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大黒柱の不在

 兄さんが水の国に向かい三日経った。

 兄さんは早ければ明日戻ってくるだろうと遠征のために荷物をまとめていると、部屋にノックの音が響いた。


「カルラギーク王の使いだが、ミール殿は居られるか?」


 嫌な予感がする。

 声の抑揚や、呼吸がおかしい。急いでいる。

 これがただの連絡とは思えない。


「はい。なんでしょうか」


 十中八九魔獣の目撃で今すぐに出発する連絡だろうと扉を開ける。


「クォルテ殿がおられないのは存じておりますが、昨日の夜フリューに魔獣が現れ討伐に向かいますのでご同行願います」


「探索ではなく討伐なのですか?」


 わずかな希望を持ってそう聞き返す。


「はい。フリューで待機している斥候の情報で、姿を目視で確認。大きさや魔力の規模から考えて大型の獣ではなく魔獣と判断しました」


 最悪だ。よりによって兄さんが帰ってくる一日前……。

 ヴォール様の性格から考えれば、受けるにしろ断るにしろ兄さんは帰ってくると予想していた。

 最短日にも間に合わないうちに魔獣が現れた。誰かの嫌がらせだろうか。


「わかりました。急いで準備します」


 使いの人と一時間後に門の前で合流する旨を伝え、ドアを閉める。


「ミールさん、どうかしたんですか?」


「アルシェ先輩、皆に連絡です。急いで討伐の準備をしてください」


「あっ……、わかりました」


 何かを言いかけアルシェ先輩は他の部屋に連絡に向かってくれた。

 手が震える。私が知っている魔獣はミスクワルテで戦った特級の魔獣だけだけど、その時の恐怖は身に染みている。もちろんあんなのばかりじゃなくて、ほとんどがあれ以下なのは知っている。

