アリルドへの帰還
翌朝の目覚めはとてもいい目ざめだった。
目も頭も冴え切り二度寝をしよう言う気が起きなかった。
「すぅ、すぅ」
俺の腕に抱き付いて眠るルリーラからすっと抜け出し俺は城内をうろつく。
静かな城内で人の気配がする。
従者の人か。
そう思い音のする方に向かっていく。
「クォルテさんおはようございます」
音の主はアルシェだった。
こちらを見ながら手を止めないあたりは流石に手慣れているだけある。
「おはよう相変わらず早いな」
「別に早くないですよ。ウォルクスハルク様の為に調理する従者の方々の準備が終わった後に借りてますから」
「それじゃあ早く起きた気になってただけか」
実はもう昼過ぎなのだろうか。
早起きしていた気になって恥ずかしい。
「いえ、早いですよ。神さまへの朝食には色々審査があるらしく時間がかかるらしいので日が昇る前に調理を始めるんです」
「俺には無理な話だな」
日が昇る前から月が昇るまでとか俺には耐えられそうにない。
「私にも無理ですね」
アルシェは苦笑いを浮かべる。
「じゃあ、いつもよりは早起きできたってことでいいのかな?」
「はい。いつもは私が起こすまで寝てるじゃないですか」
「そう言われればそうだったな」
何か今日は棘がある気がするのはきっと気のせいではない。
おそらく俺のベッドにルリーラが寝ているのを見ていたんだろう。
「言っておくけど昨日のは」
「わかってますよ、サレッドクインさんがいらしていた後の会話は私も聞いてました」
「そうなのか」
ならやっぱりフィルも起きていたってことだよな。
結構感情的になってた部分もあるから正直恥ずかしい。
「わかっていても、ズルいなって思うものは仕方ないんです」
「そういうもんか」
「そういうものです」
近くにある椅子に腰を下ろす。
話しながらも止まることなく調理を続けるアルシェを黙って見つめる。
魚が焼ける匂いにスープの香気、何かを刻む音、同時に複数の事をこなすアルシェに感心してしまう。
「アルシェの料理風景初めて見たけど凄いな淀みがない」
「褒めても料理しか出ませんよ」
クスクスと笑う姿はどこか若妻の様な初々しさがある。
こういう奥さんが居たらきっと幸せだろうな。
そう思える人が俺を好きだというのはどこか誇らしい。
「クォルテさんどうぞ」
コトンと俺の前に二つの皿が置かれる。
「簡単な物ですけど褒めて頂いたお礼です」
一つの皿は卵と野菜の炒め物、もう一つは焼き目の着いた白いお菓子のような物が二つに畳まれ上からシロップか何かがかけられている。
どちらもすきっ腹に訴えかける品だ。
「メインはみんなと一緒に食べましょう。なので卵で簡単に作れる物を準備しました」
「ありがとう」
もう朝食が出来たのか、アルシェは俺の前に腰を下ろしじっと俺を見る。
「もう終わったのか?」
「後は配膳するだけです」
「そうか」
ニコニコと笑顔を向けられるとどうも食べにくい。
「見られると食べにくいんだが」
「お気になさらずに」
まあ、いいか昨日のことへの仕返しなのだろう。
それならこのまま食うしかないか。
「じゃあ頂きます」
卵の炒め物を口に運ぶ。
卵の半熟なとろとろとした食感の中に野菜のシャキシャキとした食感が心地いい。
味も卵の風味の中にスパイスの刺激が一気に来るのに野菜のほのかな甘みと酸味が刺激を和らげる。
それどころか刺激のある辛さが甘味と酸味を引き立てる。
互いが互いを絶妙に引き立てていてとんでもなく美味い。
「美味いな」
「ありがとうございます。こちらも早めに食べてください」
「こっちはデザートじゃないのか?」
「違いますよ」
デザートだと思って食べずにいたが違うというなら食べてみるか。
スプーンを当てただけなのに美味い気配がすでに漂っている。
スプーンを跳ね返すぷるぷるとした弾力は口の中にとんでもない衝撃を与えることがはっきりとわかる。
満を持して弾力に負けじと一口分を掬う。
シロップと共に口に入れる。
「んっ!」
口に入れた瞬間しゅわしゅわと口の中で溶け始める。
