二手に分かれて その二
「こんな街中で決闘はやめろよ」
突然対決を申し出た二人に声をかける。
ただ聞こえてはいないだろうなと、俺は引っ張られ過ぎた腕を曲げながら話しかける。
「もちろんです、そんなことはしません」
「聞こえてるの!?」
「当然だ、旦那様の声が僕の耳に届かないはずはない」
それはつまり俺を無視してたってことだよな?
そんな言葉を飲み込み、俺は別の言葉を発する。
「それで勝負内容は?」
「兄さんのおもてなしで勝負です」
「ほう、それでそのルールは?」
確実に俺が巻き込まれるのはわかってはいたが、おもてなしの勝負ならまあいいだろう。
「簡単なことです、食事とプレゼントを二人で選び兄さんに渡す。それを兄さんが総合でどちらが良かったかを決めるだけです」
「いいだろう、受けて立つ。妻としての本領を見せてやろう」
「付き合いの年季なら負けません。兄さんの趣味趣向、体型の推移、それに合わせて変化した性癖や行動、好みについて私に勝てるつもりですか?」
なぜそこまで知っているのだろうか……。好みの変化とか俺自身でもわかってないところがあるんだが……。
「ではサレッドクインに先攻は譲りましょう、食事でもプレゼントでも好きな物からどうぞ」
「そうか。もちろん旦那様と一緒、二人きりとは行かないまでもこちらの邪魔をしない。そういうことでいいな?」
「もちろん、邪魔のない純粋な勝負ですから」
サラがあっさりと細かいルールを決めた。
とはいえ、すんなり受け入れた辺りミールにも作戦はありそうだな。
巻き込まれているとはいえ、もてなされるのなら悪い気はしない。
「では旦那様、先にプレゼントでもいいか?」
「おう、順番は任せる。そっちのプランに任せるよ」
お互いが勝つために策を練っているのは見ていて面白い。
まずは食事かと思っていたが、サラの作戦はこれからどうするのか楽しみだ。
「私はここでプレゼントを買う」
連れられて来たのは雑貨屋、見た目は正直言ってどこの国にもありそうな普通の古い雑貨屋。
てっきり特別な物かと思い身構えていただけに少しがっかりだ。
「私が選ぶのは常に身に着けることができる物だ」
「なるほど」
特別な物ではなく必要な物。好みを知っているというミールに特別な物では不利と判断しての日用品。華美ではないが堅実な物か。
それにそちらの方が自分に有利に働くことを理解しての事か。
俺が納得しているとサラはじっと俺を見つめる。
「どうかしたか?」
「足りないものを考えている。旦那様は必要な物は買っているようなのでな、自分で選んだものが被っては困る」
「そうだな、必需品って意味では一通り買っている」
その俺の言葉にミールはにやにやと笑っている。
兄さんは必要な物を買い忘れたりはしない。と言葉にしていないがそんな顔をしている。
「決めた、旦那様は色の好みなんかはあるか?」
「特にないな、ただ黒や銀が多いかな、どこにでもその色はあるしな」
「了解した。では少し待っていてくれ」
そう言うとサラは店の中に消えていく。
「兄さんは暖色系が好きですよ。赤とかオレンジとか、その中でも淡くて明るい感じが好きです」
「断言するんだな」
「ええ、今も戦闘に使うものは別として日常使うものは暖色系が多めです」
そう言われて考えてみると確かに多い気がする。
「なんでお前がそんなに詳しいんだよ」
「兄さんのことならなんでも知ってますよ」
「じゃあ、この勝負はお前の勝ちってことになるのか?」
俺の好み知っているのなら、この勝負結果は考えるまでもない。
「そうなるといいです」
自身がなさそうなミールに声をかけようとした時、中からサラが出てきた。
「待たせた、では食事に向かおうか」
「見せてくれないのか?」
袋を持っているということは仕上げがあるとかではないのだろう。なのにまだプレゼントを受け取れてはいない。
「食事と一緒に提供だ。料理も美味い店をさっき聞いてきた」
「それでプレゼントが先だったのか」
土地勘がないから地元の人におすすめを聞く、情報収集は大事だ。そのために長い間やっていそうな雑貨屋を選んだのか。
「旦那様は肉と魚はどっちがいい?」
「腹も減ってるし、肉だな」
「了解した、肉の美味い店はこっちだ」
路地を進み奥まった場所に一軒の店があった。
「ここだな」
