モルモット
最初に動いたのはパルプだった。
瞬きをした瞬間を狙っていたのかパルプの姿が目の前から消える。
蹴られたおかげで壁際に居るのは運がいい、背後を取られるなんてことはない。そのまま死角を潰す様に壁際に動こうとした瞬間、パルプを視界に捉えた。
振りかぶる拳で俺を狙っていた。
「ふっ!」
パルプの拳が見えた俺はその手を捌きかけるが、違和感を覚える。
完全に避けないと。
そう思い寸前で避けるが腕は俺の服と皮膚をわずかに削る。
「よく避けたな」
そう言うと反対の腕でなぜか俺を掴む。
「くそっ!」
パルプは力任せに俺を引き寄せると、あろうことか口を開く。
人間離れした鋭い歯が無数に並ぶ口内に驚く。
咄嗟の判断だった。
俺はパルプの口に全力で頭突きを噛ます。
「ぐぼっ!」
俺の頭骨がパルプの歯を砕き、そのまま蹴りつけて距離を取る。
「流石クォルテ・ロックス。てっきり今の攻撃で死ぬかと思っていたけどよく耐えきったね」
そう言いながらクロアは紙に何かを書き込む。
「このくらいは当然だよな」
割れた歯を吐き出しながらパルプはそう言った。
「強くて聡明なクォルテ・ロックスはもしかして気が付いたんじゃないか?」
「そこのガキに他の生物を混ぜ込んだことか?」
早い動きだけじゃない、パルプの体の異変に気がついていないはずがない。
遠目でわかるほどにざらついた肌にさっきの牙は人ではありえない。
「パルプ、次は本気で殺しに行っていいよ」
その言葉にパルプの顔つきが獰猛に変わる。
そして動こうとした瞬間にパルプは一瞬足を取られる。
「足元は気をつけろよ」
俺はパルプの腹部に蹴りを入れる。
大したダメージは無いだろうが、体がわずかに揺らぐ。
「水……」
「抜け目ないよね、私が話している間にこんな仕掛けを仕掛けているなんてさ」
クロアにそう言われ、パルプは自分がされたことに気付いた。
床に水が流れている。ただの魔力から変換されただけの水。その水が俺からパルプの方に流れを作っている。
「ハンデだと思えよ、改造人間。こちとら真っ当な人間なんでな、小細工を使わないと怖くてまともに戦えないんだ」
「いいさ、それでも関係ないほどの力の差を見せてやるよ」
「来てみろよ、同じ相手に二回負ける悔しさを教えてやる」
虚勢を張るが、正直分が悪い。
触れると体を削られる可能性がある肌を持っている。それだけで十分に凶器だ、歯を折ったとはいえ当然全部ではない。次に捕まったら果たして避けられうか。
「行くぞ」
パルプはそう宣言するとふわりと浮いた。そしてそのまま机を破壊するとまた俺の視界から抜け出す。
カンと鳴る金属音でパルプの居場所を察知する。
俺はなりふり構わず前方に跳ぶ。
「水よ、剣よ、我が敵を断罪せよ、ウォーターソード」
避けながら水の剣を呼び出すと、背後からドンと壁が壊れる音がした。
今いる場所から更に横に跳ぶ。
「パルプ、クォルテ・ロックスの狙いは空中戦らしいよ。それでお前の動きを呼んで避けている」
クロアにたった二度の俺の動きであっさりと看破されてしまう。
本当にやりにくいったらないな。
「そうなのか、それならこれはどうだ?」
パルプは少し悩んだと思ったら唐突に壁を蹴り机ごと俺に突進を試みる。
ガリガリと床を抉りながら迫るテーブルに俺は咄嗟に横に跳ぶ。
机は檻にぶつかり四方に飛散する。
「これなら逃げられないよな」
パルプは空中で方向転換した。
それはベルタだからできる芸当、動く物体を足場に行う方向転換。
今のが空中で足場を作るためと今気づいた。俺を空中に移動させ、自分は壊れた床や木片を使っての空中移動。
パルプの拳が俺に向かって伸びてくる。それはパルプの中では勝利を確信するには十分な状況だった。
「パルプ、気をつけた方がいいよ」
クロアの声が聞こえた時にはフィルの足はパルプの背中を蹴りぬいていた。
「なっ……!?」
「フィルが起きている。言うのが遅かったか」
「お待たせご主人」
「今ので起きなかったらどうしようかと思ったぞ」
フィルの参戦で勝ち目は出てきた。
それはもちろんクロアが参戦しなければの話だが。
「よくもやりやがったな」
起き上がるパルプの顔は怒りに染まる。
目が血走り額には青筋が浮かぶ。
「お前が起こしてくれたんだぞ、そうじゃなかったら俺は危なかったからな」
「ああ!?」
「お前がフィルの牢をテーブルで壊してくれなかったら俺の負けだったって言っているんだよ」
そう言われ、自分が動かしたテーブルに目を向ける。
檻はテーブルによって折れ曲がりフィルが抜ける道を作っていた。
そしてパルプは自分が良いように使われたことに気が付くと、より怒りの色を濃くする。
「二人でも関係ない、ぶっ殺せばいいんだろ?」
「できるもんならやってみろよ」
水の抵抗すらも無視する突進に俺は反応もできなかった。
フィルに蹴られ、自分の意思とは関係なく動かされ事なきを得た。
俺の意思で体が動くようになった時にはパルプは壁を壊し部屋を広くした後だった。
「ご主人、煽りすぎだよ。これ結構不味いよ」
「流石に反省してる」
まさかこちらの反応速度を超えてくるとは思ってもみなかった。
