エピローグ その一
どれくらいの時間寝ていたのか、たぶんそこまで長い間寝てはいない。
気が付くと日は沈みかけていて、空は赤く染まっている。
俺にもたれかかって大口を開けているルリーラを退かして、操舵中のアルシェの隣に座る。
「おはようございます。今はまだ半分くらいですよ」
「止めてくれ」
「わかりました」
車はゆっくりと減速してやがて止まる。
一度大きく欠伸をして寝ている間に固まった体をほぐす。
大きく息を吸うと肥料の臭いがした。おそらくここはギアロの近くなのだろう。
「どうかしたんですか?」
「今日ここで、はやめた方がいいか。肥料の臭いがない所で野営する」
「このまま進めば明日の朝にはカルラギークに着きますよ」
「アルシェ、お前も少し休め」
俺がそう言うと少しだけ困った顔をする。
何か言いたそうだが、言ったら怒られそう。と悪戯が見つかったような動きに俺はため息を吐く。
「何かあるなら言えよ。別に怒ったりはしない」
「いえ、私今回何もできていないです」
アルシェはそう言った。
「ハベル・クロアが来た時も、魔獣と戦う時も何もしてません。言われるがままにやっただけで……、皆さんが考えて動いている中で私だけ……」
尻すぼみに小さくなっていくアルシェの言葉に、俺はまたため息を吐く。
「それでせめて操舵して早くベッドで寝せてやりたかったと」
アルシェは頷いた。
「アルシェは今回どう思った? そんな大層な感想を求めてるわけじゃないぞ楽しかったか? 嫌だったか? 嬉しかったか? 悲しかったか? どんな感想を持った?」
アルシェは少しだけ考え、気持ちを少しづつ言葉に変換する。
「道中は楽しかったです。魔獣にされた方を見て悲しかったです。それなのに何もできていないのが嫌でした……」
「ならいい。アルシェ達がそう思えるようにするのがこの旅だからな。アルシェはいい案が今回は思い浮かばなかった、あんまり役に立てなかった。楽しくて、悲しくて、嫌だった。これはそういう旅だった。それでいいんだよ、だから顔を上げろ」
アルシェの顔が前を向いて俺の顔を見つめる。
日は完全に沈んで群青色に染まっている。そんな中でアルシェの顔は赤くなっていた。
「クォルテさん、私、やっぱりクォルテさんが好きです。奴隷ですけど、クォルテさんを好きです」
開けている空間にアルシェの告白が広がる。
大きな胸の前に結んでいる手は、星明りの下でさえ震えているのがわかる。
俺の言葉を待ちアルシェの瞳は潤み月光に輝く。
「ありがとう、アルシェがちゃんと考えてくれたのは嬉しい。でも――」
「わかってます」
俺が何かを言う前にアルシェが変わりに言葉を続ける。
「旅が終わるまで、答えは待ってくれ。ですよね」
「我ながら情けないこと言ってると思うよ」
「わかりました。答えをくれるまで待ちます」
「いいのか?」
自分で言うのもなんだがこんな返事の先延ばしをするような俺に普通は幻滅すると思っていた。
それで離れていかれるならそれはそれで仕方ないと思っていた。
「はい。私も決めましたから」
少しだけ嫌な予感がした。
「普通の女性は、好きな人には好きになってもらえるようにアピールしていくものですよね?」
予感の通りそんなことを言い始めた。
そして俺の元に歩み寄ってくる。
後ずさるのも違うと思いその場で立っていると、アルシェの胸が俺に触れる。
「クォルテさんは、私の体嫌いじゃないですよね」
そう言って上目遣いで見つめてくる。
俺が困った表情を見せると、アルシェは口角を上げる。
唐突にアルシェは今までにないほど俺に迫ってきた。
「急に変わったな」
「変えてくれたのはクォルテさんですよ、私に恋を教えてくれたのは。これはお礼です、ありがとうございます」
不意にアルシェの顔が俺に近づき、頬に温かく柔らかい湿った感触が伝わる。
アルシェが離れると一瞬の熱は、夜風に吹かれ幻の様に冷えていく。
「じー」
わざとらしく視線を口にして主張している影が四つ。
いつから起きていたのかさっきのシーンだけならまだごまかしはできるはずだ。
「起きてたのか、みんな」
何もなかったかのように話しかけても四つの影は動こうとはしない。
「何してたの?」
代表してルリーラが聞いてきたので、俺は今考えた言い訳を使う。
「目にゴミが入っててさ、アルシェに見てもらったんだよ。ほら暗かったしだいぶ近づいたけど。な、アルシェ」
俺がアルシェに話を振ると、アルシェは地面で頭を抱えていた。
今しがたやった自分の行いを後悔しているようだ。
「じー」
なんで俺は誰とも付き合っていないはずなのに、こんな風に言い訳をしているんだろう。
まるで俺が浮気男の様になってきている。
「ちなみに私ベルタだよ」
「あたしは黒髪だし」
「僕も目はいい」
「身体強化使いました」
ごまかしの意味はなかったようです。
「私もチューする!」
そう言ってルリーラが飛びかかるとみんなが一斉に自分もと一気に迫ってきた。
「お前等やめろって、アルシェも何か言ってやってくれ」
迫る顔を押し返しながらアルシェに助けを求める。
「私は一体何をしてしまったんでしょうかクォルテさんにキスなんてはしたないと思われたでしょうかこれで嫌われてしまったらどうしたらいいんでしょうかもう死ぬしかないんでしょうか……」
さっきまでの俺を攻めていたアルシェは、自分を責めるいつも通りのアルシェになっていた。
そしてその懺悔の言葉にキスという単語が入っていたのが四人の耳にも届く。
「ずーるーいー!」
「頬だよ頬わかるだろ」
「それなら私だっていいじゃん」
「あたしは口がいい」
「フィル、口へのキスは正妻の僕だろう」
「サレッドクイン、正妻はお姉ちゃんですから」
「私はこれからどうしたらいいのでしょうか」
さっきまで魔獣と向き合っていたのが信じられないほどに滅茶苦茶になっていた。
そんな滅茶苦茶な四人からの口撃はその後一時間ほど続いた。




