悪意との邂逅
思いのほか時間がかかり、遅くなった昼食を食べた後私達は再び周辺の警戒に入った。
朝と変わらない気持ちいい森の中を進む。
心地いい散歩日和だと捜索すること小一時間、変化が現れた。
「お姉ちゃん、気配はありますか?」
「ないよ、何もない」
その言葉は異常事態だ。
さっきから十数分獣の姿を見ていない。
「警戒してください」
私の言葉と共にフリューの方で雄たけびが聞こえた。
「出ましたね」
魔獣との戦いが始まったらしい、そうなると私達の仕事も始まる。
予想通りなら黒幕も動き出しているはずだ。
「あっちに変な気配が二つある」
お姉ちゃんの言葉に私達は駆けだす。
「見つかっちゃったよ」
白髪で白衣の女は私達を見てそう言った。
その後ろには闇色の髪をした少年が立っていた。
「えっと、君達はクォルテ・ロックスの仲間諸君だよね。会えてよかった、君達に話しておきたいことがあったんだ」
親し気に話しかけてくる女を私は信用できない。
詐欺師の様に信用できない。嘘も本当もないまぜにして話す空気があった。
「君達が愛してやまないクォルテ・ロックス君は死んだよ」
その言葉に反応したのはお姉ちゃんだった。
私が口を開くのよりも早い動きで女に殴りかかった。
しかしそれを知っていたように女は体の向きを変え、お姉ちゃんを蹴り飛ばす。
「その髪色は確かルリーラだ。ロックス家の実験動物。奴隷の分際で分不相応にも貴族に恋をしている哀れな少女。合ってるかな?」
「みんな、あの女の言葉は聞かないように、挑発しているだけですから」
「女呼ばわりか、私はハベル・クロアって名前なんだよ。それに挑発していない、事実を言っているよ」
頭に昇る血を抑え込む。
こいつは感情を逆なでしてカウンターを狙うタイプだ。頭に血が上った時点で負けが確定する。
「パルプ、動けるよね全員倒してきなさい」
パルプと呼ばれた少年は一瞬で私の目の前に現れた。
早い、お姉ちゃんよりも?
「動け!」
サレッドクインの刀がパルプに向けられるが、その刃はあっさりと避けられる。
「炎よ、鎖よ、敵を繋ぐ枷となれ、フレイムチェーン」
アルシェ先輩もすぐに動きだす。
炎の鎖を避けながらサレッドクインの攻撃もいなす。
「パルプ、少し三人の相手を頼むよ、私はこの子と話がある」
ハベル・クロアは私の前に悠々と歩いてくる。
その進行を止めようとお姉ちゃんが動いても、パルプに阻まれてしまう。
あの三人に対して大立ち回りをするあの少年の強さは異常に見えた。
ベルタと言うだけであの動きは変だ。
「君は中々顔に出やすいね」
ハベル・クロアとの距離を一定に保つためすぐに後ろに飛び退く。
白髪のはずなのに、この女が持つ雰囲気はお姉ちゃんやフィル先輩と同じように感じる。
「……」
「だんまりか、それは私を観察するためかな? それとも自分を見せない為かな?」
「私は、無口なんです」
「嘘が下手だ、下手過ぎて演技なんじゃないかって考えてしまうほどだ。演技だとしたら褒めてあげたいよ」
ハベル・クロアはそう言って笑う。
限界一杯の私とは対照的に余裕がある様に見える。
実際問題、その通りなのだろう。手負いの様にわき腹を少し庇う動きを見せているのにそれに攻撃ができない。
「呼吸が荒い、発汗も普通じゃない」
突然の言葉に理解が遅れる。
自分の事を言われているのに、自分の事じゃないように感じる。
「弱いね、弱々しくて壊してあげたくなる。彼はそうじゃなかったよ。強かった、君みたいに怯えるだけの存在じゃなかった。そんな彼も今は瓦礫の下だけどね」
この女の発する言葉には真実味があった。
対峙してわかる強さよりも残虐で残酷な佇まい。
「あっちの方でもそろそろ半分は死んでるかな? どうする、見に行きたいなら行っていいよ。裂かれて食われている兵隊が見れる」
