研究所からの脱出
「驚いたよ、本当にパルプを瞬殺とは」
俺とパルプの戦いが終わるとクロアはフィルから距離を取る。
「そうなると、私では君たち二人の相手は荷が重いな」
そう言いながらもクロアは俺達が襲い掛かるのを誘っている様に見える。
そのせいで俺達は動けない。
「だから私は逃げようと思うけど、いいかな?」
「逃がさないと言ったらどうする?」
「残念ながら私は死ぬだろうね。君としてはそっちの方がいいのかな?」
あくまで余裕がある素振りで俺達との会話を続ける。
この余裕が嘘に見える、その見えるのが嘘か真実かわからない。
「逃がしてくれるなら有益な情報を教えてあげるよ。私を見逃したくなるような情報だ」
「ほう、そんな情報があるなら教えてくれよ」
少しでもヒントが欲しい。
この有益な情報とやらが余裕の正体なら即捕まえて水の神に差し出そう。
「フリューに私が作った人型の魔獣もどきが放たれているよ。特級まではいかなくても十分な強さをもった実験動物だ」
その言葉に思考が止まってしまう。
私が作った? それはないだろう。無いはずだ……。
「嘘だ、それはできないだろう」
そう無理なはずだ、継続に魔力を注がれるか瞬間的に致死量を超える魔力を体内に入れないといけない。
そんなのは恒久的に魔力がある海と神の様な魔力が無いと起こりえない。
「あるだろ、魔力の塊」
「精霊結晶……、まさか」
「大きいのは取り付けるのが大変だったよ」
人間に精霊結晶を埋め込んだ。
もちろん、埋め込む人もいる。例えばオレイカの様にするのは可能だし、欠片を手に埋め込んだ話も聞いた。
だが、魔獣になるほどの魔力を持った精霊結晶は人体に移植するのは不可能だ。サイズが違う、人間の倍以上の精霊結晶が必要だと言われているが正確にはいくら必要かはわからない。
「殺さずに人を伸ばすのは本当に大変だった」
嘘だ。と断言はできなかった。
こいつならやりかねないし、現に魔獣の目撃証言も出ている。
壊れているこの科学者ならやりかねないのだ。
「実験段階の試験動物、その危うさは科学者のクォルテ・ロックスにはわかるよね」
暴走、暴発、その可能性があると俺に伝えている。
「ほら、神もどきの手錠の鍵だ。さっさと急げば助けに行けるかもしれないぞ。いくら神でもカルラギークの兵士と君の仲間を全て移動させられないだろう?」
「くそっ! フィル急ぐぞ、急いでフリューに向かう」
「わかった」
「君たちの荷物はこの部屋を出て左隣の部屋にある」
可能性が低いとは言え、俺達は急がないといけない。万が一間に合わなかった場合に、俺は自分を一生許せないだろう。
「覚えておけよハベル・クロア」
俺達はセルクを抱え隣の部屋から荷物を取り廊下に出る。
そして自分の迂闊さに呆れてしまう。
俺は道を知らない。すぐにさっきの部屋に戻ってが、すでにクロアとパルプの姿はなかった。
「やられた」
完全にクロアの手で踊らされ俺達は地下で出口もわからなくなってしまった。
俺達はしばらく地下をさまよっていた。
「セルクは起きないか?」
「全然起きる気配はないね」
一時間ほどさまよっているが、フィルに背負われているセルクが起きる気配はない。
「結構広いね。それに同じ景色だしどこに行けばいいのかわからないよ」
結構逼迫しているのだが、フィルの間延びした話し方のおかげで少しだけ落ち着く。
「研究所はこういう造りが多いぞ、侵入者を迷わせるようにな。ここを見てみろ」
「変なマークがあるね」
指さす先にあるのはバツ印が書いており、フィルもそれをのぞき込む。
「これも迷わせる仕掛けだ、ここ以外にも何か所かあった」
「侵入者が付けた印とわからなくさせるため?」
「そうだろうな」
俺はその場に腰を下ろすと、フィルも隣に座る。
流石に一時間か、クロアはもう脱出しているだろう。そうなると、出口を聞きだすのは難しいな。
「天井を壊すのは?」
