王との戦い
「今日は、流石に何もないよな?」
昨日は結局二人に挟まれ色々とわがままをを聞いていたら、一日が終わってしまったため、決行は本日となりました。
「はい……」
「調子に乗ってしまいました……」
流石に、昨日はわがままを言いすぎた……と俺の前に正座で反省する二人の頭をつい撫でそうになるが、昨日と同じ結果になってしまうので自重する。
「倒す必要はなかったらしいけど一応盗賊も捕縛したし王に援軍はない」
唯一ルリーラの攻撃を避けていた男は、本当に助けに行くつもりはなかったようで意識が戻った後に王について色々と教えてくれた。
「まず、アリルド王の戦闘スタイルだが、主に物理攻撃だ、魔法は身体強化と距離を測るためだけに使っているらしい」
なんでも、アリルド王がアリルド国に来る前から、下で働いていた経緯があるらしく何度か戦闘を見たことがあるらしい。
その際に自信の持つ巨体を生かし、腕力のみで敵を倒して来たとのことだった。
「それって信用できるの?」
「それはわからないが、何も指針がない中やるよりはマシだと思っている」
それに、あの体格で魔法のスペシャリストです。と言われたほうが疑ってしまう。
「それと何か隠し玉はあると思った方がいいだろう。腕力でどうしようもない敵に放つ大型の魔法とかな。だから今回一番負担がかかるのはルリーラってことになるんだが、平気か?」
「平気。むしろ望むところだよ」
近接の動きを止めるのは近接がもっとも簡単だ。
ベルタであるルリーラなら体格差があっても対等に戦うことはできるはずだ。
「だから俺とアルシェは全力でバックアップをする。アルシェは適宜身体強化と目くらまし用の魔法。俺も魔法と近接で注意をルリーラ以外にも向けさせる」
これが俺が今作り上げることのできる作戦だ。もう少し人数がいれば打つ手はあるが三人だとこれが限界だ。
「じゃあこれで終わりだ。行こう」
凸凹として歩きにくい道を進み城を目指す。
城が近づくにつれ、三人の間に流れる緊張感が増していき、みんなの顔が強張る。
お互いに張り詰めていく緊張をほぐす為に普段通りの会話を心がけていく。
そんな決戦前の状況を少しは考えていた。
「アルシェ、そんなにくっついたらクォルテが歩きづらいでしょ」
「ルリーラちゃんこそそんなに腕引っ張ったらクォルテさんの腕が取れちゃう」
アリルド王との対決との前になぜか俺の争奪戦が始まっていた……。
右手にルリーラ、左手にアルシェがぶら下がり、似たような会話が宿を出てから延々続けられている。
「二人とも緊張とかはないの?」
「ないよ」「ありません」
何と頼もしいお言葉だろうか……。
普通は緊張で体が硬くなるのに。
「いっつも、ルリーラちゃんがクォルテさんを独り占めにしてるんだから、今日は私に譲ってよ」
そう言って、アルシェに引っ張られると、俺の右腕は豊満な胸に挟まれる。
「嫌だ! クォルテと手を繋ぐのは私なの」
そう言って、ルリーラに引っ張られると左腕がルリーラの体に抱き込まれる。
そんな風に体が左右に振られ、歩きにくい街道はより歩きにくく体が辛い。
更に周りからは、可愛い女の子二人に取り合われているせいか、男女ともに視線が痛い……。
数日前に市場でも同じ目にあっているし、、俺このままアリルド王に勝っても王として認めてもらえるんだろうか……。
「ああーもう、二人とも離れろ!」
俺の一声で二人とも素直に離れた。
「アルシェがおっぱい押し付けるから」
「ルリーラちゃんが強く引っ張るからだよ」
「二人とも緊張してるからって喧嘩はしない」
昨日から妙な感じなのは、おそらく緊張しているからなのは流石にわかる。
体が硬くならずに、体を動かして緊張を解そうとしているのもわかる。
ただ、それに俺を使わないでもらいたい。
「はい……」
「ごめんなさい……」
「緊張してるならしてるって言えよ、ほら手は握っててやるからその代り引っ張り合うなよ」
今度は二人とも取り合いはせずに俺の手を握る。
二人とも緊張で手が震えている、その震えを止めるように俺は小さな手を強く握る。
「じゃあ行くぞ」
