首都グシャ その四
「勢いのまま城まで来たけど大丈夫なのか?」
怒りのままにここまで来てしまったが、想像通りならこの城の中にいる兵は全部が機械人形だ。
少数ならそれこそ勝てないわけではないが数が多すぎる。
「ここに来て怖気づいたのですか、旦那様」
「正直な、いくら何でも数が多すぎる」
上手く一撃で戦闘不能にしても多勢に無勢、難しい回復魔法もつぎはぎでいいならゲイルの様に簡単に使われてしまう。
そうなるやはり勝算は薄い。
「では参りましょうか」
「話を聞いてないだろう」
嘆息しつつもサラの後をついて行く。
「旦那様の気持ちくらいわかっている」
門の前にはこちらの話を聞く気もなく武器を構える門番が二人、いや二体。
「何かを伝える余裕は与えていないつもりでしたが」
「あいつの目だろ、おそらく移したものを共有しているんだろう」
「なるほど」
俺が使う水の蛇と似た使い方、俺のは魔力で声を届けるこいつらは映像を伝える。
形だけを機械で作り魔法で作るのは目玉部分のみ、なるほどそういう使い方もできるのか。
「来ます」
サラは一瞬で近づく門番を一刀両断する。
俺にはそんな技術はないため一度避けて距離を取る。
「旦那様も武器を出しておいてください!」
戻ってくる門番を一太刀で屠り俺に怒鳴りつける。
「そうだな」
復活する前にこちらも魔法を使う、出した武器は剣と槍。
武器を構え復活を待つが門番の二人は復活する気配はない。
「復活しないな」
「そうですね」
完全に動かなくなった門番をそのままにし城の中に入る。
待ち構えているのは数える気を無くすほどの兵隊だった。
「お前が反逆者だな」
一際大きな兵士がこちらに声をかける。
「警備隊隊長、ガラク。反逆者の首を貰いに来た」
警備隊隊長かなるほど、話すことができるのは特別な個体というわけか。
それなら話は早いな。
「行け兵士どもその女を先に始末しろ!」
「多対一って俺結構得意なんだ」
俺の意図を読み取ったのかサラが跳躍する。
「何をする気だ」
俺から湧き出す大量の水が兵士たちを飲み込む。
「呪文もなしに?」
呪文のいらない魔力を放出させるだけで使える簡易魔法。
威力も精度も最低な水を生み出す魔法。
「魔法使えないから知らないのか」
魔法を使える者なら誰でも知っている魔法に警備隊の隊長が驚く。
「だがただの水だ!」
「水よ、氷よ、敵を絡めとれ、アイシクル」
襲うだけ襲った水は一気に固まり兵隊の動きを止める。
「この程度で――」
口を開いた瞬間サラはガラクの首を切り飛ばす。
「水よ、氷よ、敵の動きを停止せよ、アイシクル」
飛んだ頭部と切られた首をすぐに凍らせる。これなら呪文を唱えても接着もしない。口を開きたくても凍っていれば開けない。
静まり返った床に凍った頭が落ちる音が響く。
「やっぱりですね」
刀を納めるサラがこちらを見てほほ笑む。
「怖気づいた目には見えなかった」
「そんなつもりはない、ただムカついているだけだ」
「それも本心でしょうけどね」
クスクスと笑うサラを置いて先に向かう。
「広いからこうなるとは思ってたけどな」
領主の居る部屋が三階、そこに向かうまでの最初の階段を上るとこれまた無数の兵隊。
「我らが王に会おうなどと本気で考えているのか?」
やはり学習している。
俺達のさっきの戦いを見ていたのかバルコニーには弓兵、正面には槍を抱える兵隊、両サイドに歩兵が構えていた。
「わざわざ階段を上るのを待っていたのか?」
「行くぞ」
こちらの言葉に耳を貸さずに、最初に兵隊がしたことは持っている武器を地面に深く差し込み引き抜いた。
「は?」
「これでさっきと同じことはできないだろ?」
そう言って話せる機械人形は口角を上げる。
なるほど、穴があれば水を使えない。水が無ければ凍らない。
なるほど確かに考えられている。
「何も、同じ戦法だけを使うわけじゃないけどな」
だから俺達が階段を上るのを待っていたわけだ。穴だけだと不安だから水が下に流れるようにするために。
