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アルシェとフィルの気持ち

 最近は一軒家を借りるようにしている。

 それは当然人数が多いからだ。

 今回みたいに、オレイカの紹介で安くなるという理由でもなければ一軒家、普通の宿屋でも最低三部屋を取っている。

 理由としては、現状を鑑みればわかるはずだ。


「今日はフィルか……、セルクもいるし……」


 毎夜毎夜誰かしらベッドに潜り込んでくる。


「フィルは、最近大人しくなったと思ってたのにな」


 専らルリーラかサラ、たまに寂しいという理由でアルシェとセルクがやってくる。ミールはルリーラを正妻としているだけあり来ていない。


「一応年長者だしね、遠慮してるんだよ」


「起きてるのか」


「起きそうな気配だったから、目を閉じただけ」


 いつものように間延びした声で、俺を抱きしめるために手を伸ばす。


「やめろっての」


 伸びる手を叩くとそのまま手を握る。

 柔らかく温かい手は、決して地面に穴を開けるような力を秘めているようには感じない。


「これくらいはいいでしょ?」


「わかったよ」


 フィルの笑顔は垂れた目がより垂れ、見ているとこちらの頬が緩むほどに幸せそうで、そんな笑顔を向けられたら頷くしかない。


「フィルは俺よりも策士だと思うぞ」


「たまにしか来ないのも、ご主人が断れないようにだしね」


「そうなのか」


 やっぱり俺よりも策士じゃないか。いや、俺が女に弱いってのもあるか……。


「あたしは、他の子ほどご主人を独り占めしたいってわけじゃないから」


「俺としては、そのくらいの距離感が嬉しいけどな」


 夜くらいは静かに寝ていたい。


「でも、やっぱり一緒に居たくないわけじゃないから」


「だから、そのくらいがちょうどいいって言ったんだよ」


 全員が向けてくれる好意は当然嬉しいし、好かれているから頑張れる。

 でも一人で居たいときもある。


「こうやって、ご主人を篭絡するのがあたしの作戦」


「完全に策に嵌ってる自分がいる」


 フィルといると疲れないから楽でいい。

 長年の知恵なのか決して近づきすぎない、暴走もしないわけじゃないけど理性的でいようとする姿勢がある。


「でも、たまにはこうしてもいいよね」


 完全な不意打ち。

 腕が俺の背中に伸び、そのまま俺の体はフィルの体に埋もれる。

 森の中にいる様な安心感のある爽やかな香りが、一呼吸で体に巡る。


「ぎゅうっ」


 フィルの匂いと体温、豊満で柔らかな丸みのある体に抱かれる。

 とくとくと規則正しい鼓動、このまま飲み込まれてもいいとさえ思える楽園。


「ん、んん……」


 その楽園から脱出するために、フィルの体を叩くとすぐに力を緩める。

 わずかに古ぼけた、埃っぽい空気を体内に取り込む。


「息できないよね」


「まったくだ、体格差を考えろ」


「さて、そろそろ戻ろうかな」


 わずかな衣擦れの音を立てベッドから出て行く。


「いや……」


 不意に背中に居たセルクが声を上がる。

 寝言の様でセルクはすぐに寝息を立てる。


「やっぱりもう少し一緒に居てもいい?」


「好きにしろ、俺は寝るぞ」


「うん、それでいいよ」


 フィルは改めてベッドに入り込む。

 流石に三人が横になるには狭い。


「それで、何か言いたいことがあるんじゃないのか?」


「あはは、ご主人の方がやっぱり上手でしょ」


 フィルは照れくさそうに、頬を掻いた。

 それからしばらく無言が続く。


「風の国って行くの?」


「それな、どうするか悩んでる」


「そうなんだ」


「もしかしてフィルって」


「そう、小さい頃は風の国に居た、まあ、すぐに別の国に売られたけどね」


 風の国、奴隷が最下層で奴隷なら遊びで殺してもいいとさえ思っている国。

 人権はもちろんないし、決められた場所以外に奴隷が立ち入ること自体を禁止している町もあるほどだ。


「じゃあ、やっぱりやめるか。あんまりためになる場所でもない」


 行っても嫌な思いをするだけの場所に、わざわざ行く必要もない。


「うん、今はちょっと待って欲しい。たぶんパニックになって迷惑かけちゃう」


「よし、それならやめよう。元からそこまで行く気もそんなになかった」