門番の居ない重厚な城門は俺達にこれから戦う相手の強大さを如実に表している。
門を開くとそこにはアリルド王が仁王立ちで立っていた。
「アリルド王!」
衝撃的な状況に即座に臨戦態勢をとる。
ルリーラを前衛に俺とアルシェは即座に後ろへ下がる。
不味い、玉座にいると思い込んでいた王との予期しない展開に頭が混乱してしまう。
なんでこんなところに? 盗賊の捕縛から一日置いてしまったことへの猛烈な後悔が俺を襲う。
やはり昨日のうちに? いや昨日だとこちらの連携が取れないままだった、そんな状況での戦闘は出来るだけ避けたかっただが……。
こんな時に後悔なんてするべきではないと、頭ではわかっていても津波の様に押し寄せる後悔に脳が埋まる。
「遅かったな、入れ」
緊張を破ったのは俺達ではなくアリルド王だった。
「やはりお前達か、昨日は何をしていた?」
圧倒的な強者であるアリルド王は、久しぶりにあった知人の様に俺達に話しかけてくる。
「なんのつもりだ?」
「質問は俺がしているはずだがな、今日は気分がいい答えてやろう」
本当に上機嫌なのか、王は笑みさえ浮かべ会話を繋げる。
「お前達が私の配下を倒したのはわかっていた、それは当然俺との戦いを視野に入れてだろう? ならば私のすることはここでお前達を待つことだ」
反逆者である俺達をむかえるためと、言ってのけるアリルド王の剛胆さに俺は言葉を失う。
「立ち話もよくはないだろう、歓談室に向かおう俺の質問はその途中にでも聞かせろ」
反逆者とわかっている俺達に、王は背を向け先に進む。
そんな異常な事態に俺は考える。
罠か? いやそれならもっとうまくやるだろう。違うそうじゃない、こいつは奇襲をされてもそれを退け勝つ自信があるんだ。
完全に俺達を下に見た言動に俺は歯ぎしりをする。
「何をしている」
「今行きます」
小さく一呼吸する。
そうだ油断してくれるなら大いに結構、俺達はお前を倒してこの国を手に入れて見せる。
「ルリーラ、周りを確認してくれ」
ルリーラん周囲の警戒をささえながら俺達はアリルド王の後ろを着いていく。
「してお前達は何をしていたんだ?」
「休息ですよ、どんな戦闘でも前日に休むようにしています」
本当はルリーラとアルシェのわがままを聞いていただけなんだが、それを言って機嫌を損ねるのも得策じゃない。
「そうか、疲れがあってはいい試合は出来ないからな。いい判断だと思うぞ」
いい試合か、俺達が負ける前提の言葉にもはや怒りすら通り越してしまう。
「ここだ」
案内された歓談室は、歓談室と呼ぶにはあまりに広い。
模擬戦を行えそうな広さに、申し訳程度のテーブルとソファーが辛うじてここが歓談室だと教える。
「適当に座ってくれ、何か飲むか?」
俺達を座らせ王はティーセットを持つ。
「王自ら入れるのですか?」
「普段は従者に頼むのだが、今日は全員休みを与えた。だから今この城には俺しかいないからな」
そう言って人数分のカップを用意する。
「俺達は結構です。敵地で何かを頂くのは危険ですからね」
「それもそうだな、敵地で平然と飲食物を受け取るのは思慮が足りないからな」
そう言うとカップ一つにだけ紅茶を注ぎ、アリルド王も席に着く。
アリルド王は、そのまま一口で紅茶を飲み込む。
「そわそわしていかんな王の座に着いてから初めての挑戦者だ」
「でしたら、俺達があなたに最初で最後の挑戦者ってことですかね」
その言葉にアリルド王は獰猛な獣の様に笑い、カップの柄を握りつぶしカップは床に落ちる。
「すまんな、あまりの嬉しさに感情が抑えきれん」
「お気になさらずに」
「してどこでやる? 外か、玉座か? それともここがよいか?」
獰猛な獣は王としての品位を無くす。
血に戦に闘争に飢えた野獣は、殺気を全身から隠すことなく発する。
空間が歪んで見えるほどのありえない殺気に、俺達三人は後ろに飛び退く。
「そうかここでよいか」
満足気な王は徐に立ち上がり両手を広げた状態で棒立ちする。
「先手は譲る、ほれお前達の力を俺に見せてみろ!」
城が震える様な低い叫びを合図に、動いたのはルリーラだった。
