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団結のために

「ごめんねアルシェ」

「大丈夫だから、もう謝らないで」


 窒息死(ちっそくし)させかけた加害者ルリーラは被害者のアルシェに何度目かの謝罪を述べる。アルシェも流石にそこまで頭を下げられると居心地が悪いらしい。


 そんなアルシェの案内の元、俺たちはようやく市場にたどりついた。

 城から離れているためか道は舗装(ほそう)され歩きやすく、馬車と人の往来が多く、道にはたくさんの露店(ろてん)が立ち並び活気がある。


「早速だけど、服が売っている店はあるか?」


 露店の数は多いが食材がメインで装飾や服を置いてある店はあるにはあるが、奴隷用なのか流石に安っぽい。


「はいこちらです」


 言われるがまま後を付いて行く、露店のある通りを一本隣の道には露店ではない店舗が立ち並んでいた。


「露店とは離れてるんだな」

「はい。先ほどの露店は、主に食べ歩きや調理用の食材など、酪農(らくのう)関係の方々が商いをしている場所です」

「それでここら辺は設備が必要な加工関係の人間がやっている場所、ということか」


 凄いな、この複雑な街の道を網羅(もうら)しているのだろう。

 淀みない動きで道案内をし、聞けば即座に返答する。

 正直色素の濃い薄いは関係なく、金貨一枚分の価値はあるような気がした。


「おっしゃる通りです。ここが服屋にございます」


 言われた店は確かに服屋だった。

 だが俺の求めていた店ではない。


「ここはこの国で一番大きい男性用の服屋ですので、お探しの物も見つかると思います」


 俺が何を買おうとしているのかわからないので一番品揃えのいい店を選んだ。その思考は確かに素晴らしい。一を聞いて十の答えを出そうとする思考能力は褒めてあげたいところだ。

 だが、俺が欲しいのは俺の服ではない。


「すまん、俺の言葉が足りなかったらしい、探している服屋は女物の服屋だ」

「女性用の服をお召しになるのですか?」

「そうかそうか、そういう国か。怖がらせたら申し訳ないが俺も流石に限界だ」


 ここは奴隷に人権がない国だということはわかった。

 それも今までの国よりはるかに地位が低いらしい、そのせいで俺が着る服を買うと考えたのはまあ仕方ない。だが!


「俺が女物の服を着るわけないだろ!!」

「ひい、申し訳ありません申し訳ありません」

「クォルテ落ち着いて、アルシェが怯えてる」

「すまん、それは俺もわかってはいるが、こうもお互いの認識がズレていると、こうも的外れな言葉が出るのかと驚いた」


 予想だにしなかった言葉に、流石に我慢できず大声を上げてしまった。


「俺が言いたいのは、アルシェとルリーラの服が買える店に連れて行ってもらいたいってことだ」

「私のですか?」


 その発想はなかったと、言いたげな表情に少し疲れが見えてきた。


「そうだよ、いかにも奴隷です。って格好だと飯屋で食べられないだろ?」


 割とあることだ奴隷の権利は国々によって違う。場所によっては奴隷も一緒に食卓を囲む国もあれば、奴隷が飲食店に入ることすら禁じている国もある。

 ここは考えるまでもなく後者の国だ。


「ご主人様と共に食べるなど、恐れ多いです」

「この国ではな、でも俺の考えは真逆なんだ。諦めろ」


 心なしか嬉しそうに頷くアルシェに、今度こそ女性物の服屋に案内してもらい、ルリーラに自分用とアルシェ用の服を適当に買ってきてもらう。


「お待たせ」


 気に入ったものがたくさんあったらしく、ルリーラは両手に袋を抱え上機嫌に店を出てきた。


「じゃあ今日は帰るか」

「お腹空いたご飯は?」

「宿で食べるんだよ」


 流石に、大して休憩もなく歩き回ったからかルリーラのお腹が鳴る。

 今すぐに暴れそうな顔でルリーラは俺を睨む(にらむ)

