カルラギークの検問
地の国を出発してから二日、前方には天に届くほどの塔が見え始めていた。
そして三日目には、塔を囲むような段々となっている城壁が見えてきた。
「アリルドよりも、城壁が小さい気がしますけど」
操舵席で操舵を続けるアルシェが、隣に座る俺に声をかける。
どうも振動が少なく眠くなるとのことで、この三日間常に誰かがアルシェの隣に座り話し相手をしている。
「それは当然だ、あまりにも城壁が高すぎると、塔の攻撃が十全に発揮できないからな」
「でも塔を直接狙われたら終わりですよね?」
「それが、城壁の役目でもあるな。城壁の上から塔への攻撃を防ぐ。城壁が壊される前に塔が敵を倒す」
「それは火の国でもやられたみたいだ、資料にも残っていたしね」
サラが話に入ってきた。
「魔法による障壁、大砲による迎撃、あの城壁は塔が正常に動作するためのものだよ」
「私なら、あの城壁を守るために攻撃してしまいますね」
「それが普通だと思うぞ、城壁は自分達を守ってもらう物、自分達が逃げ兵が駆けつけてくれるための時間稼ぎだからな」
守ってもせいぜい門を開かないようにするだけだ。
「だから陣形としては城壁の前に兵士、城壁、塔って陣形になるのかな」
「そこまで皆さんが知っているのに、いまだに負けが無いんですか?」
「向こうも秘策くらいあるってことだ」
「城壁も中々分厚いらしいし、そこにも仕掛けがあるんじゃないかと僕は考えているよ」
俺もサラもこんな基礎情報でこの国が負けるとは思っていない。
こんな情報は、俺が水の魔法を使いで特攻するルリーラを援護する。その程度の情報でしかない。
それで負けていれば俺達は今頃生きていない。
「隠し玉があるってことですか?」
「それか桁違いに兵隊が強いかだな。わかりやすく言うと、アリルドが数十人在籍している感じだ」
「……それはその、なんというか……」
流石のアルシェも納得したようで言いよどむ。
一度でも手合わせした連中なら誰もこんな顔をして言いよどむだろう。
「旦那様、それはないです」
「なんでだ」
「アリルド殿クラスの兵隊なら、城壁を築く必要は全くありません」
「ものの例えだって」
よほどアリルドに扱かれたのだろう。
俺もアリルドの扱きを受けるのは拒否している。
「門が見えてきましたね」
アルシェの言葉通り門が見えてくる。
それは普通の国ではありえないサイズの門だった。
大きいのではなく小さい。縦と横の幅が馬車が一台通れるサイズ。操舵を誤れば間違いなく壁にぶつかる。
「小さいですね」
「防衛のため、あの門の上にもう一段階大きなサイズの門があって、行商人の馬車の場合はそこから中に入る様になっているんだ」
「そうなのか、サラはよく知っているな」
俺はそこまでの情報を知ってはいなかった。
「火の国総帥の娘にして、クォルテ・ロックスの妻ですから。それくらいは勉強しています」
流石は大国の子女と褒めたいが、サラのその程度も知らないのかとアルシェを見下す視線に褒めるのをやめる。
「サレッドクインさんは凄いですね。私も勉強しているのですが、どうしても覚えられないんです。ご迷惑でなければ教えていただけませんか?」
「ああ、いいよ……」
サラは無駄に対抗心を抱いていたのか、素直に賞賛され呆気に取られてしまう。
普段喧嘩を売られたら買うルリーラが相手だし、こういう風にやられるのはやりづらいだろう。
相手のテンポをズラすということに関しては、アルシェとフィルが上手だ。
軽くサラの話を聞きながら馬車の並ぶ最後尾に車をつけ列が進むのを待つ。
「入国の理由はなんだ?」
最後尾についてすぐに憲兵の一人がやってくる。
「仕事です。おい、オレイカ起きろ出番だぞ」
「ん、ふあー、もう着いたの? ちょっと待ってね」
荷台が外から見えないのをいいことに、だらしない恰好をしていたオレイカは一度伸びをした後に、上着を羽織る。
ピコピコと頭の耳が動き操舵席に体を乗り出す。
「これです、ちゃんと地の神ガリクラの印もあります」
「お、おお」
小さな窓から乗り出したオレイカはだらしない服装だったせいか胸元が緩く、豊満な胸元が窓と自重に押しつぶされ全開になってしまっている。
憲兵も職務を全うしているが、流石に目を奪われてしまっている。
上着を着た意味がないな。
そんなことを思っていると、書類を見た憲兵が急に姿勢を正した。
「オレイカ・ガルベリウス殿でしたか。その特徴的な耳の魔道具気づかずに申し訳ありません」
姿勢を正し丁寧な言葉に変わる。
その光景にオレイカの凄さを知る。やはりシェルノキュリで一番の職人というのは伊達ではないらしい。
「こちらの方々は、仕事のお手伝いかな。通ってもよろしいでしょうか?」
「申し訳ありません。規律ですのでこのままお待ちください」
「わかりました。では入国しました城主とお話させていただいてもよろしいですか?」
「この者たちもでしょうか? そうなると難しいと思います。オレイカ殿だけでしたら」
やっぱり厳しいか、オレイカもこっちを見る。
俺は無理なら一人で頼むと合図をする。
「わかりました。ご挨拶ですし、私一人でも構いません」
「ご理解感謝します。では、一応ご希望の人数をお伺いいたします」
「そうですね、一応四人です」
「かしこまりました。それでは失礼します」
「お疲れ様です」
深く礼をして憲兵は門の方に走っていく。
「知ってはいたが本当に凄いんだな」
「僕もびっくりだ」
「これでもサラと同じく、皇女だよ。それにここには何回か来てるしね」
それから俺達の順番が来るのは早かった。
「オレイカ殿ご一行ですね。失礼ですが、荷物の確認をさせていただきます」
「はい、どうぞ」
俺達は全員車から降りる。
それと入れ違いに憲兵が数人入っていく。
「代表者はオレイカ様でよろしいですか?」
「それは王様、そこのクォルテ・ロックス氏でお願いします」
一瞬怪訝そうな表情を見せるが、言われた通りに俺の元にやってくる。
「クォルテ・ロックスさん、この書類にサインをお願いします」
「わかりました」
沢山の文字の羅列。
そこには注意事項と禁止事項が書かれていた。
ようは、禁止事項を破ったら国を挙げて殺しに来るってことか。
見たところ破壊行為や工作行為が禁止されているだけで見学程度なら問題はなさそうだな。
俺はサインをして憲兵に渡す。
「あなたはなぜ、オレイカ殿と一緒にいるんですか?」
「旅は道連れ世は情けって感じですね。旅をしている俺達と、気が合ったから一緒に旅をして依頼をこなす。変なことじゃないでしょう」
「あなたはどこかの国の王様なんですか?」
「まあ、アリルドの国王です」
その言葉に、検閲している全ての人間の動きが止まる。
俺は何か悪いことを言ったのか?
