武道大会 開始直前
翌朝、体を起こすと痛みは消えていた。
その場で体を捻ったり跳んでみたりしても痛みを感じない。
「パパ何してるの?」
「おはよう、痛くないかを確認してるんだよ」
「もう痛くない?」
「もう大丈夫だ」
「よかった、昨日のお姉ちゃんにやられたの治ったんだね」
「お兄さんだったろ?」
綺麗な顔はしていたが纏った凛々しい雰囲気に戦い方、火の神を好きでいたんだから男のはずだ。
「そうなの?」
「戦ったパパが言うんだから間違いないよ」
「そっか」
男だよな?
男女の区別がつかないはずはないと、意外な疑問を持ったまま祭りに向かう準備を始める。
「今日はみんなで出かけるのか?」
みんなの着替えが終わりいざ街へ、と思って部屋を出ると火の神と遭遇した。
「はい。祭りに向けての買い物です」
各々がお礼の言葉を述べた後に、俺は昨日のことを話す。
「なるほどな、我を嫁に迎えたいとはまた奇特な男がいたものだな」
煽情的な浴衣を着た火の神はそんな妄言を吐く。
正直火の神が神だからと男を避けなければ引く手あまただろうに。
後ろの四人がいる中でそんなことは言えないが。
「一応確認したいのだがどんな容姿だ?」
「髪が長くて後ろで一本に結んでいました、浴衣と急所に防具を着ていて帯の所に細い刀を差していました」
「顔は端正で、使う技は高速で繰り出す抜剣か?」
「そうです、心当たりがあるんですね」
火の神に好意を寄せているなら、火の神に噂が届いていてもおかしくはないか。
「そうか、あやつは諦めないか」
呆れたように頭を掻きどうしたものかと火の神は悩みだす。
「迷惑をかけたのだから、筋は通すべきだろう」
「なんの話ですか?」
「お前達少しだけ時間を貰えるか?」
火の神が申し訳なさそうにする意味がわからない俺達は首をかしげた。
連れて行きたいところがあると、火の神は俺達を先導して行く。
その道すがら火の神は昨日の襲撃者について語る。
「まずクォルテを襲った者の名はサレッドクイン・ヴィルクード。この国の総帥ウィルコア・ヴィルクードの娘だ」
「娘!?」
あの剣士が女? あの凛々しさを纏った剣士が女!?
その辺の男よりも勇ましく相当訓練を積んでいる様に見えていたのに……。
「驚く気持ちはわかる」
「そのサレッドなんちゃらって人が襲撃してきた相手?」
「そうなるな」
「でもクォルテさんの話だとウォルクスハルク様が好きだと」
「そうなのだ」
「同性愛ってこと?」
「それともまた違うのだ」
「まったく話が見えませんが」
ルリーラから始まりアルシェ、フィルと続いた質問全てに火の神が答える。
その答えを聞いてもミールと同じく俺も意味がわからない。
「女だとしたらあの戦い方は凄いですね」
男でも怯んでしまうような突進。体捌きは一朝一夕で身に付いた技術ではない。
「そうなのだ、魔法で身体強化しているとしても男勝りの攻め方を平気で行う」
疲れた表情でため息を吐く。
実際に一戦交えた俺としては気持ちがわからなくもない。
彼女は真直ぐすぎる。
愚直で真直ぐ、一度も曲がったことのないただの直線。
その生き方は正しいと思うが、褒められたことではない。
「いや、男勝りというのは間違いだな」
「どういうことですか?」
「あいつは男だと思って生きている」
流石に俺達は言葉を失う。
年は俺とそんなに変わらないはずだ。それなのに男だと思って生きているのか。
膨らむ胸と丸みを帯びる体をどう思っているのか。
「細かく言うと自分は女だということは知っているが認めていない」
「えっと、どんどんわからなくなっていくのですが……」
俺含めみんなが頭を傾げる。
男なのか女なのか段々わからなくなってきている。
「気持ちはわかる。なので一度詳しく話そうと思う。本人も交えてな」
城を出た次の瞬間、俺達は別の場所にいた。
壁や調度品から神の住む城とは別の建物だとすぐにわかった。
広い空間に高い天井、そして目の前に豪華な椅子があり、そこに一人の男性が座っている。
そして周りには少なくない数の人がいた。
「急に悪いなウィルコア」
「あなたが急でない時はありませんよ王」
三十前後で短めの髭を生やし短い髪を後ろに流し清潔感がある男性。
そして今火の神はウィルコアと彼の事を呼んだ。
「もしかしてそちらの方は」
「この国の総帥ウィルコア・ヴィルクード。サレッドクイン・ヴィルクードの父親にしてこの国の政治を行っている者だ」
「やっぱりそうですか」
目の前にいるのがこの国の総帥か。確かに清潔感と親しみのある見た目に理知的な空気もある。
「君が噂のクォルテ君で合っているかな?」
「不本意ながら」
総帥にまで噂が広まるって何なんだろう……。
「それでサラから聞いたが、クォルテ君も武道大会に出てくれるのだろう?」
「できれば出たくないです」
正直な気持ちを告げる。
俺は別に強くなりたくて旅をしているわけじゃない。
強いに越したことはないが強さを測ってみようとは思わない。
「そうか、ではクォルテ君は参加しないということだな」
「はい、申し訳ありませんが」
完全に巻き込まれた側だが、これ以上外堀を埋められる前に断り頭を下げる。
「ちょっと待ってもらおうか!」
突然の大声は一人の剣士からだった。
上下に分かれた珍しい浴衣の上に金属の防具、脇には剣を携えてサレッドクイン・ヴィルクードがこちらに歩み寄ってくる。
