二柱の神
「我がわざわざ急いでやったのに、よく寝てられるな」
人ではない証の龍のような大きな角と腕を覆う鱗を持つ水の神ヴォールは、楽しそうにこちらを見ている。
「どのくらい寝てたんだ?」
ヴォールまではアルシェが休まずに飛ばしても四日はかかるはずだから往復で八日以上寝てたのか……。
体が好調なのは、そんなに寝てたからか。
「あの、まだ一日経ってません」
「は?」
「アルシェ、もしかして転移とか使えるのか?」
いくら何でも早すぎる。
今日ヴォールに送り込んで、今日中に帰ってくるとは思わなかった。
「それを使えるのは我だな」
「それでも、アルシェは数時間でヴォールについたことになりますが」
「我は神だぞ。といいたいところだがこの国からとんでもない魔力が向かってきたからな。見に来てみたら機械馬に煙を吐かせるほどの魔力を込める輩が居ての」
「そのお話はおやめください」
愉快そうに笑う水の神と恥ずかしそうに顔を赤らめるアルシェ。
何があったかは知らないはずだが見当はついた。
暴走させた時と同じ力を使って、無理矢理に制御しながら操舵していたのだろう。
「それで止めて我がここまで連れてきてやったのだ」
「お手数をかけて申し訳ありません」
「よいよい、我はお前達を気に入っている。我が国に特級でもなければすぐに来る」
そう言って人間の様に気さくに笑う。
「それと体に不調はもうないか?」
「はい、すこぶる好調です。ってもしかしてヴォール様ですか?」
「時間が惜しいのでな」
まさか神自ら俺の治療をしてくれたらしい。
「それでミスクワルテが動いたというのは本当か」
神は一瞬で表情を変える。
人間味のある顔から凜とした表情をし神々しさを纏う。
「はい、それでルリーラが連れ去れてしまいました」
「なるほどな、我としてはあれと対峙して生き残っていることの方が驚きだ」
「我が子を助けてくれた礼に命は取らない。と言っていました」
「あれにもそんな感傷的な部分があるとはな、よし任せろ我があれを退治してルリーラを助けよう」
神にそう言ってもらえることはとても嬉しくて、凄く誇らしい。
でもそれじゃあ駄目なんだ。
「ルリーラを助けるのは俺にやらせてください」
「それはなぜだ?」
神は問う、お前に何ができるのかと、我がやると言っているのにそれを断るのかと。言外に聞く。
「意地です」
「その意地のために、仲間を家族を死地に向かわせると?」
神は次いで問う、そんなつまらないものために全てを失ってもよいのかと。
「何があっても守ると、俺はルリーラに手を差し伸べたんです」
「そうか」
過去に俺がルリーラに宣言した誓いを前に、自分が恐怖に怯えてなんていられない。
ルリーラは信じて付いてきてくれている。なら、俺にはその誓いを守らないといけない。
それが連れ出した者の責任だ。
「やはり我はお前のことが好きだ。手を貸そう」
「後はアルシェから聞いたがあいつも来るのだろう?」
「あいつとは」
「ウォルクスハルク」
水の神は不機嫌そうに火の神の名前を呼ぶ。
本当に仲が悪いんだな。
「あいつは全くもっていけ好かん輩だ、お前達に神器を与えることを拒否し続けたのはあいつのせいだしな」
これはミールを火の神に向かわせたのは失敗だったかもしれない。
距離とか立場とかを考えてミールだったんだけど水の魔法使いなんだもんな。
「向かったのはクォルテの従妹か、なるほどいい判断だ」
「でも仲が悪いんですよね」
「それとこれとは別だ、誰の子だからなどと些末な問題を気にする神はいない。現に我はアルシェが好きだしな」
そう言われればそうか、火の子と言いながらも普通に話をしていたな。
「更に別問題として、あの輩は面倒なやつだからな今日中には話がつかないだろう」
「では明日まで待つということでよろしいでしょうか?」
「なんだ寝ぼけておるのか? 当然今から向かうに決まっているだろう」
「「えっ?」」
「ほれ、フィルも起きろ」
「んー、なにー?」
「出発だ」
「神様がなんで?」
