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マッドサイエンティスト

 現在の状況は三人共身動き不能、目を覚ましているのは俺だけ……フィルもセルクも起きない。

 手にはめられている枷は魔法なら即破壊できるが、そんなことできるはずもない。

 フィルなら壊せるだろうけど、それも今はあんまり現実的じゃないな。


「逃げられないことは理解できたかな?」


「いや、逃げる手立てくらいあるさ」


「神もどきのことかい? それとも隣のフィレール・シュガーのことか? それとも君に何かあるのかい、道具も何もかも取られている状況で」


「それは教えられ……今フィルの事をフィレール・シュガーって言ったか?」


 あまりにも当然の様に紡がれた言葉に俺は驚く。

 フィレール・シュガーが本当の名前なのか?


「言ったよ、フィレール・シュガー。風の神の眷属には有名だよ。黒い魔法使い、黒髪なのに自由に魔法を使い敵を殲滅する。有名人」


 黒い魔法使いという二つ名は記憶にある。だが、その異名はいつしか消えた。俺には関係ないからと調べることもなかった。

 それがフィルの事だったのか。


「なんだ知らなかったのか。それなら教えてあげるよ、黒い魔法使いの簡単な昔話」


 名前も知らない狂気の科学者は愉快そうに口元を緩める。


「勝手に人の過去を教えないでくれるかな、ハベル・クロア」


 話を遮りフィルの声が聞こえた。

 枷に繋がれながらもハベル・クロアというらしい科学者をにらみつける。


「おはよう、フィレール・シュガー」


「その名前で呼ぶな! あたしはただの奴隷フィルだ」


 どこか間の抜けた言葉のはずなのに、フィルの声は強く怒っている様に見えた。

 名前を無くし奴隷になった経緯が何かあったのは確かなのだろう。


「そう自分の名前を卑下するなよ、大事な名前でしょ。ご両親が付けたね」


「捨てた名前だから」


 フィルとの会話中クロアはこちらを向く。


「そうだった。そんな話じゃなかった」


 急にクロアの手に魔力が溜まりその魔力はフィルに向けて吐き出される。


「ぐっ!」


 ぶつけられた魔法は茶髪にしては強力で、フィルの体は壁に押し付けられ背後の壁は深く凹む。

 こいつ茶髪じゃないのか?


「あはは、お察しの通りだよ。ほら」


 クロアは髪を外す。

 茶色の髪の下には純白の髪があった。くせ毛なのか純白の髪は不規則な方向に跳ねている。


「それは……、反則だろ」


 髪は他人の実力を量るうえで重要な要素だ、それを偽ることは神が禁じており、バレれば神に罰せられてもおかしくはない。それなのに平然と俺の前で髪を外した。


「それで聞きたいんだけど、この状況で何か君にできるの? 逃げてみなよ自信があるんだろ? まあ、魔法を使えるなんて当然無理だけどね」


「なら試そうか」


 俺は指に嵌め隠していた指輪から水の剣を発動する。


「なんだ隠しているのは君もじゃないか、クォルテ・ロックス」


 発動した水の剣で枷を切断し両手の自由を取り戻す。


「逃がさないよ」


 フィルに向いていた魔法が今度は俺の方に向く。

 一直線にこちらに向かう風の魔法を下に回避し、足に繋がれている鎖も切断する。


「これで俺は自由だぞ」


 剣を構え改めてクロアに向き合う。

 こちらに気が向いたらしくフィルへの攻撃は止んだがフィルはダメージから気を失ったようだ。


「流石だよ、死線を潜っただけの事はある。そうだな気が変わった、私の実験に手を貸してくれる気はないかい?」


「実験? 悪趣味な品種改良って奴か? 断るに決まってるだろ」


「そう言葉だけで判断するなよ、気になるだろ人間の限界と可能性。他種族との融合でそれが叶うんだぞ、人は空を飛べる、海で呼吸ができる、馬よりも早く走れる、極めればベルタが魔法を使え、プリズマが腕力で岩を割れるかもしれないんだぞ。夢の様な実験だ」


