ロックスの崩壊 その五
「父さん、俺を呼び出してどうするつもりだよ。俺は発表会には出ないぞ?」
地下研究所の最奥。
クォーツ・ロックス専用の個室に呼び出された。
本棚と机しかない質素な部屋で、研究の器具なんかも一切ない無機質な空間に長居したくはなかった。
「お前がしようとしていることについてだ」
「!?」
父親が出したのは作戦に使おうと思っていた爆薬。
警備システムに、緊急脱出用の通路を塞ぐため、俺が準備していた物だった。
「これをどうするつもりなのか、教えてくれるか?」
「……」
「爆弾も含め全部で三十七個。その全てを回収した。全てがこの研究所を孤立させるように設置されていたのだが、まさかとぼけたりはしないだろうな」
全部バレていた。
設置した破壊のために仕掛けた仕掛けは全て外されていた。
「火薬に、精霊結晶を使った罠、薬品を使った仕掛け、発想は買うがお前にそれを実行する知恵がない」
設置してたったの一日で、俺が二年かけて考えた作戦は水泡に帰した。
爆弾以外はそれだとバレないようにしていたのに……。
「お前は奴隷如きを大事にしているらしいな。無駄なことだ、あれらは人と同じ形をしているだけのゴミだ。お前は子供の捨てた人形を人と同等に扱っているだけだ」
「違う! あいつらも俺やお前と同じ人間だ!」
「俺ならあいつらと同じ道を辿るくらいなら死を選ぶ。泥水を啜ってゴミを食うような生き恥を晒すくらいなら尊厳ある死を選ぶ」
「俺は人をゴミだと蔑むよりも、人は人だと認めてやるよ」
「はぁ、誰がこう育てたのか」
ちりんと父親はベルを鳴らす。
その合図を受け、研究所が地鳴りと共に大きく揺れた。
「今のは何だ!」
「検体六百四十三が吹き飛んだ音だ」
その番号はギガの番号だった。
「嘘、吐くなよ……」
「実験室にお前の仕掛けを置いてきた。検体六百四十三と一緒にな。あれの実験も順調でもう用はない。だからお前の躾のために利用した」
「ふざけるな!」
「子供の癇癪は酷い物だな。手に負えん」
殴りかかったが、すぐに鎮圧され俺は地面に顔を押し付けられる。
「離せ!」
「幼稚な理由で稚拙な策を練り、負けたら癇癪を起す。こんなのが俺の息子とはな」
倒れている俺に、父親は躾だと二発三発と拳を振り下ろす。
実の息子を殴っているのに、その顔には何の表情もない。
口の中に悔しさと鉄の味が広がる。
こんなにも憎いのに、俺はこいつに手が出ない。
殺してやりたいのに、力も知恵も向こうが圧倒的に上だった。
「ラグ、こいつを見張っておいてくれ。俺は他のゴミを片づける準備をする」
「見張るだけでいいのか?」
「逃げそうなら殺さない程度に痛めつけておいてくれ。それの躾は後回しだな」
「待てよ……ぐっ……」
「弱いお前には何もできない。それを思い知れ。準備が済めば呼ぶ」
そう言って俺の頭を地面にこすりつけ、父親は部屋を出て行った。
「ほら、こっちに座りな。わかったろ? 奴隷は道具と変わらない。優秀な君が手を差し伸べるべきじゃないんだよ」
ラグは俺を座らせ、死を観察し続けた腐った目を向ける。
持っているハンカチで俺の血を拭い、埃を叩き落とした。
「君は優秀だ。クォーツの息子だから当然だけどな。クォーツも決して君が憎いわけじゃない。道を踏み外さないようにしているんだよ」
「道を踏み外してるのはそっちだろ」
「奴隷にほだされてしまったのか? 毎年数人いるんだよ、奴隷を人に見てしまう奴がな。普通は解雇だが、君には才能があるんだ。だからクォーツの言うことも聞いてやってくれよ」
「嫌だ」
断る俺にラグは平手打ちをした。
じんわりと沸き上がる痛みに、俺はラグをにらみつける。
「頑固なところはクォーツと同じか。だが、行動力はないな。あいつなら今頃殴りかかってる所だ」
「すぐに手が出るとか、そっちの方が獣と同じじゃないか」
「そうかもなっ! だが世界に貢献しているのはこっちだぞ。一段飛ばしで研究は発展する。そのおかげでより安全で快適な生活を送れるんだよ!」
ラグは説教を続けながら殴り痛くなったのか、殴るのをやめた。
「水よ、棍棒よ、彼の者に贖罪させよ、ウォータークラブ」
ラグは水の棍棒を何のためらいもなく振り下ろす。
その攻撃を避けると、地面が凹んでいた。
もう父親との約束さえ気にしていないようだ。
「殺さないように父さんが言ってたんだけど?」
「殺さないさ、研究員は優秀な頭脳があれば、手も足もいらない」
流石にこれは受けたら死ぬ。
そう思い痛む体を動かし、攻撃を避ける。
ばらばらと備え付けられた本棚から本が床に落ちた。
「水よ、剣よ、――」
「魔法を使えるつもりなら甘いぞ?」
ラグは、俺が魔法を使えないように本を投げつけ、一気に距離を詰め水の棍棒を振り下ろす。
部屋の物が壊れることも気にせず、何度も水の棍棒を地面にたたきつける。
こちらに猶予を与えないための攻撃。
当たらなくてもダメージにならなくても執拗に攻撃してくる。
「どうしたんだ? 魔法はもう使う気にならないのか?」
壊れた机の破片、散らばった本、時には水の棍棒で地面を掬い上げながら絶えず攻撃を続ける。
そしてその攻撃は、魔法を使わせないためだけではないことに気がついたのは、部屋の隅に追い詰められてからだった。
「逃げ場はないな」
遠距離での攻撃は俺の進路を塞ぎ、俺を逃げ場のない場所に追いつくための作戦。
「親友の息子をいたぶるのは心が痛むよ」
そんなことを微塵も思っていない笑顔でラグは棍棒を振り上げる。
俺はそんなラグに抱き付くように飛びついた。
避けられないならダメージは最小に抑えないといけない。
そんな一撃は思いのほか虚を衝けたらしく、ラグを組み伏せることができた。
「水よ、――」
「させない!」
組み伏せられていてもまだ武器を持っているラグの方が上だった。
水の棍棒の柄の部分で俺のわき腹を殴る。
わずかによろめくが、倒れてしまえばまた優位はラグに渡ってしまい、窮地に追い込まれてしまう。
だから俺は仰け反りそうなのを無理に抑え込みラグの顔を意地だけで殴りつけた。
「ぐふっ!」
「一発返してやったぞ」
怯んだ隙に水の棍棒を奪い取る。
それを両手で握り振り下ろすと、魔法は解除されてしまうがそれでよかった。
最初から武器を使うつもりはなかった。
水の棍棒を握るために組んだ拳をラグの顔に振り下ろす。
骨が砕ける嫌な感触は今でも覚えてる。
確かな手ごたえに勝ちを確信した瞬間、俺はラグの上から振り落とされる。
「糞ガキが!」
鼻を抑え血に汚れたラグが怒りの表情を俺に向ける。
「今のお前は実に獣っぽいぞ。本性丸出しって感じでさ」
「殺す」
静かで明確な殺意を俺はこの時初めて見た。
目は見開かれ怒りが反映する瞳、荒い呼吸、今にも襲い掛かりそうな前傾姿勢。
理性などない正真正銘の獣がそこにはいた。