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過去の夢と未来の夢

 俺はまた夢に居た。


 目に映るのは、闇色の髪をした少女。子供の俺は少女をじっと見つめるが、少女はただ虚ろにただ正面を見つめている。

 この時の俺は鉄格子の中でただ座り虚空を見つめる少女に惹かれていた。

 父親に観察のためと嘘を言い、俺は闇色の少女と会っていた。


「君の名前は?」


「……」


 少女は全てを諦めたような無の表情を浮かべ、口を開くことはない。

 十六の頃の俺には実験で何をしているのか何をされているのかさえ知らされてはいない。

 それでもこの少女がこうなってしまうほどのことをされているのは理解できた。


「何か話してくれないか?」


 できるだけ優しく告げてそっと手を伸ばす。

 少女は差し出された俺の手をただ見つめる。自分に届かない手をただただ見つめる。


「手を取ってみないか?」


 最初にこう聞いた時の気持ちは覚えていない。

 俺が言葉を発すると少女はこちらを向くが、すぐに自分の方に伸びている手に視線を戻す。


「また来るよ」


 俺が手を引っ込めるとその手を追ってきた。

 実はこの時だったのかもしれない、

 この少女を助けたいと思ったのは、ロックス家を潰そうと考えたのはこの二年ほど後、少女の痛々しさに我慢できなくなった時だった。


 そして世界は暗転する。


「水の子よ、久しぶりだな」


 周りから色彩が消え、無の様な暗い空間から声が聞こえる。


「お前は誰なんだ?」


 夢の中で聞く声に俺は問いかける。


「水の子よ、我が子は返してもらう。この下らぬ世界を消すために」


「おい!」


 宿の部屋で目を覚ます。

 前回と同じように広がる重く冷たい空気。

 今ここにいる、ならどこにいるんだ?


「我が子は返してもらうぞ」


「水よ、剣よ、我らにあだ名す者を絶て、ウォーターソード」


 咄嗟に水の剣を出し、構える。

 こいつには先手を打たせてはいけないと反射的に理解する。


「我とやる気か」


 夜の闇の奥で、侵入者がにやりと笑った気がした。


「やああああ!!」


 声がした方に切りかかる。

 振り下ろした水の剣は俺の手に確かな感触を伝える。


 良し!


 そう思ったのも束の間、水の剣は声の主の体に触れただけで、刃が皮膚より先に進まない。


「ぐっぐぐぐぐ!」


 歯が軋むほどに力を込めても声の主に刃が届かない。

 岩や鉄に剣を振った方がまだ感触がある。

 それほどに声の主は強固だった。


「所詮、人はこの程度だ」


 風を切る音なんて生易しい表現ではない。

 風を粉砕する音が俺の腹部にめり込む。

 体が空気を押しのけ、ベッドにぶつかり玉突きの様に俺の体はベッドを宿の壁を破壊し外に投げ出される。

 魔力による防御とベッドのクッションのおかげで辛うじて生き残る。

 いや、生き残された。


「お前は珍しく我が子を守った恩人だ。生かしてやろう」


 生き残りはするが今の一撃で体に力が入らない。胃の奥から沸き上がる胃酸が喉元で血と混ざる。

 燃える様な痛みが辛うじて意識を残させる。


「それではな」


 声の主はルリーラが寝ているベッドからルリーラを担ぎ上げ、立ち去ろうとする。


「ま、……ま……て……」


 一言発するだけで喉は痛み血が口から滴る。

 死にかけの俺に声の主はルリーラを一度下ろし、近寄ってくる。


「誰に命令している? ただの人間が」


 越えの主は俺の顔を掴み体を持ち上げる。

 ベッドの空けた穴から差し込む月光が声の主を照らす。

 褐色の肌に闇色の髪ベルタを思わせる風貌だが、人間とはかけ離れた獰猛な牙と獰猛な角。

 そして、俺は絶望する。


「その表情はようやく気付いたようだな」


 獰猛に笑う神は偉そうに名を名乗る。


「我は闇の神ミスクワルテ。今の不敬は知らなかったということで許してやろう。今日は気分がいいからな」


 高笑いをして闇の神が俺を落とす。

 神がルリーラを担ぎ止めようにも俺は声すら出せず、枯れた声が言葉に変わることはなく俺の意識は途絶えた。


「クォルテさん、起きてください! 大丈夫ですか!」


 アルシェか……、すまない、体が痛くて、寒いんだ……。


「ご主人!」


 フィル、悪い、瞼が重くて、すぐに目が開けられないんだ……。


「水よ、彼の者を癒せ、ウォーターキュア」


 なんだよ、ミール誰か怪我しているのか?

