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神様のお使い

「じゃあ、俺達はこれから発つから。ミール後は頼んだ」


「わかりました」


 翌早朝、俺達は宿で荷物の最終チェックをしていた。

 旅ではなく伝令の側面が大きいため、その間の食料と多少の着替えの数が合っているかだけだ。


「探索の予定は四日後。最速で戻ってこれれば何とか間に合う算段だ。俺がいないのは国王に伝えているから、考慮はしてくれるはずだ」


「わかりました。それに合わせて私たちも準備をしておきます」


 カルラギーク王も神がいた方が心強いと言っていたし、時期を早める事はまずないだろう。


「じゃあ、行ってくるから無茶はするなよ」


 ルリーラ以外は元気に返事をしてくれたが、ルリーラは立ったまま眠るという器用なことをしていた。


「アルシェ、ルリーラの事よろしくな」


「わかりました」


 苦笑いのアルシェにルリーラを託し、俺達は外に出る。


「パパ、これを飛び越えてもいいんだよね」


「ああ、寧ろ越えてくれないと困る」


 俺とフィルはセルクに掴まる。

 そして力一杯に地面を蹴る。

 すると自分が巨大化したような錯覚に陥るほどに、家々が小さく変わる。


 つくづく規格外だ。

 一瞬見えた足元は大きく地面を抉ることはなく、足の形にだけ穴が開いている様に見えた。

 あそこまで一点に力を込めた結果がこの跳躍力。

 手の平に収まるほどに国が小さくなり世界を見渡す。

 果ての無い地面が続き、所々に点々と何かの塊が見える。


「すげえ……」


「世界ってこうなってるんだね」


 俺の漏れた感嘆の声にフィルは続ける。

 それ以外に言葉は続かない。

 普段はその大きさから世界の端を隠す山々、行く手を遮る広大な森、その全てがとても小さい。

 鳥でないと見ることが叶わない景色を眺めていると上昇が止まる。


「止まった」


 一瞬は止まってよく見えるようになったと喜んだが、それは落下の前兆であると理解した。

 なにせ俺の体を襲うのは内臓や血液の全てが上へと大移動を開始したからだ。


「セルク! このままだと俺達が死ぬ!」


「あたし達死ぬの!? うっぷ、本当だ、口から全部、出そう……」


 フィルのその言葉を最後に意識が強制的に絶たれた。


 目が覚めると、フィルとセルクが心配そうにのぞき込んでいた。


「俺、生きてる?」


 自分の体を確認し手足と頭が胴体と別れていないことを確認する。

 どうやら無事みたいだ、ここまで危険なら俺は鳥じゃなくていい。

 俺は一瞬芽生えていた空への憧れを刈り取った。


「ごめんなさい。パパ達が目を覚まさなくなるって思ってなかったの」


「ああ、いいよ別に、こうなるなんて俺も思ってなかったから」


 少しだけ幼さの残る言葉に俺はそう伝える。

 急激な降下にこんなことがあるのか、上がるときはそうでもなかったんだけどな。


「それで、ここは森か?」


 辺りを見渡すと気が鬱蒼と生い茂る森の中。

 木漏れ日の中俺達が落ちてきたであろう個所はぽっかりと穴が開いている。


「そうみたいだね。ご主人に場所を聞こうと思って」


「それならセルクの方がわかると思うぞ、セルク異常な魔力を感じるのはどこだ?」


 少なくとも四か所、多ければ六ヶ所だが二か所ほどは容易く省けるはずだ。


「あっちとあっち、それと、あっちも凄いのが二個」


「その中で俺と似た魔力はどれだ?」


 セルクは少しだけ悩みながら一点を指さす。


「じゃあそっちに向かって進もう」


「ご主人、またあれやるの?」


「今度は平気だ。魔力で覆えば何とかなるはずだ」


 今度は魔力を纏いながらセルクに掴まる。

 一点に強力な力を込めた跳躍は成功した。

 不安だったが無事に成功したたため、続けて跳躍を続けていく。


「そろそろ着くよ」


 移動は二日で終わった。

 何度か、休憩して進んだが予定よりも早い到着だった。


「正門はこっちだね」


 流石に主要国の壁を無断で越えることは問題があるため、フィルの案内で正門を目指す。


「久しいな、クォルテ。フィルも壮健そうだな」


 正門に着くとなぜか水の神が仁王立ちで構えていた。

 褐色の肌に龍のような大きな角、服から覗く手には鱗生えており、人ならばありえない海のような青色の髪。


「来た用件はそれの事か」


 水の神は顎でセルクを指し、俺はそれに頷く。

 なぜここにいるのかは聞かなくてもわかる。セルクほどの魔力が接近していたら流石に気になるだろう。


「事情は察した、我の部屋に行こう」


 瞬きの間に俺達は全員玉座の間にたどり着いていた。

 転移の魔法は相変わらずのようで一安心だ。


「まあ座れ、色々話もあるだろう」


 進められるまま席に座る。


「それで、我にいくつ程話があるのだ?」


 頬杖を突き、こちらを見つめる。

 どこまで知っているのか……、地の神の事がバレていた場合、俺はどうなるのか想像するのも怖い。


「至急の用が二つほど、それと地の神に会いましたよ」


「あの婆さんは我の事をなんと言っていた?」


「好意的ですね。とてもよくしてもらいましたよ」


 俺の言葉に隣のフィルが一瞬反応するが、すぐに顔を戻した。


「フィルの雰囲気とお前の言葉から何となく察した。安心しろ、我の蒔いた種のようだしな」


「悟ってもらえてよかったですよ」


 水の神も心当たりがあったようであっさりとこの話は終わった。

