機械の国最後の買い物
「ただいま」
満身創痍の俺はサラに肩を借りながら工房に帰ってくる。
「何があったの!?」
「ちょっとな」
俺の疲労具合にルリーラが駆け寄ってくる。
「言わないんですね」
次にアルシェが寄ってきた。
別々に出てきた辺りどうやら俺がいないので探していたらしい。
「言う必要もないしな」
別に俺が気に食わなかっただけだ。
誰かのためなんていうつもりは毛頭ない。
それから次々と現れ俺を囲む。
「旦那様を先にベッドに連れて行きたいんだけど」
そう言われたら他のみんなは何も言えないらしくすんなりと俺とサラを行かせてくれた。
「それと旦那様が眠るので近づかないようにお願いする」
「何か話があるのか?」
「わかりますか?」
わざとらしくみんなを引かせる一言を言うくらいだ、わからない方がおかしい。
「今回、領主に喧嘩を売るほどに何を怒ったのかと思いまして」
そういうことか。
「思い出しちまったからな」
「思い出したとは?」
「オレイカのあの顔が昔のルリーラと重なった」
あの全てを諦めた顔。
辛い悲しいと嘆いたその顔がルリーラを想起させた。
ただの失恋なら一発殴るくらいで終わっていた、どれほどムカついてもそれは人の気持ちだから。
でもそれを踏みにじったのが人の欲だとなれば余計にルリーラの事を思い出した。
自分のためにルリーラを実験に使った男を思い出した。
「そうですか」
俺の答えに満足がしたのかサラがほほ笑む。
「旦那様、僕はあなたの事がとても好きになりました」
「はっ?」
「ですからサレッドクイン・ヴィルクードはクォルテ・ロックスを愛しています」
声も出せずに固まった。
ウィルコアから言われるままに旅に同行しているはずのサラが俺に愛を囁く。
「旦那様の強さと優しさに心を奪われました」
「いや、えっ?」
「原動力がルリーラでも、旦那様のその優しさは僕の心を動かすに値したのです」
なんとなくサラがミールと険悪になりやすい理由がわかった気がした。
「今はルリーラでも、将来は必ず僕を選んでいただけるように善処しましょう」
二人とも我が道を全力で進む奴だ。
だからこそサラはルリーラから自分へ、ミールは他の女からルリーラへ俺の気持ちを動かしたい。
これは相容れるはずがない。
「正妻として必ず旦那様の心を振り向かせて見せます!」
「そうですか」
満身創痍の俺にサラを止める体力はなく、されるがままベッドに運ばれることにした。
「クォルテ、ちょっといい?」
城を落とした翌日、ガルベリウスの領主に事情を説明を終えオレイカの工房でくつろいでいるとルリーラが声をかけてきた。
「どうかしたか? もう少しはここに滞在するつもりだぞ」
何となく読んでいた本を閉じて応じる。
「その、なんて言えばいいかな?」
ルリーラらしくなく歯切れの悪い言葉で悩んでいるのがわかる。
「まとめるのが無理なら、なんでもいいから言ってみろ」
まとめようとして滅茶苦茶になるくらいならありのまま話してくれた方がはるかにマシだ。
「えっと、サレッドが変」
「ああ……」
なんとなく全てを察した。
ルリーラから自分へ向けると宣言しているのだから対応が変なのは当然だ。
「何か知ってるの?」
「ミールと逆な対応なんだろ?」
「やっぱり何か知ってるんだ」
グイッと顔を近づけてくるルリーラの顔を押し戻し隣に座らせる。
さて、何を話したらいいものか……。
「サラは俺を本気で夫にする気になったらしい」
「わかった。サレッドを叩き潰せばいいんだね」
「わかってないから落ち着け」
サラに突撃しようとしたイノシシ娘を再び隣に座らせる。
「行動が早すぎるぞ」
「だってサレッドは最初から私の敵だし」
そうだったな、奴隷を最低の小間使いとして認識している。
俺との約束もあるから直接雑な対応はしていないが、時折下に見る発言をすることも多い。
「昨日何があったの?」
「ゲイルを殴りに行ってた」
「やっぱりそんな所だろうなとは思ってたけどね」
「そん時にサラも偶然一緒だっただけだ」
「でもそれだけじゃあそこまでにならないよね」
流石に鋭いな。
「ゲイルは機械人形だった、それでグシャの領主にも文句を言ってきた」
「機械人形。それであの目だったんだ」
「オレイカには言うなよ。昨日の今日で聞いたらショックがデカすぎるからな」
「んん、わかった」
ルリーラは何かを考えてから納得し立ち上がる。
「ようはいつも通りだったってことだ」
「いつもこんな無茶はしてないぞ」
もっと自分に見合った動きをしている。
今回は途中で敵が巨大になりすぎただけだ。
「そっか、お疲れ様」
「もう少し滞在するけど、必要な物はそろそろ買っとけよ」
「了解」
そう言い残してルリーラは外に出て行った。
さて、俺もぼちぼち旅に向けて準備をしようかな。
俺も腰を持ち上げて買い物に出かけることにした。
適当に着替えてガルベリウスの街を一人でうろつく。
改めて街を見てみると戦闘用と言っても色々と種類がある。
オレイカがアルシェに作っていた魔力を強制的に強化魔法として切り替える物、魔力を増幅させる物、魔力が少なくても動くように歯車を利用する物、魔力が無くても動かせる物。
