奴隷からの解放
名前を呼ぶ練習をした後、仮眠をとり活動を始めるころには太陽は高く昇っていた。
昨日と同じ市場に向かうため、アルシェに道案内してもらっていると、自分の恰好に違和感があるのか落ち着かない様子でアルシェが話しかけてくる。
「こんな立派な恰好が私に似合うのでしょうか」
アルシェの服は子供らしい動きやすい服装のルリーラと違い、色素の薄さを意識し白いワンピースに髪がバレないようにガラスの装飾がされた帽子を被っている。
反応を見る限り今まで奴隷服しか着てこなかったのだろう。いつもと違う服装に戸惑っているようだ。
「大丈夫似合ってるよ」
慣れてもらうためにも着ている服をほめておく。
ルリーラの時もこれで普通の服を着てくれるようになった。
「アルシェが着やせするせいで、ちょっとサイズが小さかったけど」
なにやら機嫌の悪いルリーラは珍しく俺の手を握り体を密着させる。
「やっぱりそうなんですね、確かに少し胸元が窮屈だとは思ったのですがこういうものなのかと」
言われて胸元に視線が向いてしまう。
ワンピースの胸元から見える白い二つの膨らみは、窮屈だと言わんばかりに服から溢れそうになりながら己の大きさを主張し、アルシェがその締め付けから解放しようと胸元を引っ張ると、元の張りのある球状に戻る。
その繰り返しで張りと柔らかさを強調しながら、必要以上に揺れる二つの存在感に目を奪われてしまう。
「見すぎ」
「いでででででっ! ちょっ、お前の力でっ、つねるなっ、いた、いたいから!」
ベルタの圧倒的な怪力に手の甲をつねられ、流石にアルシェの胸元から目を反らしてしまう。
「囲まれてるみたいだけどどうする?」
「いってー、まあ、思っていたより早かったな」
おそらく昨日の男の仲間、アルシェがプリズマと知っていたのか、それとも後から知っていたのかは知らないが今更ながら取り返そうとしているのだろう。
「アルシェ人通りの少ない場所に連れて行ってくれ。できれば少し広めの場所があると助かる」
「どうしてでしょうか?」
「ちょっとアリルド王を倒す前の準備運動」
突然痛がったり人気のない所に案内させたりした理由がわからないアルシェは、わけもわからず頷いた。
「大体何人くらいだ?」
「六人かな」
人気のない所に向かったのに気付いたのか隠れるのをやめ俺でもわかるほどには追跡が雑になり始める。
ここまで雑になれば流石に何をしようとしているのかわかりアルシェはより裏の道を進んで行く。
「この先に広場があります」
「わかったじゃあそこで」
俺達が空地に着くと昨日の男が尾行の六人も合わせ十を超える奴隷とともに立っていた。
「よう詐欺師、昨日はよくも騙してくれたな」
「騙される方が悪いだろ、って言いたいがお前が無知だっただけだろ間抜け」
この数の奴隷と立派な服装ってことは、相手はやっぱり貴族の人間。それもあまりよろしくないタイプの貴族だな。
成金で自分が一番だと思い込んでいる、貴族というよりは金を持った豚って感じだよな。
青筋を立て挑発にも乗るところは、そんなダメな貴族に甘やかされて育った世間知らずのお坊ちゃまか。
「ほざきやがって! まあいい、お前を殺してそこの奴隷と女を俺の物にしてやるよ」
「やれるものならやってみろよ鈍間」
低レベルな罵倒でここまで頭に血が上る奴は総じて脆いが、周りの連中は流石に厳しいか。
主人に何かあれば自分の首が飛ぶと理解しているのか冷静に俺を観察している。
「ルリーラ周りの奴隷たちを頼めるか」
「楽勝だよ」
「アルシェもルリーラと一緒に奴隷たちの相手を頼む」
「できるでしょうか……」
不安で手が震えるアルシェの手をルリーラが握る。
「クォルテが言ってたでしょ王様を倒す前の準備運動だって、それに今回はアルシェのためだよ。本番で緊張しないようにね」
「はい。精一杯やらせてもらいます」
不安に震えたアルシェの手を強くルリーラの手を握る。
後はルリーラに任せておけば不安はない。俺の意図はくみ取ってくれている。
「クォルテは後ろで待機してるの?」
「なんでだよ! 俺は向こうの王様気取りの雑魚を倒しに行くんだよ」
なぜ俺が後ろに隠れていると思っているのか。
確かに前はルリーラで後ろは俺っていうのが何となく慣例化していたのは認めるけど……、流石にあのレベルなら俺一人で余裕だ。
「舐めた口をききやがって、学園で上位の力を見せてやろう」
そう言うと貴族の男は呪文の詠唱を始める。
唱えた呪文は最上級の炎の魔法。馬鹿だとは思っていたがここまでとは思っていなかった。
学校の上位がこれか、戦力としても指揮官としても最悪だ。俺が王になったら学校の授業内容から改めさせよう。
「お前は本当に馬鹿なんだな」
「なっ!」
無詠唱でかけることのできる身体強化を足にかけ男の前に一足でたどり着く。
突然目の前に現れた俺に成金の息子は、詠唱さえ止めて固まる。
本当に全然だめだな、このドラ息子。敵が詠唱を待ってくれるわけないだろうに。
「これで終わっておけ」
