地の国 ガリクラ その二
「ここが西区の遊戯地域。この国で一番人気がある場所だよ」
俺とルリーラは、オレイカに案内され遊戯地域に足を運んだ。
「おー!」
子供らしく目を輝かせるルリーラは興奮しながら叫んだ。
「オレイカ、オレイカあれ、あれ何? すごいスピードだよ! あっちは凄い回ってる!」
「あれは高速で決められたルートを遊具だよ。あっちは高速で回って空を飛んでいる感覚になれる遊具」
「あの機械馬は遅いけどいいの? あっちはカップが回ってる!」
ルリーラの矢継ぎ早な質問に、オレイカは西区についたばかりなのにすでにぐったりとしている。
「王様、助けて」
「だから道を教えてくれるだけでいいって言ったんだよ」
もちろん、こうなるのがわかっていたから俺は止めた。
だが、折角だから遊具についての説明もしてあげる。とオレイカが自ら死地に飛び込んできたのだ。
「まさか、ここまでとは思ってなかったよ……」
体力が有り余っているルリーラの相手を、体力が少ないオレイカに案内できるとは思えなかった。
「オレイカあれは何?」
テンションが上がりすぎて、周りが見えていないルリーラは更にオレイカの手を引こうとする。
「あれは高所まで急上昇してそこから落下するる時の浮遊感を楽しむ遊具だ」
不意にルリーラの質問に答える声が聞こえた。
「よければ我が案内してやろう、ルリーラ」
女性はオレイカに伸びた手を掴む。
俺は、その所作から感じた、普通じゃない気配に反応し武器に手をかける。
「慌てるなクォルテ・ロックス」
俺の名前、誰だ?
改めて声の主に目を向ける。
プリズマにも負けない真っ白な肌、その白さを裏返したような黒い髪は肩までと短い。
整った美貌に、背も高く体の起伏も大きく男の目を引く。
そんな男を欲情させる自分の造形を理解しているのか、面積の少ないチューブトップとパレオを纏った服装。
「そう見つめるな、我はこの国で一番怪しくないぞ」
「そういう奴が一番信用できないんだ」
「それもそうか、オレイカ、我の身の潔白を証明してくれ」
ようやく休んでへたり込んでいるオレイカが、声の元に視線を向ける。
「あ、ガリクラ様!」
たった今へたり込んでいたオレイカは、驚く速さで立ち上がる。
「ガリクラ……って地の神ガリクラ!」
「そうだ、我がこの国の王、地の魔法使いの最高位の神である」
地の神は胸を張り改めて宣言した。
「失礼しました。そうとは知らず無礼を」
自分の非礼を詫び頭を下げる。
「そう畏まる必要はない。不躾だったのは我でお前は正しい反応をした」
そう言うと俺の頭を撫でる。
「流石水の神と火の神に気に入られた人間だ」
「お二方にはよくしてもらっています」
「それでオレイカ、今日は何用でこちらに来た?」
「見分を広めるために国を出ています」
同じく頭を下げそう報告する。
「ふっ、そんな前向きな理由ではあるまい」
神は嫌味な笑みを浮かべる。これは駄目だ。そう思い俺はオレイカの手を掴む。
「それでは、俺達はもう行きます」
「話の途中だが?」
ここからが面白い所だぞ。そう言いたげな顔の地の神に深く頭を下げる。
「ええ、また改めてお伺いいたします」
「案内くらいしてやるぞ」
「もう少し、自分達で周りたいと思います」
「そうかではまた」
その場を去る時に、地の神はいやらしい笑みを浮かべる。
やっぱり、知っていて言おうとしやがったな。
「ありがとう」
俺は気にするなとオレイカの頭をフード越しに乱暴に撫でてやる。
「どうしたの?」
「何でもないから行くぞ」
何があったのか、わかっていないルリーラの頭に軽く触れ先に進む。
「そうだった忘れていた」
「うおっ!」
気を取り直そうと一歩踏み出した直後、地の神が再び目の前に現れた。
そこに今までいたかのような、唐突の登場に大きな声を上げてしまった。
「これをお前達に渡すんだった」
いつの間にか持っていた数枚の紙をこちらに差し出している。
細長い長方形の紙切れには、何やら細かく書かれている。
「どうも先ほどは不快にさせてしまったようなのでな、そのお詫びも込めてだ。それでは」
「ちょっと!」
伸ばした手も虚しく空を切るだけで終わってしまった。
「結局これは何なんだよ」
「フリーパスだよ。それ」
「なんだそれ」
確かに紙にはフリーパスと書かれている。
だけど、フリーパスが何なのかはわからない。
「この国での娯楽施設、つまりここの西区と北区で使える券でそれを見せればお金はかからない」
「そんな券がここに何枚かあるぞ」
「きっと王様の仲間全員分だよ」
数えると確かに人数分がある。
「じゃあ何に乗っても全部タダなの?」
「そうなるな」