初めての食感だしゅわとろっとした独特の食感に果実のシロップの爽やかな風味を纏わせる。
「これ凄いな」
「それは卵白を泡立てたものを焼いたものです」
「それだけでこんな食感になるんだな」
何個でも食べられそうなほどに軽い食感と味。
そしてこっちの炒め物はしっかりと味が付いていて美味い。
「喜んでいただけて良かったです」
「知ってたけどアルシェは本当に料理が上手いな」
「きっと、クォルテさんは家庭的な女性の方が好きかと思いまして」
冗談なのか本気なのかわからない悪戯な笑顔でほほ笑む。
男性を虜にしそうな完璧な仕草にやられないように顔を逸らす。
「まあ、一般的にはそういうのがいいんじゃないか?」
「そうですか」
男を落とすなら胃袋を掴めなんて言われるが、まさか胃袋を掴むのがここまでの威力を発揮するとは思ってもみなかった。
「これ以上はクォルテさんが困っちゃいますよね」
「そうしてくれると助かる」
「では皆さんを起こしてください。お部屋まで朝食を運びますので」
「わかった」
当然みんなが起きての朝食もとても美味しかった。
にぎやかで家族の食卓とはこういうものなんだろうなと改めて認識した。
朝食の後アリルドに帰るための荷造りのため俺は街に出ていた。
移動中でもできる実験の薬品とボロボロになった日用品の買い物。
正直な所あまり奴隷であるルリーラ達と離れたくはなかったがミールに「女の買い物なので男性はご遠慮ください。大丈夫です私がいますので」とすげなくことわられてしまった。
そのため一人で行動している。
ルリーラやアルシェはそういうことを気にしていなかったはずだけど、フィルと一緒に行動するようになってから気にし始めている。
娘離れされた父親ってこんな感じなんだろうか。
嬉しさと疎外感が混じりあう何とも言えない感覚。
「はあ……」
自然とため息が漏れてしまう。
「旦那様、散歩ですか」
「サレッドクイン」
ルリーラはああ言っていたが、俺の中ではまだ折り合いがついていないためあまり会いたくはなかった。
長めの黒のパンツと無地のシャツだけという男性の様な服装は悔しいがサレッドクインの容姿に似合っている。
剣士としての気品と女性としての上品さが体から溢れている。
「旦那様も買い物か?」
「ああ、そんなところだ」
「ルリーラ達はいないようだな」
「別行動だよ」
会話を断ち切ろうと歩き続けるがなぜかサレッドクインもついてくる。
「なんでついてくるんだよ」
「伴侶として買い物を共にするのはおかしいことか?」
「伴侶じゃない。仲間でもないだろ」
きっぱりとした拒絶を口にする。
「では同伴する者として、旦那様の趣味趣向を知っておきたい」
「意地でもついてくる気か」
「もちろんだ」
「俺は奴隷と平気で話す、一緒に食う、対等に相手するぞ。それでもいいのか?」
奴隷を人と見ていない連中の多くは対等とは扱わない。
中には話すことすら嫌悪する輩までいる。
「いい。僕はあなた達の強さを知りたい」
サレッドクインは俺の目を真剣に見つめる。
剣士らしく一途に真直ぐと力の篭る目を向ける。
「それがあなた達が強い理由なら理解したい」
「練習したら強くなるだろ?」
「僕にはそれでは補えない弱さがある。男女の違いでもない強さの違いがあるはずだ。僕には無くて旦那様やルリーラにある強さ。その根底に僕は近づきたい」
それは俺の心を動かすには十分な力だった。
技量では勝る自分が負けた理由、剣士としてのプライドより高みへ誰よりも強く。
総帥は勘違いしているらしい。
サレッドクイン・ヴィルクードは負けたくらいでは曲がることがない。
寧ろ負けたことによりより強く厚く真直ぐになっている。
「好きにしろ」
「ありがとう」
サレッドクイン頭を下げると俺の後をついてくる。
しばらく無言のまま街の中を歩き続ける。
「旦那様は何を買うつもりで来たんだ?」
「日用品だな」
適当な店に入り商品を物色しながら質問に答える。
「旅というものが僕は初めてなんだ」
箱入り娘だものな、いや箱入りではないのか?
