勇者派遣国家
5分で読める勇者が魔王を退治するラノベという制約をつけて書いたショートショート。
2019年1月9日小説家になろうにて公開。
海には面しているものの、見渡す限りじりじりと照りつける灼熱の太陽と砂漠と真っ平らな赤茶色の荒れ地しかない。地面にわずかに生えた草を羊の群れとラクダが食べている。
羊の見張り番をしながら麻で出来た白くて風通しのいい服を着た男は真剣より重い木刀の素振りを続けた。この国にはよくいる鼻の下に黒髭を蓄え、茶褐色に日焼けした筋肉質の男だ。
この国は何も無いのだ。産業が無い、資源が無い、綿が無い、石炭が無い、錫が無い、雨すら年に一度の雨期にしか降らない。
この国が生産できて、異国の商人が買い求める物と言えばレーズン、ピスタチオ、甘草、羊毛、干しイチジク、アーモンド、羊皮だけだ。
このままではこの国は滅びると大臣から提言された先代の王が思いついた新規産業が、他国への勇者派遣だ。
人だけは少ないながらいるし、この国の国民は生まれつき頑丈な体つきをしているのが多い。国民を国家運営の戦闘訓練施設で鍛えて魔物、魔王の多い国に勇者として派遣して、魔物討伐料金を取るのだ。
魔物を退治してもらった国の王は勇者派遣国家へ料金を支払うが、支払い方法は金貨、銀貨、銅貨、武器、防具、魔導書、宝石に限定されている。価値が安定しているからだ。
羊の番をしている男にラクダに乗った役人が近づいてきた。
「ランドール国で仕事だ」
「任務内容は?」
「魔王討伐だ。しかし、魔王退治だけでいい。残りの軍はランドール国の軍が討伐する。任務に必要な書類と手付金を持ってきた」
役人が男に羊皮紙の書類と札束を渡した。
「早いほうがいいな。今夜にも向かおう」
「頼む」
勇者派遣国家国内に流通している国民通貨と勇者への報酬支払いは国家発行の国内でしか通じない紙幣に限定されている。国が景気をコントロールできるのと、勇者の他国逃亡を防ぐ目的だ。勇者の稼いだ金、銀、銅、宝石は国家運営の銀行地下金庫に保管されている。勇者派遣国が他国から買い物をするのに使うのだ。
あらゆる魔物、魔王を退治してくれる勇者なのだから、弓、槍、剣、斧、魔法全てを使える強い者が選ばれる。身長と顔も勇者の重要なポイントだ。ブサイクは困るらしい。
武器しか使えず、魔法が使えない者は戦士として派遣される。しかし需要はある。王妃や姫、そしてその国が美女の多く生まれる国の王にはブサイクな勇者が好まれる。魔物を退治した後に勇者が国に帰るときに女たちまでついて行ってしまうと困るからだ。
施設でいくら鍛えても強くなれない者は学校に通わされ、僧侶や魔法使いとなる。
勇者が他国で稼いでくれれば国家は安泰と思われたが、色々な問題も同時に引き起こした。
雇用と失業が大きな問題になったのだ。現制度では勇者派遣国家の勇者は全員国に雇われている。つまり公務員だ。強いからと言って勇者を多く雇いすぎると、勇者への支払いが増え、勇者が国内で買い物をしたお金で結果的に国内に流通する通貨が増えすぎる。つまり国内経済がハイパーインフレになる。
防ぐにはある一定数は常に失業者がいないといけない計算になる。それもイヤならフリーランスの容認しかない。それに、顔も平凡でどう鍛えても人並みな勇者も一定数はできてしまう。先ほどの羊の番をしていた勇者もその一人だ。顔も10人並みで、真面目に鍛えたのだが人より少し強い程度だ。
しかし今回の勇者は人とは違う点が優れていたのだ。
数日後の夜。勇者は目だけ出ている動きやすい黒服に着替えてランドール国に赴いた。城壁を乗り越え、魔王軍の城に音も無く忍び込み、警備兵の目をすり抜けて魔王の部屋を目指した。
魔王の寝室の前はオーク族が警備をしていた。勇者は天井裏に隠れて警備兵の交代を待った。警備がコボルト族の兵に交代した。完全に交代したのを見計らって勇者は警備のコボルト族に接触した。
「ここを通してくれ」
と言って、警備兵に宝石に金貨を渡し、コボルト族の文字で書かれた書類を見せた。