「無理だろうな、まず硬い。それに深くて上にあるのが何かわからない。俺達だけで壊すのは難しい、セルクが起きてくれればまた違うけどな」
神の攻撃なら上がなんでも関係ない。どれだけの重さが降ってきても軽く防げる。
「セルク起きて」
何度かフィルがセルクの頬を叩いているが、弱く身じろぎする程度で目を覚まさない。
神の力が戻ればとアクセサリーを外してみても起きる気配はない。
「早く行かないと不味いんだけどな」
「特級じゃないなら大丈夫じゃない?」
「普通ならな、問題は元人間ってことだ」
「知能があるかもってこと?」
「そういうことだ」
俺はため息を吐く。
魔獣との単純な力比べなら人間に勝ち目はない。その差をひっくり返せるのは数と知恵。
囮も有効だし、罠にも簡単にはまる。
魔獣に知恵があるとそれが全てが無駄だ。その可能性は十分にある。なにせ姿は見せるのに発見はされていない。
「焦ってもしょうがないけどね」
「心配はするだろうよ。仲間だぞ」
「サーチはできないの?」
「無理だ、広すぎる」
お手上げの状況に俺は目を瞑り考える。
「ここが地上ってことはない?」
「可能性は低いかな、でも試してみるか? 確かに地下って言うのを目で確認してないしな。じゃあこのまま直進して突き当りを破壊するってことで」
わずかな希望を胸に俺達は歩みを進める。
そして数分で突き当りについた。
「じゃあ、やってみてくれ」
身体強化の魔法をフィルに使いフィルはそのまま全力で壁を殴る。
重い音を響かせ壁は崩れるが、穴が開くほどではない。
「アリルド位じゃないと歯が立たないか」
「厚さは測れないの?」
言われてやってみるがあまりの厚さに断念することに決まった。
「出口を探すほかないのか」
「ヒントは無いのかな?」
そう言われ改めて思考を開始する。
あいつらの歩いた形跡をたどれれば一番だけど、そんなのはどこにもなかったしな。
そういえばなかったんだよな。足跡も足音も痕跡は何一つなかった。
そうか、なんでこんな簡単なことに気が付けないのか。
「ご主人何かわかったの?」
「今回は俺の完全に負けだ。こんなトラップに気付かないなんて間抜けにも程がある」
「何がわかったのか教えてくれないの?」
「よし戻るぞ」
「まさかの無視だよ」
俺達は戦っていた部屋に戻る。
「いい加減教えてくれないの?」
「俺達は最初に痕跡を探して部屋を出て歩いたよな、それがまず間違い。最初からここに出口があったんだ」
「なんでわかったの?」
「痕跡は一切なかったのはこの部屋から出ていない。だから足音なんかも聞こえるはずはないんだよ」
そして、おそらく出口は死体が散乱する部屋にあるはずだ。
全部気づけたはずだ。
痕跡が無いことも、処理のために死体を出口付近に置いておく、そこの出入り口から連れられて来た連中はその光景に怒るだろう。
利便性を考えればここ以外に出口はありえない。
そして俺がここの部屋に入りたがらないのは、クロアにもわかっていたはずだ。
結果としてまんまとクロアを逃がし、俺達が駆けつけるのは遅れる。
「それで出口は?」
「そっちの部屋だ」
俺達は最悪の臭いがする中を進む。
わずかな湿り気と臭い、視界に入る汚れた白と変色した赤。
吐きそうになるのを抑え出口を探す。
部屋の最奥に階段があった。
長く上に昇る階段を見つけ、俺達は階段を上り扉を開けた。
そこにあったのは食糧庫のようだった。
麻の袋には穀物が満杯に詰められているだろう、野菜が種類ごとに並べられ、金属の樽にはミルクが詰まっているはずだ。
俺はその光景に唖然とし、ここに研究所を作った理由を察する。
奴隷をここで働かせる名目で連れてきて実験に使った。
最悪だが賢い手段に歯噛みしてしまう。
「急ごう。ここなら出口はすぐにあるはずだ」
「うん、ご主人大丈夫?」
「悔しい」
俺はそう言い走り出すとフィルも後をついてきた。
完全敗北を味わいながら俺達は泉の国フリューへ向け走り出した。