不安になりオレイカを見ると首を傾げられた。
どうやらオレイカも理由はわからないらしい。
「あなたがアリルドの現国王、豪傑のアリルド・グシャを下したあの」
「そうですね、私一人の――」
「凄いです! かの豪傑の王。我らが国王と対等に渡り合える人物を下したお方とは!」
「えっと……」
突然の歓声に今度は俺の動きが止まる。
失言かと思ったがそうではなく安心したが、安堵よりも驚きが勝っている。
「あの、そろそろ、進めていただけますか?」
「なんの騒ぎだ」
体が総毛立つような威圧感を携えた大男がやってくる。
俺よりも二回り以上大きな巨体。その巨体を堅牢な鎧で覆い兜により顔はわからないが、背にはその体躯に見合う巨大な剣。
突然現れた男の言葉に、憲兵は静まり返る。
「は、アリルド国の現国王がいらっしゃったのでつい騒いでしまいました」
「この男がか」
兜の奥に見える瞳は見定める目でこちらを覗く。
ゆっくりと背中の剣に手を伸ばす。
「なにしてるの?」
一瞬風が走り大男の肩にルリーラが乗っていた。
肩に跨り大男の手を掴んでいる。
二人の空気にその場の全員の動きが止まる。
「小娘、自分が何をしているのかわかっているのか?」
「そっちこそ殺気立ったまま剣を持つのはなんで?」
正直怖くて動くどころか立っているのも辛い、それでも動かないわけにはいかない。
「出会い頭に剣を抜こうなんて、カルラギークはどういう教育をしているんだ」
俺が動いたことにみんなが驚くが、もう止まる必要はないだろう。
「この門を通す通さないは俺の匙加減だ。無駄に刃向かうのはやめた方がいいぞ。先ほども動けない腰抜けが、貴様ごときがアリルドの現国王などありえん」
「あんた、大方昔アリルドに負けた口か」
その言葉に怒りが見えた。
やっぱりそうか、だから俺が通るのを許さないってことか。
そんな先を考えない奴にアリルドは倒せない。
「だろうな、見たところあんたは馬鹿そうだしな、門番というよりも暴徒の鎮圧って名目でこっちに流されたんだろ?」
「ほう」
見るからに怒っている。
逆上しやすいのか。それなら何の問題もない。
「ルリーラ、もういい」
「えっ、うん」
すっとルリーラが離れる。
「俺とやりあうつもりかか?」
俺は周りから人が消えた瞬間に水を大男に降らせる。
頭の天辺から水を被った大男の怒りが、鎧の上からでもわかる。
「何のつもりだ、小僧」
「頭が冷えないと話もできないだろ? それで、検閲終わりましたか? 仕事があるので早く入国したいのですが」
「殺す!」
巨大な剣を抜き振り下ろす。それを手の動きから変化もないただただ振り下ろす一撃。それを避けると地面に剣が埋まる。
「水よ、氷よ、敵の動きを止めよ、アイシクル」
次の瞬間には男は氷に埋まり動けなくなる。
「力の差がわかったか、こっちは暴れる気はない」
「俺に手を出したな、そういう行為は禁止事項だ! お前達こいつらを拘束しろ!」
「俺が何か壊したか? 誰かを怪我させたか? 俺がやったのは身を守るために捕縛した。それだけだぞ」
「こんな氷、すぐに壊してやる!」
しかしいくら動こうとしても氷はびくともしない。
「一番力が入らない姿勢だろ。攻撃直後で溜めもできない。その氷を壊すならその姿勢から脱出するんだな。ちなみにアリルドは凍った直後に平気で動く。断言するが、お前は死んでもアリルドに勝てやしない」
兜で顔は見えないが、怒り心頭なのは顔が見えなくてもわかる。
「問題ありません」
「じゃあ、通るから」
「覚えているよ、クォルテ・ロックス!」
「忙しくてそんな余裕はない」
門を抜け俺達は入国した。