 世界中を見せると言ったから、神の居る国を見せようと思ったが、嫌がるなら行く意味はないだろう。


「それじゃあ、後数日観光したらアリルドに帰るか」


「うん」


「それじゃあ、寝ろ。今日はここで寝てもいいから」


 フィルの頭を軽く叩く。


「ありがとう、ご主人」


 フィルは体を丸くし俺の体に密着させる。


「おやすみ」


 いつものことながら自分の学習能力の無さが許せない時がある。

 きっとこれも作戦なのだろう。


 フィルは俺の体を完全にホールドした。

 セルクが俺の後ろで寝がえりをしにくい状態なのを確認し、俺の腕ごとフィルが捉え自分の元へ引き寄せる。

 楽園の中に埋もれ、辛うじて俺は顔を逸らし呼吸だけは確保できた。

 だが、吸い込む呼吸はほぼ全てフィルの成分で、呼吸の度に体内がフィルで満たされる。

 そして元から腕力も強く身長も俺よりも大きく、脱出ができない。


「ん、ぅん……」


 頭上では吐息と、寝言なのかわずかに湿り気のある音が聞こえる。

 こちらの身動きは封じているが、当のフィル本人は身動き自由で柔らかい肌を問答無用に擦り付ける。

 フィルの手は背中から腰、臀部へと優しく進む、それ以上下に下がれないのか下りた手はそのまま俺の腰に巻き付き自らに密着させる。

 そしてそれを弄ぶように力の強弱がつく。

 これ以上は流石に無理かもしれない。


 結局学習能力のない俺は、楽園の中一睡もできず朝を迎えた。

 太陽が完全に顔を出したため、俺は二人を起こさないようにベッドから出て、全員がリビング兼荷物置き場に使っている部屋に入る。


「クォルテさん、おはようございます。ってまた眠れなかったんですね」


 先に起きていたアルシェが朝食の準備をしていた。


「まあな、おかげで眠い」


 自然と大きな欠伸が出てしまう。

 俺はそのままテーブルに備え付けられている椅子に腰を下ろす。


「今日はルリーラちゃんですか? それともサレッドクインさんですか?」


「今日はフィルだ」


「珍しいですね」


 調理途中の手を止め、体をこちらに向ける。


「たまには一緒に居たいって言われた」


「その気持ちは私もわかります」


 そう言って調理を完全に中断して、俺の隣に座る。


「わかるのか、そう言えばアルシェも来なくなったな。アルシェも遠慮とかしてるのか?」


「それも当然ありますけど、一番の理由は今のこの気持ちを知りたいってことです」


 そう言って胸元に手を当てる。


「この、ドキドキして体が熱くなるどうしようもない好きという感情、これは変わりません」


 嬉しそうで誇らしげな表情でこちらにほほ笑む。


「でも、クォルテさんが仰っていたように奴隷として主人が好きなのか、それともアルシェという一人の女としてクォルテ・ロックスという一人の男性が好きなのか、この好きという幸せな感情をはっきりさせたいんです」


 胸元から手を少しだけ離しそっと視線を手に落とす。

 その表情は少女の顔ではなく、艶やかな女性の表情をしていた。


「そのために、私はあんまり必要以上にクォルテさんにくっつくことはしません」


 ふっ、とアルシェの表情は女性から少女に変わる。


「フィルさんも、きっと同じだと思いますよ。私みたいにこの感情を知りたい。でも触れたくなる時は当然ありますから。こんな風に」


 ふわりとアルシェの甘い匂いがし、その香りを追うように柔らかな感触が体を包む。

 アルシェの熱が俺に伝わる。


「ア、アルシェ?」


 どうしていいかわからずに、声をかけるとアルシェはすぐに離れ伝わった熱がすぐに冷める。


「このくらいなら、たまにしてもいいですよね」


 アルシェは悪戯っぽく笑う。

 この二人には勝てる気がしない。

 完全に手玉に取られている気がする。


「もう少しで朝食できますけど先に食べますか? それともみんな起こしましょうか?」


「食べるけど、他の連中はまだ起こさなくてもいいよ、セルクはともかくフィルがまだ俺の部屋だ」


「そうでしたね。じゃあ、私も一緒に食べていいでしょうか?」


「そういうのは気にしなくていいぞ。食いたいときに食え」


「すぐに準備しますね」


 そう言うと鼻歌交じりに朝食作りを再開した。

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