少女たちの想い
俺達は二日連続で市場に向かった。その最中に生活の必需品は大体揃い、部屋に戻った俺達の話題はアリルド王をどう倒すかという一点になっていた。
「アルシェ、アリルド王のことを教えてくれるか」
「申し訳ありません、実はあまり存じ上げていません。知っているのは王を倒せば次の王になれるということです」
強者を呼ぶための餌として考えればまあ当然だよな。王の座を求めて強い連中が来るなら満足だろう。
「戦い方とかそういうのは?」
「即位されてから約二十年誰も挑んだ記録はないようで、戦い方の記録はありません」
「そうなるとアリルド王としては暇だろうな」
強者と戦いたいがために王になり上下関係の制度を作ったのに、二十年自分に挑むものはないか……。
「なんで誰も挑まないんだろうな」
「王様って面倒そうだからじゃないの?」
始まってすぐにやる気をなくして、ベッドで横になったルリーラが適当に口を挟む。
「ありえないことはないだろうけどな」
あの男を見て、甘い汁欲しさに貴族の座で甘んじる。そんな連中が今の貴族なんだろう。
そりゃあ、こんな現状にもなるしあんなドラ息子も生まれるか。
「それもあるのですが、一番の理由は負けた時にある気がします。アリルド王は明言してはいませんし貴族の方々の噂を小耳に挟んだ程度なのですが、もし負けたら自分の爵位が無くなってしまうと言っておりました」
「そう危惧しているわけか」
そう言うことはしそうにはなかったけどな。更に力をつけろと言って終わりな気がする。
「ますます不憫だな」
強者を欲しているのに、保身が第一の貴族。その貴族の圧政に委縮する平民。
思惑とどんどんかけ離れ退屈な国王の生活。
「だから私たちが喧嘩を売ってあげるんでしょ」
「そうだな。挑んでやるんだから、しっかり報酬の王の座を頂こう」
心底暇そうにあくびをしながら、ベッドの上でうとうとしているルリーラの頭を優しく撫でる。
「うん、おやすみ」
数回頭を撫でるとそう言って猫の様に丸まって寝てしまう。
「いいのですか?」
「いいんだよ、これ以上起きさせてもしょうがないしな」
もともと旅の進路とか戦闘方法とか考えていたのは俺だし、ルリーラはそういうのが苦手なのは知っている。
「素敵な関係ですね。羨ましいです」
「羨ましい、ね」
ルリーラが今こうしている前は、死んでしまいたいほどの目にあっているのを思えばまだ甘やかし足りないと俺は思っている。
「ルリーラちゃんの過去はわかりません。私以上に悲惨だったのかもしれませんが、今こうしてクォルテさんといられるのなら、その悲惨な過去はルリーラちゃんにとって悲観するほど悪くなかった事の様に思えます」
「だといいけどな」
年相応のあどけない表情で眠るルリーラの頭を優しく撫でる。
「大丈夫です。ルリーラちゃんは笑ってくれていますし、クォルテさんに甘えられています。それはもう羨ましいほどに」
「ありがとう、同じ立場のアルシェがそう言ってくれるなら安心できる」
連れ出して二年。ルリーラが本当にそう思ってくれているのなら、ロックスとして少しは償いになっただろうか。
「私はただそう思っただけで……」
「ありがとうアルシェ」
出過ぎたことを言ったと、顔を下に向けたアルシェの頭を俺は撫でる。
ルリーラと真逆の髪色を持つアルシェの長い髪は、最初に出会った時とは違い艶やかで柔らかい。
「ありがとうございます」
顔を上げなくてもわかる。ルリーラと同じで嬉しそうな声でそう告げた。
「あのわがままを一つ言ってもよろしいでしょうか」
「俺にできることならいいけど」
「わ、私も、ルリーラちゃんみたいに甘えても、いいで、しょうか……」
段々と尻すぼみに小さくなる声につい笑いそうになってしまう。
「いいぞ、でもルリーラと同じ頻度で来られるとちょっと男としては」
恐る恐るといった様子で、姿体を小さくしてしまったせいで豊満な胸がより強調され、こちらを誘惑しているように錯覚してしまう。
ルリーラの年齢だとまだ妹のような気がして素直に甘えさせられるが、アルシェの容姿で来られるといつか我慢が出来なくなりそうで怖い。
「たまにでいいんです、お願いします!」
ぐっと色素の薄い端正な顔を俺に近づける、その顔から視線を下に逸らすと、二つの膨らみに目が行ってしまいどうしようもなくなり頷いてしまう。
「ガルルルル」
突然どこの猛獣かと思う唸り声とともに、俺の頭は柔らかい何かに掴まれる。
「起きたのか」
「ずっと起きてた、そしたらアルシェがクォルテを誘惑してた」
「誘惑って……」
「キスしそうなほど近づいて、おっぱいを見せつけてるのに誘惑じゃないはずがない」
「あっ、も、申し訳ありません」
今更ながら状況に気が付いたのかアルシェは大きく距離を空ける。
「そう言われると、確かに俺誘惑されてたな」
お願いというより誘惑の方が確かに合っている気がする。
「申し訳ありません本当にそんなつもりはなかったんです!」
離れてから地面に頭が着くほどに頭を下げるアルシェが流石に不憫だ。
「ただ、その、ルリーラちゃんが本当に羨ましくて……、私も少しだけ甘えたくなりました……。もうこんなわがままは言いません」
嗚咽の混じる声に、流石のルリーラも居心地が悪そうな表情をする。
「ルリーラ」
「私、外行ってくる」
諭すように優しく声をかけたがルリーラは窓から外に飛び出してしまった。
「まったくあいつは……」
