カルラギークの夜
自分の体の不自然さに目を覚ました。
「目が覚めましたか旦那様」
甘えた声でサラの声が聞こえる。
「気分はどうでしょうか」
そう言われ、自分の体に感じる不自然さの正体に気が付いた。
身動きが取れない。
体を捻ろうとしてもぎしりとベッドと手足にまとわりつく物が軋む。
「僕は考えました。なぜ旦那様が僕に靡いてくれないのか」
予想よりも危ない現状に冷や汗が出てくる。
手足に巻き付くそれはザラザラと目が粗く、太い。
「旦那様は攻めるよりも、責める方が喜ぶのではないかと」
つまり現在俺は、サラに縛られて身動きが取れない状況になっている。
「サラ、俺にはお前が何を言っているのかわからん」
「旦那様は、ルリーラやらからのわがままにも耐えている。そこで僕は気が付きました。旦那様は責められるのが好きなのだと」
「その気づき方はおかしい。俺にそんな趣味は断じてない」
「ええ、わかっています。そのような趣味をお持ちなのをあまり知られたくはないのでしょう」
どうしよう……、今何を言っても聞く耳を持たない。
手足に縛られる縄は太く、俺の腕力では千切ることは不可能だ。
「僕はどんな旦那様でも、愛しています」
この問答無用な暴走にに頭を抱えたいが、残念なことに抱える手は縛られている。
「ストレスの発散のためにお手伝いしますよ」
パジャマの代わりにしているシャツの裾を捲る。
俺の腹部が夜の空気に触れる。
その腹部をサラは細く冷えた指でそっとなぞる。手慣れない動きのせいで爪が俺の皮膚にたまに触れひっかいていく。
その度に体がピクリとわずかに反応してしまう。
なんとか拒否しようにも手足は封じられされるがままの状態になる。
「このようにされるのはお嫌いですか?」
すすすとサラの白い指先が、俺の腹部から徐々に上に向かう。
軽くだけ捲れていた裾はサラの指に少しづつ上へと押し上げられていく。
段々とサラの指はすぐにシャツに隠れてしまい感覚だけが体を這っていく。
腹部から鳩尾、鳩尾から肋骨と見えないせいで、どこに触れられているのかがはっきりとわかってしまう。
「軽く引き締まり、適度な肉付き。鍛錬のほどが見えますね」
捲れていく裾はやがて俺の肌を覆わなくなり、俺の肌は胸筋まで晒される。
俺は男でたまに上着が無いままでいることもあるため、別段見られても恥ずかしくはないが、徐々に捲られているせいか恥部を晒すような羞恥心が生まれる。
「もじもじと可愛らしいですよ、旦那様。やはりお好きみたいですね」
サラの表情は、恍惚に染まっている。
身動きできない俺を辱める現状に酔っているのか、頬は紅潮しうっとりとしている。
「好きじゃないから、やめて欲しいんだけど」
「そうですか? 悦んでいただけていると思いますけど」
サラの指は胸筋の周りをもどかしい力でなぞっていく。
そのなぞりは徐々に回る範囲を狭めていく。
「中々お綺麗ですね」
胸の中心に近づきやがて触れる。
焦らしに焦らされたせいで、わずかにサラの爪が触れただけで体が反応する。
「やはり気持ちよかったのですね。どうぞ我慢せず私の責めを堪能してください」
サラの言葉が俺の耳に吹き付けられる。
今までも眠っている最中にこういう状況はあったが、それとも違う。
明確に俺の耳に語り掛けられる誘惑する一言。
全身に電撃が走る衝撃に襲われる。
「やはり、お嫌いではないですよね。次はどこに触れて欲しいですか? 唇ですか?」
そう言うとサラの指が唇に触れる。
唇を軽く愛撫するようになぞり細く長い指先は優しく口内に入ってくる。
「お口はお好きですか?」
わずかなしょっぱさ、サラの指の味が口の中に広がっていく。
噛み切るわけにもいかず侵入した指は俺の歯や舌に触れる。
「熱くて柔らかいですね。この硬いのは歯ですね。こちらの柔らかいのは舌、緊張していますか? 中が少し乾いていますよ」
実況されてしまうと否が応でもそこに意識が集中してしまう。
触れられ口内が侵されていく感覚はどうしようもないほどの屈辱感がある。
「そんなに舌を動かしてどういたしましたか?」
口内が異物を感じ取り俺の意思とは関係なく舌が動く。
サラの指先から味が消え、棒状の感覚だけが残る。
「旦那様の唾液に濡れてしまいましたね」
小さな水音と共にサラの指が俺の口から取り出される。
てらてらと唾液に濡れた指がわずかに糸を引く。
「もういいだろ、やめろ」
「何故ですか? 旦那様も楽しんでいらっしゃったのに」
「水よ、刃となり、拘束を解け、ウォーターソード」
水の剣は俺を拘束している縄を切る。
自由になった俺は体を起こす。
「やはりお嫌いでしたか?」
「いや、結構楽しかったけどな」
