必要がありそうです。
森の奥深くで、ようやくヒナ様を見つけることが出来ました。ヒナ様の周りに少年が二人。そして倒れこんだ少女とそれを押さえつける少年が一人。
うずくまるヒナ様を少年たちは躊躇なく踏みつけ、倒れこんだ少女に拳を振り上げる少年。少女の悲痛の叫びに、耳を貸す素振りすら見せない。
どこの何方か存じ上げませんが、相応の対応で臨ませて頂きます。
二歩三歩と助走をつけ、強く踏み切り、跳ぶ。拳を振り上げた彼の目に、私がどう映ったのかは分かりませんが、眼前に突如現れた足の裏に吹き飛ばされる気分はいかがでしたか。
「ヒナ、探したわ」
吹き飛ばされた少年は汚泥に塗れていますが、申し訳ないという気分は一切起きません。
倒れている少女に手を差し出すと、ヒナ様の顔をじっと見つめ、ヒナ様が頷き返すと力強く握り返してくれました。
「ところで、貴方達」
そう声をかけたところで、身を縮めていたヒナ様が飛び上がる様に起きると、自分を取り囲んでいた少年二人を、瞬く間に叩きのめしたではありませんか。
ヒナ様は、武道の心得と秀でた才能をお持ちのようです。
殴り倒され、蹴り飛ばされた二人は、短い悲鳴を上げ逃げ出しました。どうやら、取るに足らない相手だったようです、言動と実力が見合わないにも程があります。出来る事なら二度と顔を見たくありません。
さて、地面に転がったままの少年もどうやら意識が戻ってきたようです。泥で汚れていて気が付きませんでしたが、黒のローブに描かれているのは竜。子供には似つかわしくない服を着た彼もまた、ヒナ様を狙う一員だったという訳ですか。
「ヒナに何か用かしら」
「用だと、その前にまずは謝ったらどうだ」
意識がいまだにはっきりしていないせいでしょうか、たどたどしい喋り方でしたが、口振りからは苛つきがひしひしと伝わってきます。
「泥まみれにして申し訳ございませんでした」
棒読みで謝罪の言葉を口にしましたが、彼の顔が一段と険しくなりました。
「おまえの女か」
ぞんざいな言葉遣いに品の無さ。身につけている服と中身は比例するものではないようです。
「見た目は……悪くないな。おまえの無礼。俺の侍女になれば不問にしてやる。どうだ?悪くない条件だろう」
私の気も知らず、突拍子もないいことをおっしゃるこの方は一体何者なのでしょうか。まあ黒のローブを身につけている時点で、あまりいい印象はありませんが。
「何を勝手なことを言っている!」
普段の口調とは違うヒナ様。
城にいるときとは一味違う凛々しいお姿が少し誇らしく見えます。
「おまえの意見は聞いていない。それにいいのか生け贄の御子がこんなところにいて。おまえの家族が知ったらどんな顔をするだろうな」
にやけた顔。率直に申し上げると癪にさわります。ヒナ様の顔色を伺うと、悲痛な面もちで言葉を失っているご様子。察するに彼はヒナ様の家族について何か知っているのでしょうか。それならば喋らせる、というのも一つの手ですね。
「それで、どうする」
「は?」
ヒナ様の事が気になって、つい気のない返事をしてしまいました。どうやら受答えが気に入らなかったご様子。きっとこの方にとって会話というのは、自分が望む答えを得るためだけにあるのでしょう。目尻をあげ、真一文字にむすんだ口元が不機嫌さを訴えています。見た目以上に中身が子供。いえ、それ以前の問題でしょう。
「侍女になれば私への無礼を許すと言っているんだぞ。どうした、何を黙っている」
個性的な顔をした少年は私に近づくと、手を伸ばしてきました。
「……なんのつもりだ」
いけません。無意識のうちに、伸ばした手を掴んでしまいました。ヒナ様に触られるならともかく。女性の髪を何の遠慮もなく触ろうとするとは、なんと無粋な方でしょうか。
「いたっ、痛いぞ。離せ!」
まあまあ、痛みも知らないお坊ちゃまでしたか。そのくせ、他人の痛みに鈍感と。自分の行動を省みるため、少し頭を冷やされてはいかがでしょうか。
多少乱暴ではありますが、小太りな体を持ち上げ辺りを見渡すと、ちょうどよい水たまりが目に入りました。あそこに放り投げるとしましょう。
再び泥まみれとなり茫然とする彼に会釈をし、ヒナ様とご友人の手を引きこの場を早々に立ち去ることにします。もう彼の相手はこりごりです。




