首都を目指して
俺が温泉から上がって部屋に戻ると、みんなは同じ服を着ていた。
「なんだその服」
「浴衣って言うんだって」
「なんじゃそりゃ」
「なんでもこの国の普段着らしくて服を脱ぐ手間を省くそうです」
「なるほど」
確かにこの格好ならすぐに服は脱げるだろう。
大きな模様の入った布が一枚。前が大きく開いていてそれを細い布で縛るだけの簡単な服。
「兄さん、似合いますか?」
「おう、みんな似合ってるぞ」
ルリーラ達はみんな嬉しそうにするが、俺としてはどうも落ち着かない。
簡易的で脱ぎやすくするために作られているため前面が危ない。
ルリーラとミールの体型なら少しはだけても問題はないが、アルシェとフィルに関して言えば正直この服だと心もとない。
胸元の膨らみが浴衣を持ち上げ本来よりも裾が上がっている。
それに加え膨らみが前面だけでなく横にも多少広がるために胸元が緩く零れそうで不安になる。
「どうかしましたか?」
「いや何でもない」
当然なんでもないわけがない。
床に直接座るため、足を崩すときわどい所まで裾がめくれ上気した足が外気に触れる。
これが普段着とは温泉の国恐るべし。
「ご主人、ちょっといい」
「どうした?」
呼ばれて隣に行くとフィルは顔を寄せてくる。
体を洗った石鹸の匂いがフィルの匂いに混ざり、湿った髪、上気した頬、浴衣から覗く薄褐色の谷間。
俺はどうしていいかわからなくなり視線を外す。
「実はこの服の下って下着をつけないんだって」
不意打ちの言葉に視線が元に戻る。
近寄る際にはだけた浴衣から現れる足は浴衣を寄せ太腿まで見えている、そこから外しても薄布一枚で守られる守りの薄い胸部が目に入る。
「アルシェとか無防備だからね」
つい視線がアルシェの胸元に行ってしまう。
普段から結構見ているはずなのだがそれでもつい見てしまう。
白磁の様な胸元はすでに大きく開いている。
「冗談だよ、顔に出過ぎ」
「このっ!」
手玉に取られた俺はそのままフロントに行って夕食の準備をしてもらう。
「豪華だ」
「食べていいんでしょうか」
「すごーい」
「温泉の国凄いです」
宿の飯は質素な物が多い中ここの温泉宿はとんでもなく豪華だ。
魚料理に肉料理、米に汁物に野菜。
考えられる料理がより取り見取りで食卓に並ぶ。
「これ頂き」
ルリーラが我先に箸を伸ばしアルシェは今後のことを考えて味を覚えるようにしっかりと味わい、
フィルとミールはマイペースに食べ続ける。
文句のつけようのない食事に舌鼓を打ちながら和やかに食事を終える。
「さて、話だと首都まではまだ一日くらいかかるらしい」
「もう見えてるのに?」
「国の方針で全部の町を巡るように道を作ったらしい」
「はた迷惑な話ですね」
「あたしはまだ温泉に浸かれるならいいと思うよ」
「そこはフィル先輩に同意します」
「じゃあ目的はゆっくり首都を目指すってことでいいか」
元から急ぐ旅ではないと、ゆっくりと首都を目指すことにした。
「まさか飲み物があんなに高いと思わなかった」
出発前に昨日の教訓を得て飲み物を大量に買いに行くと、他の国と倍近く高い金額を取られた。
まとめ買いで安くなるのが基本のはずなのにまとめ買いすればするほど高くなる。
「こうやって国を維持してるんですね」
今日は限界が来るまで操舵して見せますと宣言したミールの隣で俺は愚痴を言っていた。
「こまめに町で休憩するのとどっちがいいのか」
「きっと変わらないと思いますよ。そうなるように水の値段を上げてるんだと思います」
「やっぱりそうだよな」
どっちでも値段が変わらないように料金を調整する。
それなら泊っても泊まらなくても町に落ちる金は変わらない。
