王様街に出る その二
病院を後にしてもルリーラの機嫌が直りそうもなかった。
「なんで周りの奴隷はこうおっぱいが大きいんだろう」
というよりも自分の胸のサイズに落胆していた。
何度も自分の胸を触りアルシェの胸元を見てまた自分の胸に触れる。
そしてため息を吐く。
こうなるともはや慰めの言葉すら出てこない。
「ルリーラちゃん?」
「なに、おっぱい」
これはしばらく駄目だな、アルシェの事をおっぱいとして認識してしまっている時は、あまり状況が良くない。
「ルリーラちゃんにはまだ希望があるんだよ」
関わっても何もいいことが無いのは、アルシェもわかっているだろうに、果敢にルリーラに関わりに行ってしまう。
そしてそんなアルシェの言葉に光を失った碧眼を向ける。
「私ロックスに買われてから身長以外大きくなってないよ? その身長も最近伸び悩んでるんだよ? わかるこの気持ち成長なんてもう止まってる私の気持ちがさ」
目が笑わずに口角だけが上に上がる表情は中々に怖い。
心なしか碧眼に黒い闇の様なものが見えている気がする。
「私が何の下調べもなく無責任に言ってると思ってる?」
そのルリーラの表情に屈することなくアルシェは大きく膨らんだ胸を張る。
その膨らみよ割れてしまえと、言いたげな鋭い視線をルリーラは送る。
「胸の膨らみは人によって違うんだよ」
「それは知ってるけど、私の年齢で膨らむのが普通だって」
「ベルタは普通とは違うよ」
「そうか、一般的な茶色の中間とは違うんだね」
「そうだよ、私はプリズマだし普通よりは早かった」
「ベルタは普通よりも遅い」
今更だけどこいつ等は街の中で何を言い合っているんだろう。
ただし往来する人々は興味深そうに聞いている。
男性はアルシェの膨らんだ胸元を女性は自分の膨らみを確認し様々な表情をしている。
「だからルリーラちゃんはこれからなんだよ!」
「ありがとうアルシェ! 私希望を捨てないよ!」
街中で何を宣言しているんだろうかこの二人は……。
「私のおっぱいはこれから大きくなるぞ!」
なぜかルリーラの宣言に民衆は大きな拍手を送る。
この茶番は一体何なんだろう。
俺は民衆の支持を受けているルリーラを見ながらアルシェに近寄る。
「ベルタって元々胸が膨らみにくいだろ」
「ご存知でしたか」
「流石にあそこまで熱望していたら調べてやりたくもなる」
研究結果として体を動かす者ほど動きを阻害するものが無くなる傾向にある。
ゆえにプリズマには巨乳が多くベルタには貧乳が多い。
闇の国で出会ったベルタの中に巨乳はいることはいたが数える程度だ。
「ルリーラの胸が膨らまなかったら、殺されるんじゃないか?」
「大丈夫だと思いますよ」
なぜか自信ありげにアルシェは言い切った。
「膨らむ要因は恋する胸のトキメキが一番だと思いますから」
「そうだといいな」
これだけ生々しい話をした後で、そんなメルヘンチックなオチを持ってこられるとは思わなかった。
機嫌を直したルリーラはお腹が空いたと言い始め、昼食をとることにした。
行先は商店街ではなく俺達が泊まっていた宿に行くことにした。
こちらはあまり変わっていなかった。
岩をくり抜いたような、見た目よりも頑丈さを意識した建物の扉を開け中に入る。
「いらっしゃい、おや王様じゃないか」
出迎えてくれたのは宿の主人ではなく女将だった。
相変わらずの恰幅のよさにそれに似合った物怖じしない態度が懐かしい。
「アリルド様に負けて国を追い出されたんじゃないのかい?」
わざわざ信じてもいない噂を引っ張り出してくる。
本当にいい度胸している。
「それが嘘だって伝えるために来たんだよ」
「だろうね、それで食事かい?」
「頼む」
「じゃあ前と同じ五人前でいいかい?」
「成長期だから六人前で」
そう言って手を挙げるルリーラを嬉しそうに見ながら厨房に入っていく。
椅子と机などの内装は変わったらしい。
