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ロックスの崩壊 その四

「体調とかは平気か?」


「毒に侵されてる俺にそれを聞くのか?」


「それも俺の仕事なんだよ」


 最初に一人死んで以来、俺が預かっていた奴隷は誰一人死んでいない。

 軽口が叩けるようにまで全員と馴染んだ。


「お前は体に不調はないか?」


 返事はないだろうと思いながら声をかけた。

 見たところ異常もなさそうだった。


「なんで、私達とそんな風に話せるの?」


 虚ろな目が俺を映した気がした。

 ちゃり、とわずかに鳴る鎖に負けそうなか細い声で、ルリーラは初めて声を出した。

 初めて声を出してくれたことが凄く嬉しかった。

 それと同時に何と答えたらいいかを考えた。

 どういう意図の質問だったのか、なんで聞いたのか。

 考えてもわからなくて俺は素直な気持ちを答えた。


「全員が人間に見えたから」


 奴隷だ、実験動物だと言われても、俺には人にしか見えなかったから。

 個体差はあっても、俺と変わらない人間だと思ったから。

 俺は確かそう答えた。


「そう」


「お前の名前は?」


「無い、番号以外で呼ばれないから」


 人ならあって当然の名前が無いことに、ルリーラは何の感情も無かった。


「それなら名前くらい必要だな。どんなのがいいか。ルリーラでどうだ?」


「ルリーラ……」


「嫌なら別のを考えるけど、どうだ?」


「それがいい……。ルリーラがいい……」


「じゃあ、よろしくな。ルリーラ」


 急に俯き、ルリーラは何度も頭を縦に振る。

 表情は見えないが、何度もルリーラとつぶやき喜んではいるらしくそれが嬉しかった。


「クォルテは研究者っぽくないよな?」


「このタイミングでギガに罵られるとは思ってなかったぞ」


「そうじゃない、俺達にも優しいからだ。研究者ならここまでの環境は嬉しい物だろ?」


「そういうことか。そうだな、倫理を考えないで好きなだけ自分の仮設を試すことができる実験場。そうやって欲に任せるのって人間のすることじゃないよな」


 ギガの言葉に俺はそう答えた。

 なりふり構わず人体実験をすれば、技術は一段飛ばしで成長するかもしれない。

 でもそれは、人間らしくない。

 欲に駆られ、欲に溺れた人間は獣と同じだ。

 俺は人間としてここに居たい。


「やっぱりお前は変わってるよ」


「逆だよ。俺以外が変わってるんだよ」


 俺は普通に生きているだけだ。

 四人に向かってそう言った。



 それから更に時間が経って、ようやく研究員が一番少ない日がわかった。

 それが研究発表会。

 てっきりここに居る研究者がそんな表舞台に出るとは思ってもいなかったが、全員が何らかの形で参加するらしく、発表機関の間は人数がぐっと減る。

 それを知った俺は一年待つことにした。

 決行日が決まれば、後はこの研究所内での地位を確立することだけで、それに関しては父親の名前もあったし難しくはない。

 後はタイミングを待つだけだった。


「ここから逃げ出したいと思ったことはあるか?」


 いつもの飯時に俺は四人の意思を聞いてみた。


「何を今更、当然逃げ出したい。こんな狭い場所じゃなくて、広い外に出たいのは当然だ」


「そりゃそうだろうな」


「ルリーラは外に出たいか?」


「わかんない。ずっとこの中にいたから」


 無の表情だったルリーラが、困惑の顔を浮かべた。

 この小さな箱が、ルリーラが生きてきた世界なんだろう。


「それなら外に出たら驚くぞ。ギガの体が小さく感じるほどに広い世界、アントはきっと目を放したら二度と見つけられないくらいに物が溢れて、クーガよりも危険なのがいっぱいいる」


「それって楽しいの?」


「今の言い方だと危険地帯みたいな感じだな」


「そんなことないよな?」


 周りから指示を得ようとしたが、全員が同じ感想だったらしく、目を反らされてしまった。


「クォルテの言い方は悪かったが、良い所だよ。奴隷だから自由とは言えないが、それでも外の世界は自由だったよ」


 クーガは昔を思い出す様に遠くを見つめる。

 この四人だけは助けてやりたい。

 でも、状況が良くないのはわかっていた。

 体が変化を続けるギガとアントも、いつ許容量を超えるかもわからないクーガも、普通では耐えられない実験を繰り返されるルリーラも、明日を迎えられると言う確信はなく、俺は四人が生き延びられるようにサポートするくらいしかできなかった。



 それからは前にも増して準備を続け、作戦決行の一週間前。

 準備は順調、四人も健康とは言えないが生き延びていた。


「四人共聞いて欲しいことがある」


 実験の痛みから返事はなかったが、全員が俺を向いた。


「来週の研究発表会の日、ここを潰そうと思っている」


 返事はないが、全員が目を剥いた空気は伝わった。


「できるの?」


 声帯が大きくなりすぎ、獣の様な声しか出なくなったギガ、小さくなりすぎて姿が見えないアント、毒で喉が溶けてしまったクーガ。

 彼らに変わって、ルリーラが俺に問いかけ、俺はそれに頷く。


「そのために二年もかけたんだよ。お前達に外を見せてやりたい。だから手を貸してくれないか?」


 困惑が伝わって来た。

 これで駄目でも俺は一人でやる。

 死ぬのは怖いけど、死んでもいい。

 人の皮を被った化け物になるくらいなら、俺は人として胸を張りたい。


「無理だよ……。そんなのは……、できっこない……」


「それならそこで待ってろ。お前等もだ、俺が絶対全員を外に連れ出してやるから」


 四人にそう宣言して俺は研究所を出た。



「兄さんが地下を壊したのって研究発表会の日じゃないですよね?」


「そうなんですか?」


「ご主人の事だから、失敗したんじゃないの?」


「よくわかってるな。俺の行動は全部バレてた。さっそく父親に呼ばれたよ。あれは決行の三日前、厳戒態勢の中、俺は父親の研究室に呼び出された」


 所詮は子供の浅知恵で、地下に隠れて実験をする様な大人の賢さには遠く及ばなかった。

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