床をへこませての全力の突進は、俺の目には映らないままアリルド王へ向かう。
俺の目にルリーラが映ったのは、ルリーラの拳が王の腹部にめり込んだ姿だった。
「お前はベルタか、俺の肉の鎧を初撃でこうも容易く突き抜けるとは準備は万端か。だが不用意すぎる」
「抜けない!?」
王の巨体を貫いたルリーラの右腕は、筋肉に取り込まれてしまう。
「水よ、貫く槍となれ、ウォーターランス!」
身体を突破できないと判断した俺は、筋肉の無い目を目掛け水の槍を放つ。
「むっ」
流石に危険と判断したアリルド王は飛んでくる槍を手で受け止め握りつぶす。
その隙を使いルリーラは力一杯に脱出をする。
「あのおっさん強い」
「おっさんって」
仮にも王なんだけどな。
「私たちが勝てばただのおっさんだよ」
「ふはは、その小娘の言うとおりだ」
愉快そうに笑うアリルドは戦闘態勢をとる。
前傾姿勢でルリーラが最初の突進をするときと同じ構え。
「小娘よ、止めて見せろ。できなければその男と後ろの女が散るぞ」
脅しをかけたアリルドが床を蹴り破裂させる。爆発が起きたと思うほどの踏み込みに城が揺れる。
俺達の前に出たルリーラは床に足をめり込ませ正面から受け止める。
決して人間同士のぶつかり合いとは思えない低く重い音を出し二人はぶつかる。
「流石ベルタだ、ここからは力比べだな」
「私はルリーラだ!」
両者の力のぶつかり合いは拮抗している。
巨大な怪物の足音を響かせ進もうとするアリルドを、ルリーラは床に悲鳴を上げさせながら耐える。
その時間に俺とアルシェも動く。
「水よ、龍よ、水の化身よ、わが敵を喰らい貪れ、その魂を地の底に送れ、災厄の名を背負いし者よ、我の命に従い顕現せよ、水の龍アクアドラゴン」
俺の持てる最大で最強の魔法。龍の魔法をアリルドへ目掛け放つ。
「ルリーラ、抑えてろ」
「なるほど、流石に直撃は不味いな」
そう判断したアリルドは、体格差を利用し、軽々とルリーラを地面から引き抜く。
「耐えて見せろよルリーラ!」
何をするかと思った瞬間、水の龍に対してルリーラをたたきつける。
「ぐはっ!」
強靭な鱗を持つ水の龍にたたきつけられたルリーラの口からは、空気が強制的にはじき出される。
そのままルリーラを放り投げたアリルドは、一瞬怯んだ水の龍の凶器とも言える口を両の手で掴み左右に引き裂く。
「こんなに簡単に裂けるとは修行不足じゃないのか?」
「水よ、龍の姿を持った水よ、敵を包め、ウォータースフィア」
水に戻る瞬間の水に二度目の呪文をかけアリルドを包み込む巨大な水の球で包み込む。
「そのまま溺れろ」
「炎よ、熱よ、水の球を熱せよ、ハイヒート!」
水の球にアルシェの魔法で熱を加え急速に温度を上昇させる。
煮えたぎる水の球なら王も音を上げるかもしれない。
「ルリーラ大丈夫か?」
「痛いけどまだ平気」
倒れているルリーラを助け再びアリルドの方を向く。
「どうだ、その中なら自慢の力も役に立たないだろう?」
そう告げた瞬間アリルドは笑う。この程度かとこちらを嘲笑う。
次の瞬間にはアリルドの手に魔力が貯まる。
自信満々の顔には一瞬でこの状況を打破する算段があることを告げる。
「アルシェ次だ」
次の作戦のため二人で詠唱を始める。
「水よ、無数の槍よ、逃げ出さんとする敵を捕らえよ、ウォーターランス」
「炎よ、爆炎よ、拘束から逃げ出さんとする罪人を捕らえよ、フレイムウィップ!」
呪文と同時に魔力を帯びたアリルドの手は、水の球を突き抜け左右へ力任せに引き裂く。
そのタイミングに合わせた俺とアルシェの魔法がぶつかる。
数十放った水の槍は数本のみが刺さりアルシェの炎の鞭はアリルドを捕縛する。
「伸びろウォーターランス」
「焼き尽くせフレイムウィップ」
水の槍はアリルドの体を貫き炎の鞭は体を焼き続ける。
「中々に面白い」
魔力を纏っているアリルドは炎の鞭を軽々と引きちぎりこちらに向かってくる。
「プリズマか、お前は素晴らしい連中を仲間にしているな。地よ、無数の弾となれ、ロックブラスト」
アリルドが呪文を唱えると壁と床が数十個のこぶし大の石の弾に変わりその全てがこちらに向かってくる。