とにかくこの国から出た経験がないのだろう。
「下着は買ったほうがいいのか?」
「そうだな、下着や服はそれなりに準備しないといけない」
「なるほど。他に何かあるか?」
「後はどこかの国に寄れればいいが寄れない場合もあるから外でのトイレ用品、水浴びに自分が必要な物、それと脱いだ衣服を入れる袋が必要だな」
女の身支度については知らないがフィルが来て以降に注意されたことを教える。
そういう意味では俺なんかよりもフィルの方が衛生関係は詳しい。
「意外と大荷物なのだな」
「嫌ならこの国から出なければいいだろ。こんな準備の必要はない」
旅に理由がないなら、自分の生まれた国に居たほうが何かと便利だ。
盗賊に襲われる危険もなければ災害に巻き込まれる可能性も低い。よほどのことがない限りは食べ物の心配をする必要もない。
「それでも僕はついて行きたいんだ。強くなるために」
「ならとっとと買い物済ませろ俺は終わったぞ」
「旦那様待ってくれ。僕は一から集めないといけないんだ」
結局サレッドクインの買い物が終わるまで付き合わされることになった。
初めての買い物に手間取っているらしく、思いのほか時間がかかってしまった。
長い買い物が終わり俺達は馬車の前に集まった。
「クォルテようやく来たか」
「ヴォール様、どうしたんですか?」
俺達の馬車の前には水の神がいた。
褐色の肌と大きな角に体を覆う鱗の男神。
人の好さそうな顔をしながら女好きな一面もある。
「闇の子達を色々と送っていたら、こんなに時間がかかってしまっていた」
姿を見ないと思っていたらそんなことをしていたのか。
「とりあえず水、火、風、地の四国に均等に割り振ってきたぞ」
「ありがとうございます」
「中には自分で旅をしたいという連中も居たがな」
そう言ってルリーラを見る。
どうやらその連中というのはルリーラと出会った奴らなのだろう。
それに気づいたルリーラも嬉しそうにしている。
「報告だけですか?」
それだけなら帰りに水の国に寄った時にでも教えてくれればいいのに。
「いや、折角だからお前の国が見たいと思ってな」
「旅についてくるんですか?」
神に旅をさせるなんてそんな恐れ多いことができるはずもない。
「何を言っているんだ。我がお前達を連れてアリルドに飛んでやろうと言っているんだ」
「それは流石に申し訳ないです」
神を足代わりに使うなんて神の信奉者が知ったら俺達の命がいくつあっても足りない。
「そうか、だがお前達の移動速度では我が飽きてしまう」
ただ待ち切れていないだけだこの神様。
なまじなんでもできるだけに待つのが嫌いなのか……。
「だから我に送らせろ」
「はい」
神にまさかの脅しをかけられてしまった。
送らせねばどうなるかわかるな。
水の神から溢れる魔力がそう告げる。移動手段に使われるために俺は脅されてしまう。
「では皆の者準備は良いな飛ぶぞ」
「飛ぶ?」
神が行う転移を経験したことのないサレッドクインだけが、これから起こることを理解できないまま空間が歪んだ。
壁も人も森も全てをすり抜け道を全て脳に直接打ち込まれている。
短距離ではなく長距離の移動に頭が少しふらつくが俺達は馬車もろともアリルドの城に転移していた。
「なんだいきなり」
目の前には突然の出来事に驚きを隠せないアリルドが玉座に座っていた。
そんなアリルドに俺は挨拶をする。
「よお、アリルドただいま」
突然目の前に現れた俺達を前に、剛胆で不遜なアリルドも流石に開いた口が塞がらないようだった。