「水よ、泡よ」
呪文を唱えると当然こっちに攻撃が向いてくる。
三体の歩兵と数体の弓兵だけがこちらを狙い残りの全員でサラを狙う。
呪文を唱えさせまいと執拗に弓を放ち、歩兵は一定のリズムで攻撃を仕掛ける。
サラはたった数体に動きを止められる俺と違い自分に来る兵士を次々と二つに分ける。
「土よ、兵を守る鎧となれ、アースアーマー」
「なっ!」
切られて動かなくなった兵は土に戻り、攻撃を続ける兵と融合する。
鎧に鎧がかぶさり人間だと重く動けない様な重量でも機械人形には関係ない。
「くそっ」
今まで難なく切り続けたサラの声が暗くなったのがわかる。
終わらせないといけないか……。
あんまり得意じゃないんだよな。
俺はに三歩後ろに飛び一度距離を取る。
「行くぞ」
大きく息を吸い込み向かってくる兵隊に槍の先を向ける。
歩兵の数は三、弓兵は五、侮っているのか一方からの攻撃。
「水よ、泡よ」
敵の歩兵一体に槍を突き刺す。
「強固な泡よ」
飛んでくる矢は槍に刺さっている人形で盾にする。
「この場を埋めつくせ」
残り二体の歩兵の重なる位置に移動し一突きにする。
「バブルパーティー」
魔法の発動。
サラを囲む兵隊を泡で分断する。
「旦那様?」
「全部泡の中だ、やっちまえ」
「わかりました」
この魔法はサラも目にしたことのある魔法だ。
やるべきことを理解したサラは泡に向けて着火する。
「これは……?」
爆炎に包まれる二階でこの隊の隊長であろう機械人形のみが残った。
「見てわかるだろ? 魔法だよ」
「我の知る魔法の威力じゃない」
次の言葉が紡がれる前に機械人形の頭部は二つに裂かれ熱で溶ける。
「旦那様、これを見せてしまえば向こうも対応してくるのではないですか?」
「わざと見せたんだよ」
命の無い機械人形には脅しにならなくても、これを見ているであろう領主には恐怖でしかないはずだ。
大量投入した人形が次々と溶かされ、自分の元に近づく。
あの王様気取りの領主にはこの恐怖に耐え切れはしない。
「さて、じゃあ最後は思いっきり行くか」
「何をする気ですか?」
「水よ、龍よ、水の化身よ、わが敵を喰らい貪れ、その魂を地の底に送れ、災厄の名を背負いし者よ、我の命に従い顕現せよ、水の龍アクアドラゴン」
水の龍を呼び出す。
十分に練った魔力を帯びた水の龍はゆっくりとこの広間を漂う。
「この向きで合ってるはずだしな」
歩いた感覚、城の感覚を頼りに領主の間に狙いをつけ、水の龍を放つ。
「やりすぎではないですか?」
今までにサラが見たことのない巨大な水の龍にサラが驚いている。
「いや、俺も頭が冷えてきた」
俺は戦いが好きなわけじゃないしな、暴れてスッキリした。
だから最大の一撃を放った。
おそらく大量の機械人形が盾となっているだろう。
そして領主の間までは届いているはずだ、水の龍が開けた大穴は。
「おい! コークスレル・グシャ貴様に話がある!」
俺は息を目一杯吸い込み言葉を発する。
少しして一体の機械人形がこちらに向かってくる。
「切りますか?」
「いや、こいつはただの通信役だろ」
「何かようかね、アリルド国王」
機械人形からは、領主の声が聞こえた。
怯えた声を隠すこともできないほどに怯えている。
これがアリルドの親族か。
剛胆で無敵のアリルドとは似ても似つかない姿に呆れを通り越して笑えて来る。
「今からそっちに向かう。機械人形を全部壊されたくなければ邪魔をさせるな」
「わ、わかった」
「それと質問が一つある」
ここに来た大事な目的。
「なんでゲイルをオレイカの幼馴染にした?」
「それは――」
答えを聞く前にサラが機械人形を真っ二つに切り裂いた。
「これでいいんでしょ、旦那様」
「よくわかってるな」
答えは目の前で答えて貰わないとならない。
嘘も保身もなく、命の危機で本音を聞きださなければ、ここに来た意味はない。
偶然や運命なんてありもしない妄言は聞きたくはない。
そしてコークスレルはこちらの要求を受け入れ兵を一体も準備しないまま俺達が来るのを待っていた。