正に多種多様な機械が店先に並んでいる。
「一人で街をうろつくっていうのも久しぶりだな」
ここ最近はいつも誰かと一緒に居ることが多かった。
こうしてじっくりと店先に並ぶ物を見物しながら歩くのは本当に久しぶりだ。
「これはなんだ?」
「兄さんお目が高いね、これは俺の最高傑作さ」
精霊結晶が四つ嵌められているブレスレット型の機械。
「四つの魔法を蓄積して武器に付与できる代物だ。どうやっているのか教えられないがな」
店主のみが作れる機械ってことか。
俺達の中には三種の魔法を使える奴らがいるしあながち悪くはないな。
「でも、それって付与できる魔力が少なかったよね。改良できたの?」
横からの声に目を向けるとオレイカが居た。
「オレイカか、けっ、出来てないよ難しいんだぞ」
「そんな試作品を売るなんてケルク家の名が泣くんじゃない?」
「うるせえよ、天才様に売れない連中の気持ちがわかってたまるか」
わざとらしく機嫌を悪く見せる店主にくすくすとオレイカが笑う。
「そんな感じの粗悪品だけど王様は買うの?」
「改良したのなら買うよ」
「オレイカがいるなら、俺の品は大したことは無いと思うぜ」
「そんなこと無いでしょ、この店の売りは歯車と精霊結晶の融合技術でしょ」
「そうなのか?」
それができるならもっと色々とできることが有りそうだが、ここはそんなに儲かっていないらしい。
「そうなの、凄いよ総合的な技術はまあ、見ての通りだけど、駆動部分とかを作らせたらこの国でもトップクラス。本人は御覧の通り趣味に走りがちだから店は小さいけど」
「褒めるのか貶すのかどっちかにしろよ」
言い合いをしているのに店主もオレイカも楽しそうに話している。
オレイカも少し吹っ切れたようで安心した。
「なら俺がこの店で買う物はなさそうだな」
「オレイカのせいで商売あがったりだ」
「じゃあね、ケルクさん」
俺が店先を離れるとオレイカも話を切り上げて俺の隣を歩く。
「何か用があるんじゃないのか?」
「王様に街を案内しようと思って」
「そうだな、助かる」
さっきみたいに粗悪品でも買ってしまいそうだし、断る理由はないだろう。
「王様は何を探してるの?」
「小型の盾かな」
昨日の戦いで盾が必要だと思い知った。
呪文を唱えるための間を作るための盾が欲しい。
今まではルリーラが俺に近づけさせないようにしてくれていたし、アルシェの存在もあったおかげで俺自身に攻撃が集中するということが無かった。
そのため少し自分の余裕を作るのが下手になっている気がする。
「それならいい場所があるよ」
連れられて着いた店の外観を見て確かにここなら売ってそうだなと納得してしまう。
店先に並んでいるのは甲冑、店の名前はシンプルに防具、店構えも鉄で覆われていて納得と共に不安もあった。
「ヤグマさん、この人が盾欲しいんだって」
立ち止まっている俺を無視して入るオレイカの後を追って店に入ると、中に居たのは甲冑だった。
素人の俺が見ても立派で綺麗な甲冑だ。鮮やかな銀の色彩に細かい意匠が散りばめられている。
「あんたが客か」
その甲冑は展示ではなく店員が着ているものだった。
そのせいでくぐもった聞き取りにくい声の男性? が俺の前に立つ。
「えっと」
「ヤグマさん、やっぱり顔だけは出した方がいいって」
「そうか」
兜を取ると中からは渋いおじさんが出てきた。
顔には顎鬚のみがありその顎鬚は綺麗に手入れをされている。
年は四十中ごろだろうか、落ち着いた雰囲気が大人を感じる。
「それで、どのような盾をお探しかな」
「小さくて動きながらでも扱えてそれで頑丈な物を」
ヤグマとやらは顎鬚に触れながらしばらく考えると、店の奥に引っ込み何種類かの盾を持ってきた。
「君は魔法使いということでいいのかな?」
「そうですね、格闘もしますがサポートもします」
「それならこれがいい」
差し出されたのは手甲、両腕分あり確かに動きやすそうだが守り切れるだろうか。
装甲自体は厚いが、守る範囲は狭い。
「付けて、魔力を流してみてくれ」
言われるままに手甲をつける。
やはりこのサイズだと動きに支障が出ない程度に軽い。
そして魔力を流すと手甲が開き小さな盾になった。
手甲の厚みをそのまま生かした盾は魔力を帯び耐久も上がる。俺に文句のつけようはなかった。
「こういうのを求めていました」
これなら近接にも耐えられて遠距離にも対応できる。
「変形する都合上関節部分が弱くなるのが難点だが、先陣を切るタイプでないなら十分だと思うよ」
「ありがとうございます。これ頂きます」
「お買い上げありがとうございます」
買い物を終え店を出る。
「オレイカありがとうな。いい買い物ができたよ」
「それはよかった」
笑顔を向けるオレイカを見て、大丈夫そうだと俺は心の中で安心した。
完全に吹っ切れてはいないだろうが笑ってくれるほどには回復してくれている。
ならそろそろ俺達は出発しても大丈夫そうだな。
「オレイカ、俺達は明日か明後日にはこの国を出るよ」
「わかった」
そう言葉を交わす。
そのまま二人で工房に戻り、みんなの予定を聞き二日後にこの国を出発することに決めた。