ああやって責められるのは新鮮だったのは確かだ。
「僕はどうしたら、旦那様の一番になれる?」
「今は無理だな。誰かが一番と決めるつもりがない。話したと思うが、俺は仲間達全員と世界を見ていたい。そしてそれが終わるまで誰かと伴侶になるつもりはない」
俺の気持ちは何も変わっていない。
旅の最初に決めた俺の最低限のルールを今更変える気はない。
「ルリーラみたいに助けて貰ったわけじゃない、アルシェの様にスタイルがいいわけでもない――」
突然の言葉に俺の思考はわずかに鈍る。
「――フィルの様に大人な対応はできない、ミールの様に過去を知らない、セルクの様に純粋で居られない、オレイカの様に技術がない、ここで一番強いわけでもない。そんな僕はどうしたら旦那様の一番になれるの?」
真剣な表情に涙が浮かぶ。
何よりも劣る自分はどうしたら一番になれるのか。
そんな卑下する言葉。
「一番だから好きになるわけじゃないだろ。まあ、決めないって言っている俺が言うのもなんだけどな。俺がルリーラを助けたのも何かが一番だったわけじゃない。可愛さとかだけなら囚われていた奴隷達の中に結構いたよ」
ロックス家の地下での出来事を思い出す。
子供のルリーラよりも大人で綺麗な人もいた。
「それでも俺がルリーラを助けたのは、なんて言うか、惹かれたから。ルリーラに世界を見せてあげたいって思ったからだ」
ルリーラのこの世の全てを諦めた瞳が俺の心を動かした。ただそれだけだ。
「それはルリーラを選ぶってこと?」
「違う。何に惹かれるかなんてのに理由なんかないってことだ。一番だから惹かれるわけじゃないってことだ」
「僕にも、チャンスはある?」
凛々しいサラは女性の表情を見せる。
「僕でも旦那様の一番になれるの?」
気丈なサラは懇願する。
「可能性だけで言えばな。なんて、だいぶ上から目線で何様かって話だよな」
俺は今サラに酷いことを言っている。
選ぶ気はないが俺に気に入られる様に頑張れ。
要約した結果自分が本当に何様なのかと問いたくなる。
「うん。旦那様のわがままに付き合えないようじゃ、妻としてダメだよね。旦那様は僕を選ぶんだからそれまでは我慢だ!」
サラは納得したように拳に力を込める。
そしてまたいつものサラに戻る。
「それで、今日のはどうだった、気持ちよかった?」
「ふざけるなって思った。だからとっとと部屋に戻れ」
サラを追い出し俺は改めて眠りについた。
翌朝、荷物を車に詰め直す。
結構気に入ったのだがここにな宿を構えるのは得策じゃない。
出かけるたびに門を超えるのは流石にしんどい。なので名残惜しいがこことは今日でお別れだ。
「ロックスさん、お迎えにあがりました」
「おはよう、こっちの準備もできてるからすぐに頼めるか?」
「了解しました!」
今日も元気で気分のいいハリスに案内を頼み三つ目の関所に向かう。
「昨日は日も暮れていましたし、あまり街並みを見てなかったですが色々な店があるんですね」
「はい。主にこの二つ目の壁の中が生活部分ですので、生活必需品などはここで全て揃います」
今日もミールや他のみんなの質問にハリスは律儀に答えていく。
「ハリス様は何でも知っているんですね」
「いやいや、この国での常識ですから」
何となく荷台から見ていると違和感がある。
妙にアルシェの方ばかり見ている気がするし、話しもしている。
隣に座っているんだからそれは当然のはずなのだが、やはり違和感がある。
「ハリスって憲兵、アルシェに恋してるね」
不意にサラが声をかけてくる。
「恋?」
「それはあたしも思ってた」
更にフィルが混ざってくる。
二人がそういうってことはそうなのか。
違和感の正体は態度か、アルシェの時とアルシェ以外で確かに違うな。
なんというか、顔がだらしなくなっている。
「ご主人はどうするの?」
「僕も聞きたいな」
「俺はどうするのがいいんだろうな」
アルシェがハリスだと決めたなら、それをやめさせるのは違う気がする。
そのための旅でもあるのだから。
ただ、やっぱり寂しい気持ちもある。
「アルシェも好きならその気持ちは尊重したいけど、やっぱり寂しい気持ちもある」
俺がそう言うとフィルとサラは顔をしかめる。
「「優柔不断」」
「反論できないな」
「あたしたちが出ても引き留めてくれないよ、きっと」
「寧ろ喜んで送り出されそう」
この二人の中で俺の好感度は暴落したらしい。
「寂しいものは寂しいよ、それが仲間なら誰でも」
本当にそれだけのことだ。
もしアルシェが本当にハリスを選ぶならその時は素直に見送ろうと俺は心に決める。
「三つ目の関所です。またあちらにお願いします」
次の関所に並ぶ人数に、俺達はまたかとため息を吐いた。