 そう自慢げにクロアは熱弁する。

 自分の考えがどれほど素晴らしいかを伝えてくる。


「論外だろ」


 だが、俺はその言葉を一蹴する。

 ありえない妄言、現実不可能な戯言だと否定する。


「理由を聞いてもいいかな?」


「いいぜ、地上でさえ未だ領地を争っている人間が、今度は海や空でも同じように争うつもりか?」


「逆さ、地上で争うから空と海に出るのさ、足りないなら更に広くする」


 俺の反論にさえ嬉しそうに不気味な笑みを浮かべる。


「無限な土地なんてない、すぐに海でも空でも足りなくなる」


「平らに見るなよ、立体で見ろ、上にも下にもあるじゃないか」


「平行線みたいだから言わせてもらうぞ、俺は人体実験が大嫌いなんだよ、ハベル・クロア」


「最初からそう言いなよ、クォルテ・ロックス」


 俺が水の剣を握り一歩踏み出す。

 クロアの魔法が俺に向けられ、加減のない魔法は牢の鉄をへし折りながら俺に向かう。

 それを躱し開いた穴からクロアの元に向かう。


「風を避けるなんて、凄いじゃないか」


 俺の攻撃をあっさりと避けクロアは机を踏み台に後ろに跳ぶ。


「とっととここから帰らせてもらうぞ」


 俺はクロアの後を追い水の剣を振り下ろす。

 それも当然の様に避けられるが二撃三撃と攻撃をするが簡単に避けられる。

 こいつ、まさか白い髪を被っているってことはないよな、さっきの魔法の威力を考えるとありえない。単純に身体強化に魔力を回しているのか。


「強いね、今度はこっちの番かな」


 そう言った直後、テーブルに置いてあるペン立てからペンを無造作に抜きこちらに放つ。あまり早くはないが数が多く一歩後ろに下がる。

 こちらの動きに合わせ、クロアが突進してくる。

 白の戦い方じゃないだろ。

 足払いから始まりテーブルと棚を使い、徐々に上に攻撃が上がってくる。

 膝、腹、胸、首、頭と的確に狙い続けてくる。


「本当は黒髪でした。なんて言わないよな」


 頭まで攻撃で上るとそのままテーブルに着地する。


「当たり前だろ、こんなこともあろうかと練習しているんだよ。白髪は近接で楽勝なんて思っている連中を叩き潰すために」


「その気持ちだけはわかる」


 裏をかいてやりたいというのは十分に理解できる。そのために研鑽を続けているところは好感が持てる。


「相手の想像を超えてこそだと、君も思うよね」


 そのまま二発三発と攻撃を加えてくるのを俺は必死に防ぐ。

 当たらないのを見て再び筆記用具をこちらに向けて投擲する。

 たまらず後ろに跳ぶがクロアとの距離が変わることはない。

 俺は一度距離を取るために書類の束を投げつける。


「目隠しか、無駄だよ」


 クロアは風の魔法を放つ。

 魔法によって束は散るが、俺はすでに天井を蹴っている。

 そのままクロアに向かい水の剣を振り下ろす。

 全てを身体強化に当てる動きは、この一瞬に限り無くなる。

 その一瞬を狙った攻撃のはずだった。


「一対一じゃ勝てないよね」


 その言葉の直後、上下逆さまになっている俺の背中に激痛が走る。

 骨が軋む音、内臓にまで響く衝撃に俺は体勢を崩し無様に床を転がる。


「よくやってくれたねパルプ」


「そいつには借りがあるからな」


 少年の声に俺は辛うじて立ち上がる。

 何とか受け身を取れたらしく、ギリギリだけど骨は折れていない。


「見覚えがあるな、少年」


 闇色の髪でこの顔は闇の神の眷属だった少年。俺にやられた奴か。

 あの時とは違う雰囲気。笑顔が消えて殺意だけがその顔からはうかがえる。


「この前はどうも、今度は負けない」


「彼はパルプ。力が欲しいと嘆いていたから私が品種改良してあげたんだ。パルプ任せてもいいかな?」


「任せろ、寧ろお前は手を出すなよ」


「そういうことだよクォルテ・ロックスここからはパルプが代わる。私は彼のデータを取るのに忙しくなってしまった」


 そう言うとクロアは後ろに下がる。

 不愛想なベルタの少年はこちらを睨む。


「俺が回復するのを待っているのか? 来てみろよ、またあしらってやるよ」


「そうさせてもらう」


 パルプはそう言うと壁に設置されている棚をはぎ取り、無造作にこちらに投げつける。

 それを俺は真っ二つに切断する。


「これで終わりじゃないよな」


 俺は出鱈目さに冷や汗をかきながらも、不敵に笑ってやることにした。

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