そのまま強化をした足で男の腹部に蹴りを入れる。
しかしその攻撃は奴隷の一人に阻まれる。人間の体にめり込む感触が一人沈めたと脳に伝える。
そして蹴りの威力に耐え切れず男を巻き込み壁にぶつかる。
「くそっまた詠唱のやり直しだ。邪魔だ退け! 踏ん張ることもできないとはこの役立たずが!」
自分を守ってくれた奴隷を汚物に触れる様な様子で押しのける。
「安心したよ。本当にお前が屑で安心した。これで心置きなく潰せるからな」
「流浪人風情が偉そうに」
詠唱が必要な魔法はやめ無詠唱や短い詠唱のみで終わる魔法に切り替える。
どうやら炎の魔法使いのようで俺を目掛け魔法を放つ。
それを避けると避けた先に向け、更に魔法を発動しそれを避けるとまたそこに、と先読みもせずにただ魔法を放ち続ける。
「さっきの威勢はどうしたんだ?」
ただただ単調に魔法を連発する男は、自分が優勢だと勝手に思い込み更に魔法の量を増やす。
「俺はお前をまだ過大評価してたらしい」
「は?」
着弾後の砂煙にまぎれ一歩で男の懐にもぐりこむ。
なぜ懐に飛び込まれたのかわからないといった表情の男の顔を見る。
蹴り飛ばそうとした瞬間後ろから聞えた爆発音に軸足がぶれ力が乗り切らないまま男に命中した。
「ルリーラアルシェ今のは!?」
奴隷の自爆かと後ろを振り返ると、そこには大きく抉れた地面と衝撃で四方に飛ばされ気を失っている奴隷の姿だった。
直撃はしていないらしく、全員軽い火傷で住んでいるが、それでも砕けた地面が敵や壁に突き刺さり、どれほどの威力だったのか想像に難くない。
「申し訳ありません」
「アルシェ凄い!」
そしてその奥で必死に謝っているアルシェの姿と、ものすごくテンションの上がっているルリーラの姿だった。
「えっともしかして」
「はい……、私がやってしまいました」
「凄いんだよ、魔法を打った瞬間地面が弾けたの」
プリズマの強さは流石に知っていたが実際に目にすると自分は知識しかなかったと思ってしまう。
これが魔法特化の力か。
「な、なんだよ今のは!」
俺に吹き飛ばされた男は壁に寄り掛かったまま怯えた表情を見せる。
「これでもお前はまだ欲しいのか?」
「当然だ、その力があれば俺は負けない。おい! いい加減戻ってこい! お前は俺の所有物だろ!」
これほどの力の差で、味方が全滅自分もボロボロの状態でもまだ上から命令する男は傍から見るとただただ哀れだ。
「どうするアルシェお前は戻りたいか?」
「私は――」
今までされた仕打ちによる恐怖心に嫌でも戻ると告げてしまう奴隷は多い。だがその恐怖を植え付けた相手が自分よりはるかに弱く、無様な姿をさらしている。
そんな状況でアルシェがどういう反応を示すかはこの男以外には明らかだった。
「――戻りません、クォルテさんとルリーラちゃんと一緒に行きます!」
「ってことらしいけどどうする」
わざと恐怖心を与えるために顔の脇の壁を蹴りつけ見下ろす。
「お、俺はまだ」
力量差を今更ながらに感じ取ったのか目には恐怖心が宿る、かろうじて貴族としての誇りが口だけを動かした。
「そうか」
魔法を解いて素の脚力で男の顔を蹴りつける。
苦悶の声も漏らすことなく意識を失った男をそのままにしその場を立ち去る。
「お二人ともお強いんですね」
「ルリーラはともかく俺はまだまだ弱いけどな」
これまでの旅もルリーラの力があればこそだしな。
「そうだね私は強いからね」
機嫌を直したのか上機嫌なルリーラの頭を撫でると目を細め嬉しそうな表情をする。
「本当に凄かったです。自分よりも大きい人を相手に怯むどころか真っ向から迎え撃って簡単に投げ飛ばしちゃいました」
よほど興奮しているのか、歩きながらこちら向き身振り手振りで戦いの様子を細かく伝えてくれる。
「クォルテさんの方に向かおうとした人を引き戻したと思ったら、他の人を巻き込んで壁にたたきつけて」
「そうなのかありがとうなルリーラ」
ルリーラは当然でしょ。と平静を装ってはいるが頬が赤く撫でられるたびににんまりと口元を緩め喜んでいる。
さっきまで饒舌だったアルシェは急に黙って俺とルリーラを見続ける。
「どうかしたか?」
「いえ、何でもないです」
何かありそうなアルシェは、誤魔化す様に言葉を続けた。
「それに私が狙われても、ルリーラちゃんはすぐに駆けつけてくれたんです。王子様みたいでかっこよかった」
「身長以外だと王子様でいいかもな」
「おっぱいがないってことかーー!」
「そんなつもりはなかったんですけど……」
いつものやり取りに一人加わるだけでこうもにぎやかになるんだな。
「素直に褒められとけよ」
「クォルテのせいだよ!」
「本当にルリーラちゃん凄かったよ」
「当然だね!」
ない胸を張り誇らしげなルリーラの頭を再び撫でる。
「あの、その、クォルテさんもかっこよかったです」
「おう、ありがとうな」
申し訳程度に俺をほめてくれた後にアルシェは俺達に背を向け歩き出す。
俺達はそのあとはただ付いて行った。