新しくなっている内装に時間の移り変わりを眺めているうちに料理が運ばれてくる。
「お待ちどう」
四人掛けのテーブルに所狭しと料理が運ばれてくる。
「いただきます」
我慢できずにルリーラが肉料理を一口頬張る。
噛み締め飲み込むと本当に美味しそうに表情を緩める。
「美味しいよおばちゃん」
「ジャンジャン食べなおかわりはいくらでもあるからさ」
「ありがとう」
ルリーラだけでなくアルシェと俺も料理を食べる。
少し濃い目の味付けに箸が進む、アルシェや他の宿と違い完成されてないゆえの美味さ。
故意に味を変えているような気もしてしまうほどに味がすべて違う。
バラバラな味が喧嘩せずに調和し合い美味さを際立たせる。
「この美味しさも変わっていませんね」
見るとアルシェも美味しさに頬が緩んでいる。
「アルシェちゃん変わったわね」
親戚の子供を見つめる様な視線にアルシェが少し恥ずかしそうにしながらも答える。
「変わりましたか?」
「いい顔をするようになったよ」
にこやかな優しい言葉にアルシェは戸惑ってしまう。
「私前は変な顔していましたか?」
ペタペタと自分の顔を触るアルシェを女将は楽しそうに眺める。
そして俺の方に話を振り始める。
「王様なら気づいているんでしょ?」
「そりゃあな、それにそういうのは本人には気づきにくいことだ」
「そうだね」
俺と女将が笑いあうのを見てアルシェは気恥ずかしくなったのか体を横に向ける。
そういうところだよと笑う。
「ルリーラちゃんもちょっと大人っぽくなったね」
「おばちゃん本当!?」
食べている手を休め女将の方を向く。
女将は笑いながら頭を撫でる。
「美人になったよ」
「やった」
完全に子供扱いされていることに疑問も持たない、ルリーラに和みながら昼食を終えた。
「後は大通りで今日は終わりだな」
「最後か」
「終わっちゃうんですね」
アリルドを満喫していたルリーラとアルシェは見るからに肩を落とす。
そんな二人を気にしていない周囲は祭りの様に騒ぎ立てている。
「またこんな機会もあるさ、じゃあ元気に視察に行こう」
「はーい」
「わかりました」
重い足取りの二人に速度を合わせて大通りを歩く。
道行く人々は二人を振り返りながら進んでいく。
「クォルテさんじゃないですか」
露天商の一人から声をかけられる。
見覚えのない男性はお代はいりませんからと俺達に食べ物を渡してくる。
「えっと悪い誰だっけ?」
「そうだ、この先でクォルテさんに会いたいって人がいるんですよ」
なるほどそういうことか。
こいつは何も知らされていない可能性もあるか。
「わかったこの先にいるんだな」
「はい」
こいつは知ってるのか? まあ、聞き出したところでどうしようもないか。
言われるがまま路地裏を進む。この辺は何も変わっていない。わかりにくく入り組んだ道を延々進みながら広場に出るまで進み続ける。
前にここの道は通ったことはあるな。アルシェと初めて会った場所。そこに俺達は向かっているらしい。
「よお、クォルテ・ロックス」
「こりないなお前も」
薄々気が付いていた。
アルシェの元主。名前は憶えていない。
「今度はこの広場を囲ませてもらった」
「囲まれてるよ、二十くらい」
ルリーラを見ると面倒そうに答えてくれた。
質もお察しってことだろうな。
「それに今回は傭兵も雇った。これで俺が負けるなんて万に一つもあり得ないことだ! 先生どうぞ」
「お前から奴隷を奪った下種とはどんなやつだ」
「「「あっ」」」
俺達三人の言葉が重なった。
出てきた男は見たことがある。
水の国で魔獣退治の時に一緒になった男だ、確か名前は……。
「おお、お前達か俺を覚えているか? 魔獣討伐の時にお前に喧嘩を売ったカーシス・フィルグルムだ」
「そうだカーシスだ」
「忘れてたのか?」
「名前だけな、フィルグルムは覚えてたさ」
久しぶりにあった戦友と握手を交わす。
