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逃走劇 その二

 兄さん達が出て行って一時間ほどでしょうか、来客が来たんです。


「ノックがしても誰も出ないんですね」


 フィル先輩もサレッドクインも動かないなら仕方ないか。

 ドアノブに手を触れた時に違和感を覚える。

 兄さん達がいないのは知っているはず、それなのに来るか?


「何か御用でしょうか?」


 ドアを開けないまま違和感を伝えるために声を出すと、二人も何かを察知してくれたのか身構えてくれる。


「憲兵だが、ドアを開けろ。クォルテ・ロックスに機密情報漏洩の罪がかかっている」


 兄さんが機密情報を持ち出そうとしている?

 そんなはずはない、それをする必要はない。旅の目的にもならないし、アリルドのためなら自ら情報を運ぶはずだ。

 諜報活動の罪ならまだしも漏洩。


「何をしている、早く開けろ!」


 ドアを全力で叩く。

 これは、カラ・シリウスの仕業と考える方が得策か。


「二人とも窓から逃げます。セルクを忘れないように」


 その言葉に二人は自分の武器を武器を持ち、窓を開けるが跳び出そうとはしない。


「どうかしましたか?」


 眼下には憲兵が十人ほど待ち構えていました。

 そして悪いことにドアも蹴破られ数名が部屋に入り込んでくる。

 右は森左は市街地、逃げるなら人の少ない森に……、いや違う。


「水よ、霧よ、我らを隠せ、ミスト」


 霧が生まれ一瞬で周りを飲み込む。


「出たらすぐに左へ、急いでください!」


 二人は迷うことなく私の意見を聞き入れ、窓から跳び出して左に向かい、私もすぐに後を追う。

 しばらく走り、空き家らしい建物に入りようやく一息つく。


「とりあえず、ここに居れば時間稼ぎくらいにはなるでしょう」


「ミール、一つ聞きたいんだけどなんで森じゃなかったの?」


「森は駄目です。人が少なく土は足跡が残りやすいです、足跡からは大体の身長体重に人数がわかりやすいので逃げ切るのは難しいです。それに比べて市街地なら足跡があってもそれが私達か街の人なのかはわかりにくいはずです」


 フィル先輩の質問に答えながらこれからの事を考え続ける。

 何も情報が無い今、無暗に動き回るのは愚策。それにさっきの人数は中隊規模。カラ・シリウスは中隊長でこの規模は動かせるはずだけど、ここまで連れてくる権限があるとは考えにくい。

