不在の内に
「兵が少ないな、ここは神以外には落とせない城塞の国であろう?」
カルラギークに戻ってきた俺達に水の神はそう告げる。
城の周囲には水の神が言った通り衛兵が圧倒的に少ない。
確かに今は日も天高くに昇り飯時なのはわかるが、それにしても少ない。
「そうですね、数日前はそれこそありえないほどに多かったですよ」
だからこそ逃げながら城門を超えるのに苦戦した。
「ふむ、気になるところではあるが我は戻るぞ。誰にも言わずに出てきたのでな」
水の神は申し訳なさそうにそう言う。
「はい、ありがとうございます」
「何かあればこれに魔力を流せ、それでお前の居所はわかる」
そう言って手の平サイズの一つの玉を俺に授けてくれた。透き通るような青い透明な玉。
地の神に似たものを渡されたが、それとも少し違う気がする。
神が違えば神器も違うのかもしれない。
「流すだけでいいんですか?」
「それだけで我にそれの場所が伝わる」
どういう仕組みなのかまるでわからないが、神からの授かりものなので深くは考えないことにした。
「それでは、元気でな」
「ありがとうございました」
一言挨拶を交わすと水の神の姿は一瞬で消える。
「ロックスさん、お戻りになられたんですね」
「ああ、妙に人が少ないきがするのは気のせいか?」
水の神が帰り、俺達も宿に戻ろうかと思った矢先のことだった。
警邏中の衛兵に声をかけられ、現状を尋ねると予想外の言葉が返ってくる。
「気のせいではありません。昨日、フリューにて魔獣の姿を見たと連絡があり、カルラギーク軍と従妹のミールさん達は出立しました」
「は?」
一瞬、俺の頭はその言葉を理解するのを拒んだ。
「ですから皆さんは我らの軍と魔獣の退治に向かいました」
「昨日、だな?」
もしフリューへの道はそんなに険しくはないならセルクに運んでもらうか? いやそれは不味い、神だとバレてしまうかもしれない。なら歩いていくしかないか。
「合流したい、地図を見せてくれ」
「詰め所にあります」
言われ、俺達は詰め所に向かう。
木造の詰め所の中では数人の衛兵が待機しており、軽く挨拶を交わす。
「ご主人、情報が魔獣かもしれない。っていうなら、魔獣じゃないかもしれないよ。なんでそんなに焦ってるの?」
「十中八九魔獣だ。それも人造のな」
他の衛兵に聞こえないように俺が言うとフィルの顔が強張る。
「なんでわかるの?」
「タイミングと場所だ、俺達がいないのを見計らったようなタイミング。それにヴォール様がいないと断言したにも関わらずに出現した」
「スパイがいたの?」
「どうだろうな遠視の可能性もある。だがそこはどうでもいいんだ、問題は向こうに、何か俺達がいないうちに動かないといけない理由があったってことだ」
「ヴォール様に連絡は?」
「しない。ヴォール様が来るなら作戦は中止になるだろう。そして別のどこかに行くだろう」
少なくとも俺ならそうする。
そして水の国にも魔獣を放つ。それだけで水の神の足止めができる。自国と他国天秤にかけるまでもなく自国をとるだろう。
「魔獣の存在を確定させるためにも、俺達は合流しておかないといけない」
「変に焦りすぎないでね、ご主人は要なんだから」
「今は大丈夫だ」
頭は正常に働いている。
現状で考えれるのはここまでだが、先を考えるにあたっては不確定要素が多すぎる。
魔獣を作っているのは何者か、神が関与しているはずで、関与しているならどこの神か。考えれば考えるほどにわからなくなってくる。
「すぐに地図を出しますから。座っていてください」
衛兵はすぐに地図を持ってきてテーブルに広げる
「カルラギーク軍一行はこのルートで進んでいます」
地図上にコップが乗り、カルラギークから弓なりにフリューに進む。
「なんで遠回りしてるんだ?」
直線ではなく大回りで進行しているらしいルートに疑問を持つ。
「ここにはギアロがありますから。酪農の国ギアロです。家畜や作物があるので、軍の行進を嫌っているので仕方なくですね」
「魔獣が出た。と言っても無理なのか?」
「はい、向こうは風の神を信仰している者が多く」
神同士の敵対に呼応して信者も険悪になっているってことか。
