泉の国 フリュー
「ああ、最高の湖水浴日和だよな」
空は晴天で雲一つなく、波も穏やか、風は穏やかで湖に冷やされて心地良い。
爛々と輝く太陽は大きなパラソルに遮られ、ぽかぽかとした陽気をくれる。
このまま眠りたいな。
しかしそうは問屋が卸さない。
太陽よりも暑苦しい存在が俺の横で大声を上げている。
「勝負だ、クォルテ・ロックス!」
自称ライバルのフィルム・ガーベルトが、仁王立ちで俺を見下ろす。
俺が短パンの様な水着にシャツを着ているのに対して、フィルムは完全に競泳用のぴっちりとした三角形の水着。
適度に引き締まり腹筋は、六つに分かれていて余分な肉が無いように見える。
何が言いたいかと言えばこの一言に尽きる。
暑苦しい!
火の魔法使いだからと言って、そこまで熱くなくてもいいだろうに……。
「聞いているのか? 俺はお前に勝負を挑んでいるんだぞ!」
「申し訳ありませんが、人違いではないでしょうか? 私はクォルテ・ロックスと言う名前ではありません」
「そんなわけないだろう、えっ、そんなわけないよな?」
俺がじっと目を見つめると、フィルムの言葉は段々小さくなっていく。
このまま諦めてくれないかな。
「クォルテもいい加減一緒に遊ぼうよ」
ルリーラが俺の元にとてとてと歩み寄ってくる。
ヴォールで買った上下が一繋ぎになているオレンジの水着、それに貸し出しだという浮き輪を装備している。
「わかったよ」
俺の手を引くルリーラに声をかけながらシャツを脱ぐ。
そのまま手を引かれ湖に向かって進む。
「やっぱりクォルテ・ロックスじゃないか! ふざけているのか!」
「だから違いますよ。私は別人です」
「クォルテだよね? 何言ってるの?」
「ほら、ルリーラちゃんもそう言っているだろ!」
俺がはぐらかしてもルリーラがいる限り誤魔化しきれそうにない。
「ルリーラ、俺はフィルムに絡まれているんだ。一緒に遊ぶために俺はクォルテではないということにしておいてくれ」
「わかった」
「全部聞こえてるからな!」
まあ、聞こえるように言っているので、何の問題もない。
寧ろ、これで聞こえていないならこちらが逆に心配してしまうところだ。
俺はフィルムいじりを続ける。
「何をおっしゃっているのか存じませんが、私はあなたの事は存じ上げません」
「そうだよフィルム。この人はクォルテに似てるけど、クォルテじゃない」
俺がフィルムをからかっているのに気が付いているルリーラは、適当なことを言って話を合わせる。
「ならルリーラちゃんはなんでその人と手を繋いでいるんだ!? クォルテ・ロックス以外とも手を繋ぐのか?」
「そんなわけないじゃん」
「ならそいつはクォルテ・ロックスで間違いないだろ! 手を繋いでいるのが何よりの証拠だろ!?」
「でもこの人はクォルテじゃないよ」
意外とルリーラも人をおちょくるのが得意だ。
決して褒められたことではないが……。
「フィルムの負けですよ。私達も一緒に遊びましょう」
「イーシャさんだよな。久しぶり、いつもこいつの世話で大変だな」
「何なんだ、この扱いの差は……」
俺がイーシャ・フィルグラムと話していることにフィルムは両手をついて項垂れる。
ヒートアップしたフィルムが沈静化して、ようやくこの辺りの平均気温が下がった。
「申し訳ありません。折角声をかけて頂いたのにフィルムくんがこんなで」
イーシャはリーダーの行動に対して深く頭を下げる。
白髪の彼女が頭を下げると、長く綺麗な髪が肩から滑る。
「別に構わないよ、折角ここの湖がただで使えるんだしさ」
俺達は人造魔獣を討伐した後、シシカの好意でここで使える無料券をくれた。
本来は日頃の労をねぎらうために場所を取っていたらしいが、今回の戦いで多くの兵士が怪我を負いそれどころではないとのことだった。
それならばと俺達に譲ってくれた。
そしてフィルム達は、偶然この国に向かっている途中に出会った。
その時に折角だからと声をかけて今に至っている。
全員が湖水浴のために水着で遊んでいる。
「というかフィルムくん、クォルテさん達に誘ってもらったお礼を言いに来たんじゃないんですか?