 殺す、もしくは反撃できるなら逃げることはできるけど、それはやっぱり兄さんの足を引っ張ることになる。


「それでこれからどう動く? 兵がそれなりにこちらの市街地に入ってきた。あまり時間が無いように思えるぞ」


 外を伺っているサレッドクインからの進言に自分が追い込まれているのがわかる。


「そうですね、空き家だからと入りましたが、こうも埃が積もっていると追跡は楽でしょう。二人とも何を持ち出しましたか?」


「私は刀のみだ」


「あたしは短剣二本、それとセルクかな」


 私が魔法用に毒関連の物がいくつかだけ……、絶望的という他ない。


「方針としては兄さんとの合流を最優先にしましょう。このままだと事情が何もわかりません。ここからは速度を重視します。セルクは私が持ちます」


「それならあたしかサレッドクインが持つべきじゃない?」


「残念ながら私は二人ほど強くないので、私は体よりも頭を使います。そうなるとセルクは私が担いだ方がいい」


 これだけ騒いでいても目を覚ます気配がないセルクを抱きかかえる。

 このずぶとさは神ゆえなのかな。だとしたら少し羨ましい。


 未熟な私では兄さん程起用には動けない。動いて考えて実行するなんてできない。

 その思考を遮るように外で大きな音がした。


「何かありましたか?」


「塔から鳥が飛び出して来た。おそらく火の鳥だ」


 アルシェ先輩? だとしたらその着地点に兄さん達がいるってことだよね。


「おそらくアルシェ先輩です。どこに向かっていますか?」


 泊っている宿なら最悪ですけど、塔から飛び出して出るくらいだ、私達は宿に居ないと兄さんが気づかないはずはない。


「街中に降りたみたいだな、どうする落下地点に向かうか?」


 落下地点に向かうのは駄目、衛兵と遭遇する可能性が高い。

 兄さん達の狙いがわかれば行先もわかるけど……。


「ちょっと見せてください」


 サレッドクインを退かして外を見る。市街地の周りには何もない。


「兄さん達は真直ぐ市街地に降りましたか?」


「いや、多少蛇行しながらだな」


 蛇行しながらということなら、街の中に身を隠すつもりだろうか。

 兄さんがそんな消極的な行動に出る? それよりも元凶を捕らえるはず、つまりカラ・シリウスを捕まえに動くはず。

 それなら私にできることはその時間稼ぎ。


「フィル先輩、サレッドクイン。私達は盛大に暴れましょう、兄さん達は何かを探しているのでその手助けです」


 二人は武器を手に顔つきが変わる。

 逃げから一転打って出ることに決める。


「では、兄さん達の元に向かいます。さっき言ったとおりに私がセルクを――」


 セルクの名前を声に出すとみんなの視線がセルクに当然向かう。


「ここ、どこ?」


 でもそこに居たのはセルクではない。


「パパ達は?」


 着ている服、声、話し方。どれをとってもセルクなのに、容姿だけが変化していた。

 闇色の髪が白と黒の二つに分かれ、開かれた目は髪と対象の色に変わっている。

 それだけでも驚きなのに、十にも満たないセルクの体はフィル先輩ほどに成長している。

 ワンピースの服は上半身しか隠せず下着を隠せておらず、急な成長に下着は弾ける寸前まで伸び、辛うじて下腹部を守っている。


「フィルママ、ここどこなの?」


「え、えっと、ここどこなの?」


 成長し完全な大人の女性になったセルクは、相も変わらず未完成な子供の様にあどけない表情をする。

 普通の成長ではありえない共存することのない魅力にやられ、フィル先輩も頬を赤らめ困惑してしまう。


「ミールママ?」


 無邪気な魅了の矛先はこちらに向く。

 色の違う二色の瞳が私を見つめる。


「こ、ここは新しい国、今逃げてるから少し静かにしようね」


 完全と不完全が両立する美に私も言葉が詰まる。


「パパ達は?」


 年齢的に当たり前の幼い言葉遣いが、この美女から出ていると自分の中で開いてはいけない扉が開きそうになってしまう。


「今いないの、これから探そうと思ってるんだよ」


 開きかけた扉を閉じていつも通りを心がけるが、当然そんなわけにはいかない。

 自分よりも年上の容姿をした女性に子供に語り掛けるように話すというのは、倒錯感が凄い。


「じゃあ行こうよ」


「あっ」


 勢いよく立ち上がるセルクに限界まで耐えてくれていた下着は弾けてしまう。


「セルク、まずはお着換えしてからにしようか」


 結局街を知っているということでサレッドクインが服を一式買ってきてくれた。

 フリーサイズの黒いワンピースと下着の上下、それと髪と顔を隠すマント。

 それを身に着けようやく作戦を開始する。


「では、派手に暴れたいと思います」


「嫌だ、パパ達を探す」


 頬を膨らますセルはそう言うと、魔力を一気に放出させた。

 体全体を通り抜ける異様な感覚は間違いなくサーチ。

 それを詠唱もなく一瞬でやってのけた。


「いた!」


 それからは一瞬だった。

 私達を抱きかかえると、屋根を突き破り天高く飛び上がる。

 眼下には今しがたまで居た廃屋が豆粒ほどまでに小さくなる。

 雲に届くのではないかと思うほどに上昇するとそのまま急降下を始める。


「いやああぁぁああ!!」


 私の悲鳴なのか他の二人の悲鳴なのかそれさえもわからないほどに急降下していく中、一組の人影が見えた。


「そこ、退いてーーーーー!!」


 衛兵であろうと人を踏み潰すわけにはいかず、大声で非難を呼びかけ私たちは着地した。

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