 それは大変だ、体が動かないんだ……、代わりに助けてやってくれ……。

 そう言えば、ルリーラの声がしない……。

 怪我をしているのはルリーラじゃないよな……。


 重い瞼を何とか持ち上げると、アルシェとフィルがいる。

 眩しい明かりが網膜を焼き、何とか開いた目をすぐに閉じそうになる。


「目を覚ましてくれたんですね」


「なん、だ?」


 心配そうに俺をのぞき込む二人に声をかける。

 声を出すたびに体全体から悲鳴が上がる。


「応急処置は終わりました、急いで病院へ」


「うん」


 どうしたんだよ。そう言って起き上がりたかったが体が動かない。

 ああ、そうか俺が怪我をしているのか……。


 ようやく全ての記憶が追いついた。

 ミスクワルテの襲撃に、俺は手も足も出ず負けルリーラが連れていかれた。

 その悔しさに打ちひしがれることもできないことがさらに悔しい。

 フィルに背負われながら俺は病院に運ばれた。


「ギリギリだったね」


 病院のベッドで横になる俺の側に立つ女医はそう告げた。

 命に別状はないと、俺の症状を読み上げる女医の声を俺は白い天井を見つめながら聞いている。


「しばらくは安静だよ」


 白い髪の年の若い女医は、そう言うと病室を出て行く。

 すぐにルリーラを助けに行きたいのに、満身創痍の体は俺の言うことも聞かずに動こうとはしない。


「兄さん大丈夫?」


「ああ」


 現れたのはアルシェとフィルそれにミールの三人。

 そこにはやはりルリーラの姿は見えない。


「昨日何があったの?」


 俺は全てを話した。闇の神ミスクワルテがルリーラを奪いに来たこと、圧倒的な力で俺には手も足も出なかったこと全てを打ち明けた。


「すまない」


 下げたくても下げられない現状に歯がゆさを感じる。

 俺の症状は命に別状がないだけで、治癒をするために三日の入院、完治するまでは二週間かかる瀕死の状態らしい。

 今もなお激痛が体を駆け巡る。

 怒りも悲しみも不甲斐なさも全て表に出すことはできない。


「頼みがある」


 俺は言葉を振り絞り三人に懇願する。


「水の神と火の神と話したい」


 神に対抗できるのが神ならば、それしか俺に打つ手はない。

 会いに行っても居なければ連絡を取る手段はない、それにもし会えてもこっちについてくれるとは限らない。

 それでも今の俺は神にすがるしかない。


「アルシェは水の神へ、ミールは火の神の元に行ってくれ」


「「はい」」


「ご主人あたしは?」


「残っていてくれ」


「それでは、行ってきます」

「兄さん私も行ってくるね」


「頼んだ」


 心配そうに見つめる二人をただ見送ることしかできない自分が悔しい。


「それであたしは何をしたらいいの?」


「すまん、まだ考えられていない」


 神に対抗できるのは神だけ。

 それは十分身に染みている、俺達が死にかけた魔獣を簡単に倒した水の神ヴォール、こっちの本気を笑いながらいなしたミスクワルテ。

 こいつには勝てないと知ってしまった。


「諦めたの? ルリーラを」


「諦めたくないのにな」


 訪問者用の椅子に腰かけ、フィルの黄色い目が俺を捕らえる。


「特級に挑みに行った時はカッコよかったよ」


「何とかなる気はしてた。誰も死なせない自信があったんだよ」


「今回は無理ってこと?」


 フィルは詰め寄る様に座ったまま顔を近づける。

 俺の真意を確かめる様にただ見つめる。


「あれは規格外だ。行けば絶対に誰かが死ぬんだ……」


「じゃあ、ルリーラを死なせるの?」


 死ぬという言葉に過去のルリーラを思い出させる。

 無気力で牢屋に居たかつてのルリーラ。


「それでもいいの?」


 ギシっとベッドを軋ませながらフィルは俺に詰め寄る。


「フィルも死ぬかもしれないんだぞ、アルシェもミールも」


「ご主人は、あたし達を侮りすぎじゃない?」


 顔が触れてしまうほどに近づくフィルに気圧されてしまう。

 澄んだ黄色い目は怒りを含み俺を逃がすまいと捕らえて離さない。


「あたし達全員、主だからって言うこと聞いてるわけじゃないの」


 いつもと同じ間延びした話し方なのに、怒りの強く篭る言葉。


「ご主人が、クォルテが好きで家族と言ってくれたクォルテを信頼してるから、あたしもアルシェもミールもそしてルリーラも一緒に居るんだよ」


「……」


 俺は言葉に詰まってしまう。

 その信頼はありがたい。誰も死なせたくないフィルもアルシェもミールも当然ルリーラもでもどちらかしか救えない。

 その選択が俺にはできない。


「そっか、臆病だねご主人は」


 俺の目に何を感じたのか、フィルの顔が遠ざかっていく。


「あたし外出てくるね」


 フィルは立ち上がり病室を出ようとドアに手をかけこちらを少し見せる。


「あたしは一家心中も悪くないと思うよ」


 フィルはそれだけを告げて病室から出て行ってしまった。


「なんだよ、一家心中って」


 馬鹿らしいと、俺は口に出し少し笑う。

 なんでどちらかを選ぶのかと、フィルは言いたかったのだ。