そう言ってイーシャがフィルムに詰め寄ると、フィルムは都合悪そうに顔を逸らした。
「すいません。この度はありがとうございます」
「元々結構人数に余裕があったから気にするな」
イーシャが改めて礼を言ってくれた。
だが、俺としてはこちらこそと言いたい。
イーシャの水着姿はアルシェに及ばないまでも魅力的だ。
雪の様な白い肌に、真っ赤な水着。その水着は上下に分かれており、局部を隠すというよりも、大きな胸部を支えるために背中と首元に紐があり、臀部を持ち上げる水着はしっかりと覆われ形が綺麗に見える。真面目そうな見た目の通りに女性らしく見えるのにいやらしくはない。いつまでも見ていたい姿だ。
「どうかしましたか?」
「いや、何でもない」
ついまじまじと見てしまい、イーシャに変な顔をされてしまった。
「気をつけてね、クォルテは美人が好きだから」
「えっ、あ、あのそれは困ります」
ルリーラが余計なことを言うと、イーシャは体を隠す様にしながらフィルムの影に移動した。
「おいこら、人の仲間に色目使ってんじゃねえぞ?」
復活したフィルムは俺をにらみつける。
ルリーラに余計なことをと視線を向けると、プイッとそっぽを向いてしまう。
俺がイーシャを見ていたことにご立腹らしい。
「フィルム。俺の仲間も綺麗どころが多いよな?」
ルリーラを始め、仲間の七人全員が可愛い。そこにはなにより自信がある。
ルリーラの幼いかわいらしさ、アルシェのあどけない無防備な可愛さ等々、言おうと思えばどれだけでも言えるほどだ。
その事実をフィルムに尋ねる。
「そうだな。それがどうした?」
「お前は、俺の仲間に色目を使ったことはないのか?」
「ない、とはとても言えないな。これほどの美少女に色目を向けないのは失礼というものだ」
「そうだろうそうだろう。俺もそうだ。イーシャ、リース、ヴェルスとこれほどの美女が揃っているのに、そっけない態度を取っていいのか? いやいけない」
俺がそう言うと、フィルムは目を見開いて驚く。
俺が言ったことを心で理解しているようだ。
「そうだな。俺としたことが間違っていた」
フィルムは晴れ晴れとしたいい顔で手を差し出す。
俺もその手を笑顔で握る。
見た目としては、半裸の男が笑顔で握手をしている。
「ルリーラちゃん、あっちで遊びましょうか」
「そうだね」
ルリーラ達がともに湖に向かって数秒後、素に戻ったフィルムは俺の手を振りほどく。
「なんでだよ!」
「どうした、兄弟よ。俺達は今心の底でわかりあったはずだ」
「まあ、そうだな。わかりあったよ」
「俺達も早く行かないと、美女と遊ぶという時間が減ってしまうぞ?」
「それは拙いな」
「さあ、行こう。俺達の桃源郷へ」
俺が手を差し出すとフィルムが握る。
俺達は湖に向かって手を繋いだまま駆けだした。
「だから違うっつってんだよ!」
またもや、フィルムは俺の手を振りほどく。
どうやら勢いに任せても駄目らしい。
同士として接すればわざわざやり合う必要はないかと思っていたが、そう上手くは行かないらしい。
「地の国では負けたが、今度こそ俺は勝つ!」
「やらないと駄目か?」
「もちろんだ。男なら俺の勝負を受けろ!」
ビシッと俺に人差し指を向けるフィルムに俺は疲れを感じてしまう。
もうこうなったら受けるしかないんだろう。
「わかった、受けてやる」
俺は根負けする形でフィルムの勝負を受けることにした。