水の神は事情が読み込めていないフィルの手を掴む。
「少し酔うかもしれないが行くぞ」
言われるがまま、されるがまま水の神主導の元、呆然としていると呪文もなく景色が変わる。
千里眼で見る様な景色、壁も人も木も何もかもをすり抜けて景色が次々と変わっていく。
そして気が付くと城内とわかる場所に立っていた。
「ん?」
あまりにも一瞬の出来事に、思考が置いていかれてしまっている錯覚に陥る。
一瞬で病室からウォルクスハルクの首都に跳んだ。
ここまでの風景も一瞬で頭に詰め込まれたはずなのに記憶に残っている。
「何故、貴様がいるのだヴォール」
その声に視線を向けると玉座がありそこには一人の女性が座っていた。
燃える様な真紅の長い髪、煌々と輝くオレンジの瞳に穢れの無い純白の肌、
浴衣よりも煌びやかな服装は、大きな膨らみのせいか肩までかからずに胸元からはだけてしまっている。
そんな見目麗しい女性は、やはり神で背中には大きな炎の翼を背負っている。
「友人が困っておるというのでな、手を貸している」
「それか」
火の神は俺をただ見つめる。
穏やかな目をしているのに圧力が強い、怯んでしまいそうなほどの凄み。
「こいつがこの前神器を与えようとした者達か」
「今なら認めてくれるのか?」
「今回の働き次第だな」
「して、クォルテとやら話は聞いておる。ルリーラという少女を助けに行くというのだな」
玉座から立ち上がり一歩一歩階段を下りてくる。
「はい」
「我に何の利がある?」
豪華な浴衣を引きづりながら俺の前に立つ。
俺よりも頭一つ大きい火の神が俺を見下ろす。
オレンジの瞳が俺を捕らえ逃がそうとはしない。
要は火の神は俺を試している。自分が手を貸すに値する理由を俺が提示できるか。
「闇の神はおそらく表の四柱を倒す気ではないでしょうか」
「ほうなぜそう思うのだ」
「ヴォール様は闇の子と言っておりましたがそれはおそらくルリーラの事、となればベルタが闇の子であると考えます。それに合わせて闇の神は下らぬ世界を消すと明言しておりました。となると世界を消すとは神々を討つことその方法はベルタを全て手元に置くことなのではないかと私愚考します」
これでいいのだろうか、手落ちは無かったか?
「なるほどな」
火の神は口角を上げる。
それだけの行動さえ絵になると不意に思ってしまった。
「貴様にしては良い友を選んだな」
「そうだろ」
不敵に笑いあう二柱の神に目を奪われてしまう。
「先ほどの少女が慕う男が如何程かと思っておったが、中々上等ではないか」
「ミールは着いていたのですね」
「ああ、日が落ちてから来た、実に芯が強く綺麗な子だ」
「それでミールは」
「今は客室で寝ている」
「そうですか、ありがとうございます」
まだついていないのかと思っていたが、よかった無事にたどり着いていたようで一安心だ。
「よかろう、我もお前達に手を貸してやろう。これほどの面子を一個人が所有するか」
「やはりそう思うか? 珍しく意見が合うな」
二柱の神の話し合いを聞いて兼ねてからの疑問を訪ねてみることにした。
「そのこれほどの面子ってどういう意味でしょうか」
「そのままの意味だ、水の子、闇の子、火の子、光の子、風の子、七柱の神に属する子等をここまでそろえる個人はそうはいない」
「でも軍隊なら、」
「そうだ、一国ならば珍しくはないだから個人と言っているだろう」
「大抵同じ神を慕う者達が集まるのが普通なのだ」
言われればロックスも水の名門だったのもあるが九割が水の魔法使いだったな。
アルシェの元主人も火の魔法を使っていたし。
「光の子はまあ特殊だからそう考えにくい側面もある」
「光の子ってアルシェの事ですか?」
闇のベルタと光のプリズマそう考えると確かにプリズマだけが特殊なのか、光と火の二属性を持っている。
「こんな堅苦しい話はいらないだろう、明日から動くのだろう」
「そうだな、明日は早速ミスクワルテを討伐しに行こう」
自分で考えたことだが二柱の神が協力してくれる状況に困惑してしまう。