当然それが気に入らないのは名前も知らない男だ。
「何をしているフィルグルム! そいつが俺から奴隷を奪った張本人だ。早く潰してくれ」
一緒に戦ったことのあるカーシスは俺に確認を取ってくる。
「俺はちゃんと金貨一枚でアルシェをそいつから買った。返せと言われても金貨の準備もせずに複数で俺達を襲って挙句返り討ちにあった」
「だそうだがギーグさん」
「お前は雇い主の俺を疑うのか?」
「それもそうだな、ほれ返す」
そう言って金貨の詰まっているであろう袋を投げ返す。
「どういう意味だ?」
「どういうって俺はやめるよ、こいつ等に勝てる気がしないし倒す理由もない」
カーシスがそう告げると、ギーグは顔を真っ赤にしながら剣を抜く。
「いいさ、俺がそいつに勝てばいいんだろ」
「だから甘いんだよお前は」
「は?」
「水よ、氷よ、敵の動きを止めろ、アイシクル」
一瞬でギーグの手足は凍りに囚われる。
右手と右足、左手と左足を共に氷で結合させ動きを止める。
「こんなの卑怯だろ!」
「いやいや、お前は王に手を出した逆賊だぞ。拘束するには十分な理由だ」
「俺はお前を王になんて認めてないぞ!」
「お前一人に認められなくても俺は王だ」
そう言い捨て顔以外を氷で覆う。
主がやられた奴隷達はすぐに逃げて行った。
こいつの人望の無さがあまりにも可哀想になってしまう。
「じゃあこのまま牢屋まで連行だな」
「あーあ、このままデートも終わりか」
「残念ですね」
「なんだデート中だったのかなら俺が憲兵に引き渡そう。お前達は最後まで楽しんで来い」
カーシスは男前に笑いギーグを担ぐとそのまま路地に消えて行った。
「じゃあ最後まで楽しむか」
そう言って俺達は最後まで街の探索を楽しんだ。
「もう終わっちゃったね」
「そうだね」
帰ってきた俺達が部屋に戻ると、ルリーラとアルシェはベッドに倒れ込んでしまう。
「倒れる前にとっとと着替えろ」
「はーい」
「そうでした」
着替えるといっても二人とも奴隷服の下に服を着ているので、ただ奴隷服を脱ぐだけなのだが脱げというと裸になる可能性が高い。
「他のみんなはどこにいるの?」
「そう言えばどこだろうな」
俺の手伝いだとアリルドは言っていたが、詳しくは何も聞いていない。
俺達も外で夕食を食べてきたため結構遅い時間になってしまったはずだが。
「た、だいま……」
噂をすればと入口に目を向けるとフィルが死にかけていた。
かろうじて扉を開けられたらしく部屋に入るなり倒れてしまう。
「フィル?」
倒れたまま微動だにしないフィルを心配して側に行くが一向に反応がない。
「生きてるよね」
「アリルドさんですし酷いことはしていないはずですが」
「とりあえずベッドにはこんで……えっ」
廊下には更に三人倒れていた。
二人は当然ミールとサレッドクイン、もう一人はおそらくセルクの相手をしてくれていたであろう奴隷の使用人。
正に死屍累々である。
「二人とも手伝ってくれるか?」
二人は現状を見て声を失い、ただ頷いてくれた。
「何があったんだろうな」
全員をベッドに寝せまた今夜も俺達は一つのベッドに並んでいる。
「怪我とかじゃなさそうだったよ」
「ただただ疲労だと思います」
「みんながああなるほどに疲労か」
研究者のミールはまだしも、黒髪で体力があるフィルと武芸者のサレッドクインがこうなるほどか……。
アリルドの凄まじさに震えてくる。
「明日は私達の番だよ」
「そうだね」
惨状を見て恐れて震える二人は俺に抱き付いてくる。
気持ちがわかるだけに何も言えずそのまま横になる。
「これって明日の視察はできるのか?」
「無理なら一緒におっちゃんの手伝いだね」
「クォルテさんがいれば安心です」
「それはどうだろうな」
アリルドが俺だからと、手を抜くとは思えない。寧ろ悪化するまであり得る。
三人で小声の談笑をしてそのまま眠りについた。