部屋着のまま外に飛び出して行ったルリーラを止めることができず、姿を探そうにもルリーラは人ごみにまぎれてしまった。
「申し訳ありません、私のせいで……」
「ルリーラのことだ腹がすけば戻ってくるだろうよ」
猛獣や強盗に襲われてもルリーラなら問題はない。……問題はないけど……。
「クォルテさん。私は、主人であるクォルテさんのことを分不相応にも恋愛感情を抱いてしまっているのだと思います」
顔を紅潮させ、アルシェは自分の気持ちを吐露する。
「それはきっとルリーラちゃんも思っているのではないでしょうか」
そう言って、自分をルリーラに重ねているのか苦しそうに胸を抑える。
「知っている。ルリーラの気持ちもアルシェの気持ちも、だけど俺には応えられない今はまだ……」
二人の境遇を思えば俺に好意を抱くことは当然と言える。唯一優しくしてくれた男性が俺だっただけだ、だからこそ俺はそんな状態の二人には応えられない。
「知っているのなら追いかけてください」
「応えられないから追えないんだよ」
その優しさはルリーラに希望を抱かせてしまう気がする。
「それは年齢が離れているからですか?」
「それは違う」
「なら何でですか?」
初めて見た熱の入った問い詰めに、俺は自分の気持ちをアルシェに告げる。
「二人はいい女だと思う、ルリーラは可愛いし優しい、天真爛漫で頭だっていい。アルシェも綺麗だし相手の気持ちを汲めるスタイルだって抜群だ」
「それなら――」
「でも二人とも俺しか知らないだろ? 二人は奴隷だったせいで、優しい男どころか優しい人間にだって会えていたかわからない」
辛い過去を思い出したのかアルシェの表情が微かに曇る。
「だから、俺しか知らないから俺を選ぶんじゃなく、俺以外を知ってから選んでもらいたいんだ」
選択肢がない状態で選ぶなんてそれこそ奴隷の様な生き方だ。選択肢はたくさんあった方がいい。
その結果俺から離れるなら、それは喜ばしいことだ。
「だから俺はルリーラを連れ出した、そして今度はアルシェもだ。二人にはもっと世界を見てもらいたい」
檻の中では見れない景色を見てもらいたかった。
暗い暗い地の底からは掴むことのなかった世界に触れてもらいたかった。夢にさえ想像していない世界を体感してもらいたかった。
「世界を見て、触れて、体験して、それでも俺が好きだというなら俺も答えを見つけて応える。だけど今はまだ応えないと決めているんだ」
「わかりました」
俺の言葉をしみ込ませるようにアルシェ頷く。
「ですが! 応えてもらえなくても愛しい人が自分の元に来てくれるは、とても嬉しいことなんです!」
アルシェは自分の事の様に、熱く熱の篭った強い意志で俺に訴えかける。
「わかったよ」
それはそれこれはこれ、答えが無くても応えてもらえなくても、来てくれれば嬉しいんだから行け。ここまで言われないと動けない自分が情けない……。
「アルシェ、ありがとう」
自分の情けなさや、恥ずかしさを隠す様に扉を閉める直前にアルシェに告げる。
「とは言ったもののどうやって探すか……」
道も曖昧人通りもあるそんな中で探せる魔法はあっただろうか。いや試したことはないし大騒ぎになるかもしれないけどやるしかない。
「水よ、数多の蛇よ、数多の蝶よ、我の記憶にある求める者を探せ、溢れ出よ、アクアパーティー!」
呪文を唱えると、俺の周りに水が溢れ出し数えきれない数の小型の蛇と蝶が生まれては、移動を繰り返す。
流石に数が多い、制御とルリーラの姿と匂いを雰囲気ルリーラの全てを魔力と共に埋め込む。
やがて俺に限界が訪れ溢れ出る水と魔力を渡されなかった生物は地面にしみ込んでいく。
「ふう……おっと……」
流石に立っていることもままならず地面に座り込んでしまう。
「どれくらい出したんだろう」
座っていることも辛く横になる。パーティー全ての情報を必要な人物像のみが脳に流れてくる。
「多すぎたな」
俺の側を通る人々は怪しい俺に声もかけず、視線も合わせない。
今は逆にそれでいい、パーティーの内容をしっかりと把握できる。
後半に生み出した分はやはり魔力が少なかったのか関係のない人物のデータを俺に送ってくる。
「まったくルリーラはどこに行きやがったんだ」
数分の後ようやくパーティーの一体がルリーラの存在を見つける。
「あいつ完全に迷いやがったな」
俺達が一度も行ったことのない場所にルリーラは居た。
「クソっ、体が重い!」
魔力の切れた状態の疲労が限界に達した肉体に鞭を打ちルリーラの元へ向かう。
ルリーラを見つけた一体を残し他のパーティーを水に戻しわずかに回復した魔力を身体強化に使う。
「何やってんだよこの馬鹿」
地図がわからないせいで見つけた蛇がたどった道をたどり、町の外れに位置する城壁と高い塀に囲まれた袋小路に着いた。
そんな明かりも少ない薄暗い場所で子供っぽいと言いながらも部屋ではいつも着ている薄いピンクのシャツとズボン姿でルリーラは膝を抱えていた。
「クォルテ……」
不安だったのか辛かったのか、小さな体を更に小さくさせて涙の残る顔を俺に向ける。
「ごめん……なさい……」
「俺も悪かった」
そう言ってルリーラの頭に手を置く。
「う、ううぅぅ……」
嗚咽を漏らし小さく震える少女の頭を優しく撫でる。
やがて震えが止まると泣き疲れたのか小さな寝息が聞こえてきた。
ルリーラの頭を膝に乗せしばらくの間そのまま時の流れに身を任せた。