ただ一人の少女を助けるために二柱の神が動くその規模の大きさに今更ながらに怯えてしまう。
俺達が与えられた寝室はミールが寝ている客室だった。
人数分のベッドが用意されており宿よりも立派な客室に、ここはもしかしたら要人が止まる部屋なのではないかと考えてしまう。
「あたしもう寝てもいい?」
起こされてからただの空気となっていたフィルは限界を迎えたらしく、ベッドに倒れ込むと寝息を立て始めた。
「アルシェも寝なくていいのか?」
「寝ますけど、少しお話をしませんか?」
「いいぞ、俺もすぐには寝られそうにない」
神々との対話に思いのほかテンションが高まっているようで、いまだに眠気が来ない。
「このベッドって二人で寝てもいいですかね」
「それは困るな」
広いと言ってもいつも調子では困る。
宿でもなく城の中誰が入ってくるかもわからない状況で、いつもみたいに引っ付かれてはいらぬ誤解を受けかねない。
「私が寝るまででいいので、その後でしたら空いているベッドに移動していただいて大丈夫ですので」
そこまで言われてしまうと断り切れずに了承してしまう。
「私、不安なんです」
横になるとすぐにアルシェはそんなことを口にする。
「プリズマが光の子なら裏の三柱の一つですよね」
「そうなるな」
無意識なのか意識的なのかアルシェは俺の手を強く握る。
その手は冷たくわずかに震えている。
「光の神も表の四柱を討つべく私を攫いに来るのでしょうか」
「それは流石にわからないな」
「そう、ですよね……」
「でも安心しろ、何があっても俺達が助けるから」
「そう言ってくれるとは思っていました」
不安に負けないようになのかアルシェは弱々しく笑う。
「それでも不安なんです。自分は本当に皆さんが助けてくれるだけの価値があるのかと」
きっとそれはアルシェが奴隷として生きてきた歴史。
使い捨てられ虐げられるだけの悲しい歴史。
「プリズマとしての価値は高いですが、命を投げ捨てるほどではないんじゃないかって」
戦力として、権力として、置かれていた歴史がアルシェの不安を駆り立てる。
「そんな不安が私を苛むんです……」
隣で横になっている俺の方を見るアルシェの顔には確かに不安が宿る、
ベルタとは正反対の存在であるプリズマ。
どうしても今の状況を自分と重ねてしまうのだろう。
「絆が欲しいんです、クォルテさん私を抱いてくれますか」
泣きそうで辛そうで、真剣に見つめるアルシェからはいつものような余裕はない。
「その絆は駄目だ」
俺ははっきりと拒絶する。
その繋がりは間違っている。
「もし何かあってもその事実があれば私は――」
「何もない」
俺ははっきりと宣言する。
「今回みたいなことがあっても、何があったとしても俺は俺達はアルシェを見捨てない、必ず救う」
俺は強く言葉にする。
確かに思い出には残るだろう。好きな人との絆として心を落ち着かせてくれるだろう。何があっても我慢できるだろう。死ぬのさえ受け入れられるだろう。
でも、それは諦めるのと同じだ。
「そんな最悪の想定なんて必要ない。そんな理由の絆は不幸な自分を誤魔かすだけだ」
「それでも」
「いいかアルシェ」
なおも不安に揺れるアルシェの手を握る、冷たく震える小さな手を包む。
「その不安に負けるな、不安が無くなるまで何度でも言うぞ俺は絶対に見捨てない。何かをされる前に救いに行く。アルシェでもフィルでもミールでもルリーラでも家族は必ず助けるために手を伸ばす」
かつてルリーラに手を伸ばしたように必ず手を伸ばす。
「絶対に見捨てない、命を懸けて助けに行く」
「……はい」
アルシェの瞳から涙がこぼれる。
ベッドに落ちた水滴は小さく染みを作る。
「今日はこの手を離さないからゆっくり眠れ、その不安は必ず無くなるから」
「ありがと、ございま、す……」
アルシェがどう思ったのかはわからない。
こうなっても体を重ねてくれない俺に、怒りを覚えているのか失望しているのか、不安が消えたのかはこの安らかな寝顔からは判断できなかった。