魔力での身体強化をし次の出方を見る。
「ありがとう二人とも、これでパルプに足りない部分がわかってきたよ。よければさらに改善点があるなら教えてくれないか?」
クロアの言葉とほぼ同時に壁に亀裂が生まれ、弾け飛び俺達を襲う。
大きな破片を捌くが、小さな無数の破片は俺の体を打ち付ける。
「いってぇ、こいつの出鱈目っぷりも大概だよな」
神々には及ばないまでもこいつ自身十分に出鱈目だ。
ベルタってだけでも十分に厄介なのに、その上他の生物を混ぜ合わせそれを全て使いこなしている。
「流石にこんなじゃ致命傷にはならないよな」
壁だった個所を超えパルプが近づいてくる。
「フィル二人で一気に……」
取り押さえるぞ。そう言おうとした瞬間、不意に鼻に刺さる異臭がする。
それは薬品の臭いで、腐った臭いで、鉄の臭いで、汚物の臭い。
過去に嗅いだことのある最悪の臭い。
俺はパルプに背を向けクロアに飛びかかる。
「ビックリするじゃないか」
俺の攻撃を軽く避けたクロアはそう軽く言った。
「ふざけるな! こんな強烈な臭い、お前ここで何人殺した!?」
その臭いは死の臭い、それもただの死ではない。
実験され失敗して放置されて死んだ最低の臭い。
見なくてもわかる。奥の暗がりには人でなくなったものが無惨に捨てられているはずだ。
俺はその光景を見たことがある。
「臭いでわかるなんて流石ロックスだ」
俺の怒りは止まらない。
ありったけの殺意、侮蔑、嫌悪。全てを込めてクロアに再度攻撃をする。
「そう、怒るなよ。なんなら君が片づけてくれよ、私もこの臭いは鼻が曲がりそうで嫌いなんだ」
俺の攻撃を軽々と避けながら飄々とした様子で語り掛けてくる。
その様子がさらに俺の怒りを加速させる。
「水よ、鎖よ、罪人を捕らえろ、ウォーターチェーン」
「この鎖でゴミを纏めたらいいんだね。親切にも程があるね」
そう言いながら水の鎖をあっさりと避けるクロアに、俺は水の剣を真っすぐに薙ぎ払う。
クロアは避けた勢いをそのままに足で俺の顔を蹴りつける。
自分の撒いた水に落下し俺は全身を濡らす。
「そう言えば水って臭いを蓋してくれるんだっけか、今度から捨てるのは面倒だけど捨てる様の溜め池でも作ろうか」
クロアはそう言うと改めてテーブルに腰を掛ける。
俺はすぐに立ち上がり余裕を見せるクロアに殴りかかる。
俺の拳はクロアの手に止められる。
「その目は凄く好きだよ。血走っていて恨みを全て私に向けている。そう言えば実験に使った連中もそんな顔していたな」
開いている拳で殴るがあっさりと捕まり、すぐ蹴りに移行しようとするが、俺の行動よりもクロアの方が早かった。
クロアの足先は俺の鳩尾に的確に突き刺さる。
俺は再び床に落ちる。
「君がカルラギークに来ていると聞いて、警戒していたんだけど必要なかったね。わざわざここに連れてくる必要はなかったな」
クロアは俺に近づき踵で俺を踏みつける。
「君は何と混ざりたい? 水だから水棲生物がいいかな、それとも這いつくばるのが好きなら虫にする?」
「ご主人から離れろ!」
何度も踏みつけられ意識を失いかけていた時、その声と共にフィルがクロアを蹴り飛ばした。
「大丈夫? 意識はある?」
「ああ、大丈夫、起きてる」
フィルの顔は汚れていた、埃と無数の傷が見えた。
所々、服は裂けその部分から出血もしている。
「じゃあ、立てるよね」
そう言うとフィルはすぐに背中を向く。
それと同時に鈍い音がした。
「よそ見とはいい度胸だな」
パルプがフィルとぶつかっている。
パルプが触れた部分が削られフィルの体に擦過傷をつける、そのフィルの姿に俺は落ち着きを取り戻す。
その触れることを中心に戦うパルプの動きに、遅まきながらパルプに混ざっている生物がわかった。
「フィル、速攻そいつを潰すぞ」
「私は無視するのかい? 折角見ていたのに喧嘩を売られたら買うよ」
俺はその言葉を無視して打ち合うパルプへ攻撃する。
「疲れただろ、あっちの相手を頼む。このサメ小僧は俺が引き受けた」
「どっちも難しくない?」
そう言いながらもフィルはクロアに向かって行った。
「ボロボロのお前に負けるとは思えないけどな」
「いや、さっきよりよっぽど調子がいいから気にするな」
「そうかよっ!」
パルプは一直線に向かっては来ない。
それは攻撃のタイミングがわかれば対応されることをミスクワルテで知ったから。
こちらの間合いに入る直前に体がわずかに右に傾く。
そしてこちらの視界から消える。
それなら俺がやることはただ一つ、避けた方に足を出すだけだ。
「ぐはっ!」
タイミングを合わせて出した俺の足は、パルプの腹部に深く突きささる。
「さっきよりは、強いだろ」
「ふざけんな!」
即座にまた視界から消える。
背後には檻、左にはフィル達が戦っている。
それなら意表を突くために上に跳ぶ。
俺は右に避けるとさっきいた場所にパルプが降りてくる。
俺に噛みつこうとしたのか、わざわざ頭を下にしている。
そうなれば俺のすることは一つだった、パルプの顔を全力で蹴りつける。
ベルタの強靭な骨は折れることなく、限界まで曲がったまま檻にぶつかる。
受け身もないままにパルプはそのまま崩れ落ちた。




