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水の国 ヴォール

「これは凄いな」


「うん」


 話は聞いていたが、まさかここまで水だとは思ってもみなかった。

 街そのものが水に沈んでいた。一部だけが水上に顔を出している。そしてそんな街の中でも人々は平気で暮らしている。

 水に沈んだ家からは人が出てきてどこかに泳いでいき、船に浮かぶ露店には買い物に来たらしい別の船が近づく。

 水の国。その名に偽りのない風景。


「ところでどうやって移動するの?」


 俺もちょうどそう思っていた。

 入口であるここ以外に陸がない。

 魔法を使えば移動はできるが、周りを考えると使いたくはない。


「こんなところで何してんだ?」


 露店で買い物をしていたらしい船に乗ったおっさんが、俺達に気が付いて寄ってきてくれた。


「どうやって移動しようかと途方に暮れていました」


「なら家で船買うか?」


「いいんですか?」


「いいも何もそれがおいらの仕事だからな」


 まさに渡りに船だ。船売りのおっさんにこんなに早めに出会えるとは。


「送りながら船の説明してやるから乗りな」


 促されて三人で船に乗り込む。

 船には仕事に使うらしい工具が並んでいた、もしかしたらこのおっさんは露店の修理をしていたのかもしれない。


「探している船はどんなのだ?」


「実は初めてこの国に来たので」


 そう言うとおっさんの目が光る。

 得物を見つけたと狙いを定めたらしい。


「ならざっくりと説明してやるよ」


 ぼったくられそうになったら適当なところで逃げ出そう。

 そう思いながら話を聞くことにした。


「まず、一番安いのは木船だな、自分の力で船をこぐ分安く済む。次は魔法船だ、自分の魔力で動かせるし魔力を多少溜めておくことができる。一番高いのは全自動船だ、この国にある魔力を使うから誰でも扱えて疲れない速度の上げ下げも楽な代物だな」


