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霊峰カガラ その二

「本当についてくるんだな」


「もちろん。君は馬鹿じゃないから、話していて楽しいからね」


 休憩をした社からクロアは俺に同行している。

 能天気そうな風を装って入るが、本当は何を考えているのかわからない。

 俺達の動向か、神々の動向かはわからないが、何かしらの情報を得ようとしているのだろう。


「ほら、そういう所が私は好きだよ。いつでも腹の探り合いをしている。私の思惑を探って言葉を選び、あわよくばこちらの情報を引き出そうとしている」


「それなら神と話していればいいだろう? 俺よりも物知りで、考えが深い」


「神如きじゃダメだ。あれらは何でも知っている割に何もしらない。駆け引きも、探り合いもない。ただ真実を知っているだけ。だからこそ私は風の神に取り入れたわけだけど」


 言いたいことはわからなくもない。

 なんでも知っているからこそ、俺達がしている様な駆け引きはしない。


「神を出し抜いたから、お前は今ここにいる」


「正解。それで私が逃げ出した理由はわかるかな?」


「戦の終わりに、引き上げる兵に紛れ込んでの離脱」


「また正解。君が考えなくてもわかるその答えを神は考えてもいない。だから、さっき言っただろ、君が居れば私は逃げられなかったって」


 乱戦に爆弾、人が入れ替わろうが見つからない舞台は最初から作られていたわけか。


「買い被り過ぎだ。俺が居ても結果は変わらない。お前は逃げて、同じようにここに居た」


「そうかも知れないが、少なくとも私はいとも簡単に逃げられることはなかったよ」


 クロアは本当にこの時間を楽しんでいる様に笑顔を浮かべる。

 一瞬その笑顔に騙されそうになるが、こいつはまだ本心を出していないはずだ。


「そう言えば、パルプはどこだ? 死んだなんて嘘は言わないよな」


「なんで嘘だと思うんだい?」


「お前はあいつを気に入っていた。何をしていたのか知らないが、風の神の庇護下で実験をするのが目的で戦は副産物。そして負けることが確定している戦場にわざわざパルプを置くことはしない」


「またまた大正解。パルプなら生きてるよ。今は別行動だけどね」


 クロアは愉快そうに手を叩く。


「やっぱり君は私と同じ考えだ。そうなると、君が私と同じ様な道を歩かないのは、ルリーラという奴隷の影響かな?」


「だとしたらルリーラに感謝だな。俺が人の道を歩いているのはあいつのおかげか」


「その奴隷を殺したら君は私と同じ道に落ちるのかな? それとも君の仲間を全員実験の材料にしたらかな?」


 俺の体は反射的に動いた。

 クロアの体を近くの木に押さえつけ、短槍に手に持ちクロアの首元に突きつける。


「やれるもんならやってみろよ。死んだお前にできるならだけどな」


「いいのかい? ここで殺せば、どっちみち君達は死ぬことになるよ。ここでの殺傷は神さえ止めてはいけない不文律だ。世界中からのお尋ね者になる度胸が君にはあるかい?」


「ちっ!」


 渋々クロアの拘束を解く。

 カガラから出ると同時に、こいつの首を跳ね飛ばさないと危険だ。


「ここじゃなかった私の首は宙を待っていたかもね。おっと、そろそろ頂上みたいだよ」


 上を見上げると、道は途中で途切れており、頂上に着いたことがわかった。


「やっぱり登山はお喋りしながらだね」


 クロアは意気揚々と残りの坂道を登っていく。

 仕方なくその後をついて行くと、そこには異世界の様な光景が広がっていた。

 辺り一面に広がる雲海、さながら今立つ場所は唯一の大地の様だ。

 その大地には中央の一つを除き、名の無い小さな墓が並び、中央の一つは立派な巨岩だった。

 墓や巨岩にはたくさんの花が供えられ、その周りを精霊が飛び交う。

 この世の物とは思えないほどに美しい光景。

 さっきまでクロアに感じていた殺意さえも風化するほどの絶景。

 慰霊碑をここに作った理由が十分に理解できた。


「君はここに来るのは初めてかな? 私は何度もここに足を運んでいるよ」


「加害者のくせにか?」


「心外だな。戦没者は先の戦だけ。ここに来ている理由はこの精霊たちさ」


「そんなこと話していいのか? 俺は他の神とも知り合いだぞ?」


「構わないよ。見つからない方法も熟知しているからね」


 変に探りを入れても口は滑らせないだろう。

 俺は、クロアに話しかけるのをやめ、巨岩の前に立ち、手を合わせる。

 祈るのは追悼。

 名も知らない、顔も知らない死者への感謝と労いを伝える。


「これは独り言だけど、近々君の生まれたクレイルで学術の発表会があるよね?」


「独り言じゃないのか?」


「シェキナ・アルトグローリーが出るらしい」


「アルトグローリーが出るのか?」


 シェキナという名前は知らないが、アルトグローリーと言う家名は知っている。

 俺の父親クォーツ・ロックスの助手の一人。

 俺がロックスを潰した時にあの研究所に居た一人でもある。


「ああ、その娘だね。彼女の研究内容はベルタは闇の神の先兵である。そういう研究だ」


「そんなの眉唾の言いがかりで、根拠なんて何もないだろう?」


 現に闇の神は今俺の所にいる。

 そんなことは万に一つもあり得ない。


「実際その通りだろ? 確か前闇の神ミスクワルテはそういう理由でベルタを招集していた。現在は闇の神はセルクって名前で君達と一緒に居るわけだけどね」


「それなら何も問題は……」


「君にしては気づくのが遅かったね。意識的に考えていなかったってことかな」


 問題は大ありだ。

 ミスクワルテの事件は一般には知られていない。

 クロアの様な人種や、神、それと事件の関係者以外はそんなことがあったことさえ知らない。

 そしてその結末を知っている存在は更に少ない。

 そこまでひた隠しにしているが、大勢が知っているため隠せていない事実がある。

 ベルタの集団失踪。

 それを根拠とし、事件を知り結末だけを作り替える。

 その結果嘘が真実味を帯びる。


「闇の神が動き出す脅威は、風の神が世界に広げてくれた。恐怖に囚われた民衆はどう出るかは考えるまでもないよね」


 ベルタ狩りが始まる。

 元から圧倒的な身体能力を持ち合わせているベルタが、神と共に暴れ出すのを阻止するためにはそう動かざるを得ない。


「お前が仕組んだのか?」


「精々君への嫌がらせくらいの感覚だったけどね。まさかここまで彼女が恨んでいるとは思っていなかった」


 俺は拳を握りしめながら駆けだした。

 クロアに殴りかかっている暇はもうない。

 急いで準備をしないと間に合わなくなる。

 ここからは時間との勝負になる。

 俺はアリルドに急いで戻ることにした。

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