 それでも怖いのだ。

 体に一撃を喰らえば紙屑の様にちぎれ死んでしまう恐怖。こんな状態でみんなに指示なんてできるんだろうか。

 兄さんならこんな恐怖を感じないのかな、感じていないはずはない。それどころか全員の命をいつも預かって戦っているはずだ。


「ミールさん」


「えっ?」


「大丈夫ですよ、落ち着いてください」


 アルシェ先輩は突然現れ私の手を握り締める。

 ひんやりと冷たい手の平が私の手の震えを止めてくれる。


「辛くて怖くてつぶれそうな時はそれを口に出した方がいいです。溜めてもいいことなんて何もないですから」


「私は今兄さんの代わりですから、弱音を吐いている場合じゃないんです」


「そうですか? 結構弱音吐いてますよ。これだと勝てないとか」


「そう言いながらも勝ってますからね、兄さんは」


「勝てるように考えているからです。それでも無理ならクォルテさんは逃げようとしてますね」


「国交に関わりそうな頼み事ですよ今回は」


「それでも逃げます、そのせいで国が無くなるとしても逃げます」


 そうかもしれない、死なせたくないからと言って逃げる人だ。

 勝てる戦いしかしないのだ、今までも無茶を通して勝てる算段を付け勝ってきた。


「ミールさん、逃げますか? 私達はあなたが逃げると言えば逃げますよ」


 私は目を瞑り考える。兄さんの為になることを考える。

 特級じゃないなら、お姉ちゃんとアルシェ先輩がいれば負けは無い。それどころか軍の人達でなんとかなるかもしれない。

 そして特級なら神が動くし逃すこともあり得ない。それなら怖くてもこの討伐には参加したほうがいい。

 こちらの面子も保つことができるし、動く必要もない可能性の方が高い。


「逃げません。準備して合流場所に向かいましょう」


「わかりました」


 ふっとアルシェ先輩の手が離れると手の震えは無くなる。

 光に輝く透明の髪が翻りドアノブに手をかけている。


「アルシェ先輩、ありがとうございます」


「いえいえ、大したことではないですよ」


 アルシェ先輩はそう言って部屋を出て行った。


「兄さんは人を見る目があるみたいだ。出会いの運がいいだけかもしれないけど」


 お姉ちゃんもアルシェ先輩も他の人達も全員凄いな、私は何があるんだろう。

 完全に兄さんの従妹だからってだけの存在だよ……。


「いや、今はそれを考えないようにしよう」


 一度自分で頬を叩いて気合いを入れ準備の最終確認をする。

 今回は毒が必要だ。魔獣に効くかはわからないけど効くなら有効なはずだ。

 準備を終え、私達は門に向かう。


 門についた時には隊列を組んで兵は待機しており、私達が最後だったらしい。


「これからフリューに向かう。今回は水の国ヴォールにて特級とも戦ったことのあるロックスの一行が一緒だ。何も恐れることはない。ただ一体の魔獣を討伐するだけだいいな」


 カルラギーク王の演説が終わると全員が一斉に動き出す。


「お前がミール・ロックスか?」


 兵が先に向かう中二人の男性が私達に近づいてきた。

 一人はカルラギーク王、もう一人は最初に街を案内してくれたラーグ・ハリス。


「はい、初めまして。クォルテ・ロックスの従妹ミール・ロックスです」


「クォルテが戻ってくる前の出発で申し訳ない」


「いえ、仕方ありません。魔獣に空気が読めるのなら人など襲わないでしょう」


「そう言ってくれると助かる。それで、私をその馬の無い馬車に乗せてくれないか?」


「構いませんが、理由を伺ってもよろしいでしょうか」


「殿を任せたくてな、王として俺が前線に立つわけにはいかなくてな」


 前線で戦わせないように自分が護衛をすると言っているのか。それなら確かにありがたい申し出かもしれない。


「それと、ラーグから聞いたが乗り心地がいいらしいからな」


 そう言って破顔するカルラギーク王の顔にこちらの気も抜けてしまう。


「わかりました。お二人が乗車ということでよろしいですね」


 カルラギーク王が荷台にハリスはまたアルシェ先輩の隣に座った。

 鼻の下を伸ばすハリスの様子に、アルシェ先輩は気づいているのかそこが少し気になった。


「今回の討伐は何人の兵がでるのでしょうか?」


「二百ほどだな、魔獣討伐の経験がある者が中心だ。お前達が戦う機会は無いと思ってくれ」


 二百、結構多い。確かに、神がいないからはわかるけど慎重すぎる様な気がする。


「多くもなるのだよ、泉の国に被害を出さないようにな」


「なるほど」


 確かに守る人達と戦う人で別れる必要もある。

 そうなると確かにこれくらいの人数が必要になるわけだ。

 私が納得する姿を見るとカルラギーク王は少し残念そうにした気がした。


「僕からも質問してよろしいかな、カルラギーク王」


「君は、サレッドクイン・ヴィルクードかな。なんだ?」


「単純な質問だが、なぜ僕達に先陣を切らせない。その方がそちらの被害が少ないだろ?」


 サレッドクインの言葉はその通りだった。

 普通なら他国の人間に先陣を切らせてもいいはずだ。


「率直に言おう、お前達には期待していない。俺が欲しかったのはクォルテ・ロックスの統率力だ。お前達の力は強力だが、強力なだけだ。よってお前達が俺達の戦いの邪魔になると思った」


「つまり邪魔だということですか?」


「だが、クォルテが来れば十分戦力になる。そのためにお前達を連れてきた」


 その言いぐさに腸は煮えくり返るが、反論ができない。

 反論できるほどに私は強くない。


「ミール、お前が今のリーダーならば、なぜ魔獣の情報を聞かない? 立地、作戦、武器、状況聞くことは山ほどあるだろう」


 言われるまで気が付いてさえいなかった。

 緊張からか、不安からか私の視野が異常なほどに狭い。


「じゃあ王様、ミールに戦い方教えてあげてよ。私も戦いたいけど指示してもらった方が動きやすいから」


「お姉ちゃん」


 自然とうつむいていた私はお姉ちゃんの言葉で前を向く。


「戦い方を教えてください。そちらの動きに合わせて動きます。そのために色々教えてください」


「そうだな、それでもお前達は待機だ」


「やっぱり足手まといですか?」


「ああ、それもある。だが、一番の理由はお前達にやってもらいたいことがある」

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