「不衛生っぽいですね」
確かに年季が入った看板は汚れているし店自体も古びている。お世辞でも綺麗とは言えない。
「見た目はあまりよくないが、味は絶品らしい。今日の騒ぎの後に街の人間もここを押していた」
「そんなことしてたのか」
「当然だ。僕は見た目が女性としての魅力に欠けるからな、せめてこういうところを見せないと旦那様は振り向いてくれないだろ」
サラはそう言って柔らかく笑う。
正直俺から見るとサラは十分に女性だ。
凜としていて中性的だが、表情や仕草は十分に女性だ。
「おすすめは厚切りのステーキだ」
「ちょっと、それを全て食べたら私の食事が食べれなくなるでしょ!」
「これでおあいこではないか? ミールも私がプレゼントを選んでいる間に、旦那様の動きから欲しそうな物を探していただろう」
「うっ……、気づいていたんですか?」
なにか俺の知らないところで、自分が有利になるための工作は始まっていたらしい。
ミールがなぜ先攻を譲ったのか疑問だったが得心がいった。現在の好みを確認するために自ら後攻を選んだ。それを知っていて逆に食事を多く取らせ満腹にする算段をサラは立てていた。
なんでたかがおもてなしで、ここまで腹の読み合いをしているのかわからない。
「さあ、冷めないうちに食べてください」
肉の焼ける音が徐々に小さくなっていく。俺は勝負だしなと、ステーキを一口分に分け口に入れる。
熱いステーキは嗅覚を最初に刺激する。
刺激の強いスパイスが嗅覚から脳を刺激し、次いでスパイスの辛味と野菜の甘味が舌に広がる。
その肉を噛むとじゅわりと肉汁が広がり肉の旨味が辛味や甘味と混ざり合う。
表面の香ばしさ、味付け、焼き加減はどれも絶妙。
完璧に調理された肉を十分に堪能しそのまま飲み込む。
「美味っ!」
スパイスのおかげか飲み込んだ後に残るのは旨味のみで、肉の臭さは消えており次を寄こせと腹が催促する。
「私にも一口ください」
「おう、食え食え。この肉、滅茶苦茶、美味い」
行儀なんて考えられ程に頬張り次から次へと肉を胃袋に収めていく。
「本当に美味しいです。私でもそのサイズを食べれるかもしれないほどに美味しいです」
次から次へと口に運び食いきれるか不安だったが、そんな心配は無駄だったと付け合わせまで完食してから思った。
「とんでもない満足感だ」
背もたれに体を預け膨れた腹を撫でる。
「お腹も膨れたところで、プレゼントだ」
渡されたのは小さな箱。袋の段階で気づいてはいたがこの小さい箱には何が入っているのか。
その箱を開けると中にあったのは指輪が一つだった。
飾り気のない指輪は店の弱い光の元でも光輝いていた。
「これは?」
「精霊結晶の散りばめられた指輪だ。立派な物も持っているのは知っているが、それにはウォーターソードとか弱い魔法を入れておいてくれ。前線で戦うことが多い旦那様には、詠唱できないという事態がよくあるだろう?」
改めて見ると、確かに輝いているのは精霊結晶のようだ。
「それにその程度の精霊結晶ならアクセサリーで通るだろう? 身体能力が並みの茶色の私達にはそのくらいの護身がちょうどいい」
「ありがとう。これなら見た目も悪くないし、確かに役に立つ。詠唱できない時のために武器も買ったけど、今回みたいなことが無いとも限らないしな」
いざという時のためにこれは嬉しい。それにしても精霊結晶入りとなると値段も張っただろうに。
俺はもらった指輪を中指にはめる。
「これで私のおもてなしは終わりだ。さあ、ミール私に勝てるか?」
完璧だろう。と勝利を確信した目でミールを見つめる。
それを受けミールは目を閉じる。
勝負を諦めた顔ではないよな。おそらくは勝つための算段を立てている最中だ。
「いいでしょう、私もサレッドクインに負けない物を準備します。行きましょうか兄さん」
店を出た後でミールが向かったのは薬屋だった。
「ここでは何を買うんだ? 俺は毒魔法とかの使い方はわからないぞ」
毒魔法は中々に難しい。
殺傷を目的に使うなら水に溶くだけで十分だが、殺さずに使用する場合は知識が必要だ。用途に合わせた分量というのは全て計算で出される。ある意味で一番難しい魔法と言ってもおかしくはない。
「ここで買うのは毒ではないです。もちろん薬でもないですけど」
中に入るとラベルの張られた瓶が壁一面に並ぶ。