想像してしまう。
見知った顔の人が二つに分かれている姿を、怪物の口から滴る鮮血を、脳に描いてしまう。
それが恐怖を駆り立てるものだと知っていても止められない。
「君達もこのまま死ぬだろうけど、いい個体が集まってるし研究材料にしようかな」
研究材料の言葉に脳が想像するのはロックス家の地下。
鎖につながれ観察され使われていた奴隷の姿が自分と重なる。
「聞くなっ!!」
光を飲み込む闇色の髪がハベル・クロアにぶつかる。
ハベル・クロアが避けると見慣れた大きな穴。
「ルリーラだったかな? 話に割り込むなんてマナー違反なんじゃないか?」
「仲間が泣かされているんだから当然、マナー通り!」
そのあまりにも唐突なマナーに私はつい笑ってしまう。
「なんか笑われた!?」
「ありがとうございます。お姉ちゃんはこっちに居て平気ですか?」
気づかないうちにこぼれていた涙を拭い、しっかりと相手を見定める。
しっかりと相手を見ると二人とも結構な深手だった。
汚れと血がついていて、それが他人の血ではないことを理解する。
仲間の様子はお姉ちゃんには擦過傷が目立つ、そうなると素手で殴り合っているお姉ちゃんには辛い。
「あんまり、よくないかな」
「では、お姉ちゃんは武器を取ってきてください。その後にサレッドクインと交代。あの少年は何か武器があるかもしれないので防御は武器で、そしてアルシェ先輩を起点にしてください」
「わかった」
お姉ちゃんが離れていく。
「離脱させるなんて強気だ、私達が今すぐに君達を倒せるかもとは思わないのかい?」
「無理です。負けたのだとしても兄さんとフィル先輩がいて、あなたを戦える状態にしているはずがないですから」
私が余裕を取り戻すとハベル・クロアの表情が変わる。
「じゃあ、見せてあげるよ」
一本の白い線が私の元まで伸びる。
辛うじて避けられた。この動きは身体強化? だとすると相当量の魔力をつぎ込んでいることになる。
「次は外さない」
白い線は脇に逸れ私の視界から消える。
私は確信をもって消えた方と反対に足を突き出す。
「ぐっ」
「戦い慣れてないですね、私や兄さんと同じ研究畑ですよね」
勢いよく私の足に突っ込んできたハベル・クロアはその場にうずくまる。
口から吐瀉物をこぼしながらこちらを見る。
「確信しました、兄さん達は生きてます。あなた達は逃げてきたんでしょ? おそらく地下の研究所から」
「ちっ」
突然降ってきたサレッドクインの一撃をハベル・クロアが察知し避ける。
「来たけど、どうする?」
「こいつを捕まえます」
ここで捕まえたほうがいい悪党だと判断した。
研究所、不自然なベルタ、いるはずのない魔獣。
これだけ要素があれば誰でもわかる。
こいつが魔獣を作る研究をしていて、あのパルプという少年はそこの門番。
「僕に任せろ、一撃で沈める」
サレッドクインの居合が放たれるが、軽々と跳躍するハベル・クロアは木に掴まる。
「行けると思ったんだけどな、クォルテ・ロックスへの人質のために何人か貰おうと思っていたのに」
そう言いながら木の枝に立つ。
「パルプ、もういい帰ろう。そろそろ来る頃だし後は魔獣に任せよう」
「わかった」
少年は飛んだ。
両肩からは鳥の様翼が生え、文字通りに飛んだ。
「それではまた会おう」
パルプに抱えられ、ハベル・クロアは空へと消えて行った。
「追う?」
「やめましょう、無駄です」
森の中を駆けて行っても間に合わない、それに罠の場合もある。
そんな危険を冒すのは得策じゃない。
それよりもどこまで本気かわからないが苦戦していることは確かだ。
「急いで泉の方に向かいましょう。非難の手伝いくらいならできると思います」
私達は今も激戦の音が止まない泉へと急いだ。