「何故、いきなり機械人形を壊したのでしょうか?」
恐怖に駆られた顔をしたコークスレルはそう言葉を絞り出す。
もはや取り繕う余裕もない。
俺の友人はこんな時でも不遜に笑っている。
「お前みたいのは危機感が無いと本音は出さないだろ?」
「そんなつもりは――」
準備していた水の短剣を投げつける。
「何が目的だ?」
「この、この国の王に、なるためだ」
コークスレルは語り始める。
「あの女からアトゼクスの情報全て奪い、ガルベリウスの上を行けば、領主であるこの私が王になれるだろう。そしてあの街に居る野蛮な連中を駆逐してやるのさ」
「なるほどな」
完全な私利私欲。そのためにオレイカにゲイルを差し向けた。全てを共有する目を使いオレイカの情報を得ようとした。
「下種が」
殺気を込め刀に手をかけるサラを止める。
「なぜ止めるのですか?」
「全部話してないよな」
俺の追及にコークスレルの言葉が詰まる。
「言い当ててやろうか?」
俺の言葉にサラは刀から手を離す。
「欲しているのは金と情報。ガルベリウスと併合して軍事の力も掌握。シェルノキュリ連合国をシェルノキュリ国にして自分の懐を潤す」
視線が動いたってことは正解か。
俺は続ける。
「そして一つ。他の国を潰そうとしてるよな」
「何故、それを……」
「そうとしか考えられないだろ。この人形全部で共有している目玉の魔法はさ」
コークスレルの体また反応する。
どうつながるのかわかっていないサラのために詳しく説明をする。
「この機械人形を各国に送り込んで機密情報を手に入れるためにはこの機械人形がどれだけ優秀か見せつけないといけない。それならこの機械人形の有用性を見せるために手っ取り早いのが」
「国を落とすこと」
「その通りだ、悪知恵が働くらしいが詰めが甘い」
この作戦は穴しかない。
「何を言っている!」
詰めが甘いと言われたことにコークスレルは反応を示す。
「アトゼクスが凄いのは知っているが、お前達じゃ無理だ」
「だからその全貌をあの女に――」
「オレイカにも無理だ、あれは何世代もかけて作ったガルベリウスの英知の塊だそれをたった一代でどうにかできると思ってるのか?」
技術は進化をしているが、それでも当時だからこそ生まれ消えた技術が当然ある。
それは作って、調べて、試してようやくたどり着く当事者だけがたどり着くことができる境地だ。今のオレイカにはまだ早い。
そしてそんな積み重ねた歴史の上澄みを掬おうとしているこいつに苛立つ。
「それに機械人形は弱いぞ」
「どこが弱い、負けても再生し常に進化を続ける最強の軍隊」
「たった二人に負けるのが最強の軍隊?」
「お前達が――」
「俺達以上は腐るほどいるぞ」
当然アリルドにも負ける、魔獣を討伐に行く奴らにも負ける、武道大会の参加者にもベルタにもプリズマにもこの機械人形は負けるだろう。
それほどに脆くて弱い。
「地の底で吠える雑魚にはそんな夢無理だ」
コークスレルは顔を真っ赤に染めて怒りに体を震わせる。
「アリルドが国を出た理由がよくわかったよ」
そして手紙に書いていた内容も、野心を捨て領主としてやっているかと書いていたのだろう。
身の程を知ることができたのかと聞いたのだろう。
「アリルドに伝えておくよ、この街にお前が望んだものは無かったってさ」
「やれ! 総員であいつらを殺せ!」
物陰から一斉に飛びかかる機械人形。
驚きの余りに固まるサラの体を引き寄せる。
「水よ、棘よ、敵を貫け、ウォータースパイク」
床からせり出す無数の水の棘は機械人形を天井ごと貫く。
「それが身の程を知らないって言うんだ、ここまで離れていれば魔法くらい撃てる」
近距離だからこそ有効だった戦法。
遠距離ならいくらでも対応はできる。
読みやすい攻撃はとてもいい的だった。
「ガルベリウスの領主にはお前の全貌を教えておくから」
魔法を解くと機械人形の雨が降る。
金属が床を打ち付ける音が冷たく響いた。