 当然俺が折れるしかない。


「はあ、わかったよ。アルシェは店に入れないから、適当に屋台の食い物買ってこい」


 適当に金貨を渡しお使いを頼む。


「ありがとう、行ってきます」


 元気に駆けだすルリーラを見送ると、アルシェが驚きの表情を見せていた。


「奴隷にあんな大金渡すなんて、って顔してるぞ」

「申し訳ありません」

「謝らなくてもいいって、この国だと俺は異常なんだろうよ」

「そんなことは……」

「遠慮するな、気になるならなんでも言ってくれ」


 アルシェにそう告げ頭を撫でる。

 今までの生活がうかがえる埃と、泥に塗れたゴワゴワとした手触り、我慢する仕草、諦めた表情の奥に見える生きたいという強い意志。

 アルシェの反応全てが、昔のルリーラを思い出させアルシェを家族として認めてしまっている自分がいた。


 こういうのに弱いな、俺。


「アルシェはもう家族だ。だから何も気にするなやりたいこと言いたいことは遠慮せずに言え」

「……家族、ですか」


 胸元で大事なものを包むように、強く強く手を握り俯くアルシェから零れる涙が、地面を優しく濡らす。

 認めたからには、アルシェのこともルリーラと同じように守らなければいけないな。


「ただいま」


 感動的な雰囲気は、抱えきれないほどの食べ物を買ってきたルリーラにぶち壊された。


「なんでアルシェ泣いてるの? クォルテにいじめられたの!?」

「なんでだよ!」

「違うんです、私嬉しくて」

「手出すの早すぎじゃない?」

「強く違う。と否定できないのが困るんだけど……」


 ルリーラに重ねてしまったため、家族だと言ってしまったし、可愛いのは否定できないし、かと言って嘘とも言い切れない……。


「私に手を出すのならどうぞ! 体は綺麗です、経験はないですがご主人様を喜ばせるならどんなことでも!」

「よっし! 気持ちは嬉しいけど、ここは市場で今は昼だ! そう言う話はやめよう!」


 周りの連中からの目が痛い、女からは時と場所を考えろと蔑視で、男からはよくぞ言わせたと羨望、どちらにしろ居た堪れない視線を貰っている。


「も、申し訳ありません」


 今更ながら自分の言った言葉に羞恥心が出てきたのか、真っ赤に染まった顔を隠す様にフードを目深にかぶった。


「ここには居づらいからとっとと帰るか」


 慌ただしく終わった買い物の途中にふと考える。

 奴隷でアルシェの容姿なのに手を出されていない? 戦闘用の奴隷ってことかだとしたら少し警戒したほうがいいかもしれないな。

 嫌な予感を感じながら俺達は宿に戻った。


「ふう、食べた食べた」

「腹を出すな腹を」


 食べ終わった後、ルリーラは食べれるだけ食べ、膨れた腹を出しベッドに横たわっていた。


「よかったのでしょうか、私まで一緒で」

「いいんだよ、俺が望んでるんだから」


 正反対に、申し訳なさそうにほとんど食べていなかったアルシェは、俺とルリーラが食い散らかした残骸を片づけていた。

 手伝おうとしたら強く拒否ができないアルシェを余計困らせてしまったため全て任せることにした。


「アルシェ、聞きたいことがあるんだがいいか? 経験がないって言ってたが、他の奴隷も同じなのか?」

「私も経験はないよ」

「お前がそうなのは知ってんだよ」


 俺が手を出してはいないし、ルリーラの人生を考えれば当然だ。

 ルリーラの事情とは別にして、奴隷に体を求めることは汚らわしいと思う国もあることはある。

 そういう理由なら別段気にすることはないのだが、そういう理由がないのに男受けする容姿のアルシェに手をだしていないなら話は別だ。


「いえ、他の奴隷たちはよく相手をしていたと聞きますが、それがどうかしましたか?」

「何でもない、大丈夫だ」


 やっぱり戦闘用の奴隷か……。戦闘用の奴隷なら欲求の捌け口にして、有事の際に役に立たないでは意味がない。

 だとするとやっぱり面倒くさいことになるが、ここまで優しくしたうえでアルシェを返すのはいくらなんでも可哀想だな。

 可哀想以前に、自分のために家族を手放したくはない。

 そう思いアルシェに視線を向けた時、アルシェの髪が光った。


「アルシェ、今すぐ体を洗って来てくれ」

「私より先にアルシェなの!?」

「ついでにルリーラも一緒に入ってこい。アルシェの髪は丁寧に洗ってやれ」


 そう言われルリーラはなぜか嬉しそうにアルシェを引き連れて風呂に向かった。

 俺の想像通りだとすると、本格的に厄介だな。というか、あの男はそんなことも知らずに売ったのか?

 だがそれ以上に家族として以外にも、戦力としてアルシェが欲しい。

 しばらくして二人が浴室から出てきた。

 何故かタオル一枚を体に巻いて……。


「あがったよ」

「先に入らせていただきました」

「おかえり……」


 かろうじてそれだけを口にしたが、なぜ裸?