「受けます。炎よ、我らに近づく異物を燃やせ、フレイムウォール」
「耐えきれるか? プリズマよ」
「ルリーラ止めてくれ!」
こちらに一直線に向かうアリルドをルリーラは正面から受け止める。
「これならどうだ?」
アリルドの体が急に沈んだ。
その光景をついこの間見たばかりだ。ルリーラにもできることは当然の様にアリルドにもできるってことか。
「アルシェ! 壁を再展開しろ!」
俺の叫びが届いた時には、アリルドが蹴り上げた床がルリーラを乗せたままアルシェに向かっていた。
床だった石の塊はそのままアルシェ達を押しつぶす様に倒れ込み、アルシェの居たところで粉々に散らばっていた。
「次はお前だな」
そう言い、俺の方を見るアリルドに告げる。
「あのくらいで死ぬと思ってるのか?」
「ほう、ルリーラはともかくあの中でプリズマが生きて居れると思ってるのか?」
「思ってるよ。水よ、水の槍よ、敵を切り裂く剣に代われ、ウォーターソード」
貫いた槍は姿を変え細い剣に代わる。
それを合図に二人は瓦礫の中から飛び出してきた。
「まさか無傷とは」
瓦礫の下から無事な二人の姿に驚いたアリルドに、アルシェの魔法が着弾する。ただの火の魔力の塊だがそれを放ったのはプリズマだ。それには流石のアリルドも動きが鈍る。
その炎にまぎれルリーラは水の剣を掴む。
「おっさん、これで終わりだよ」
「切れると思っているのか!」
ベルタの力を知っているアリルドは、魔法が直撃するのを承知で全身に力を込める。
「簡単にいくとは思ってないよ!」
地面を蹴りあげ爆発的な突進力を使い、深く刺さった剣を持ち上げる。
「ぐぐっ!」
限界まで力を込めたアリルドに俺は近づく。
ちゃんと撃てるだろうか……、撃てなければ俺達は負けるかもしれない。
「水よ――」
「貴様!」
「――龍よ、水の化身よ、わが敵を喰らい貪れ、その魂を地の底に送れ、災厄の名を背負いし者よ、我の命に従い顕現せよ、水の龍アクアドラゴン」
終わったら倒れてもいい、生きていれば問題ない。
俺は本日二度目の最大魔法をアリルドに放つ。
アクアドラゴンは強靭で鋭い歯をアリルドに突き立てられ、アリルドは初めて苦悶の表情を浮かべた。
「ぐうっ! まだだ、まだ倒れんぞ」
「ここで倒れてくれればよかったんだけどな。アルシェ!」
「はい準備できてます」
満身創痍のアリルドはアルシェを見る。
「炎よ、爆炎よ、我の破壊の衝動を受け止めよ、敵を討ち滅ぼす衝撃を生め――」
「水の龍よ、汝を構成する存在にわかれよ、フォグ」
「――破壊の一撃、バーンアウト!」
水は燃えやすい気体へ変化しアルシェの最大魔法と混ざり合う。
「ルリーラ!」
掛け声で俺を抱えアルシェの元へ飛ぶ。
水の龍を構成する大量の水が全て燃焼の魔法を支援する火薬になり、全てを巻き込んだ瞬間目が眩むほどの閃光を放つ。
「水よ、爆風から我を守れ、ウォーターウォール」
耳が壊れてしまうほどの音と衝撃と熱を、水の壁は防ぎながらも蒸発し徐々に厚みを消していく。
完全に気化した壁を越える熱風が二人を庇う俺の背中を焼き始める。
「ぐっ!」
一瞬だけの熱風はすぐに止むが、歓談室の中はいまだに大量の熱を放出できずにいた。
「どうだ?」
目を開けると悲惨な光景があった。
衝撃に耐えきれなかった調度品は砕け溶けていた、壁と床は穴が開き所々液化していた。
そんな中信じられない者を見た。
「お前達……、こんな隠し玉を持っていたとはな……」
爆発の中心地に居たアリルドは原型をとどめ立ち上がる。
これでも倒せないのか……。
俺とアルシェは、今の爆発で動けそうにない。
辛うじて動けそうなのはルリーラ一人。
「ルリーラ、行けそうか?」
「多少なら」
満身創痍のルリーラは立ちあがり、アリルドと対峙する。
火傷が目立ち肺まで焼けているのか、呼吸が辛そうにアリルドは一歩も動かずその場で立ち尽くす。
「お前達の、勝ちだ」
そう宣言するとアリルドは大の字に床に倒れ込む。
巨躯のアリルドが地面に倒れ大きな音を立てる。
「うおおぉぉおお!!」
俺は勝利の雄たけびを上げた。