「私全自動船がいい!」


「私は魔法船がいいです」


 おっさんの説明を聞いてすぐに二人が声を上げる。


「娘さん達はこう言ってるがどうしやすか、旦那」


「娘じゃないですけど魔法船で」


 俺はアルシェの言うことを採用した。


「末っ子の言うことはいいんですか?」


「この国以外で使えない物よりもどこでも使える方がいいと思ったので」


 どうせ他では使わないだろうが、主に操作するのはアルシェでルリーラはやらないだろうという理由もある。


「わかりました。それでお値段の方は――」


「銀貨四枚」


「旦那そりゃないぜ、それじゃあ定価の半分以下だ」


「ならさっきの船屋で下ろしてくれそこで買うから」


 このおっさんは巧妙だった。

 他の店の前に来る段階で船の説明をして、船の値段を倍以上に吊り上げようとした。


「わかったよ移動費込みで銀五枚でどうだ」


「店に引き込むのに移動費が必要なのか?」


「わかったよ四枚だ」


「いいや三枚だな」


「おいそりゃあねえだろ!」


「詐欺をしようとしたんだろ迷惑料込みだ」


 おそらくこの辺りの店はぼったくりとまではいかないまでも多少割高だろう。

 ならばもう少し値下げ交渉をしても受けられるだろう。


「クォルテさん、大丈夫なんですか?」


「たぶんこの辺りが適正価格だと思うぞ」


「そうなんですか?」


「まあ見てろって」


 アルシェは心配しているが、ルリーラは俺が旅の間値切りをしていたの知っているので暇そうに水の中に手を入れていた。


「四枚。それ以外は認められない嫌なら下りてもらう」


「いいぞ、溺れて慌てて魔法を発動してこの船が壊れるかもしれないがな」


「脅しか?」


「それはあんただろ?」


 おっさんはいい顔になってきた。

 焦りで笑顔が作れていないところを見ると店も近いのだろう。

 おっさんのタイムリミット。


「じゃあこの話は終わりだ、降りやがれ」


「いやいやおっさん、あんた今どっちが主導権握ってるかわかってる?」


「どういう意味だ」


「あんたは俺達を乗せてるつもりだろうけど、俺達はこの船を沈められる」


 わざと魔力を水に変えて船に垂らす。

 おっさんはやがて観念し銀貨三枚で手を打つことになった。


「あんたみたいのは初めてだよ」


 呆れながらもおっさんは笑顔を見せる。


「おっさんも中々だった」


 おっさんの店に着いてから俺とおっさんは握手を交わした。

 おっさんはあの値切るやり取りが好きらしくよくやっているらしい。

 俺とおっさんが契約を取り交わしている最中ルリーラは暇そうにしていた。


「じゃあ、またなんかあったら来いよ」


「その時は最初から定価で売ってくれ」


「それは保証しかねるぜ」


 笑顔で親指を立てるおっさんに見送られ俺達は魔法船に乗り込む。


「お前達、初めてだってんなら中央部に行ってみな。きっと面白いぜ」


「わかった、ありがとう」


 そのままおっさんと別れ中央部に向かう。


 魔法船は思ったより快適だった。

 広い水路をあまり速度を上げずに進んでいく、喧騒と風と波の音。

 水面が日光で輝くのを見ながら街の中を移動する。


「凄い水がアルシェの髪と一緒だ」


「原理は一緒だからね」


 アルシェは魔力操作に慣れてきたらしく、アルシェと二人で楽しそうに話している。


「中央部って何があるのかな?」


 水に埋まった町を上から眺め、触ろとしているのか水をぱちゃぱちゃとやりながら質問をする。


「たぶん公衆広場のことだと思うぞ、みんなで水着を着て遊ぶんだ」


「早く行きたい!」


 水着と聞いてルリーラは元気よく跳ねあがり、船が大きく揺れる。


「私はあまり」


「嫌なのか?」


 ルリーラとは反対に乗り気ではないアルシェに反射的に聞いてみる。

 アルシェは少し困ったような表情で自分の体を見たため、俺達もアルシェの体に目を向ける。


「嫌というか、その、視線が」


「「ああー」」


 俺とルリーラの声が重なった。

 確かにアルシェほどの体だと視線を集めやすいだろう、主に男性から。


「やっぱり私の体ってどこか変なところがあるんですね?」


「クォルテ、私は今アルシェに殺意を覚えたよ」


「押さえろ、アルシェは良くも悪くも天然だ」


 奴隷生活が長いせいかアルシェは自信がない。

 戦闘用の奴隷として育ったため経験もない、俺の元に来てからも俺が一身上の都合で拒否をしているせいで自分には魅力がないと思っている節がある。

 もちろん俺としては拒否した後に後悔していないかと言われればしていると答える。


「クォルテさん、ルリーラちゃん。私の体どこが変かな?」


 同じ質問にルリーラが流石にキレた。


「そのおっぱいだー! 何そんなに私をいじめて面白い? 楽しい? 私がそんな体ならクォルテに迫っちゃうよ襲っちゃうよ必死に誘惑するよ! おっぱいもお尻も大きいのにお腹だけなんでそんなに凹んでるのさ! 私なんてほぼ平らだよ! お腹に最近くびれが出来てやったとか思ってたよ! そんな体なのに無警戒だし! それなのに変ですか? 変じゃないよ羨ましいよ! 変なのはアルシェの頭の中だよ!」