目を輝かせるルリーラは、その身体能力を使って目にも止まらない動きで俺から券を奪い去った。
「奪わなくてもちゃんと全員に渡すから」
「私はこれから全部に挑戦してくるね」
「ちょっと待て」
またしても伸ばした手は空を掴んでしまった。
「追いかけないの?」
「この人ごみでルリーラを捕まえられると思うか?」
ベルタの身体能力を全部使ってこの人ごみを移動するルリーラを、一般人の俺が捕まえられるわけがない。
「それに寂しくなったらすぐ戻ってくるさ」
「王様って、過保護なのか放任なのかわからないね」
「基本放任だ。危なそうなら意地でも止める」
それが子を持っていない俺の父親としての姿だ。
それでも結構危ない橋は渡らせてしまってるけどな。
「王様がそれでいいならいいんじゃないかな」
「じゃあ、あいつが戻ってくるまで俺は少し眠るよ。オレイカも好きに移動したらいい」
俺は日影のベンチに腰を下ろし目を瞑る。
「不用心じゃない?」
「フリーパス以外に大したもんは持ってないしな」
せいぜい食費くらいだ。
盗られたって一食抜きになるだけだし別に気にしない。
「本当に気にしなくていいぞ」
隣に一緒に腰掛けるオレイカに声をかける。
うつむくオレイカの顔はフードで見えない。
「私もそんな気分じゃないから、隣に座ってる」
「そうか」
あまりじろじろと見ても仕方ないので俺は目を閉じる。
「さっきは、ありがとうございます」
「別に当然のことだ。気にするな」
明らかに地の神は、オレイカの触れられたくない場所に触れに行った。
そんな無神経なのを許しておけなかった。
「地の神ってあんななのか?」
「利己主義な神かな、快楽主義の方が正しいかもだけど」
「理解した」
水の神、火の神とはまた違う神だな。
あの二柱は人と歩もうとしている節がある、だから今回みたいに神経を逆なでするような真似はしない。だが地の神は違うみたいだった。
「普段は周りも楽しませてくれる神なんだけどね、よっぽど私がシェルノキュリを出て行くのが気に食わないみたい」
「そうか、でも出て行くんだろ?」
「うん。しばらくは旅をするよ」
「じゃあ、それでいいだろ……、人間は神から恩恵を得ているけど、神の奴隷じゃない」
流石に眠くなってきた。
「そうだね。ごめんね寝るのに話し続けちゃって」
「気にすんな、仲間だろ」
疲れていたようで思考が途切れ途切れになっていく。
日陰の適度な涼しさは心地よく、近くにあるはずの雑踏が少し遠く聞こえる。
「うん、ありがとう。おやすみなさい」
少し、元気になったみたいだ。
オレイカの声に安心し俺は意識を手放した。
少しの肌寒さに意識が急激に引き戻される。
「――しちゃおうか?」
「駄目だから」
ルリーラとオレイカか、ルリーラが戻ってきたのかそろそろ起きないとな。
「顔の落書きがダメなら、口にこの飴を」
「それくらいならいいのかな?」
「いいわけないだろ。下手したら喉に詰まって死ぬぞ」
「起きちゃった」
「最初の目的と変わってない?」
「最初の目的?」
何か用事があったのだろうか。それとも見せたいものがあったのか。
「気持ちよさそうに寝てたから、たたき起こそうとしてた」
「それはまた、ありがとうよ」
とんでもない理由で俺の安眠は妨げられていた。
「毎朝の私の気持ちを知るといいさ!」
「どこの悪役だ」
「おっちゃん」
「確かに悪党だったアリルドは」
盗賊団の親玉だし、最初の時はそんなだった気もする。
「そうなると俺らも悪党か」
盗賊の親玉の親玉だったな俺。
「どうだ、楽しかったか?」
「うん、最高だった」
よほど激しく遊んできたのか、闇色の髪がぼさぼさに跳ねている。
その頭を軽く撫で整えてやる。
「本当に親子みたいだね二人とも」
「そうか?」
「クォルテがおじさんっぽいからね」
「お前が小さすぎるからだろ」
「そうなると私も娘枠になるの?」
「娘枠って、決めたことはないけどな」
各国で娘を拾って旅するとか、どんな父親だ。
ふと空を見上げると日はもう沈みかけていた。
「もうこんな時間か」
そろそろ一度宿に戻らないといけないな。
「じゃあ、そろそろ帰るか」
いつも通りルリーラが俺の手を掴む。
そして反対側にオレイカが力一杯手を掴んできた。
「えっと私もいいかな?」
うつむき、こちらを上目遣いで見てくる姿は、頭についている耳と合わさり愛らしく見えてくる。
「別にいいよ」
「ありがとう」
そう言うとすぐに隣に立ってしまい、顔は見えないがマントの揺れで嬉しさが伝わってきた。
二人の身長のせいか、本当に父親になったような感覚になる。
七姉妹か、大変だけどそれはそれでいいかもしれないな。
残りの五人を迎えに俺達は街に歩みを進める。