1-1 独立魔装部隊の愉快な仲間達
思考が磨り減り、感情が前へ前へとオレを責めたてる。
白く熱を孕んだ吐息が、視界を掠めた。
夜の帳がまだ重く垂れこめている中、冷気を混ぜ込むように全身を躍動させる。
オレが動くたびに、腰に吊ってある直剣が不満を漏らしていた。彼は自身に合わない鞘の中で、カタカタと震えている。
片刃の魔剣と片手剣を交互に振り抜いた、その時。眩暈と倦怠感、その他諸々の不調を身体が訴え出す。
訓練による疲労か? いや、違う。
左腰に走る怖気。魔力がローランに吸い取られていた。
一体なにが、と訝しみ狭まる視界、その隅で違和感が輪郭を持つ。
視線を巡らせると、そこには壮年の男が居た。オレが追い求める一団、その内の一人。
突然のことに思考が追い付かない。
二振りの魔剣が、それを握る両手が震えた。力み過ぎた小指に痛みを覚える。
冷静さを欠いた者がどうなるか、分かっているのだろうな?
脳裏を過った仲間の声に、咎められような気がした。
深い呼吸を意識する。心臓は今にも破裂しそうだった。
オレは――
右腕が唸りをあげる。男の脳天から股下まで、魔剣が一気に通り抜けた。手応えなど、ありはしない。
煙のように揺蕩う影、それから視線を切る。
オレは意識の中で、魔力を魔術へと昇華させた。
地を穿つミルズを墓地に送り返す。その柄に移った体温が手の中から霧散した。代わりに右手を呑み込む黒い魔力。
別の男が現れた。視界の端でそいつはゆらゆらと揺れている。
右足を軸に身体を回し、左手の魔剣で横一閃。
男はそれを避け、オレから離れていく。
逃すわけにはいかない。
オレは右脚で地を蹴った。
「【アレク】、起きろ」
右手が左腕の軌道をなぞる。魔力の中で何かが指先に触れた。先程のとは違う、鉄の感触。
魔剣を虚空から引き抜く。それは特徴的な切っ先をしていた。
オレは重心のずれをねじ伏せ、逆反りの刀身を引き寄せる。
呼び出した魔剣は、狙いを逸れることなく幻影の首を消し飛ばした。
火照った肌を夜風が撫ぜていく。
それに気づいて、オレは訓練を止めた。
季節は秋を過ぎて、まだ間もない。
しかし、周囲の野原は静かだった。まるで死に絶えているかのように。
遠く、東の空から響く駆動音。
滑走路のあたりが俄かに騒がしくなっていた。
戦時下ではなくとも、軍事施設は眠らない。それは今居るフーヅ基地でも、変わることのない常識だった。
夜の空気は、男達の声をよく通している。
「飛行、機……?」
闇を滑る影に、喉が知れずと蠕く。
機械には苦手意識を持つようになっていた。それはいつからなのか、自分でも分からない。
扱うことが出来ないから。更に言えば、魔力もなしに動く理屈が分からないから。
澄んだ星空のただなかに、共和国の徴を持つ機影が照らしだされる。
巨大な鉄の塊は、味方のものだった。
なにを気にしていたのだ。馬鹿馬鹿しい。空は己の領分ではないだろう。
冷たい風がオレを追い越していく。体温はこの短い時間で奪いつくされていた。
剣を振ることに随分と熱中したものだ。
途中で脱ぎ捨てた外套を求めて、視線を彷徨わせる。見つけるのには、そう時間がかからなかった。
だがまぁ、これで――
「――少しは寝ることができる……」
汗を流してから部屋に戻ると、一月前から増えた騒音に出迎えられた。
あまりの煩さに思わず眉をしかめてしまう。
手足を放り出して眠っている勇者。それを見て、苛立ちが口をつく。
「――いいご身分だな」
頭上を仰げば、薄汚れた天井に迎えられた。この施設は長い間、手入れもされていない。
溜息は、すぐに掻き消されてしまう。カナタのいびきによって。
迷惑な話だ。部屋は狭くなり、夜は騒がしくなった。このまま眠れない日が続けば、業務に支障がでるかもしれない。
その時は部屋割りの変更を申し出よう。きっとあのヒトは驚くのだろう。キミが何かを求めるなんて、と。