 今まで相当鬱憤が溜まっていたのかルリーラが悲しい自虐で吠えた。

 俺はそんな体型のルリーラも嫌いじゃない。と言いたいがそれは焼け石に水だと知っているので言わない。

 そんなルリーラの魂の叫びに俺はもちろん、アルシェも驚いていた。


「ルリーラちゃん、なんか、ごめんね」


「謝られた―!」


 アルシェは見事火に油を注ぐことに成功した。

 ルリーラは俺に泣きついてきた。


「私何かしてしまったでしょうか?」


「あーうん、アルシェは自分が魅力的なのに気付いたほうがいいと思うぞ」


「そうなんでしょうか?」


 そう言って自分の胸とお尻に触れて確認する。

 その体型で自分の体を触るのは目のやり場に困る淫靡さがある。


「アルシェはズルいんだ、別にいいんだもん私は今のままでも魅力的だもん」


「そうだな、ルリーラは今でも魅力的な女の子だぞ」


 俺の胸の中にすっぽりと納まって泣き続けるルリーラを必死にあやし続ける。


「ルリーラちゃん?」


「ふんっ!」


 完全に拗ねてしまったこうなるともう俺にはどうすることもできない。


「嫌われてしまいました……」


「すぐに機嫌が直ると思うから」


「はい……」


 落ち込んだ二人を連れ中央地区にたどり着いた。


「じゃあ、水着買うか」


「うん」「はい」


 まだ引きずっている二人を連れながらまずは自分の物を選ぶ。無難に黒い無地の物だ。


「二人は決まったか?」


「これでどうでしょうか?」


「お揃いにしてみた」


 試着室から出てきた二人は色違いの同じ水着を着ていた。

 紐としか言えないレベルで局所だけをピンポイントで隠した水着に俺は頭を抱えた。

 アルシェの水着姿は兵器のレベルだった。圧倒的なボリューム、胸は見ているだけで零れそうでいつ水着が落ちるのかと期待してしまう。さらに軽く突き出た肉感のあるヒップに紐が食い込み、水着を着用していないように見えてしまう。

 凝視できずにルリーラを見ると、ルリーラのはアルシェと別の意味で心配になる。

 子供が悪い大人に大人っぽいと言いくるめられ、娼館で働かせられそうな危うさがある。

 そんな二人に俺からかけられる言葉はこれしかない。


「頼むから布面積が広い水着で頼む」


 俺の言葉で二人は素直に試着室に戻り着替えを始める。

 どうやら何着か準備はしていたらしい。


「まずは私からだ!」


 そう言って試着室から出てきたルリーラは、見た目にあったオレンジ色の上下が一緒になっている露出度の少ない水着を着ていた。胸とお尻の辺りにフリルのついた子供らしい可愛い水着。

 一着目があんなだったせいで奇抜なもので出てくると思ってしまっていた。


「今子供っぽいと思ったでしょ」


「まあな」


 変に否定はしなかったが、ルリーラは不敵に笑う。


「そこに大人を見せるのが私だよ」


 そのまま後ろを振り向くと背中がパックリと開きルリーラの健康的な肌が惜しみなくさらされている。

 だがここまでやっても子供っぽくて似合っている、普段同じ服を着ているためか日焼けの跡がより子供らしさを表している。


「それでいいんじゃないか、凄い似合ってるぞ」


「本当? じゃあこれにする」


 嬉しそうに俺の隣にやってくる。

 どうやらルリーラも観客側に回るらしい。


「それじゃあ、次はアルシェどうぞ」


 観客ではなく進行役だったらしくルリーラがアルシェを呼んだ。


「はい」


 出てきたアルシェはやっぱり凄かった。

 何の飾り気もない無地の黒いビキニ、左右で独立している上部の布は大きく、それぞれアルシェの大きな膨らみを下から持ち上げるように作られているらしくしっかりと零れないように支えている。