 これで俺の命が無くなることはないだろう。


「クォルテも、一夜の過ちに気をつけろよ」


 水の神は心底面倒そうにしている。


「あたしも理由がわかった」


「俺が殺されてしまうから口外するなよ」


 そう言って元気に挙手をする。フィルに俺は釘を刺しておく。


 話し終えようやく一番の重圧から解放される。

 これ以上は俺には無理なので、地の神が自力で水の神を落としてくれるように祈ることにしよう。


「それで残りの二つというより、セルクを抜かせば残り一つか。その一つはなんだ?」


「魔獣についてです」


 魔獣の言葉に水の神の表情は一変する。

 姿勢を戻し、体を突き出す。


「それは海辺の事か?」


「違います。目撃証言があるのは、泉の国フリューです」


 その言葉を聞いて水の神は目を閉じ考える姿勢を取る。

 数秒考えた後、目を開く。


「魔獣がそちらに流れたという話はない。だとすると、まずありえない」


「俺もそう思います」


「だが、確実に否定する材料はない。わずかな可能性があるせいで無視できず現状は我を頼るしかない。だが、可能性が低すぎて我の手を借りられず既知の仲であるクォルテに伝言を頼んだ。そんなところだな?」


「正解です」


 今のやり取りだけで完璧に言い当てられてしまった。

 これなら来てくれるだろうか。


「無理だな」


 やっぱりそう甘くはないか。


「確かに我とクォルテは友と呼んで差し支えはない。だが、すまない。神としてはいけないな」


 がっくりと肩を落とす。

 もしかしたら助けてくれるんじゃないかと、甘く考えていた。

 いつもの軽薄な感じですぐに終わらせよう。そう言ってくれるかもしれないと思っていた。


「悪いな、可能性の問題だ。我が出るほどではないがこの国は頻繁に魔獣に襲われる。それこそ一昨日にも魔獣の討伐は行った。だがそちらは、魔獣の出る可能性は限りなく低い。そうなると我が国を捨ててまで助けに行くことができない」


「その通りですね」


 特級の魔獣がもしも居たら動いてはくれるだろうが、ただの噂で動けるほど神は暇じゃない。もしも魔獣が居なかったとして、その間に魔獣に襲われていた。そんなことになれば神は信仰されない存在になってしまう。


「安心しろ、我はお前を見ている。もし本当に魔獣がいたなら教えろ。すぐに駆け付けると約束しよう」


 真摯な目に俺は頭を下げる。

 それほどに俺を買ってくれているのだろう。友として。


「それで、最後はこいつの事だな」


「はい、つい先日急に成長したらしくて、どうしたらいいかわからないので頼らせてもらいました」


 暇そうに辺りを見渡しているセルクは、自分が話の中心だと気づいたのか視線を水の神に合わせる。


「心配はいらないが、そうだなちょっと待っていろ」


 そう言うと水の神は席を立ち、奥の部屋に消えて行った。


「もう終わったの?」


 セルクは無邪気な表情を向け隣に座る俺の膝に頭を乗せた。

 その頭につい手を置いて撫でてしまう。

 白と黒の二色の髪は、つやつやとしていて撫でやすい。


「ご主人、上手くはいかなかったね」


「まあ、しょうがないさ。セルクの事が解決するならとりあえずそれでいいさ」


「セルク、どこかおかしいの?」


 セルクは膝の上から俺を見上げる。


「おかしくはないけど、みんながビックリしちゃうんだよ。それで嫌われたら嫌だろ?」


「うん、嫌われるのはよくないよね」


「ご主人って本当にパパっぽいよね」


「言うな、気にしているところだ」


 未婚のパパとかおかしいだろ、しかも年上の娘とか俺の正気が疑われる。


「友の娘にプレゼントだ」


 戻ってくるなり水の神はそんなことを言う。


「やめてください」


「娘なら六人居るだろ」


「今は一人増えて七人です」


 水の神の言葉にフィルが返す。


「そうなのか、やるなパパは中々テクニシャンだな」


「俺、そろそろ泣きますよ」


 水の神とフィルにからかわれ俺は軽く涙目になってしまう。

 男としてこの美女だらけで、手を出さないというのはかなりしんどいのだ。


「全員嫁にすればいいだろう」


「そこまでの甲斐性はないですよ」


 言っていてなんて情けないことを言っているのかと思うが、本当なので仕方ない。


「お前の心を知っているだけに無理に受け入れろとは言わぬがな」


「それよりも、何を取りに行っていたんですか?」


「これだ。これを着けておけば髪と目は誤魔化せる」


 机に置かれたのは一つのリング。


「でも、それは」


「気にするな神の見た目を変えることを罰する法はない」


 髪の色は相手を知るうえで、重要な要素の一つになっている。

 そのため髪の色を偽ることは禁じられており、最悪の場合は死罪になってしまうこともある。


「このリングは角につける。それで見た目は完璧に普通の人間と変わりない」


「セルク、これつけるよ」


 セルクは目を閉じる。

 俺は一度セルクの腕輪を外し、角を確認してからリングを着ける。

 するとセルクの髪は闇色一色になり、瞳も元の青色に戻る。


「さて、これで用は済んだな。どうする、手伝ってはやれんが送ってやることくらいはできるぞ」


「はい、城塞の国カルラギークまでお願いします」


「わかった」


 俺達は用事を終え早めにカルラギークに戻ることができた。

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