「クォルテ・ロックス、貴様売られた喧嘩を買わないと言うのか!」
ずかずかと俺の前に歩み寄り睨まれてしまう。
昨日は常に腰を落としていたため気づかなかったが身長は同じくらいか。
「勝手に売ってきたのはそっちだ。それにあの噂は嘘だしな」
「それでもだ。ウォルクスハルク様が認めている男であるお前を倒せば火の神も僕のことも認めてくれるだろう」
鬼気迫る様子で俺に詰め寄るサレッドクインは確かに女性だ。
凛々しいが、それは女性としての格好良さ。それによく見れば綺麗で一度そう認識してしまえばもう女性にしか見えない。
「すまないな、クォルテ戦ってやってくれ」
その詰め寄っている姿を見て、火の神は俺に頭を下げる。
そんなことをされてしまえば俺に断ることはできない。結局外堀を埋められてしまった。
「わかりました。ならここでもいいだろ? ウォルクスハルク様に見せるだけなら」
「そのことなのだがやはり会場でやってもらえないか?」
「無理にとは言わないが大会も興業の一つでな」
そう言うことか、総帥の娘と火の神と噂になった男。
確かに人が集まるには持ってこいの人選か。
「大会前のエキシビションとしてならいいです。後はそれ相応のお礼をください」
「了解した」
「というわけだ、そこでなら決着つけてやるよ」
「動機は不純だが貴様の魔の手からウォルクスハルク様を取り戻してやろう」
こいつの中で俺はどれだけ悪者になっているんだろうか。まるでおとぎ話の騎士の様に抜いた剣をこちらに向ける。
まあ、これだけ女の奴隷を囲っていて火の神にまで手をつけようとしていると思えば確かに悪漢そのものだけどな。
「武道大会って制限あるの?」
こちらの話が終わったのを見計らっていたのか、ルリーラがそんなことを言い始めた。
「規定はないな。武器に関しては死人が出ないようにこちらで用意するが」
「なんだ出たいのか?」
「うん、私もっと強くなりたいの」
ミスクワルテでの経験で何か思うところがあるんだろう。
それならやりたいようにやらせるか。
「わかった。じゃあ参加して来い」
「うん」
元気に返事をするルリーラの頭を撫でてやると気合いが入ったのか拳をグッと握った。
「ルリーラで合っているかな?」
サレッドクインはルリーラに手を伸ばす。
「合ってるよえっと、サレッドさん?」
「サレッドクイン・ヴィルクードだよ」
覚えているのがそこまでだったのか間違えたまま手を握り返す。
「サレッドでいいさ。お嬢さん怪我をさせてしまったら申し訳ない」
「むっ」
見た目で判断されたことにルリーラは怒りを向ける。
「気に障ったなら謝るが、ベルタと言うだけで勝てるほど甘くはないんだよ」
「優勝はわからないけどあんたには勝てる」
お互いに宣戦布告をする。
もう俺の必要はないんじゃないかと思うが、謝礼金が出るというのなら素直に頑張ろう。
「それでは大会で会おう」
サレッドクインは言いたいことだけを言って去って行った。
そんな娘の行動に対してウィルコアはこちらに頭を下げる。
「すまないな、どうも思い込みが激しい上に自信家で融通が利かないんだ」
「そうみたいですね」
「総帥のというよりもサレッドクイン・ヴィルクードの父としてのお願いを聞いてもらいたい。どうかあの子を負かしてくれないか?」
「負かすってことは、俺に勝てってことですよね」
父親として負けてくれないかと言われるかと思ったが、全くの逆だった。
「その通りだ。どうもあの子はそれなりに強いらしくその上私の子供で女だからな」
「誰も勝てないってことですね」
「その通りだ」
神の次に偉い立場の子供で女のため自然と手を抜いてしまう。
その上本人はそれなりに強いときている。そのせいでいつも勝ててしまっているということか。
「わかりました。できるかわかりませんがやってみます」
「すまないがよろしく頼む」
ウィルコアは再度深く頭を下げる。
子供の未来を思う父親の姿は俺の知っている父親とは違った。
俺が目指すのはこっちだよな。
クォーツ・ロックスは俺の未来なんて気にも留めていなかった。
自分のためでも息子のためでもなく、ロックスという名前だけのために自分を磨き息子を育てた。
「もう頭を下げないでください。総帥の気持ちは伝わりました」
「それでクォルテよサレッドクインに勝つ見込みはあるのか?」
意地悪な笑みを浮かべる火の神に俺は答える。
「勝ちますよ。それで総帥改めてルールを聞きたいんですが」
「ルールは殺してはいけない、対戦者以外に危害を加えてはいけないだな」
「その二つ以外ならどれだけ暴れてもいいんですよね?」
「そうだな、元々が興業のための大会だ。盛り上がるならどれだけ派手にしてくれても構わない」
なるほど、それに大会の前にやるエキシビションなら終わりに派手なことしても問題ないか。
「ウォルクスハルク様盛り上げるために教えてもらいたいことがあるんですけど」
「ほう、面白そうな話だな」
火の神と二人で今日の武道大会について悪戯を企む。
「クォルテが楽しそうなんだけど」
「珍しいですねあんな顔するの」
「兄さん昔は私達を引き連れてたまにあんな顔してましたよ」
「ご主人が楽しそうならいいんじゃない?」
四人の発言を聞きながら火の神と悪戯の話を始める。
さあ、あの真正直な女剣士と戦う話をしようじゃないか。