 自分達は準備できている。お前はできているのか。と聞いていたんだ。

 お前は立ち上がることができるのか。と俺を確かめたんだ。


 そんなの決まっている。

 何が何でも、ルリーラは取り戻す。


 やることが決まると、色々頭が動き出す。闇に覆われた脳が晴れていく。

 水の神はきっと来てくれる、火の神はどうだろうな、奴隷ではないミールを行かせたけど水魔法の使い手だからな。

 駄目なら、そっちは改めて俺が行くしかないか。

 そのためにもまずは自分の体を治すところからか。


「よし寝るか。フィルも自由に動いていていいぞ。起きたら動く」


「バレてた?」


「せめて足音くらいさせろ」


「今度からそうするねー」


 悪びれもせず扉から顔を出しベッドの横に座る。


「やっとカッコいい顔になったよ」


 俺が目を瞑るとフィルはそう言って俺の頭を撫でる。

 すぐに俺の意識はまどろみに沈んでいった。


 また夢を見た。


「ルリーラ、これで君は自由だ」


 ロックスが没落してここの施設は廃棄された、全ての檻の鍵は外され収監されていた奴隷達は全員逃げだし残ったのはルリーラだけだ。


「血が出てるよ」


 そう言われて自分の体を見ると、確かに軽傷とは言えない傷が出来ていた。

 そう言えばこの時、俺は父親と戦って傷を受けていたんだったな。


「大丈夫だ」


 これが今の俺の言葉なのか、昔の俺の言葉なのか定かではない。

 夢の中の俺は血の付いた手を拭き、幼いルリーラに手を伸ばす。


「今度は掴んでくれるか」


 ルリーラは掴んでいいのか駄目なのかしばらく逡巡している。

 俺は手を伸ばしたまま待ち続ける。


「私はここから出ていいの?」


「もちろんだ好きなところに行けるぞ」


 怯えたルリーラの言葉に、俺は優しく答えた。


「あなたが連れて行ってくれるの?」


「俺でよければ連れて行ってやる」


 不安そうなルリーラの言葉に、俺は力強く答えた。


「もう、痛くて怖い目に、合わない……?」


「ああ、俺が必ず守ってやる」


 震えるルリーラの手が俺の手を掴む。


「よろしくお願いします」


 その時の瞳は今になっても覚えている。

 涙に濡れた碧眼の輝きは澄み渡りとても綺麗だった。


「じゃあ行こう」


「うん」


 俺の手を掴んだルリーラを引き寄せる。

 見た目よりも軽い身体を抱え俺達は施設を出た。




「おはよう、ご主人」


 目を開けると病室ですぐ隣にはフィルがいた。


「体の調子はどう?」


「痛い」


 今もなお体は悲鳴を上げている、流石に一度眠ったくらいで回復はしないようだ。

 それでも寝る前よりは動ける。ルリーラとの誓いで我慢できる。


「医者を呼んでくるね」


「頼む」


 その間に回復が少しでも早まるよう魔力を少しでも高めておく。

 自分の痛みを感じる個所に意識を集中しそこに魔力が集まる様にする。


 女医が病室に来る。


「あんたのご主人は馬鹿なのか?」


「最高ですよ」


「ロックス、今日は起きられないことを覚悟しなよ」


「覚悟の上です」


 俺の答えに女医はにやりと笑う。

 どうやら俺がどういうつもりで魔力を溜めていたのかわかっているらしい。


「炎よ、癒しよ、彼の者の力にゆがみを与えたる個所を燃やせ、火の神ウォルクスハルクよ、負傷の事実を燃やし尽くしたたまえ、癒しの炎フレイムキュア」


 努力の賜物なのかプリズマに匹敵するほどの魔力を集める。

 そしてその魔力は炎に変わっていく、赤から青、青から白へと変わる。

 白い炎は女医の手から離れると俺の体を包みこむ。

 白い炎に熱はなくむしろ段々と体の痛みが和らいでいくのがわかる。


「遠慮しないでください」


 体の痛みが無くなっていくのに合わせて、魔力は絶え間なく消えて行く。

 体の外と内にある魔力を全部使い、治癒の魔法がかかる。


「フィル、俺は大丈夫だから二人が戻ったら伝えてくれ」


 体が燃えているという状況を心配しているフィルに声をかける。


「何を?」


「絶対にルリーラを連れ戻す!」


「わかった」


 フィルが頷くのを確認する。それと同時に俺の魔力は切れ意識をまた失う。


 また夢を見た、

 今までと違い上空から見下ろす形だ。

 でもこれは過去の夢じゃない。


 馬車には俺とルリーラ他にもアルシェにフィル、ミール、

 そして誰かわからない黒くて褐色の少女に腰に細身の剣を携える女性まで居て、俺達の向かう先にはアリルドが見えている。

 ふざけて怒って喧嘩してそれでも笑って幸せそうな光景。

 俺はそれを見ながら楽しそうに操舵する。

 ここにたどり着かないといけないんだな。

 俺はふとそんな子を思った。


 意識が覚醒する。

 胸が温かく目からは涙がこぼれていた。

 悪くない夢だ。


「やっと起きたのかクォルテよ」


「ただいま戻りました」


 目が覚めて最初に飛び込んできたのは、アルシェと水の神ヴォールだった。

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