 下部は両サイドを紐で縛るだけのシンプルな構造だがこちらも布面積が広く、アルシェの体を支えている。

 色も色素の薄い白と水着の黒が作るコントラストに目が引かれる。


「あの恥ずかしいのでコレ巻いてもよろしいでしょうか」


 流石に恥ずかしいのか薄いの布と薄い上着を着る。

 こちらは柄物で花の刺繍が施されていて見ていて明るい雰囲気になる。

 言葉にはしないが、布面積が多くなるほどに腰巻の布から見える白磁の肌が色っぽい。


「うん、アルシェも似合ってるじゃないか」


 邪さを出さないようにアルシェを褒める。


「ありがとうございます」


「アルシェは最初とどっちが良かった?」


「知らない人なら最初だけど、身内だとやっぱり今の方がいいかな」


 ただでさえ無頓着なアルシェが、あんな無防備な物を着ていたら最悪全裸になってしまいそうで気が気でない。


「じゃあ行くか」


 三人とも水着を着たまま船に乗り広場に向かう。

 広場の入り口には停泊所がありそこに船を置いてから泳いで入口に向かう。


「冷たくて気持ちいい」


「そうだね、ひんやりしてる」


「水に慣れたら広場に行くぞ」


 二人は元気に返事をしながら広場に入る。

 大人数が遊べる広場は水に満たされており休憩用に水が無い区画も用意されておりそれぞれが好き勝手に遊んでいる。


「私もぐってきてもいい?」


 下を確認したルリーラはうずうずした様子でそんなことを聞いてきた。


「わかったよ、好きにしていいけど無茶はするなよ」


「うん」


 勢いよく息を吸ったかと思えばそのまま真下に向かって泳いでいく。


「アルシェはどうする?」


「ふわふわ浮いてます」


「じゃあ俺もそうしてようかな」


 正直本気で泳ぐ気はない。ここにはただゆっくりしに来ただけだ。

 ふわふわと水に浮かんでいると、波に流され一人になったアルシェが声をかけられた。


「ねえ、一人? 一緒に遊ばない?」


 色素の薄い男が少し距離が離れた隙に、アルシェをナンパしにやってきた。

 困った顔を俺に向けてきたため俺が割って入る。


「悪いけど俺の連れなんだけどな」


 男は俺を一瞬見ただけですぐにアルシェに向きなおる。


「こんな男よりさ俺と一緒の方が絶対楽しいって」


「お――」


「私は、あなたといても何も楽しいとは思いません!」


 さっきの困った雰囲気はどうしたのか一変して凛とした顔を見せ驚く男に告げる。


「私はあなたが嫌いです。二度と話しかけないでください」


 そのはっきりとした拒絶に近くに居た人がクスクスと笑い男は顔を赤くする。


「この女ふざけやがって」


「いい加減にしろよ」


 逆上し振り上げた手を俺が掴むとアルシェは俺の後ろに隠れる。

 隠れたアルシェは小さく震えている。

 断られた段階なら許してやったのにな。


「かっこつけてんじゃねぇぞ」


 男の手に魔力が貯まる。流石白髪と言いたい魔力だが、いかんせん喧嘩慣れしていない。


「振られた腹いせに女殴るとか、恥の上塗りもいいところだろ」


「なっ」


 無詠唱の魔法で出せる指サイズの極小の水のナイフを男の首元に突きつける。

 そして男の魔力が霧散し、男は両手を挙げる。


「魔力の制御が雑、反応が遅い。喧嘩もできないなら粋がるな」


「わ、わかりました」


 男は辛うじて言葉を吐き出す。


「ちなみにお前がナンパした相手は俺よりも強い」


 その言葉が決め手となったのか男の顔は白い肌から血の気が引き青白く変わる。


「もう、しません。しませんから命だけは」


「らしいけど、どうする」


「もう顔も見たくないです」


 俺の後ろに隠れているアルシェが顔も出さずにそう告げると男は謝りながら一目散に逃げだした。


「ありがとう……、ございました……」


「あれは駄目だったが、気に入ったなら食事くらい付き合ってやってもいいんだからな?」


「気が向いたらで……」


 俺の後ろで俺の肩に掴まりながら、そうつぶやいた。


「そうだな」


 アルシェの頭に手を置くとさっきまでの凛とした様子も消え、また大人しいアルシェに戻った。

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