シェキナの暴走
力任せに押し込まれる精霊結晶は、シェキナの体をかき分けながら奥へと進む。
「やめろ!」
突然の出来事で固まった体が再び動き出すまでに、精霊結晶は半分以上埋まっていた。
なんでカガラにクロアが居たのか、その理由を考えればこのくらい予想できたはずだ。
精霊結晶の採取、そしてここに現れたのは作戦が失敗した時の保険か。
クロアとの勝負はまた負けた。
無理にでも引き抜こうと手を伸ばすが、わずかに届かない。
「私の勝ちだ」
「まだだ!」
短槍を伸ばし、精霊結晶の破壊を目指す。
砕ければ暴走は防ぐことができる。
「それしかないよな」
短槍はシェキナの腕に阻まれ精霊結晶に届かない。
次の瞬間、シェキナの魔力は臨界を超えた。
内部から魔力が一斉に放出され、周囲の家々をなぎ倒す突風が起こる。
爆発が起きたと思う程の衝撃が止むと、放出された魔力は膨大な量に増え戻ってくる。
初めて見る魔獣化にどう動いていいのかわからない。
立ったまま動きもしないシェキナが成功したのか失敗したのかさえわからない。
「クォルテ、我が変わろう。魔獣が相手なら我の範囲だ」
「申し訳ありませんが、こいつだけは俺達にやらせてください。ヴォール様は避難とハベル・クロアの捜索をお願いします」
本来、魔獣ならば俺の出番はない。
周囲の人を思うなら任せるのが正しい。
それでもこいつを倒すのは俺であるべきだと思った。
ロックスを没落させ、父親を殺した俺の仕事だと思った。
「そうか、死にそうになったら助けてやる。精一杯の贖罪を果たすがいい」
「ありがとうございます」
衝撃で抜けた短槍を構え直し、領域も展開しなおす。
動くつもりがないなら、こちらから先に攻めるだけだ。
精霊結晶を壊して、終わりにする。
タイミングが悪かったのか、敵意に反応したのか、シェキナの腕がゆっくりと動く。
緩慢ともいえるほどにゆっくりと持ちあがる腕が、空気を押しつぶすほどの速度で振り下ろされる。
受けきれないと悟り、間一髪で回避し距離を取る。
領域をもっと広げないと対応が追い付かない。
初動を見逃さないように領域内にシェキナの体を置く。
「炎よ、鎖よ、巨悪を縛れ、フレイムチェーン」
炎の鎖がシェキナの体を捕らえる。
「お手伝いします」
「徹底的に動きを封じてくれ。完全に動く前に倒す」
しかし、それは叶わない。
真直ぐに突き出した短槍は何も貫けず、水に埋もれる。
シェキナの体から滝のように水が溢れ出し、大きな水の球となりシェキナの体を覆い、炎の鎖を壊しながら宙に浮く。
アルシェの魔法が役に立たないって、特級と同じ程度ってことか?
いや、火と水の相性の問題もあるか。
それよりもあの水の球をなんとかしないと攻撃が当たらないか。
「ルリーラ!」
「それ壊せばいいんでしょ!」
珍しく大剣を持ったルリーラがシェキナの下に移動する。
アルシェの身体強化を受けたルリーラが地面を蹴る。
水の球に触れる直前、球体から水が零れ腕が生まれ、大剣ごとルリーラを掴み地面にたたきつける。
「ぐっ!」
それだけでは飽き足らず、さらにもう一本腕が生え、ルリーラを目掛け拳を握る。
「アトゼクス!」
間に入り肥大化したアトゼクスが拳を受け止める。
大きさだけは対等だが、力は大きく劣る。
すぐに体を小さくしアトゼクスは戦線から離脱する。
「炎よ、地の恵みよ、土を溶かせ――」
「土よ、猛き炎よ、熱を纏え――」
「「ヴォルケーノ」」
アルシェとオレイカの複合魔法。
火砕流のように溶けた土がシェキナの上から降り注ぐ。
水を消すことはできないが、溶岩は水の球に冷やされ固まっていく。
「今度こそ叩き割る!」
天高く飛び上がり、大剣を振り下ろす。
冷えて固まった岩石に大剣がぶつかり砕け、シェキナの本体が露わになる。
目指すは精霊結晶。
領域にも反応はない、このまま貫けば終わる。
渾身の一撃を放ったつもりだった。
突然現れた壁が俺にぶつかり俺は跳ね返される。
今の壁は一体何なのか、それは足だった。
足首から先の足。
俺は水の足に蹴られたらしい。
俺が飛ばされている間にシェキナの体は完成していた。
頭のような水の球、肘から先の水の腕、足首から先の水の足。
水だけで作られた水の巨人。
その中央にうずくまった状態でシェキナの体が鎮座する。
水の国でも見たことのない魔獣の姿がそこにあった。
「これってさ、今から神様にお願いできないかな?」
「啖呵切った後で、頼むのは良くないと思うんだよな」
流石に今のが無理となると、勝てないんじゃないかと思えてくる。
さっきのが渾身だっただけに、本体に届いていないことに自信を無くしてしまう。
水の巨人はこちらを目掛け腕を振る。
死を覚悟するが、救いの女神が一撃を防ぐ。
「パパ達をいじめちゃダメ」
俺達には防げなかった攻撃をセルクが止める。
水の巨人は両手足全てを使い、セルクに攻撃を仕掛ける。
流石は闇の神の転生体だ、水の巨人の攻撃を全て防ぎきる。
しかし今まで戦いをさせなかったせいか、セルクには技術がない。
絶え間なく繰り出される攻撃を防ぐことはできても、その間を縫って攻撃するということができない。
でも活路は生まれた。
防御はセルクに任せて俺達で精霊結晶を破壊する。
そのためには全員で揃う必要があるな。
「パパ、ミールママが呼んでるよ」
あっちの準備は万全ってことか。
「少しの間任せるぞ」
「うん。頑張る」
セルクに防御を任せ、俺達はミールと合流する。
「兄さん、指示は私に任せてください。作戦は考えています。だから兄さんは決着をつけて」
「わかった」
「お姉ちゃんもですよ。過去をぶっ飛ばしてくださいね」
「うん。全力でぶっ飛ばすから」
準備は整った、ロックスの事件に決着をつけようか。