「私が兄さんに送るのはその指輪を消す薬です」
「消すって、溶かすってことか? それはちょっと貰っても使えないな」
プレゼント貰って溶かすなんて流石に酷いだろう。
「違いますよ、視認できなくするって意味です」
視認できないようにする薬。
そんな魔法があるんだろうか。
「その指輪は一見普通の指輪に見えますが、警備が厳重な場合には怪しいと没収されてしまいます。そうなってしまえば無意味な装飾になってしまいます。私からはその指輪自体に目が行かないようにする薬を送ります」
言われればそうだな、こういう装飾は外される可能性がある。ミールのプレゼントはその確率をゼロにする贈り物ってことか。
「それで、その薬って言うのはどれなんだ?」
「これです」
渡されたのは傷を修復する際に使う塗料。傷跡を隠すために使われるものだ。
「これの良い所は水に強い所です。お風呂に入っても落ちないそれをその指輪に付けて兄さんの指と同化させます」
さっそく代金を支払い指輪に塗る。
すると驚くほどに見分けがつかない。
「どれだけやっても完璧には消せませんね」
傷口なんかと違い指輪なせいでよく見ると隙間などが見えてしまう。
「いや、十分だろ。戦いの時にここ一本だけを凝視するってありえないしな」
「より完璧にするために何か考えておきます」
「僕のプレゼントを利用してのプレゼントはズルくないか?」
「口を出さないでください、それを決めるのは兄さんですので」
口実があれば喧嘩するなこいつ等。
呆れながらもミールが動き出す。
「さて次は食事です。期待してください」
流石に食事に関してはサラに軍配が上がるだろう。
さっきの肉で満腹の状態ではさっきの衝撃を上回ることは難しい。
「私が紹介するのはこのお店です」
「なるほど、デザートか」
さっきの肉屋とは違い、女性受けの良い外見。落ち着いていてお洒落、店員の服も綺麗だ。
「はいここなら少量で、強く残った肉の余韻を洗える食後の食事デザートです」
「デザートでさっきの満足感を敗れると思っているのか? 圧倒的な重量と完璧な味、少量のデザートで勝てると思っているのか!」
サラはさっきの店の噂しか知らないよな。それに俺のを食べてもいない。
なのになんでそんなに自信満々なのか……、満足感という点では確かにその通りだけど。
「見ていてください。毒魔法の使い手として計算は負けませんから」
自信満々なのはミールも同じか。
とりあえず言われるがまま店の中に進む。
席に案内されミールが注文を済ませる。
「どうぞご賞味ください。私が出すのはこの品です」
提供されたのは何の意匠もないただのバニラアイス。
流石の俺も言葉が出てこない。
「どうぞ、召し上がり下さい」
「それじゃあ、いただきます」
期待しないまま一口をスプーンで掬い口に運ぶ。
「美味い」
衝撃的な物は何もないただのアイスだ。それでも舌触りが滑らかで優しく淡い甘さが口に広がりバニラの香りがふわりと口で花開く。
じっくりと一口を楽しむとさっきまで残っていた肉の味は消え華やかなアイスの余韻だけが残る。
「どうですか? 暴力的な肉の後に頂く甘さは、まさしく甘美と言ったところでしょう」
「ああ、素直に驚いてる」
肉のおかげで猛っていた体がアイスの冷たさに落ち着いていく。
「極めつけはこちらのアイスティーです」
「それは二品になるんじゃないか?」
「こちらはセットです。さっきのステーキにも野菜が添えられていましたし問題ありませんよね」
ミールはにやりと笑った。
さっき肉を食べてからこの食べ物を選んだのか。
流石俺の従妹、相手の選んだものから自分へとつなげて一つの作品にした。
そのままアイスティーを受け取り口に含む。
アイスの残したわずかな甘みをアイスティーの味付けに使う発想力は素直に感心してしまう。
「これで終わりだな」
「兄さん、どちらが有能かこれではっきりしましたよね?」
「旦那様、ミールの使った手法は僕の完璧な計算あっての事だぞ」
「満足したので引き分けで」
ここまでしておいて最初から考えていた結末を口にした。
当然二人は呆然としていたが、大差がなければこの結末にするつもりはなかった。
「兄さん」「旦那様」
二人は不服そうな声で俺を呼ぶ。
「「優柔不断」」
二人の言葉でバッサリと切られ、俺達は宿に戻った。