「じゃあもう少し町を回りながら行くか」
「お金は大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ。伊達に特級討伐してないからな」
超大型と特級の討伐報酬はそれなりに貰った。
テルトアルレシアで結構買ったがそれでも余裕で金は余っている。
さて後は荷台で死にかけているルリーラ達が大丈夫かだな。
「なら兄さんの指示通りで問題ありませんね」
「ああ」
仲間が増えてから役割が決まってきた気がする。
ルリーラは荷物持ち担当、アルシェが家事をこなしてミールはなぜか金銭の管理をしてくれている。
フィルに関してはなぜか交渉とか相談とかを受け持ってくれている。独特のテンポと物怖じしない姿は実に合っている。
「何の、お話?」
気に入ったらしい浴衣を着て顔を出すフィルが話に入ってくる。
「首都までに町を回ったらいいか、ため込んだ水で一気に目指すかだな」
「町を回って行こう」
「温泉が気に入ったのか?」
「そうそう、それにクォルテもそう決めたんでしょ?」
「聞いてたんじゃないか」
「あたし達は温泉に入りたいからそれでいいよって話だしね」
言いたいことは言ったと、フィルは荷台に戻っていった。
「フィル先輩は自由な人ですね、奴隷だっていう自覚があるんでしょうか」
「奴隷でも人間で家族だ」
「兄さんはそういう人ですよね」
それに今のはフィルなりの気遣いだ、自分達は従うから好きなようにやってくれと先に手をまわしてくれている。
でも本人はなぜかそういうところを隠そうとする。
「それでは次はどこの町を目指しますか?」
「とりあえずミールが疲れるまで進もうか」
それで届かなかったところから俺が代わればいいだろう。
そして結局数時間休憩をしながら進みミールは力尽きた。
「クォルテ、水の魔法でどうにかならない?」
「やってみてもいいが期待するなよ」
そう言って一度馬車を止める。
「水よ、氷よ、我らに冷たい癒しを与えよ、アイシクル」
魔力を使い水を生成しその水を氷に変える。
「できるんじゃん」
みんなが氷の側に行く。
「ぬるいよこの氷」「冷たくありませんね」「変なの」
「皆さん、氷の魔法って実は冷たくないんですよ」
俺の代わりにミールが解説をしてくれるらしいので、その場は任せることにし俺は馬車を進める。
「氷の魔法は水を固めているんです。本物の氷とは違って冷えて固まってるんじゃないんです」
「そうだったんですね知りませんでした」
「さっぱりわかんない」
「ルリーラちゃん、水の蛇とか炎の鷹を思い出せばイメージしやすいと思うよ」
プリズマであるアルシェは今の説明ですぐに理解しルリーラにイメージを教える。
「氷の形をした水ってこと?」
「そういうこと」
それを聞いてルリーラは呻き声を上げながら倒れ込んだ。
「そろそろ着くから服着ろよ」
こんな感じで疲れては温泉、疲れては温泉を楽しみながら三日旅をして四日目の温泉宿に泊まる。
都合がつかずに最大の八人部屋へと通されあまりの広さに驚く。
「凄い広い」
「本当だここの浴槽は埋め込み型だよ」
「この浴衣ももらっていいのかな?」
「お姉ちゃん、フィル先輩も荷物を持ってください」
すっかり温泉宿の雰囲気が気に入った四人は喜びながら部屋を探索する。
特にアルシェは店員から聞いたりして料理や家具の名前なども覚えている。
「温泉、温泉」
「服は脱衣所で脱げ」
「わーい」
俺の言うことなど気にも留めずに浴衣を脱ぎ捨てて備え付けの温泉にかけていく。
「じゃあ、俺はまた大浴場に行ってくる」
「私も兄さんについていきたいです!」
「それは他の男に裸を見られるってことだぞ」
「そうでした……」