「理由はわかった、それなら俺達くらいならいいんだよな」
「そうなりますね、少数なら問題は無いと思います。斥候もそこを通る場合が多いので」
「これなら一日の遅れは取り戻せる」
ルートの確認を終え俺達は一度宿に戻る。
必要な装備を持ちセルクの脚力で城壁を超えギアロを目指す。
道中は普段見ることのない景色が広がっていた。
辺り一面の酪農地帯。
草原の中を満足気に闊歩する草食動物。
馬や牛、鶏も思うままに草を食べたり走り回っている。
そうかと思えば柵を挟んで作物や果実が実る。
「パパ、これがらくのう?」
セルクは珍しそうに家畜や作物を見て、意味の分かっていない言葉を使う。
「そうだ。育ててミルクや卵を貰ったり、移動の時に力を借りたりしてるんだ」
「食べたりもするけどね」
あえて濁した部分をフィルはあっさりと伝えてしまった。
「お肉だ!」
「間違ってはいないけど、そう呼ぶのはやめような」
考えなしに食肉について告げたフィルを睨むと、わかりやすく目を反らした。
今度から馬車を見て「お肉が走ってる!」なんて言ったらどうするつもりだ。
それからしばらく酪農地帯を移動していると、目の前には馬車が倒れていた。
不穏な空気に俺達は慎重に近づく。
斥候の一団が誰かにやられたのか? いや、この馬車はカルラギークの馬車じゃない。
「大丈夫か?」
馬車の影に人がいないかと声をかける。しかしそこには誰もいない。
「逃げ――」
俺は意識を失った。
俺が意識を取り戻した時には俺の手は自由を奪われていた。
目を開ける前から俺の腕は上に上がっている。
吊るされている。
そう認識しうっすらと目を開けると目の前には鉄の棒が規則正しく並んでいる。
牢屋に入れられている?
その奥にはテーブルらしき物と棚らしき物があるように見える。
「いいのよ、起きていることを隠さなくても。どうせ逃げられないのだから。ね、クォルテ・ロックスさん」
女性の声に改めて目を開ける。
檻の奥では白衣の女性が立っていた。
茶色い髪は伸ばしっぱなしで手入れをされている様子もない。化粧とは無縁そうだが、決して若くはなさそうな女性。
「名のある学者ではなさそうだけど、何を研究しているんだ?」
テーブルに散乱している紙類に棚に並ぶノート、床に散らかる道具類。それに合わせてこの白衣の女性が居るということは、間違いなく実験施設。
ロックスの家で散々見た光景にどこの国でも同じ様な設備なのかと意味のない感想が浮かぶ。
気になるのは何の実験をしているのかその一点だけ。
あんな手で拉致をするんだから真っ当な実験ではないだろう。
「表向きは品種改良。より収穫ができるように、より美味しくなるように改良しているの」
「それは凄いな」
この流れは不味いだろ……、掛け合わせて新しい物を作る学者が人間を捕まえる理由は一つしかない。
「そうなると裏も同じかもね、こっちの方は人間の品種改良だけどね」
そうなるよな。そうなるしかないよな。
「より強靭な人間への改良。ひいては人間の魔獣化」
そう言って笑う科学者に背筋がゾワリとした。
最悪の狂気が俺の目の前に居た。
「最初は魔獣化を主題にして実験してたんだけどね、異端扱いされちゃったからこんな地下でやってるんだけどね」
ここは地下なのか、出口はあそこに一つ。
あそこに地上へ繋がる道があるのか?
「クォルテ・ロックス私の話聞いてる?」
「聞く耳を持ちたくないな」
「私は聞いてるのよ? どうしたら人間を魔獣にできるかを、君達がミスクワルテで神の造った魔獣に出会った君達にさ」
「っ!?」
どこまで知ってるんだ? いや、何を知っているんだ? 何が目的なんだ?
「やっと、余裕の仮面が取れたね。じゃあ、あちらのお二人を見てみようか」
視線の先には同じように吊るされたフィルとセルクが居た。
「フィルはもうすぐ起きると思うけど、隣の神もどきは起きれないくらいの薬を入れたよ。今日中には起きないかもね」
そう言って女の科学者はくつくつと笑う。
その姿は悪魔の様に俺には見えた。
「ふざけるのもいい加減にしろよ」
平和なはずの酪農の国で俺達三人は狂気の科学者に掴まってしまった。




