ロックスの崩壊 その七
俺と父親の間にある力の差は、大きかった。
元からあったであろう能力差に連戦を続け満身創痍の体、結果は火を見るよりも明らかだった。
「どうした? さっきまであった威勢が無いな」
俺の体に傷の無い場所はなかった。
俺が居た場所は赤く汚れる。
骨も何ヵ所か折れていて動くたびに激痛が走る。
内臓にも傷を負ったらしくこみあげる吐き気は鉄の味がする。
倒れ込みたい、謝ってしまいたい、苦しい、辛い。
すでに心も折れかけていた。
それでも気力だけで立ち上がる。
たった二人になってしまった仲間を救うために痛みを抑え込む。
いまだに手から離していない水の剣を握り直す。
「流石に疲れてきたからな、いい加減に終わらせないといけないよな」
「減らず口を叩くな」
父親が拳を振るう。
辛うじて水の剣でそれを防ぐが、今の俺に踏ん張れる力はなく転んでしまう。
情けなくてもまだ負けてない。
負けてないと思えるだけ、まだ立ち向かう力はあった。
「水よ、槍よ、敵を穿つ鉾に成れ、ウォーターランス」
「ここで、魔法を使うのかよ……」
「当然だ、最後まで手を抜かない。このまま殴ってもお前は抗い続けるだろう。それならば、脳か心臓どちらかを貫いて確実に命を絶つ」
「やってみろよ!」
父親は何のためらいもなく、水の槍を振り下ろす。
真っ向から水の剣で防いでも負ける。
それを悟り俺はすぐに避け、辛うじて腕を掠めただけだった。
しかし、ただ突くだけで終わる男ではないことも知っていた。
外すことも想定内で、壁に当たった瞬間父親は水の槍を手放し、俺が避けた先に蹴りをぶち込んできた。
向こうの攻撃が早かったおかげで、移動中と重なり俺へのダメージは少なかったが、俺は地面を激しく転がった。
「クォルテ、か……」
「クーガか、生きてるならよかった……、すぐ助けるから待ってろ……」
転がった先はクーガが閉じ込められていた檻の近くだった。
虚ろで半分しか開いていない所を見ると、薬品は毒の類ではなく睡眠ガス系統だったらしい。
「あいつを、俺の前に連れて来い。クォルテが勝てるように何とかしてやるよ」
「どうやって?」
「何を話しているんだ? お涙頂戴で泣き落としでもするのか? こいつの代わりに俺が死ぬとかか? 両方殺すつもりだからそれは意味がないな」
余裕を見せるためか、父親は一歩ずつこちらに近寄ってくる。
「仲間を信じろ」
まだ体は起きていないのか、口角がわずかに上がる。
「わかった」
それ以上の言葉は必要ない。
仲間が言ったことだ何をするかわからなくても信じるしかない。
仲間がいると思っただけで、少し元気が湧いてきた。
一度、大きく深呼吸した。
膨れる肺は酸素を体に運んでいくと、少しだけ痛みが和らいだ気がした。
また立ち上がり、水の剣を構える。
透き通った水の剣を両手でしっかりと握り、父親の前に立つ。
「鬱陶しいな。いい加減に死んでおけ」
父親は一度手放した水の槍を再び握る。
そして一歩踏み出した。
圧倒的なリーチを武器に、槍の穂先はあっという間に俺の目の間に接近する。
水の剣で方向をズラし、間合いから出る。
もう二三歩離れれば、クーガの檻の前におびき出せる。
しかしそのもう二三歩が曲者だった。
伸ばし引かれた水の槍は、父親の手から離れ突いた時とは反対の手によって押し出される。
完全な油断に俺の反応は遅れた。
掌底で押し出された水の槍は一直線にこちらに向かい、俺のわき腹を抉る。
「ぐっ……」
ぼたぼたと流れる血液を手で押さえるが、止血できるはずもない。
今までの傷と疲労で、俺は倒れ込んでしまう。
「その傷ではもう動けないだろ?」
俺に止めを刺そうと近寄ってくる父親の足をクーガは掴んだ。
「これで、クォルテの勝ちだ」
「ちっ、汚い手で触るな!」
「やめろ!」
父親は呪文で作り出した二本目の水の槍をクーガの額に突き立てる。
そこから滴るのは俺達のように赤い血ではない。
毒の混じる墨のような黒い血だった。
「服が汚れてしまった。クソっ、汚い奴隷が」
明らかな怒りを顔に浮かべ、その矛先はこちらに向いた。
「お前が余計なことをしなければ何も変わらないで居られたんだぞ。その罪を償――」
唐突に父親の手が止まる。
そして盛大に吐血した。
何があったかなんて考える必要はなかった。
クーガの毒。
クーガはあいつの足を掴んだ時に毒を打ち込んだ。
「ぐああぁぁああ!!」
膝を着いた瞬間父親が悲鳴を上げた。
痛さからか手を着くとまた悲鳴が上がる。
持ち上がる手は醜く爛れ、クーガの血が触れたところはわずかに何かを溶かす音が聞こえた。
わき腹を抑え、俺は立ち上がる。
一歩一歩引きずるように進み、父親の前で止まる。
毒に喉もやられたのか父親は口を動かすだけで声も出ず、ただ俺をにらみつける。
「水よ、剣よ、罪人を裁く力となれ、ウォーターソード」
水の魔力が一点に集まり一本の剣に姿を変える。
遠くが見えるほどに澄んだ一本の剣。
俺はその水の剣を両手で握る。
ふらつきそうになりながら大きく持ち上げ、父親に振り下ろした。
俺は血が流れ出るのを魔法で無理矢理に止血し、ルリーラの檻を開ける。
手錠と足枷を外し、ルリーラは自由になった。
「今度は掴んでくれるか?」
ルリーラはその言葉に反応した。
クーガ達の名前を知る前、俺は一度ルリーラに「この手を取ってみないか」そう聞いていた。
どんな理由でそう言ったのかは覚えていない。
怖いと言われていたが、こんな小さな子が危険なわけはないと思ったのか、その場でこの子を攫って逃げようと思ったのかもしれない。
ただその時だけ、俺はルリーラの手を掴もうとしていた。
だから今この時はそれ以外の言葉が思いつかなかった。
「私はここから出ていいの?」
「もちろんだ。好きなところに行けるぞ」
ルリーラの目が不安に揺れ、俺は優しく頷いた。
「あなたが連れて行ってくれるの?」
「俺でよければ連れて行ってやる」
孤独を感じたルリーラに、力強く頷いた。
「もう痛くて怖い目に合わない?」
「ああ、俺が必ず守ってやる」
震えるルリーラに、胸を張って答えた。
「よろしくお願いします」
薄く目に涙を浮かべるルリーラは俺の手を握った。