「お前が勇者か」
「そうだ。俺を見逃すだけでいい。そうすればこの軍はコボルト族の長がトップにのし上がれる」
「よし、通れ。魔王の枕元には睡眠効果のある香を焚いてある」
「ありがとう」
魔王軍も一枚板ではない。様々な種族で構成された混成部隊だ。種族同士で仲が良い、悪いは普通にあるし、派閥もあれば下克上もある。軍隊に真っ正面から勝負をしかける勇者はいない。下調べもせずに魔王退治はバカのやること。入念な調査と賄賂で魔族の買収、内部の手引きがあって始めて魔王の暗殺が可能なのだ。
この勇者が優れていたのは潜入だ。強さは平凡でも気配を消して音も無く城や野営地に忍び込む能力が高かったのだ。ドアを開けて完全に寝入っている魔王の寝台に忍び寄った。腰からよく研がれた短剣を抜き、刀身に魔族に致命的に効く溶鬼蟲の溶液を塗りつけ、魔王の口を塞いで一突きに急所を刺した。
「グッ!ガァ!アア・・・」
魔王は警備兵を呼ぶ声も出せずに絶命した。完全に死んだのを見計らって、勇者は寝室を抜け出して一気に逃げ去った。魔王の城が遠くなってから振り返ると、魔族兵の騒ぐ音が聞こえたが気にせず走った。任務は終わった。長居は無用だ。
3日後。安全圏まで一気に走り、用意してあった馬で勇者は自国に帰った。自宅に帰ると家族が出迎えてくれた。
「あなた、おかえりなさい」
「ただいま。今回の任務も完全にこなした。これ確か欲しがっていただろ?ランドール国特産の絹織物だ」
「まあ、おぼえていてくれたのね。もうランドール国の魔王軍は魔王の急死で幹部が主導権争いをしているスキを人間の軍に付かれてボロボロだそうよ」
「お父さん、おかえりなさい」
「ただいま。良い子にしていたか?そら、異国のおもちゃだ」
一見問題のなさそうな勇者派遣産業は別の問題を起こした。
武器と魔法といった対魔族用戦闘能力のみが国民の価値観の全てだと文学、科学、経済学、建築学、数学といった文化が発展しないのだ。
そこで潜入隠密能力の高い勇者の闇の仕事が生まれた。他国の優秀な教師、職人の誘拐と、勤勉な労働者の暗殺だ。自国で優秀な職人を育てるより、もう知識や技術を身につけている職人を他国からさらってくる方が手っ取り早いし、教育と育成のお金もかからない。それに、優秀な職人を誘拐され、労働者を殺されればやられた国の国力は確実に衰退し、勇者派遣国家の国力は上がる。後は誘拐してきた優秀な職人や教師から魔物退治以外の金の稼ぎかたを学べばいい。
「お父さん、お客さんだって」
「誰だろな?」
頭にターバンを巻いた男が立ち上がって挨拶をした。
「こんにちは、勇者様。グイン国の商人です。いや、今回の仕事の手際もお見事でした」
「ありがとうございます。それで、用件は?」
「単刀直入に言いましょう。この国を抜けて我が国の勇者になっていただきたい。いくら危険な任務をこなして報酬をもらっても、紙幣ではこの国で手に入る物しか買えないでしょう。うちの国にくれば美酒、美食、美人な愛人、豪華な邸宅といったもっと良い暮らしが出来ますし、任務ごとにこれくらいの報酬を出しますよ」
そういうと商人は金貨の詰まった革袋ときらびやかな装飾品の箱を出した。
「もちろん勇者様一人だけではございません。一族全員の引っ越しも約束しますよ」
「ありがたいが断る」
「もう勇者様は断れないのですよ」
「何?」
「グイン国でも他国でも優秀な機織り職人や金細工職人が次々と行方不明になりましてね。」
「へぇ」
「この国の仕業でしょ?あれだけ誰にもバレない潜入、暗殺能力が高ければ職人の拉致、誘拐もお手の物のはずです」
「そこまで知っているか。なら殺すしか無いか」
「残念。私が生きて帰らないだけで母国の仲間が勇者派遣国家の悪事を触れ回る手はずになっているのです。我が国だけ助かれば良いのですよ。最初の仕事はサーラ国のジュウタン織り職人の誘拐。それとクラウス国の錬金術師もさらって来て欲しいですな」
腕試し。テスト版。