ひとまずはこれを何とかしなければ。これでは寝れたものではない。何のためにオレは、寒空の下、身体を動かしたのか。
机の水差しが目に入る。手には湿り気を帯びた手拭。
導き出される答えはただ一つ。
オレは水に浸した手拭を、少年の顔に被せる。
「んぐ――」
「……………………」
「…………んがっ……ふすー」
幾分かマシになった音に満足し、イスに座る。
目の前には、見慣れた光景が広がっていた。
任地替えの度に張り直す地図、他国の新聞の切り抜きに軍の資料。無秩序に張り付けられた情報の羅列。
それらすべてを見るようにして、浅く座り直す。
壁は紙に覆われ、明かりを浴びることが出来ていない。
視線は迷うことなく辿り着く。中央に並ぶ六枚の写真へと。
その全てに帝国人が映っていた。うち二つには大きなバツ印を付けてある。
最後から一年もの間、印の数に動きはない。しかし、不思議と昔のような焦りはなかった。
鼓動が、常と変わらぬ調子で拍動する。
契約の――おかげなのだろう……こうしていられるのはきっと――そういうことなのだ…………。
朧げな意識が、赤子の慟哭を聴く。
怒り、願うことしか出来ない子供が、短い腕で自らの胸を掻き毟っていた。頬を伝うのは血の涙。
生まれたばかりのオレが、暗い水溜まりの中で、必ず成し遂げると叫び、吼えている。
「あと…………よっつ」
――まだ二つ。
霞む視界が歪んだ。写真を睨みつけて、歪む。
「かならず……かな、らず…………」
あぁ、明日は――物資の受取り、と――分配を、しなくて……は……。
「――? ぽー! 起きる。めーのご飯がおそくなる!」
「う……ん?」
舌ったらずの声とともに頭がぶれ、目が覚める。
どうやら寝台にも入らずに寝ていたようだ。
身体に走る痛みが、それを証明していた。
被った覚えのない毛布を頭から退ける。
未だに開ききっていない視界が、愛嬌のある大きな瞳で埋め尽くされていた。
「ラッパはまだ……?」
「ずっっっと前になった! ぽーが、寝てる!」
少女特有の柔らかい香りが鼻腔を擽る。
早く早くとメロディに揺さぶられ、頭の靄が晴れてきた。
起床の合図が、ずっと前に鳴っている?
「す、すまな――」
「いつまでも座ってないで早く起きてあげろよ。なんなら手伝ってやろうか? 隊長どの?」
「――ッ!」
揶揄うような少年の声と僅かな鞘鳴りに、視線が釣られた。
カナタが、オレの魔剣を、手にしている。
情報が繋がり、思考が理解へと至った。頭に稲妻が走る。
身体がイスから跳ね上がる。腰が悲鳴をあげているが、そんなことはどうでも良くなっていた。
右手で魔剣を掴み、それごとカナタを引き寄せる。思考が追い付いていない彼を、左手で突き放す。そうしてオレは、カナタから魔剣を奪い返すことが出来た。
「ッおわ!? なん――」
「コレに触るな!」
魔剣を掻き抱き、感情のままに喉を鳴らす。
埃っぽい空気は一度大きく震えると、息絶えたように静まり返った。
黒髪の少年が、悪びれもせずに肩を竦める。
その、仕草は、なんだ。
「ったく、そんな怒ることか? せっかく渡してやろうとしたのによー。どう思う、メロディちゃん?」
「……しらない。ゆーしゃ、きらい」
「え、えぇ……」
溜息一つで気持ちを切り替える。
オレは寝巻を脱ぎ、畳んであった野戦服に足を通す。
統一規格の衣服は、どうにも身体にあわない気がする。
しかたなく袖をベルトの位置で結び、いつもの格好に落ち着いた。
両足を裾もろともブーツに突っ込めば、自然と身体に力が入る。
「さぁ、メロディ……カナタ。行くぞ、今日も忙しいからな」
「ごっ飯っご、は、ん!」
「寝坊した奴が何を言ってんだかなっと」
メロディの歩幅に合わせて進む。カナタのぼやきを、置き去りにして。
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R1.7.5 改稿しました。