事件の終わり
翌日の昼過ぎ、コット達五人が城にやって来た。
玉座の間だと落ち着かないだろうと、無駄に広い俺の私室に通すことにした。
今俺の部屋には当事者である俺、フィル、サラ、ルリーラの他にアリルドも一緒にいる。
奴隷の三人は当然として、こういう場に慣れていないコットも緊張で固まっている。
平然としているのはコットの父アールスだけだ。
「別にお前達を罰しようというわけじゃない。だから適当にくつろいでくれ」
まあ、そんな言葉をかけただけで緊張が解れるはずもなく、子供達は左右同じ手足を動かしながらソファーに座る。
「それで国王陛下、私達はなぜ呼ばれたのですか?」
「この場ではクォルテでいい。行政ではないし、どちらかと言えば悪巧みの方が正しいからな」
「承知しました。それで悪巧みとは何をするつもりなのでしょうか?」
昨日あんな馬鹿なことをしていたとは思えない大人の対応。
実は偽物なんじゃないかと疑いたくなる。
「昨日はこのルリーラとアールスが争ったことで、俺が吸血鬼と戦っていると思われているらしい。なので、それを利用したいと思う」
「利用ですか。つまり国王陛下達が私達を打ち取ったことにしたいと?」
「違う。俺達は吸血鬼を倒せなかったことにする。それは俺達が負けたことにするんじゃなくて、不死身の吸血鬼を撃退はできたが、討伐することは不可能だということにする」
俺の言葉にアールスは考え事を始める。
その策でこちらがどう利益を得るか考えているのだろう。
こちらの利は大きく二つだけ、こちらの面子と、コット達が吸血鬼を演じ続けることによる奴隷の人権確保。
他にも付けようと思えばつけられたが、あまりやりすぎると国と吸血鬼の関係を疑われるため、この程度に収めることにした。
「では息子はこれからも吸血鬼を続けたとしても、国が捕まえに来ることはないと?」
「そうなるが、それはその子達が弱者を守る義賊であることが前提だ。こちらがそうでないと判断した場合は、俺が直接潰しに行く」
やっぱりアリルドは迫力がある。
睨むだけで、子供達もアールスさえも震えている。
「依頼や、街の噂で狙ってるらしいから、まずは狙う相手が本当に自分達が襲うにふさわしい人間かをアールスが調べてくれ。子供にはまだその辺の駆け引きは難しいだろうからな」
「承知しました」
「コット達も、先走るなよ? 現行犯ならまだしも噂で勝手に人を襲わないようにな」
「はい」
「そんじゃ、そういう風にこっちで処理しておくから。後は自由にしてくれていいぞ。それでアールス、お前だけ少し残ってくれ」
子供達が出て行って姿勢を崩した。
「昨日のことで私は何か罰があるということですか?」
「それは無いって言ったろ。流石に仕事をしながら身辺調査は難しいだろうから、俺からお前に兵隊を貸してやる」
「私が利己のために人を襲わせないためですか?」
「それはもちろんある。お前の場合は自分のためというよりも、コット達のためにやりそうだしな。でもそれだけじゃない、お前が仕事をしながら、身辺調査もばっちりできてればコット達が褒めてくれるかもしれないぞ?」
俺がそう言うとアールスは大きく笑う。
ひとしきり笑った後に、アールスは姿勢を正す。
「心遣い痛み入ります。クォルテ・ロックス国王陛下、その命謹んでお受けいたします」
「後でその役を数人送るから、任せたぞ」
アールスは深く頭を下げ、部屋を出て行った。
「じゃあ、盗賊連中からそういうの得意なのを選んでくれ」
「身なりを整えさせてだろ? わかってるから安心しろ」
「じゃあ、俺はこれから正式に発表してくるな」
俺は昨日の内にまとめた発表用の資料を持ち、国民に向けて宣伝した。
吸血鬼と俺達は昨日ぶつかり、しかし吸血鬼は俺達の手をもってしても討伐するには至らない。
吸血鬼は不死身である。
これからも討伐は行うが、おそらく倒せない。
要約するとこんなことを長々と演説した。
それから盗賊と国のつながりを知っている連中に顛末を伝え、彼らを容認するように説明した。
そんな後処理をし終えるとすっかり日が沈む。
珍しく王として働いた俺は、自室に向かう。
結局ルリーラとの関係は戻っていない。
そのせいで、他の連中もいまいち調子は出ないらしくどこかぎこちない。
「何とかしないと旅に影響出るよな。ん、どうぞ」
アリルドに戻ってから夜に初めてノックされた。
おそらくアリルド辺りが、ストロ家に送る盗賊を決めたのだろう。
「おじゃまします」
「ルリーラどうかしたのか?」
ここ最近ではよくある、どこか余所余所しい様子のルリーラが入ってきた。
「適当に座れよ」
「うん」
いつもなら俺の隣に座るルリーラだが、ベッドに座る俺から離れ、ソファーに座った。
俺だけベッドというわけにもいかず、俺も机を挟んだ反対側に座る。
それから数分どちらも話さないまま無言の時間が過ぎる。
ルリーラと二人で居てここまで無言だったことは初めてな気がした。
「クォルテ、あのね、私クォルテの事好きだよ」
「おう」
いきなり言葉を発したと思ったら、告白されてしまった。
なにやら話が続きそうだったので、相槌だけをして次の言葉を待つ。
「この前の事も、その、本当に嫌じゃないの。怖かったけど、嬉しかったの。私もそういう対象に見られてるって安心したの」
そんなのは最初からだ。
ロックスの地下に居た時から、ルリーラは可愛い娘だと思っていた。
「だから、今夜こそ私を抱いてください」
「……ん?」
話が大きく飛躍した気がして、俺の思考はゆっくりと停止する。
「そうだよね、脱がないと始まらないよね」
ルリーラは震えながら服を脱ごうとするが、緊張のせいで上手く脱げない。
そして何を思ったのか、盛大にシャツを破りそこで俺は停止していた思考が動き出した。
「いやいや、何してんの!?」
「裸にならないと、できないでしょ?」
「いいから一度落ち着け!」
ルリーラの肩に手を置くと、ルリーラの体が小さく跳ねる。
そのままルリーラと目線を合わせる。
動揺して泳ぐ目を俺はじっと見つめる。
「落ち着け、焦る必要もないし、どっちかが勝手に進めてもいい話じゃない。そうだろ?」
見つめていると徐々に視点が定まってくる。
落ち着いてきたのか、肩の震えも収まってくる。
「俺もルリーラは好きだ。アルシェも、フィルも仲間のことはみんな好きだ。異性として魅力的だ。だから旅が終わるのを待ってくれ」
「私は旅が終わってもクォルテの事好きだよ」
「そうだとしてもだ」
怖くて逃げていると思われてもいい。
それでもそれは俺が決めたことだ。
狭い世界に閉じ込められていた皆に、広い世界を見せたい。
俺が旅を始めた原点だから、俺は旅の目的をしっかりと果たしたい。
「今は俺よりも世界を見てくれ。地下では見れなかった広い空を見て、色んな事を考えてくれ」
ルリーラはそのまま俺に抱き付いてきた。
痛いほどに体を締め付ける。
その行動に答えるように、俺も強く抱きしめる。
「今日は一緒に寝てもいい?」
「寝相は良くしてくれよ」
「うん、善処する」
しばらく抱き合った後二人でベッドに入る。
繋がれた左手から感じる温かさに眠気はすぐに訪れる。
薄れていく意識の中、俺の頬に柔らかい物が触れる。
「おやすみ」
その言葉を最後に、俺は微睡に沈んだ。