ルリーラ達は俺の前では平気で服を脱ぐが、やはり女の子の様で俺以外の男に裸を見られるのは嫌なのだそうだ。
「じゃあ、あたしも行く」
ただフィルだけは一緒について来る。本人は見られて減るもんじゃないらしい。
そんなフィルを羨ましそうに見る三人だが、やはり羞恥が勝るらしくただただ見送る。
「フィルはみんなと一緒じゃなくていいのか?」
「いいの、結局また入るからその時で」
「俺は一人でも平気なんだぞ」
「どんな時でも一緒に居てくれる女って惹かれない?」
のんびりした間延びした口調とは別にフィルは結構押しが強い。
普段からルリーラ達とは別の切り口でこっちにアプローチしてくる。
「それに他の男が見て来たらご主人が庇ってくれるし」
「気にしてないならもうやらないけどな」
「あの娘達と違って私は見られても気にしないから、減るもんじゃないしタオルも巻いてるしね」
そう言って二人そろって大浴場に向かう。
「今日は人がいないな」
岩場のような大浴場には俺以外に誰もいない。
こうして誰もいないのは最初の宿以来だ。
「ご主人いる?」
「こっちこっち」
俺が声を上げるとすぐにフィルは寄ってくる。
今日は上でまとめたんだな。
温泉に入るときはなぜか毎回髪型を変える。
普段は髪で隠れているうなじは薄褐色ではなく真っ白なまま。
絶妙なコントラストに目を奪われる。
「どうかしたの?」
「髪型毎回変えてるなって」
「気づいてくれたの?」
「気づくだろ、流石に」
よほど嬉しかったのか、珍しく勢いよくこちらに顔を近づいてくる。あまりの勢いに俺は顔を反らす。
「前に温泉では髪が痛むからつけないほうがいいって言われて、それでアルシェ達にもそう言ったんだけど結局誰も髪をまとめなかったけどね」
よほど嬉しかったのか饒舌に髪の事について語り始める。
「ルリーラは短いけど、アルシェとかミールはもうちょっと髪型変えたほうがいいと思うんだよね。アルシェはいっつもそのままだしミールはおさげだし」
「そう言われればそうだな」
ルリーラとアルシェは奴隷でお洒落とは無縁だったし、ミールは奴隷じゃないが、研究一辺倒だったはずなので仕方ないと言えば仕方ない。
「そうなんだよ、服があまり持てない旅だから髪型って大事なんだよ。ご主人を落とすならまず見た目からだよね」
「でもみんな可愛いだろ」
「そうなんだけどね、その可愛さをもっと磨くためなんだよ服とか髪型は」
よほど鬱憤が溜まっていたらしいフィルは止まることなく語り続ける。
「服は仕方ないし化粧はしなくてもいいけど、肌のお手入れと髪のお手入れは必要なの。ご主人もそう思うよね」
「俺は別に」
「そんなことはないと言い切ります」
言い切られてしまった。
「さっきご主人私のうなじに興奮したよね」
やはりバレていた。
「想像してみて、いつも顔の見えているルリーラが目が髪から覗く姿、逆に髪で顔を隠すアルシェがおでこまでだして上目づかいで見上げる姿。どう、グッとくるでしょ?」
言われるままに想像すると確かに胸に来るものがある。
少しだけ恥ずかしそうにする髪に隠れるルリーラ、照れながらこちらを赤い目ではっきり見つめるアルシェ。
「そうだな」
「でしょ、それが見た目だよ」
俺が認めて満足したのか大人しく肩まで浸かりなおす。
「フィルって結構お洒落好きなんだな」
「そうだよ、これでも奴隷たちの最年長だからね。他の娘達は見た目に無頓着だから」
「事情が事情だからな」
「あたしは前のご主人が身なりくらい綺麗にしろって言ったのが始まりだけど」
「だとしたらあのナンパ男もいいことするもんだな」
「お洒落にしてる所だけは尊敬してる」
そう言って笑いあい緩やかに時は流れた。