「準備は万全だよ!」

「不慣れですが、精一杯ご奉仕(ほうし)させていただきますので、よろしくお願いいたします」


 思考がようやく合致した、体を洗い綺麗にするそして夜伽をする……。

 その考えに至ってから、自分の説明不足を理解した。


「俺の言い方が悪かった、そう言うつもりじゃないんだよ……」

「違うの!?」

「違ったのですか?」


 ルリーラは楽しみだったのか目に見えて落胆(らくたん)し、アルシェは安堵(あんど)と落胆の間の表情を見せる。


「俺が見たかったのはアルシェの髪だよ」

「性的趣向?」

「違うから話を進めるが、今見て確信した。アルシェはプリズマなんだな」


 アルシェが動くたびに、光が髪に反射しカラフルな色に変わる。


「やはりご存知でしたか」


 俺の視線が髪に集中していることを悟ったアルシェは、自分の長い髪に触れる。

 色素が薄ければ薄いほど魔法使いとしては優秀で、その極地がプリズマと呼ばれる透明な髪の持ち主。

 教科書にも載っているが、現在確認されている人物は三百人程度で俺も初めて見た。


「おっしゃる通りです、ご迷惑をおかけする前に――」

「プリズマって私の真逆ってことだよね?」


 アルシェの言葉を遮りルリーラが声を上げた。


「私はベルタなんだ」

「ベルタってあの」

「そう、ルリーラは魔法の極致であるプリズマの真逆、つまり腕力の極致だ」

「初めて見たよ触ってもいい?」

「え、はい……」


 流石にベルタと聞いて、アルシェもどうしていいかわからなくなったようで、ルリーラに髪を弄られてもただ黙っている。


「アルシェの気持ちは嬉しいけどさ、俺はもうすでにベルタを抱えてんだよ。だから、今更プリズマが増えたって変わらない」

「いいのでしょうか……」

「お願いしてるのは、こっちのつもりだけどな」

「こちらこそ、よろしく……、お願いいたします……」


 泣きながら俺の手を握るアルシェの指先は冷たく震える。


「それと今更だけど、二人とも今度からは服は着て浴室から出てくるように」

「えっ、あっ、申し訳ありませんお見苦しいものを」


 ここで慌てたのがよろしくなかった。

 急に立ち上がったせいで夜伽のためと、ゆるく結ばれたタオルの結び目は簡単にほどけてしまう。


「あっ」


 タオルははらりと床に落ち、アルシェの女性らしい凹凸のある曲線が露わになる。

 色素の薄い純白の肌は、羞恥(しゅうち)によって朱に染まった。


 再び脱衣所で服を着なおして出てきた二人だが、まだ恥じらいが残っているのかアルシェの頬は未だに赤い。


「お見苦しいものをお見せしてしまい、申し訳ありません」

「アルシェが謝る必要ないと思うけどなぁ」

「正直俺は眼福だった」

「ではもう一度裸に」

「それはやめなさい」


 羞恥と混乱により思考回路が滅茶苦茶(めちゃくちゃ)になっているのか、再び服に手をかけるアルシェを制止する。


「私が脱げばいいの?」

「脱ぐな脱ぐな、二人とも女性としての恥じらいを持ちなさい」


 なぜこうもこの二人は、こんなに脱ぎたがるのか二人の今後に不安を覚えながら、これからの話を始める。


「アルシェが増えたことで勝率はぐっと上がった」

「戦力的には問題ないもんね」


 ベルタとプリズマの二人を抱えてる国自体がごく少数だ。

 小国なら楽に落とせる戦力ではある。


「えっと何の話ですか?」

「この国を乗っ取る」

「それは、アリルド王を倒すということでしょうか」

「そうだけど、落ち着いてるな」


 王を倒す、そんな謀反を奴隷から見ても異常で、もっと慌てるものだと思っていた。


「他の貴族の方々も、王の座を狙っておりますしアリルド王もそれを望んでいます」

「王様の考えはよくわからないね」

「至極単純だと思うぞ、というか王よりも傭兵の方が向いてそうな性格だな」


 ただ強い者と戦いたい、要は対戦相手に飢えている。

 国を餌に強者を集めているだけだ。


「嫌いじゃないんだよな、そういう奴って」


 上下の差は確かに大きいが、市場に活気があるってことは政治はしっかりできている証拠だし。

 上下の差だって、下克上を促すうえでは必要なことだ。

 ここまでの努力ができるのは素直に凄いと思ってしまう。


「なら、アルシェも王を倒すことに引け目を感じてはいないんだな」

「はい。それにもし引け目があったとしても、今はご主人様の奴隷として誠心誠意お手伝いさせていただきます」

「それと、明日から俺をご主人様とは呼ぶなよ。明日は外で食べたいから奴隷とわかる発言は禁止だ」

「では、なんとお呼びすればよいのですか?」


 わたわたと手を動かし慌てふためくアルシェは、可愛らしくつい眺めてしまう。


「クォルテでいいぞ」

「そんな恐れ多いです!」

「じゃあクォルテさんでいいんじゃない?」


 そういう結論に至ってから外が白むまで、アルシェは俺をクォルテさんと呼ぶ練習をした。

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